43 精霊憑依
体にあたる冷たい夜風がだんだんと俺を冷静にさせていく。
もしあのバカ女がまだ道中でゴレムと戦っていたとする。ならば頬でも引っぱたいて無理矢理連れ帰ってくればいい。問題はボスまで到達していた場合である。
プロリンダンジョンのボス『ミスリルゴレム』は“初見殺し”で有名だった。
つらく厳しいゴレムとの戦闘を経てようやっと到達したボス、そこに佇んでいるのはゴレムを更にでっかくしたような魔物。皆こう思う――「ああ、こいつも物理攻撃が効かないんだろうな」と。
大きな間違いである。ゴレムは確かに物理攻撃が効き難い。魔術で攻撃するか、圧倒的に強力な物理で攻撃するのが真っ当な攻略法だ。だがミスリルゴレムは違う。物理も魔術も両方効かないのである。
事前の情報なしに初めてミスリルゴレムと相対したプレイヤーは「魔術で戦えばいいっしょ」と実に安直な考えで《火属性・参ノ型》なんかをぶっ放すことが多い。すると、当然だが全くダメージが入らない。そしてプレイヤーをターゲットしたミスリルゴレムが突っ込んでくる。魔術使用後の硬直で動けない間に踏み潰され、為す術もなく死ぬしかない。
初手で魔術を放った時点で、ほぼほぼ殺されることが約束されるのである。
じゃあどうすればいいというのか。
簡単だ。ミスリルゴレムに通用するレベルの物理攻撃が育つまで、プロリンダンジョンに入らなければいい。
シェリィに高い物理攻撃力があるだろうか?
恐らくない。彼女は精霊を使って戦闘している実に非効率的な精霊術師だ。言ってしまえば「エンジョイ勢」みたいなものである。
道中のゴレムを倒せたとしても、ミスリルゴレムは確実に倒せない。精霊術師である限り、それは避けられない罠だ。
先日、冒険者ギルド主催の「プロリン集団攻略」が行われたが、失敗に終わったらしい。原因は明らかである。ミスリルゴレムに通用する物理攻撃を持った冒険者が参加していなかったからだ。そして、ミスリルゴレムに魔術が通じないという情報が未だに全く広まっていないのだろう。
勿論、シェリィも知らないに決まっている。
……カウントダウンだ。刻一刻を争う。
「急ぐぞ」
俺はプロリンダンジョンに着くやいなや、セブンステイオーを乗り捨てて疾走した。
「(道案内は我に任せよ)」
アンゴルモアはどうやらノーミーデスの気配を追えるらしい。ということは、シェリィはまだ生きている。
俺は念話で案内してもらいながら《飛車剣術》でゴレムをなぎ倒していく。なるべくターゲットを取られないように、最小限の戦闘で済むように、とにかくスピード重視で突っ走った。
「フッハハ、斯様な雑魚では相手にならぬか!」
あまりに一方的な戦闘を見てテンションが上がったのか、アンゴルモアが気分良さげに言葉を発する。
「久方振りの戦である! 血湧き肉躍るとはまさにこのことよ!」
高らかに笑うアンゴルモアはもう完全に極悪魔王にしか見えない。
「お前には後で働いてもらうかもしれんから準備しとけ」
「御意!」
どうして俺がこんな夜中にあんな女のためにここまで必死こかなきゃいけないんだと思いながら、俺はゴレムを葬りつつ先を急いだ。
* * *
私は小さい頃から友達がいなかった。
原因は分かってる。私の性格。
こんなキツイことばっかり言う伯爵令嬢なんて、誰も近付きたがらない。
しょうがないじゃない。私は伯爵の娘で、こういう性格なんだから。直そうとも直したいとも思わない。
でも、実を言うと寂しかった。
一人ぼっちは、寂しい。そんな当たり前のことを子供ながらに感じて、それが私の性格上どうしようもないことだと悟っていた。
私が精霊術を覚えようと思ったきっかけは、そんな後ろめたい理由だった。
唯一無二の友達。私から絶対に離れることのできない存在。それが土の大精霊テラ。
私は精霊を利用して、寂しさを埋めた。
今思えば、それは決してやってはいけないことだった。
寂しさに耐えかねて、他人の手を取ってしまえば楽だったかもしれない。でも私にはテラがいた。だから耐えられた。
幼少期をそうやって過ごしたことで、プライドばかりが大きくなって、性格は更にねじ曲がり、意地っ張りで、高飛車で、何でもかんでも嫉妬して、思ったことをすぐ口にして、敵ばかりつくって、殻に閉じこもって……毎日、テラと一緒の二人だけの世界に逃げ込む。それが癖になった。
今更どうしようもない、変わりようもない、私の癖。
私みたいなのを「社会不適合者」って言うのかもしれないわね?
まあ天才精霊術師だし、伯爵令嬢だし、容姿端麗だし、冒険者ランクもAだし、不適合だろうと何だろうと構わないわ。私は一人で生きていける。今までそうやって一人で生きてきたんだから。
そう、一人で生きてきたのよ。
だから……あんな心地良さなんて、全然知らなかった。
私のキツイ性格を受け入れてくれる人と喋るのが、あんなに心地良いなんて。
いいじゃない。
……いいじゃない!
人間の友達がほしいって思ったって!
16年生きてきて初めて巡り会えた相手よ!
絶対、絶対諦めない! ぎゃふんと言わせてやる! 私のこと認めさせてやる!
「テラ! 右からもう1匹!」
「はい、マスタ~」
私の指示でテラは土属性魔術を放つ。迫りくるゴレムに魔術の岩が怒涛の勢いでぶつかり、その身体を粉砕する。
さっすが、私のテラ。最強の精霊ね。
「さぁて、先を急ぎましょ……あら?」
「これは~……」
大きなドーム型の空洞に出た。
その中心には、見上げるほど巨大な青白く輝く岩。
「――マスターっ! 下がって!」
テラが叫ぶ。私は初めて聞くテラの切羽詰まった声に足がすくむ。
「な、なによっ……!?」
地響きのような轟音をたてて、巨大な岩が動きだす。
岩は見る見るうちに3倍ほどに膨れ上がって――否、それは“立ち上がった”のだと気が付いた。
「……ご、ゴレム……!?」
こんなに大きな!? 聞いたこともないわよ!?
「ここのボスですマスター、勝てません! 逃げましょう!」
ボス。
そうか、こいつが。
「…………テラ、やるわよ」
「マスター!」
こいつさえ倒せば……私は、変われるような気がする。
バカだと罵ってくれていい。でも、私はもう決めたわ。
「テラ! 土属性魔術・伍ノ型、準備!」
「……くっ……!」
テラを無理矢理に従わせる。使うのは、最近覚えた一番強い魔術。今できる私の最強の攻撃よ。
「撃ちなさい!!」
まだこちらに気付いていない様子の巨大ゴレムに向かって、テラが《土属性魔術・伍ノ型》を放つ。
直後、大精霊の力によって増幅された魔術陣が辺り一面に広がり、そして――大地が割れる。山のように大きな岩の塊が地中から顔を出し、巨大ゴレムを包み込むようにして押し潰す。その中心に吸い寄せられるようにして、岩石がまるで隕石みたいに降り注ぐ。こんなのを食らったら、いくら巨大ゴレムでもひとたまりもないはずだわ!
「やったかしら!?」
土埃が舞い視界が遮られる中、私は思わず叫んだ。
プロリンのボスを倒した。セカンドより先にプロリンを攻略した! これで、これで……!
「――――え?」
ぬうっ――と。
土煙の中から、こちらに向かって歩いてくる巨大ゴレムが顔を出した。
こいつ、無傷だった。
テラは魔術後の硬直。私は完全に無防備。
……大きい。とても。恐らく私はあの岩の手ほどの大きさもない。
あ。
「ぇっ…………っっっ!!」
蹴られた。多分。
息ができない。
耳が聞こえない。
体が動かない。
すごく痛い。
……あれ、何秒経ったかしら?
私、何しにきたんだっけ。
目を開けてみる。
迫りくる巨大ゴレム。
「――! ――――っ!」
テラが何か叫んでいる。
そして、悲しげな顔で私の前に立ちふさがった。
私を……護ろうとしてくれているのね。
無理よ。だって無傷よ? 勝てるわけがない。なんなのよこれ。
あーあ、あたしバカだわ。とんでもないバカ。度し難いアホ。最悪よ。
……あら、感傷に浸る暇もなさそうね。
「(ありがと)」
口も満足に動かせないけど……伝わってるといいな。
こんなバカでアホでぼっちでどうしようもない私に付き合ってくれてありがとう、ってね。
バイバイ、テラ。
《送、還――
「 」
――次の瞬間に起こったことを、私は生涯忘れることはない。
突如として現れた“七色に輝くオーラを身に纏った男”が、巨大ゴレムの腕を剣一本で受け止めた。
驚くべきことに、彼はその岩の腕を弾き返した。巨大ゴレムに「力勝ち」していた。
いくつもの残像をその場に刻みながら、まるで瞬間移動のように巨大ゴレムへと接近し、追撃を加える。
あれは《飛車剣術》。一流剣士のお兄様が使っていたのを見たことがある。でも、威力がおかしい。強すぎる。それに、精霊術師の彼が何故【剣術】を? そしてあの禍々しいオーラは一体何?
私は体の痛みも忘れて、目の前の光景に見入った。
……レベルが、違う。
同じ人間とは思えなかった。
彼は、たった一人で、それも【剣術】だけで、あの巨大ゴレムを圧倒している。
あれで同じAランク冒険者? 笑っちゃうわ。
天才精霊術師? 伯爵令嬢? ……だから何? って話よね。
「マスタ~、もう大丈夫です。助かりますっ」
テラが涙を流しながら私の傍に身を寄せてくる。ああ、送還できていなかったのね。
ごめんね、テラ。こんなマスターで。
……私、何がしたかったんだろ。
調子に乗ってたのって、私の方だったの?
バカ。バカ。私って、ほんとバカ…………。
* * *
「アンゴルモア、行くぞ」
「応。我がセカンドよ」
道中で倒した分の経験値を全て《精霊憑依》へと割り振る。ランクは11級になった。ギリギリ使えなくはないランクだ。
「おおっと、ヤバそうであるぞ」
アンゴルモアが言う。シェリィが死にかけってことか!
「ここで使う! 憑依!」
「フハッ! 御意に!」
俺はボスまであと少しというところで《精霊憑依》を使った。
アンゴルモアは七色の光と化す。そして、俺の体に溶け込んだ。
「――うっわっ」
凄まじい。
もうそうとしか言いようがない。
想像を絶する“全能感”が俺を包み込む。
《精霊憑依》11級ならば、憑依時間は120秒、再使用クールタイムは440秒。効果は全ステータス2.5倍。
九段ならば、憑依時間310秒、クールタイム250秒、全ステータス4.5倍となる。
……思うに、この世界においての《精霊憑依》の効果はこれだけではないような気がする。現に今、これだけの思考に費やした時間は1秒にも満たない。なんだこれは。あまりにも強力すぎる。アンゴルモアだからか?
そして一瞬にしてボスに到達した。移動速度も凄い、2.5倍以上に感じる。まるで時が停止しているかのようだ。
シェリィを壁際に見つけた。鼻血たれながらぶっ倒れている。よく見ると泣いていて、その目の前でテラさんが必死に名前を呼んでいる。
見えるし聞こえる、なるほど視力も聴力も大幅に良くなっているようだ。
残り100秒。俺はミスリルゴレムの前に躍り出て、その岩の拳を《金将剣術》で受け止めた。スキル効果は全方位への範囲攻撃だが、その実は全方位対応スキルであったりする。タイミングを合わせてスキルを発動すれば、物理攻撃同士が拮抗し、単純に攻撃力の高い方が競り勝つシステムになっている。金将はそれを全方位で行えるのだから「対応」として使い勝手が非常に良い。
「まさか――っ!?」
背後からテラさんの驚く声が聞こえる。この淀んだ七色のオーラでアンゴルモアの憑依だと気付いたのだろうか?
と、余計なことを考えながら戦っているうちに、ミスリルゴレムが段々と弱ってきた。
こいつは必要な物理攻撃力さえ備えていれば、単調な攻撃パターンしかとってこない、所謂「雑魚」である。ゆえにプロリンのボス戦は全くイレギュラーの生じない“作業”となるため、かなり周回向きのダンジョンと言えるのだ。
……あっ、死んだ死んだ。15秒余してフィニッシュです。
「ふぅー」
周囲を確認してから《精霊憑依》を解除する。ここから440秒間、アンゴルモアは召喚できない。
いやあ、圧倒的だった。チョー気持ち良い。クセになりそうだ。
「――セカンドさん。この度は、誠にありがとうございます~」
すると、先にテラさんから話しかけてきた。
「本当だよ。なんなの? 俺が気付かなかったら死んでたぞお前ら」
ついつい恩着せがましく言ってしまう。寝ようとしていたところを起こされたんだからこんくらい言っていいよね?
俺の文句を聞いたテラさんは、申し訳なさそうに頭を下げてしゅんとしていた。というかシェリィが意識失っていても精霊は送還されないんだな。なるほどこれは価値のある情報かもしれない。
「あっ、そうだ。これ飲ませないと」
俺はふと思い出し、顔中血まみれで白目剥いてるバカの口に高級ポーションを押し込んで無理矢理飲ませた。
意識は戻らないが白目は戻ったから多分これで大丈夫だろう。
「…………あの~、この子は、本当は良い子なんです」
一息ついていると、テラさんがよく分からないことを語りだした。
特に止める理由もないので、俺は適当に相手をすることにした。
「本当はっていうか、悪い奴じゃないんだろうなってのは知ってるよ。ただまあ人よりちょっと性格がひん曲がってて短絡的でバカでぼっちなだけだ」
「はい~……その通りです。小さい頃からこの子は私以外に友達がいませんでした」
「でしょうね」
「多分この子、セカンドさんのことが気になっているんだと思うんです。でも、生まれて初めての気持ちで、どうすればいいのか分からなかったんだと思うんです~」
「……ちょっと待て。じゃあつまり、何か? 俺の気を引くためにこんなことしでかしたの?」
「ええ~。他にもご両親に認められるためとか~、色々あったと思うんですけど~、多分一番の理由はそうじゃないかと~」
「ぷ」
「ぷ~?」
「ぷっっっじゃけんなよお前! ちゃんと監督しとけよ!!」
「私精霊ですから~、マスターには逆らえませんし~」
なんだこいつすっげぇ腹立つ! 自然と舌打ちが出たぞ……!
「ごめんなさい~! この子を嫌わないで~」
「いや、嫌いじゃない。嫌いじゃないけどさぁ……」
面倒くさい。実に面倒くさい。あとテラお前はちょっと嫌いだ。
……おっ、よし。ここで大先生にお出でいただこう。《精霊召喚》だ。
「(むっ、ふむふむ。委細承知之助よ)」
流石だアンゴルモア。瞬時に一体感を駆使して状況を把握しやがった。
「――久しいなノーミーデス」
「…………ひっ……あ」
目の前にいきなり現れた精霊大王。
テラさんは“恐怖”の表情を浮かべて、二歩後ずさった。
……あれぇ? 聞いてた話と違うゾ?
「どうした? 何故まだ 立 っ て い る ?」
アンゴルモアがそう言った瞬間、赤黒い雷光が一閃し、テラさんの両手両足が地面へと縛り付けられた。土下座の格好である。
土の大精霊が、だ。俺たちに向かって、惨めにも這いつくばって、土下座をしている。壮絶な光景だった。
「ちょっと待て違う。そうじゃない」
「違ったか? すまぬ」
焦って俺が指摘すると、アンゴルモアのよく分からない服従魔術みたいなものが解除され、テラさんがその場にヘたり込んだ。
テラさんは信じられないものを見るような目でこちらを見ている。
「ん? おお、そうか。では我が直々に疑問に答えてやろう」
そこで、アンゴルモアが一体感によって何かを察したのか、口を開いた。
「精霊とその主人は次第に一体となる。共に生きる時が長ければ長いほどな。このノームの娘がそこの小童に引っ張られたのだろうよ。それは同情か、はたまた憧憬か。命令に逆えんというのは言い訳に過ぎぬ。共に逃げ続け傷を舐め合い続けた結果よ」
「…………」
テラさんは震えて俯いた。
「お前は主人を殺しかけた。あってはならんことだ。大精霊失格である」
「待て。どんどん一体になるってのは、尚のこと主人に従いやすくなるんじゃないか?」
「否。一方的に引っ張られてはならんのだ。一体となるということは共に分かり合うということ。こやつは主人に寄り添いすぎた」
「……そりゃ、ちょっとかわいそうだな」
友達が全然できない寂しがりの子供がいりゃあ寄り添うなっていう方が無理だろ常識的に考えて。
「む? 我がセカンドよ、こやつに腹を立てていたのではないのか?」
「いやそんなの聞かされちゃ同情の方がデカくなったわ流石に」
「であるか。ならば無罪放免と致そう。フッハハ!」
えっ。
「いいのそれで?」
「針ほどのことを棒ほどに言ったまでよ。我は何処ぞの精霊の主従関係など興味の欠片もない。戯れにいびっただけである」
そう言ってカラカラと笑う。うわあこいつ物凄く性格悪い。なんだよそれ。なんの時間だったんだよじゃあ。
「…………帰るか」
俺は呆れつつ、未だ目の覚めないシェリィを抱えてプロリンダンジョンを後にする。
なんか湿ってると思ったら失禁してやがった。俺は特大の溜め息を吐きながら、チームチャットでシルビアを叩き起こして下の世話の準備をしておいてもらう。
こいつ意識が戻ったら覚悟しておけよマジで……。
お読みいただき、ありがとうございます。