42 ぼっち画策
活動報告に更新遅延についての謝罪を掲載しました。
重ねてお詫び申し上げます。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
伯爵家お抱えの女医さんがエコを診察した結果、食べ過ぎによる腹部の膨満感で胃腸の働きが低下、軽度の呼吸困難などの症状が出ていたという。
彼女の指示に従って、楽な体勢で休ませていたらすぐに回復した。
エコは「のこしたらもったいないとおもった」とばつが悪そうに言っていた。余程美味しかったのか、それとも猫型獣人の習性的なものなのか。ともかくこっち側で食事量のコントロールをしてやる必要があるだろう。デブネコならぬデブエコになってしまったら本業にも支障が出るからな。
一同「あーよかった」と、とりあえずはひと安心。
銭湯並に広い大浴場でまったり入浴、高級ホテルのような部屋で一泊した。
翌朝。
案内されるがままビュッフェで朝食を済まし、最終会議を行う。
ユカリ曰く、然るべき量のミスリル合金さえ納入すれば300億CL以上の儲けは堅いらしい。詳しい内容はよく分からないままだが、まあ俺のやるべきことは至極単純だ。プロリンダンジョンをガンガン周回して経験値稼ぎをやってりゃあそれでいいのである。
会議が終了すると、そのままお偉いさんの方々と一緒に昼食をとった。出てきたのは高級そうなお重の弁当である。シルビアとエコも屋敷内の別の部屋で同じ高級弁当を食べているらしい。
その後、契約書にサインをして、めでたく契約成立となった。
「またお会いできる日を心待ちにしております、ファーステストの皆さん」
伯爵はほくほく顔である。よかったね。
俺たちは丁寧に挨拶を返して、屋敷を後にする。
「お帰りはバッドゴルドの町でよろしいでしょうか?」
帰り際、フォレストさんから声がかかった。どうやら帰りも送ってくれるらしい。しかも滞在中俺たちの馬の世話までしてくれていたようだ。セブンステイオーの毛並みが若干良くなっている気がする。まさに至れり尽くせりである。
「なあ、どうする?」
「む? どうするとは?」
「いやほら、レニャドーの観光とか」
「ご主人様のご判断にお任せします」
「おまかせ!」
「私もどっちでもいいぞ」
皆あんまり観光したくなさそうだ。だったらもういいかな。
「ああ、じゃあもう帰……ん?」
「ご主人様?」
ふと引っかかりを覚えた。
あれ、何か忘れている気がする。
何だったか……うーん……?
「まあいいや帰ろう」
「――ちょぉっとお待ちなさい!」
……あっ。
「私もあんたたちに付いていくわ!」
すっかり忘れていた。このじゃじゃ馬伯爵令嬢に絡まれていたんだった。
シェリィは「お嬢様、それは」というフォレストさんの困惑気味の引き止めを「うるさい!」と押しのけて、我先にと停めてある馬車へ乗り込んだ。
…………え、俺もこれに乗るの? このツンツン娘と? 半日も一緒に?
「その……申し訳ありませんが」
本当に申し訳なさそうな顔でフォレストさんがこっちを見てくる。常日頃から振り回されてるんだろうなぁ……。
「ご主人様、これはどういうことでしょうか?」
そして何故かユカリさんが怖い。俺が何をしたというんだ。
「……とりあえず乗ろう」
深呼吸を一つ。俺は諦めをつけて、帰りの馬車へと乗り込んだ。
* * *
ムカつく男。
お父様がペコペコ頭を下げて、ご機嫌をとっている。
優秀な精霊術師だと聞いた。
へぇー、ふーん、そうなの。
私なんか伯爵令嬢の最年少天才精霊術師よ。将来有望のAランクソロ冒険者。土の大精霊を使役している超超超エリートだわ。こんな肩書、世界中の何処を探しても私だけ。
お父様もお母様も、ギルドも、貴族も、平民も、みんな私のことを褒めてくれる。
……なのに。
あの男のように“ビジネス”に関わったことは一度もない。重宝されたことなどない。誰かの役に立ったことなどない。私の周りに賑やかさなど欠片もない。
いつもいつも「凄い」と褒められるだけ。その後は毒にも薬にもならないと言わんばかりに人が離れていく。いや、この性格よ。もしかしたら忌避されているのかもね。
ええ、認めるわ。嫉妬よ嫉妬。私は嫉妬しているのよ、あの男に。
だから私は呼び出した。格の違いを分からせてやろうと思ってね。
精霊術師セカンド。
一言で表せば「変なやつ」だった。
ずーっと余裕の表情。こっちが伯爵令嬢だからってちっとも畏まらない。微塵も臆さない。むしろ失礼で、ボケたことばっかり言う。
……おかしい。
私、おかしいのよ。
あれほど嫉妬していたはずなのに、ムカついていたはずなのに、あのバカみたいな言い合いを「心地良かった」と思う自分が、心の奥底に潜んでいる。
友達ってこんな感じなのかな、って。
私の“キツイ言葉”をそのまま捉えるんじゃなく、“ツッコミ”として捉えてくれる。それがこんなに心地良いなんて思いもしなかった。
私自身を見てくれているような気がして、彼って本当は凄く優しいんじゃないかなと思って、それで……
……いや、いやいやいや。騙されてる。
これは多分、あの甘いマスクに騙されているんだわ。
彼の泰然自若とした態度だって、きっと私を馬鹿にしているからよ。
絶対に認めない。認めたら負けよ。そう、「認めさせて」やらなきゃ。
分からせてやるんだわ。格が違うんだってことを。お父様と契約が成立したからって、調子に乗らせてなるものか。
そして私を尊敬させるのよ。天才シェリィ様には敵わないってね。
そしたら、そしたら……
* * *
行きは平和だったはずの馬車の中は、混沌と化した。
まずユカリVSシェリィの言い合いから始まり、そこへ横から口を挟むシルビア。俺はエコと隅の方で遊んでいたのだが、やはり当事者だからか次第に俺へと矛先が向いてくる。そこからユカリに代わり俺VSシェリィの図式となり、ユカリとシルビアは「後は任せた」と言わんばかりに戦線離脱、エコとまったりし始めた。ズルくない?
そしてそれから2時間ばかり、俺とシェリィはずっと喋り続けている。俺がボケて有耶無耶にしようとするとシェリィがツッコんでまたバトルが巻き起こり、まるで漫才師のネタ合わせのようにボケとツッコミの永遠ループであった。
また面倒くさいことに、こいつ時間が経つにつれてどんどん活き活きとしてきて、なんだかちょっと楽しそうなのである。何だかんだ文句を言いつつも実はもっと遊んでほしそうなあたりが、少しマインと似ているなと思った。
「ところでどうして付いてきたんだお前?」
いい加減に無駄話ばかりではつらくなってきたので、中身のある話題に転換をしてみる。
「ふんっ、勝負よ勝負! 私とあんた、どっちが精霊術師として上かハッキリさせようじゃない!」
「どうやってだよ。殴り合いか?」
「なんでよ! 精霊術師なんだから精霊術で勝負に決まってるでしょ」
厳密には俺は精霊術師ではないんだけどね。
「まあいいや。方法は?」
「……えーっと」
「お前今考えてるだろ」
「べ、別に!? 色々ありすぎてどれにしようか悩んでいたの!」
すごく分かりやすい。
「あっそうだ。冒険者ギルドの貢献ポイント勝負にしましょう!」
「あっそうだって言わなかったか今」
「失礼ね言ってないわよ」
言ってるんだよなぁ……。
「というか貢献ポイント勝負って、それのどこに精霊術が関係あるんだ?」
「え? 精霊術師なんだから、精霊術を使ってポイントを稼ぐでしょ?」
「……あ、そうか」
「はぁー」
これだからゆとりは、みたいな顔で溜め息を吐かれた。イラッ☆
俺はね、精霊術を使わなくても貢献度を稼ぐことができるんです。あなたとは違うんです。
「よし分かった。勝負の期間は?」
「1日ね! 明日……いや、明後日の日の出から日没までの間に、より多くの貢献ポイントを稼いだ方が勝ちよ! OK?」
「OK」
覚悟しておけよ。ダブルスコアでその綺麗な顔をアヘらせてやる。
俺はそんなことを考えながら、バッドゴルドの町に着くまでの間、臥薪嘗胆の思いでシェリィの話し相手を続けた。
夜。
いつもの宿に部屋を取り、夕食を済ませて、自分の部屋へと戻る。
シェリィも俺の隣に部屋を取っており、流れ的に夕食も一緒だったので、やかましいことこの上なかった。
宿屋一階の酒場は、冒険者たちの出入りが多い。その冒険者たちの9割が「シェリィ・ランバージャックだ!」「天才精霊術師だ!」「すげぇ本物だ!」と盛り上がる。シェリィは冒険者界隈ではかなりの有名人らしい。意外と凄い奴だったんだなお前、と言うと「意外は余計よ!」とぶたれた。口も手も出るとかツッコミの申し子だな。
ただまあ段々と慣れてきた自分もいる。それにボケると確実にツッコんでくれるのは実はちょっとばかり嬉しい。シルビアは真面目すぎるし、ユカリは冷淡だし、エコは可愛いし、うちのチームメンバーでは良いツッコミが期待できないので、ある意味で足りないところを補ってくれている存在かもしれない。
「…………あ、そうだ」
くつろぎの最中、シェリィの一件ですっかり忘れていた存在を思い出す。
俺はベッドに横になった状態のまま、アンゴルモアを召喚した。
「――我がセカンドよ、随分と久しいではないか。ええ?」
怒っていた。
気まぐれに話し相手として呼び出してから、マナーモード中の「バッリィ!」の腹いせに送還したっきり放置していたせいだろう。
アンゴルモアは頬を膨らませて、ずいっと顔を近づけてくる。
……こう、寝ている体勢で美人に詰め寄られると、ちょっぴり変な気分になるな。
「ごめんて。色々と忙しかったんだよ」
「……であるか。まあ、聞こうではないか」
話してみろ、ということだろうな。わざわざ俺に喋らせるのは、“一体感”での共有ではなく俺の口から聞きたいってことか? それとも俺が今日散々喋ったことを知っていての嫌がらせ?
俺は腑に落ちないながらもアンゴルモアに説明をした。
「ほう、ノーミーデスに会うたか」
「テラって名前で使役されていた。ふわふわした印象だったな」
「であろう。掴みどころのない娘よ」
「そういえば……彼女の父親を殺したんだろ? 会って大丈夫か?」
「殺したのではない、滅したのだ」
「あ、そう」
「フハハ、心配するな。何も問題はない。むしろあやつは大精霊になれると喜んでおったくらいだ」
「……マジ?」
「マジである」
テラさん、意外と冷たい精霊なのかもしれない。
「そうか、じゃあ会わせても大丈夫そうだな」
「うむ。そのシェリィとかいう小童もついでに驚かしてやろうぞ」
アンゴルモアはそう言って悪戯っぽく笑った。こいつも仰々しい見た目に反して意外とお茶目なところがあるな。
「なんなら今から行くか? 隣の部屋だぞ」
「……何?」
俺が言った途端、アンゴルモアの表情が変わる。
「どうした?」
「隣と言ったな。それは左であろう?」
左隣はシェリィ、右隣は3人の部屋だ。
「左の部屋には気配が感じられん」
部屋にいない?
こんな夜中に何処へ行ったんだ?
…………ん?
待て。何かが引っかかる。
シェリィは何と言っていた? ギルド貢献度で勝負だと、そう言っていたな。それはいつだ、明後日だ。
どうして明日じゃない?
そもそも、あの場で思い付いたようないい加減な勝負をする意味とは?
何故シェリィは俺に突っかかってくる?
何故俺たちに付いてきた?
何故勝負をしたがる?
……もしかして、本当の目的があるんじゃないのか?
「嫉妬であろう」
アンゴルモアの指摘。
なるほど、嫉妬か。納得できなくはない。
シェリィは俺に嫉妬していた。きっと精霊術師として、だろう。
その嫉妬をなくすにはどうすればいいか。そう考えた結果が“同行”と。
じゃあ目的は、俺の存在意義を奪うとかそんなところだろうか。
つまり、このバッドゴルドで俺の……
「――っ! マジか!?」
「ああ、違いあるまい」
「うーわ、クソッ! どこまで面倒くさいんだあの女!」
俺は頭を抱える。
シェリィの目的が分かってしまった。
無謀だ。あまりにも。
このままだと多分あいつは死ぬ。
あーあーあーあー……。
「だぁああ! もう! クソ、だるいなッ!」
俺はせっかく訪れていた眠気を優しく受け止めてくれていたベッドから跳ね降りて、その勢いで部屋を飛び出した。
「フフ。文句を言いつつも駆け付けるところが益荒男であるぞ、我がセカンドよ」
* * *
セカンドより先にプロリンダンジョンを攻略してやる。それが私の作戦。
そうなったら、もう。
私を認めざるを得ない。
私を評価せざるを得ない。
お父様もお母様も、セカンドも、みんな私を見てくれる。
誰も私から離れていくことはない。
セカンドの周りのあの賑やかさが私のものになる。
そしたらもう、寂しくなんてならないから。
私は変わる。
あいつへの嫉妬を踏み台に、変わってやる。
「テラ、進みましょう」
「……はい、マスタ~」
良い子ね、テラ。あなただけは幼い頃からずっと私のそばにいてくれる。
こんな、ひねくれていて、高飛車で、キツイ言葉ばかりの、私のそばに。
「…………ねえ、攻略が済んで、さ」
「はい」
「私が、仲間に……“入りなさい”ってさ。あいつにちゃんと言えなかったら……その時は、フォローしなさいよね?」
「はい~!」
お読みいただき、ありがとうございます。




