41 格の違い
馬車が到着したのはレニャドーの中心にある大きな屋敷。
俺たちは豪奢な客室に案内され、ほどなくしてランチに呼び出された。一瞬にして宿のこともメシのことも考える必要がなくなった俺は、以降ただ与えられるがままに享受する木偶の坊になることを決める。
昼食はビュッフェだった。食堂のテーブル一杯に広がる料理の数々は全てが高いクオリティで、たったの一品も手を抜かれていないのが見て取れる。つい「ここまでするか?」と引き気味に呟いてしまったところ、ユカリが「こうして豊かさをアピールしているのです」と息をするように正論を吐いた。
シルビアは「凄い歓迎だな」と冷静なように見せつつもそわそわしていた。騎士爵の次女で第三騎士団の下っ端という殆ど平民と言っていい彼女はこういう場にあまり慣れていないようだ。
一方で、エコは文字通り小躍りしながら料理をむさぼり食っていた。よく食べてよく眠る、良い意味で我が道を行くのが彼女の長所である。
昼食が終われば、いよいよ会議だ。
俺とユカリが会議室に入ると、伯爵と家令のフォレストさん含め20人ほどのいかにも仕事ができそうな顔をしたオジサンたちが勢揃い。俺が着席するのを見てから全員が一斉に席に着くのは壮観だった。
そして会議が始まる。
とはいっても俺は全てユカリに任せっぱなしで、「ふむふむ」と然も分かっていそうな風に頷いているだけだった。実際のところちっとも理解できていない。売りヘッジって何だよ? ここには証券会社の人間も来ているのか? というかこのファンタジーな世界にそんな会社あるの? 僕と契約して魔法をかけてよ? わけがわからないよ……。
「では、この方向で参りましょう」
「いやあ、非常に有意義な会議でした。無事成立することを願いますよ」
「私共も出席できて光栄でございました。このまま契約で問題ないでしょう」
「とても良い内容で安心いたしましたよ。今後が楽しみです」
「ありがとうございます」
俺が頷くことも忘れてボケーっとしている間に話がまとまったのか、会議はお開きムードになっていた。俺はユカリと一緒に「どうも、どうも」と会釈をしながら会議室を後にする。
ユカリは計画通りに話が進んだと静かに喜んでいた。つまり「300億CL分の取引、期間は2ヶ月」ということだろう。
「ありがとう。よくやった!」
「いえ。まだ契約が済んだわけではないので」
大金GET! 俺は嬉しくなってユカリの頭を撫でた。ユカリはいつものように冷たい言葉を淡々と述べながら尖った耳の先を赤くしてぴこぴこ動かしていた。
「小休憩の後、伯爵家族を含むお歴々と晩餐会です」
誤魔化すようにそう言って俺の先を歩く。
ユカリ様々だなぁとしみじみ思いながら、俺はその後に続いた。
いざ晩餐会。
会場には沢山の人が集まっていた。先程の会議に出席していた人たちとその家族だろう。
「はっはっは! セカンド君~! はっはっはっは!」
伯爵は「今夜は無礼講だ!」と高らかに宣言してワインを1杯飲んでからというもの、どうも様子がおかしい。
彼はにこやかに謙りつつ大勢の前で俺たち4人を賞賛し続け、よかったよかったと満足そうに頷いている。ミスリル合金が手に入るのがそんなに嬉しいのだろうか。
そして最終的には、俺の名前を呼ぶか笑うかしか言葉を発さなくなった。
「バレル様、どうぞこちらでお休みに」
フォレストさんが伯爵を椅子へと案内する。ああ、いつものことなんだな……。
「あら。シルビアさんって、確かノワールさんの」
「ち、父上をご存知で……!?」
「ええ、お世話になっているわ」
「こここ光栄です!」
シルビアは伯爵夫人と話し込んでいる。どうやら親が知り合いのようだ。
ユカリはエリートなオジサンたちと難しい話をしている。そういえば晩餐会の前に「ノウハウを盗みます」と意気込んでいた。
エコはメイドのお姉さんたちに囲まれて餌付けされていた。
「…………」
浮いてるじゃん俺。どうしよう。
エコの所にでも混ざろうか……などと考えていると。
不意に、背後から声がかかった。
「あなた、ちょっといいかしら?」
振り返ると、そこにはくるくる縦ロールでフリッフリの服を着たTHEお嬢様な女の子がふんぞり返って立っていた。
身長は150センチくらいと小さめ、胸も同じく小さめ。前髪はふわっとオカッパで、ぱっちりツリ目である。これで金髪だったら完璧だったが残念ながら茶髪だ。
「シェリィさん?」
「ええ、そうよ」
伯爵令嬢のシェリィ・ランバージャック。晩餐会の最初に伯爵の横でぶすっとした顔をして立っていたのを思い出す。兄のヘレスとやらは欠席だと知らされていたから気にしていなかったが、そうかこいつが妹のシェリィか。
「あなた、この私に声をかけてもらえたんだから光栄に思いなさい」
「お、おう」
彼女は平然とそんなことを言う。マジかこいつ。
「だからといって調子に乗らないことね!」
「乗ってませんけど」
「なんなのよその態度! ムカつく!」
「えぇ……」
どうすりゃいいんだよ。
「ふんっ。付いてきなさい!」
呆れていると、シェリィはそう言って、ぷいっと俺に背を向けて歩いていった。
俺は付いていきたくなかったので付いていかなかった。
…………。
「――ちょっとあなた! ちゃんと付いてきなさいよ!」
1分くらい経ってから顔を真っ赤にしたシェリィがぷりっぷり怒りながら戻ってきて、俺の手を握って強引に引っ張っていった。しばらく気付かずに一人で喋っていたのだろうか? あれ、なんかちょっと可愛いぞ……?
そうして、彼女に連れていかれた先は人気のないバルコニーだった。何だこのバルコニー、バスケくらい余裕でできそうな広さだ。流石は伯爵家である。
「あなた、精霊術師なんですってね?」
到着して早々、シェリィがそう切り出した。
「いや違うけど」
「違うの!?」
「うん」
「あ、あらぁ……?」
困惑している。ちょっとからかいすぎたか?
「でも精霊は使役してるよ」
「やっぱり精霊術師じゃない! なんなのよもう!」
全身で「むきィーッ!」とするシェリィ。俺はなんとなく「こいつ悪い奴じゃないな」と思った。
「いいこと! あなた、お父様に気に入られたからって図に乗らないことね!」
「乗ってませんけど」
3分ぶり2回目の否定をする。
「ほらその口調! 私はAランク冒険者なのよ! もっと敬いなさい!」
「俺もだ」
「ふんっ。あんたたちは4人でAなんでしょ? 私なんか1人でAなんだから!」
「1人? あっ……フーン」
……ぼっち、なんだろうなぁ……。
俺以外にもこの調子じゃあ無理もないだろう。
「なによその生暖かい目は」
「何か困ったことがあったら俺に相談してみろ? な?」
「う、うるさい! 余計なお世話よ!」
「いてぇ!?」
殴ってきやがった!
「何をするだァーッ!」
「身の程をわきまえないからよ」
シェリィはつーんとした顔で「当然の結果ね」と吐き捨てた。何がしたいんだこいつは。イラつくなぁ……。
「お前、何のために俺を呼び出したんだ? ぶつためか?」
「違うわよ失礼ね! あんたに格の違いを分からせてやるためよ!」
「格の違いィ?」
「そうよ。格の違い!」
高慢な笑みを浮かべて俺を見上げる。自信満々といった様子だ。
……おっとぉ? なるほどなるほど、なんとなーく読めたぞ。
「そうか。じゃあその格の違いとやらを、一体どうやって分からせてくれるんだ?」
「ふふっ、すぐに分かるわ。さぁて、その余裕がいつまで続くかしらね?」
シェリィはてくてくと歩いて俺から少し距離をとり、
「私の精霊を見て、吠え面をかくといいわ!」
そう叫ぶと同時に《精霊召喚》を発動した。
俺とシェリィの間に大きな召喚陣が現れ――その中心から、ダークエルフのような褐色の美しい女性が姿を現す。
「――お呼びでございますかぁ、マスター」
「ええそうよ! テラ! このいけ好かない男に名乗ってあげなさい!」
「かしこまりました~」
テラと呼ばれた褐色の女精霊は恭しく一礼して、口を開いた。
「私はテラです。またの名をノーミーデスと申します。土の大精霊にございます~」
「丁寧にありがとう。俺はセカンドだ、よろしく」
「セカンドさん、よろしくお願いいたします~」
握手する。
「こらーっ! 打ち解けろって言ってんじゃないわよ! 名乗りをあげろって言ってんの!」
「あら~申し訳ございませんマスタぁ~」
テラさんはなんだか全体的にふわふわしている。マイペースというか何というか、頭を下げているはずなのに謝罪の気持ちが全く窺えないあたりが謎のふわふわ感の原因だろう。
それにしても……この後のことを考えると、実に滑稽である。確かに土の大精霊はかなりのレアだ。初期精霊強度32000だったか。うーん、まさに“格の違い”が明らかになりそうだ。
「ちょっ、なに笑ってんのよ! あんたもさっさと粗末な精霊を出したらどう!? ま、土の大精霊の後に出すなんてどんなのが出てきても笑っちゃうでしょうけど!」
笑っちゃうだろうなぁ……。
俺は飛び出すだろうシェリィの特大リアクションを想像してニヤつきながら《精霊召喚》を準備する。そして、
「そこまで言うなら仕方ない。じゃあ、出――」
「セカンド殿! エコが食べ過ぎでぶっ倒れたぞ!」
「なにィ!?」
シルビアのカットインで我に返った。
そりゃ一大事だッ。俺はやにわに駆け出した。
背中に「ちょっと待ちなさいよこらぁ!」という怒号が飛来したが、気にせず走る。シェリィはまた後で相手をしてやればいい。
……思えば。
このハチャメチャな出会いから、俺の平和なプロリン計画は音をたてて崩れ始めたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。