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39 神武以来の天才

更新遅れまして申し訳なく存じます。

理由といたしましては先日、回胴式遊技機に日本銀行券をメダルに交換したものを多量に投入したところ、遊技機から払い出されたメダルは何故か特殊景品へ交換可能な分量に至らず、結果的に投資金額の回収は不可能となり、あまりに深く傷心していた点が挙げられます。

以後このようなことがないよう気を引き締めて、また新たな気持ちで回胴式遊技機を楽しんでいく所存です。

何卒よろしくお願い申し上げます。


P.S. 「換金所どこですか?」と店員さんに聞くのが最近のマイブームです。




「提案?」


 俺はフォレストさんに聞き返す。

 あれだけの“やらかし”を前にして、それでもその話をしようというのは何か裏がありそうだ。


「はい。是非、伯爵家にミスリル合金を卸していただきたいと。伯爵はそう仰っております」

「うーん……」


 何と答えたものか。

 怪しい。実に怪しい。だが、魅力的な話でもある。


 恐怖の精霊召喚の噂がバッドゴルドの町に蔓延するのはこの数日の間だろう。噂が広がったとなれば、俺はこの町で宿に泊まることすらできなくなるかもしれない。ミスリル合金の取引なんて以ての外だ。そうなることは明々白々である。


 そんな時に向こう側から取引の話を持ってきてくれるなんて、そりゃ「有難い」と思ってしまう。ついつい何も考えずに食いついてしまいそうになる。とても罠っぽいタイミングだ。


 よし、ここは断ろう。別に金稼ぎはミスリル合金じゃないと駄目なんてことはない。余計なリスクは負わないようにしよう。


「…………」


 そう思いつつ、ちらりとユカリを見る。


 ユカリはこちらを見て、何だか「うずうず」しているような顔をしていた。


 何故うずうずするのか。理由はすぐに思い当たった。おそらく「今度こそ!」という気持ちだ。挽回のチャンスが巡ってきたと思っているのだろう。ということはつまり、何か良い策を思い付いたということか?


 どうしよう。

 ……いや、待て。


 先ほどユカリに指摘されて気づいたが、こうやって「悩んだふり」をするのは俺の悪い癖だ。本当は答えなんてとっくに決まっている。「どうでもいい」んだ。なら前向きに考えよう。

 そう、失敗したってどうとでもなる。だったらユカリのメンタルケアも兼ねてこの好機に乗っかった方が幾分か効率的だ。


「ユカリ、任せてもいいか?」

「お任せください、ご主人様」


 ユカリはクールを気取りながらも嬉しさを隠しきれずに耳をぴょこっと動かして俺にお辞儀すると、フォレストさんと取引についての話を始めた。見た目はまさに敏腕秘書という感じだ。やっていることは完全に秘書の域を逸脱しているが。


 そうして、ユカリとフォレストさんはしばらく話し合って詳細を詰めていた。


「ご主人様。一度伯爵と面会する必要があります。ご予定は」

「この件に関する俺たちの予定は全てユカリが決めてくれて構わない」

「承知しました。可能な限りの短期間を目標にスケジュールを立てさせていただきます」


 2人の会話が終わる頃、ユカリから一度だけ質問がきた。俺に予定もクソもないので全部勝手に決めていいと伝える。加えてなるべく短期間になるようにと頼もうとしたが、流石ユカリというべきか俺が言わなくても既に分かっていたようだ。


 そして打ち合わせが終了する。


 明日、バッドゴルドに来訪中の伯爵と面会、その後にディナー。明後日の朝から伯爵と共に商業都市レニャドーへ移動、午後から詳細を会議、夜は伯爵家族と晩餐会。明々後日の朝に再度会議、昼過ぎに契約をするという。


 ……えらい超特急だな。いや、俺は助かるが、伯爵はそれで大丈夫なのだろうか?


「それでは明日夕刻、予定の時間にお迎えに上がります」

 フォレストさんは「またお目にかかれることを云々」と格式張った長ったらしい挨拶をして、華麗な一礼で部屋を出ていった。とても丁寧で隙のない老夫だ。


「話の通じる方です。短い間の印象ですが、多少の融通も利きそうだと思います」

 ユカリが意外なことを言う。


「罠の可能性はないか?」

「ないとは言い切れませんが、可能性は非常に少ないかと。あちらはこちらに合わせて3日間もの予定を即断で空けました。それに家令を挨拶によこす念の入れようです。何としてもこの取引を成功させたいのでしょう」

「そうか」


 家令は主人に仕える者たちの中で最も地位が高い。ゆえに外交的に考えれば一番威力のある挨拶になる。加えて、伯爵ほどの人物が3日間もの予定をいきなり空けるなど余程のことでない限りは有り得ない。つまり、今回のミスリル合金の取引は余程のことであると分かる。伯爵はどうしてもミスリル合金が欲しいのだろう。


 ……なるほど。若干厄介事の臭いはするが、罠ではないっぽい。この話がまとまるなら経験値稼ぎのついでとして楽に儲けることができそうである。世界一位(の豪邸)にまた一歩近づくだろう。ただ、ユカリはかなり忙しくなりそうだ。


「さっきはああ言ったが、全て任せて大丈夫か?」

「ええ、私にお任せください。ご主人様の望まれる形に整えてご覧にいれましょう」

「頼もしいな。しかしそうじゃない。負担はないかということだ」

「負担ですか?」


 意外そうに、きょとんとしている……のかしていないのか。ユカリは表情の変化が微小すぎて時たま判断に困る。


「鍛冶や俺の身の回りの世話や秘書に加えて、取引の場にも立つなんざ……俺だったら過労でぶっ倒れそうだ」

「私がやりたくてやっていることです。大したことはありません。私にとってみれば世界一位を目指す方が何倍も大変だと感じますが」

「……そうかな?」


 ちょっと考えてみたが、ベクトルが違いすぎて比較にならなかった。でもそう言われて悪い気はしない。


「それに……暗殺と違って、やり甲斐がありますから」


 ユカリは少し俯いて、上目遣いにそんなことを言った。そして更に言葉を続ける。


「俺がなんとかしてやると、ご主人様はそう約束してくださいました。ですから私は、仄暗い過去を振り返ることなく、ご主人様を信頼してただ邁進するのみです」


 ほんのちょっぴりだけ微笑むユカリ。


 素直に嬉しかった。

 彼女は何があっても付いてきてくれる。その覚悟がある。その思いが伝わってくる。であれば、俺は彼女の期待を裏切るわけにはいかない。


 なるべく早く、しかし着実に、正確に、慎重に育成をしていこう。そうして世界一位への日々を一歩ずつ進んでいこう。それが俺のためになり、彼女のためになり、皆のためになると信じて。


「早く世界一位にならないとなぁ」


 俺はそう言って苦笑いした。“世界一位”で、ふと嫌なことを思い出したのだ。


 ユカリも察したのか、若干の呆れ顔をしている。


 何を察したのか。それは世界一位のためには避けて通れない道。


「明日の朝にまた出すから、とりあえず覚悟だけはしておいてくれ」

「かしこまりました……が、正直申し上げまして私は打ち解けられる自信が微塵もありません」

「俺もだよ……」


 精霊大王アンゴルモア――世界一位を目指すにおいて非常に強力な武器となり得る存在。ただし、彼(彼女?)と打ち解けることができれば。


 明日のことを考えて憂鬱になった俺たちは、頭を抱えながら各自就寝した。




 翌日、朝食後。

 3人は俺の部屋に集まっていた。


「それじゃあ召喚するぞ」


「ま、待ってくれ。あと少しで心の準備が」

「……ちょっとこわい」


 シルビアとエコは少々緊張しているようだ。それもそうだろう。なんせ昨日は地面に這いつくばらされたんだからな、圧倒的な力で。


 精霊はシステム上は俺に逆らわないはずだ。ゆえに俺は安心できているが、彼女たちにはそれが分かっていない。朝食の時に何回か説明してみたが、それでもやはり不安は拭えなかったようだ。


 また、一つ気になることがある。それは、アンゴルモアは俺に敵対することはなくても、シルビアたちには敵対してしまうんじゃないかということだ。俺が「敵対を許可しない」と命令したとして、従うかどうかも分からない。少なくともメヴィオンでは「敵対するな」なんていう命令はできなかった。果たしてどうなるやら。


「よし、いいぞっ」


 シルビアは炎狼之弓を握り締めて力んでいる。いざとなったら武力行使、ということだろうか?


「あたしもいいよ!」


 エコの方は分かりやすい。何かきても岩甲之盾で防ごうってことだろう。しかし盾に隠れて耳しか見えていないのはどうか。


「私も構いません」


 ……ユカリもちゃっかりエコの盾の後ろにいる。


「あっ、ずるいぞ!」


 シルビアも行った。えぇ……。


 まあいいや、召喚しよう。


「行きまっせー」


 俺は《精霊召喚》でアンゴルモアをよび出した。

 部屋の中央に召喚陣が展開される。初回召喚時の大きな陣とは違って、直径2メートルほどの小さな陣だった。



「――我がセカンドよ! どういうことだッ!」


 アンゴルモアは現れるやいなやいきなり怒りだした。格好が仰々しいので迫力満点である。3人は完全に盾の後ろに隠れてしまった。


「あー、普通の感じで出てきてくれてありがとう」


 俺はとりあえずお礼を言っておいた。こんな狭い部屋の中で巨大な腕だ暴風だとやられちゃ困る。


「……次は普通にと頼まれたから仕方なく応じただけである」


 口を尖らせながら言う。拗ねてるのか? こいつ意外と素直なやつかもしれない。


「そんなことより説明を求む。我は何故すぐに送還された? 我が偉大なる力が必要なのではないのか?」

「いや、今のところ必要ない。ただいずれ必要になる」

「そうか、承知した。ん? いや待て。答えになっておらん」

「バレたか」

「その、我がセカンドよ……我の扱いが少しぞんざいではないか? 我は精霊大王であるぞ? 全ての精霊の頂点に君臨する精霊の大王であるぞ?」

「だからどうした。俺なんか全世界で一位だ」

「何とッ! 我がセカンドは然様な傑物であられたか! そうかそうか、フハハ! 全精霊の支配者たる我の主に相応しい!」


 うわあ、すっごい扱いやすい。こういう人がオレオレ詐欺とかに引っかかるんだろうなぁ。


「なあ。ふと気になったんだが、お前は男か? 女か? 何歳だ? それと何と呼べばいい?」

「我は精霊大王。性別などない。歳などない。いや、男でも女でも、1歳でも1万歳でも構わない。名はアンゴルモア。好きに呼んでくれていい。アングーモワでもアングレームでもよいぞ」


 何でもありかこいつ。


「そうか分かった。アンゴルモアと呼ぼう。それと、仲間を紹介する」

「我がセカンドの仲間か! 世界一の仲間、実に興味深い」


 シルビアとユカリが恐る恐る盾の後ろから出てきた。エコも盾の横からぴょこっと耳を出して様子を窺っている。


「左からシルビア、ユカリ、エコだ」

「ほう……分かるぞ。シルビアは弓の名手であろう。ユカリは腕の良い鍛冶師だ。エコは盾を扱うのだな。実に均衡のとれたチームである」


 おおっ! ……おお?


「どうして分かる?」

「分からぬ。しかし我がセカンドを通じて我に何かが入ってくる……ん、おお、おおお! 分かる、分かるぞ!」


 現在進行形で知識が共有されているのか?


「アンゴルモア。初代天皇は誰だ?」


 試しに聞いてみる。まあ、これは流石に分かるわけが――



「神武天皇であろう!」



 …………。


 ヤッベェぞこれ……。


「ハッハッハ! 分かったぞ我がセカンドよ。我を神武以来じんむこのかたの天才だとそう言いたいのだな! なあに我がセカンドには劣る。いや、我がsevenと呼んだ方が――」


 送還!!



「…………ふぅ」


 何とか事なきを得た。

 3人のハテナ顔から見て、ギリギリセーフといったところだろう。


 深呼吸で心を落ち着けてから、俺は再度《精霊召喚》でアンゴルモアをよび戻す。


「急に送還するでない! 驚くではないか!」


 怒っていた。

 俺は無視して、心の中で必死に「俺の情報を明かすな」と念じ続ける。


「ぬ……うむ、うむ。承知した」


 通じた!

 ……なるほど、この奇妙な一体感はそういう念話的なもののためのシステムなのね。クソったれ。


「お前も何か念じてみろ」

「(聞こえるか我がセカンドよ)」

「(聞こえる聞こえる、凄いぜ)」

「(ほう! これは何とも心地良い感覚だ)」

「(同じく。なんだろう、この、一体感?)」

「(ああ。一体感であるな)」


 ふむ、ふむふむ……良いなこれ!? 良すぎるぞ。戦術の幅がものごっつ広がった。メヴィオンにはなかった念話システムと精霊大王アンゴルモア、この2つは世界一位の道に大きく貢献してくれそうだ。テンション上がってきた。


 特にアンゴルモアは全精霊の中で最もレアな精霊だ。精霊には進化というシステムがあり、最終的な精霊強度はあまり大きな差にはならないように調整されているが、アンゴルモアにはそこから頭一つ抜きん出る特性を持っている。


 それは『雷属性』だ。火水風土の四大元素を支配する、精霊大王たる証。メヴィオンでは雷属性という名の無属性と言われていた。アンゴルモアは、属性間にある関係「火>土>風>水>火」という絶対のルールから外れる属性攻撃を放つことができる。具体的には、有利属性時1.25倍ダメージとなる仕組みから外れ、全属性に対し一律1.1倍ダメージである。これは非常に大きなアドバンテージとなる。なんせ不利属性が存在しないのだ。ぶっ壊れと言っていい。


 そして。

 “一体感”のせいか、不思議と「雷属性魔術」の使い方が分かる。


 ――まさか。


 試しに【魔術】のスキル欄を見てみると、《雷属性・壱ノ型》~《雷属性・伍ノ型》まで全て16級で習得していた。



 ………………えっ。


 こんなの知らないぞ俺! メヴィオンの【魔術】スキルに雷属性なんて存在しなかったはずだ。アンゴルモアを手に入れたプレイヤーが使えるようになるという話も聞いたことがない。


「(なんか凄いの覚えてるんだけど!)」

「(然もありなむ。我らの相性が良いのだろう)」

「(相性……相性ねえ)」


 そんな簡単な単語で片付けていい問題ではない気がするが……理由はサッパリ分かんねえ。

 まあいいや喜ぼう。


 いよっしゃあああああああッッ!!!!


「はは、はははは!(俺たち、上手くやっていけそうだな!)」

「ハッハッハ! ハァッハッハッハ!(御意である、我がセカンドよ!)」


 俺とアンゴルモアは笑いながら念話する。こんなこともできるんだな。

 一時はどうなることかと思ったが、アンゴルモアを引けて本当に良かった。これから時間をかけてチームの3人とも是非に打ち解けてほしいものだ。



「……なあ。あの2人は一体何をしているんだ?」

「恐らく念話のようなものかと」

「念話、か? 精霊術師にそのような技術があるなど聞いたこともないが……」

「ええ、私もです。精霊大王だからなのでは? もしくはご主人様だから、としか」

「どっちもありそうで困るな」

「かえった? もうかえった?」

「いや、まだいるぞ」

「うーっ……」


 こうして、脂っこい仲間を一人加えて、ファーステストの日常がまた始まる。




「ら、らららランバージャック伯爵家だと!?」

「ららら~!」


 しばらく経ち。

 テンションが上がって調子に乗り始めたアンゴルモアを無理矢理に送還して部屋を静かにしてから昨夜の顛末を話すと、シルビアは突如ららら星人と化した。そういう面白いことはエコが真似するからできればやめてほしい。


「知っているのかシルビア」

「し、知っているも何もないぞ! ランバージャック家といえばかの有名な“木こり伯爵”ではないか!」

「木こり、伯爵……!?」


 な、なんだその超絶にダサい二つ名は……!


「商業都市レニャドーは元は林業で栄えた町だったそうです。それがここまで大きな都市となったのは、ひとえにランバージャック家の手腕であると評されています」


 ユカリの補足説明。なるほどそれで“木こり伯爵”か。うーん、ダサい。聞けば聞くほどダサい。


「それだけではないぞ。ランバージャック家はルーツが木こりだからか代々武闘派で知られている。現当主のバレル伯爵はかなりの切れ者だと噂だが、確りと文武両道のようだ。加えてご子息ご令嬢の兄妹は相当に腕の立つ冒険者だと聞いている」


 へぇ! 伯爵家の嫡男と令嬢が冒険者をやっているのか。そりゃなかなかに自由奔放なご家庭だ。


「兄のヘレス・ランバージャックは剣術に秀でているようですね。第一王子のクラウス・キャスタルと良い勝負のようです。そして妹のシェリィ・ランバージャック、彼女は……」

「……彼女は?」


 ユカリは言葉を止めて焦らす。その表情は、珍しいことにどこか悪戯めいた微笑を浮かべていた。


 そして、彼女の口はゆっくりと開かれる。


「――なんでも、“天才精霊術師”と呼ばれているそうですよ。ご主人様」


お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
つ、次は勝てる、、、はず!おそらく、多分!
大負けしとるやないかい
[一言] 「(店内のファミチキ全部くれ)」
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