04 迫真経験値稼ぎ部・序盤の裏技
「うー……」
二日酔いでズキズキと痛む頭を持ち上げて、部屋を見渡す。
昨晩は調子に乗り過ぎた。異世界転生祝いという大義名分のもと、慣れない酒をがぶ飲みしたのが良くなかった。ここはもうゲームの中じゃあなく現実なんだから、そりゃ二日酔いするっちゅーねん。
今は……窓から差すお日様の光からして、だいたい10時くらいだろうか?
「あ、そうだ」
俺はふと思いつき、インベントリにストックしてある解毒ポーションを取り出す。
親指ほどの小さな小瓶だ。クイッと一杯飲み干す。
「おお、おおおっ!」
スッキリ爽快! 酒は毒物扱いなんだな……。
こういうネトゲの時とは違った細かい要素も調べていく必要がありそうだ。何があるか分からないからね。
何故そんな面倒くさい実験が必要あるかって、そりゃ今日から俺は世界一位を目指すからだよ。
「さて、朝メシでも食いながら今後の方針を固めるか」
長年のソロ活動でもはや癖のようになった独り言を呟き、一階の酒場へと下りていく。
「あっ、こんにちはセカンドさん。昼食ですか?」
もう昼時だった。
「ええ、そうです。カレーライスお願いします」
「かしこまりました~」
やけに愛想の良いウェイトレスに注文しカウンターに着席。思考に耽る。
まず目下の課題としては、やはり「必須スキル」の習得だろう。
このメヴィオンにおける必須と呼ばれるスキルの数々。習得していなければ脱初心者どころかお話にもならない。
となれば、優先順位の第一は「経験値稼ぎ」に置き換わる。
メヴィオンのゲーム性は主に経験値システムで成り立っている。スキルを覚えるためにも経験値が必要で、ステータスを上げるためにも経験値の積み重ねが必要だ。ステータスは経験値獲得時ならびにスキル習得時≒スキルランクアップ時に伸び、キャラクタ作成時の成長タイプと習得しているスキル種およびランクによってその伸び方が変わる。経験値の獲得方法は単純で、魔物を倒すかクエストを成功させるかのどちらかである。
スキルは近距離戦闘術・遠距離戦闘術・魔術・生産など多種多様にわたり、各スキルに16級~1級その上に初段~九段までのランクが設けられている。更にその上に「タイトル」と呼ばれる特別ランクが存在するが、それについては今考えても無駄だろう。もちろん、スキルランクを上げるためにも大量の経験値が必要となる。
「あれ、そういえば」
俺はカレーを食いながらステータス画面を開く。
ああ、やっぱり。この『セカンド』の成長タイプも『seven』と同じく「オールラウンダー」だ。
オールラウンダー型とは経験値獲得時におけるステータスの伸びが偏りなく均一で、よく言えば世界一位向け、悪く言えば器用貧乏である。まあいずれ全てのスキルを上げ切って世界一位を目指すのだから、ステータスが変に尖ってしまう特化型より全てのステータスを完璧に上げ切ることのできるオールラウンダーの方が圧倒的に良いと言える。そのかわり序盤は辛いが……。
――と、すれば。
使うしかない、あの方法を。
俺は空になったカレー皿をカウンターに返して「ごちそうさま」と一言伝え、朝食の時間を逸したせいで別料金となった食事代を払って酒場を後にした。
向かった先は、王都で一番大きなポーション専門店だ。
「この『解毒・解呪・回復ハイポーション++』をあるだけください」
「は……はっ!?」
俺の言葉に「意味がわからない」といったような顔で唖然とする店員さん。
「あの、失礼ですが、在庫を含めますとものすごい金額に……」
「何個ありますか?」
「えー……現在630個ほど御座います」
「じゃあ全てください」
「は、はぇえ……」
店員さんは目をぐるぐると回しながらこくこくと頷いて、店の奥へと引っ込んで行った。多分在庫を取りに行ったんだろう。
解毒・解呪・回復効果を持つ二段階強化のハイポーション、1個あたり12万CLである。
12万CL×630個=7560万CL
大した額じゃない。
630個だと少し心もとないが、まあ仕方ないとしよう。
「お、お、お待たせしましたぁ」
汗だくで630個のポーションを運んできた店員さんにお礼を言って、商品を確認。特に問題なし。現金で一括払いして、ポーションを全てインベントリに詰め込み、店を後にした。
さて。
この高級ポーションで一体何をするかと言うとだ。
それは、かつてメヴィオンの中で「ダイクエ戦法」と呼ばれていた、反則級の序盤の経験値稼ぎである。
このダイクエ戦法とは、昔の8bitゲーム『ダイナソクエスト』に存在した「固定ダメージを与えるアイテムを回避率の高い敵に投げつけて倒す」という小技を参考に編み出された経験値稼ぎの方法だ。
何処の変態が発見したのかは知らないが、実は解毒と解呪と回復の効果を併せ持つポーションにはアンデッド系の魔物に対して固定ダメージを与える効果がある。
本日購入した『解毒・解呪・回復ハイポーション++』は、アンデッドに固定で1200ダメージだ。
これは「ヴァイパーゾンビ」というアンデッド系の中でも比較的経験値がおいしい中級魔物のHPをギリギリ削り切るダメージ量である。
すなわち、ヴァイパーゾンビにこいつを投げつけることで、初級者でも確殺できるのだ。
素晴らしく楽ちんで簡単で効率の良い経験値稼ぎの方法であるが、しかし、この方法は一部の廃人のサブキャラでしか行われていなかった。
何故なら、途轍もなくお金がかかるのだ。
ダイクエ戦法を使っていわゆる中級者と呼ばれるレベルのスキルとステータスを用意できる分の経験値を稼ぐには、このポーションが最低でも一万個必要だった。計12億CLである。そんな金額をポンと用意できるのは、やはりメインキャラを他に持っている者くらいだろう。
それに加えて、魔物を倒した際に得ることのできる経験値は、自身の累積獲得経験値量によって変動する。すなわち、経験値を得れば得るほど弱い魔物から得られる経験値が少なくなってしまう。つまり、ヴァイパーゾンビが雑魚になるくらい経験値を上げて強くなってしまったら、もうこのダイクエ戦法は意味をなさないのだ。
よって、ダイクエ戦法は序盤の経験値稼ぎとしては(金に糸目をつけなければ)非常に優秀だが、それはあくまでも序盤のみであり、中級者以降は通用しない。
ただまあ可及的速やかに強くなる方法としてはこれ以上ないくらいの裏技なのだが。
「まさか俺がやる日が来るとはなぁ……」
王都から馬で2時間ほど進んだ鉱山の裏手にある大洞窟の奥。有名な狩場のはずだが、人っ子一人いない。
もしかすると、この世界ではまだダイクエ戦法は発見されていないのかもしれない。もしくはポーションが高価すぎて誰もやらないか、はたまた初級者の数が少ないのか。いまいち謎だが、誰もいないということは狩り放題ということだ。ラッキーラッキー。
そんなこんなでしばらく進んでいると、あることが判明した。大洞窟の中はゲームの時と比べて異様に暗かった。インベントリから雑貨屋で買っておいたカンテラを取り出し、左手に持って先へ進む。一番高い値段のカンテラを買ったからか、今度は洞窟内が異様に明るくなった。
「……うわぁ」
いた。発見した。うごめくヴァイパーゾンビたち。体長1メートル超のヘビのようなウツボのような気持ち悪い魔物だ。見ているだけでもおぞましいのに、粘液がこすれ合ってネチョネチョと音を立てていておまけに腐臭が酷いという五感に訴えかける最悪の状態である。
とっとと終わらせて帰りたいから、ターゲットを取られないようにこっそり近づき、ポーションを一つずつ投げつける。
バジュウ、バジュウ――と、とてもポーションとは思えない音をたてて、ヴァイパーゾンビが一匹もう一匹と瞬時に蒸発して逝く。
あっ……なんか気持ち良いかも。
一掃したら、次の狩場へ。それを延々と繰り返して元の狩場に戻ってくると、また湧いてきているので一掃する。
そうして一切の休憩をとらず、ひたすらポーションを投げ続け、ついに630個全てを投げつくした。
経験値量は、まあ及第点。この調子なら、近いうちに必須スキルを大方取り切ってスキルランクも少し上げることができそうだ。
「しまった、日が暮れたか」
洞窟から出ると、日が暮れていた。
思った以上に真っ暗だ。そして買ったばかりの俺の馬が見当たらない。そこそこ高かったから不安になる。
「ブヒヒィン」
……と思ったらいた。黒毛だからか暗くてよく見えないだけだった。おお、よしよしセブンステイオー。お前黒毛で分かりにくいぞ。なんとかしろ。
「あ、そうだったそうだった」
そこでふと思い出す。経験値がそこそこ手に入ったため、乗馬スキルを習得することにした。習得条件は5分以上馬に乗ることなので既に満たしている。そしてランクを16級から一気に9級へと上げた。
乗馬スキルは9級から加速と精密と安定が跳ね上がる。必要経験値量も少ないので、序盤は9級で止めておくのが一番コスパが良いというのは常識だ。
「よーし帰るぞセブンステイオー」
俺はセブンステイオーにまたがって帰路を急いだ。鉱山から王都への道はベータ時代に何度も何度も往復したので目を瞑ってでも行ける。
しばらく行くと街灯が見えてきた。やっと王都だ。メシ食って酒飲んで風呂入って寝よう!
「止まれ! 貴様、何者だ!」
…………おおっと。なんか嫌な予感がする……
お読みいただき、ありがとうございます。