36 爆アゲボンバー
やぁー、朝からテンションアゲアゲ!
なんてったって、今日はいよいよプロリンダンジョンの攻略だ。
俺は昨夜の沈みようが嘘みたいにイキイキとして、元気に朝食をとりつつ皆に作戦を伝えようと考えをまとめる。
え、躁鬱? いやいや、そんなわけないそんなわけない。
世界一位を目指すやる気はガンガンだし朝から食欲だってスゴイ。ただまあ少しばかり考えがまとまらないし体はちょっとだるいし世界一位以外のことにはやる気のやの字も起きないが……きっと大丈夫だろう。
「今日はプロリンに潜ろうと思う」
「かしこまりました……しかし、私たちだけで攻略しても鍛冶ギルドには認めていただけないかと」
「え? なんで?」
「ダンジョンの攻略というのは大勢で行うものです。『集団攻略』という形で、冒険者ギルド主導で定期的に行われています。ですから、何処の誰とも分からないチームが単独で攻略したと宣言しても……」
「嘘だと思われるってことか?」
「はい」
「ミスリル合金を目の前で見せても?」
「ええ。ミスリルはプロリンのボスからだけではなく通常の魔物からでも取れなくはないものらしいですから」
Oh...テンションサゲサゲ案件発覚だ。
「じゃあ何周もしてミスリルを大量に集めたらどうだ?」
「……そうでした。何周もできるんでしたね」
ユカリは「有り得なさすぎて忘れていました」と一言、考え直す。
シルビアは首を傾げながらも共に考えている。エコは難しい話が始まって早々、隙間風に揺れる観葉植物の葉っぱをてしてしと叩いて遊んでいた。
「それならば集団攻略を待たずして鍛冶ギルドとの取引はできそうです。しかし横槍を入れられた冒険者ギルドは黙っていないでしょう」
「あー、なるほど」
集団攻略というのをどのくらいの周期でやっているのかは不明だが、それを横から掻っ攫うように攻略してしまったら、せっかく声をかけて集めた大勢の冒険者たちの目の前でギルドのメンツを潰すことになるってワケだな。そりゃあ恨まれるに違いない。
「では、その集団攻略に参加してセカンド殿が獅子奮迅の活躍を見せれば良いのではないか?」
シルビアが頭上にクエスチョンマークを大量に浮かべながらそう言った。彼女なりに良い線いっている指摘だ。だが一つだけ致命的な欠点がある。
「Fランクのチームを入れてもらえることができればな」
「む、そうか……」
未攻略ダンジョンの集団攻略なぞ、冒険者として功成り名遂げるにはこれ以上ないチャンスだろう。王国中から猛者たちが集まってきているはずだ。そこにド新人のFラン馬の骨チームなど入れてもらえるはずもない。
だからといって勝手に攻略してしまえば、誰も信じてくれないし冒険者ギルドは敵に回るし……ああ、八方塞がりだ。
「できるだけ冒険者ギルドへ貢献し、何回か先の集団攻略への参加を認めていただくのが最も良い策かと」
ユカリが冷静に言う。彼女はおそらく最初からそのつもりだったのだろう。でなければ昨日の時点で冒険者登録をすべきだという主張はしないはずだ。
しかし、それだと一体何ヶ月かかるんだ? 流石にコツコツやる気にはなれない。これは俺がまだゲーム的な考えをしているからなのか? それとも比較的寿命の長いダークエルフと普通の人間の時間感覚の差というやつか?
「…………あ」
そこで、俺はふと思い当たる。
「なあ、ユカリ。要は冒険者ランクが高ければ集団攻略に参加できるんじゃないか? というかAランクなら単独攻略したというのも認めてもらえたり?」
「え、ええ……極論ですが、そうなりますね。しかしAランクを目指すくらいならば、地道に貢献して集団攻略の参加権を得る方が効率的では」
「いや、良い方法を思い出した」
「良い方法?」
そう、メヴィオン時代ではクソの役にも立たなかった“あの方法”――『爆アゲボンバー』を。
「よし! さっそくプロリンダンジョンへ行くぞ」
俺は「えっえっ?」と困惑気味の面々を連れて、気合充分に歩きだした。
爆アゲボンバー。
これは冒険者ランクを爆速で上げることのできる方法である。
ただし、メヴィオンにおいて冒険者ランクなどというものは大して意味のない称号であり、上位のプレイヤーになればなるほど無駄だと分かっているため即座に切り捨てていた要素であった。ただ、そんな無価値なものにさえ「多分これが最速」というランクの上げ方を見つけ出す者がいるあたり、ネトゲーマーの多様性を感じる。
この最速ランク上げ方法は、確か最短でも6日かかったはずだ。6日もの時間をかけて冒険者ランクを上げようなどという物好きはネットゲーム時代でさえなかなかいなかったため、ほとんど忘れ去られた古の情報である。俺はこの方法に使われる“あるテクニック”と関連付けてたまたま覚えていた。それが今になって役に立ちそうだというのだから、知は力なりってなもんだな。
さて。
6日でAランク。一体どのようにして? と思うだろうが、その実は単純である。
ダンジョン内で一定周期的に自動生成されるアイテム『魔力結晶』――これを集めて冒険者ギルドへと納品する、これだけだ。
魔力結晶は「無制限の納入可能アイテム」の中では最も効率良く「ギルド貢献度」を稼げるアイテムで、大量収集さえできればこれ以上ないランク上げの方法となり得る。
プロリンダンジョンでは1日あたり約128個の魔力結晶が生成される。1日83個納入したとして、6日でAランク相当のギルド貢献度が溜まる計算だ。すなわちこの魔力結晶を約500個納入できればAランク達成である。
何故1日あたり83個しか納入しないのかというと、これは「しない」のではなく「できない」のだ。魔力結晶は全部が同時にニョキッと生えてくるわけではなく一定周期で少しずつ生成されるため、必ず待ち時間が発生してしまう。ゆえに寝ずに取り続けない限りはいくら頑張っても1日あたり85個前後が限界なのである。
では、その魔力結晶は一体ダンジョンの何処にあるのか。答えは「隠し部屋」だ。
この隠し部屋に、魔力結晶は“大量に”存在している。ゆえに隠し部屋にさえ辿り着くことができれば、Aランクなどチョチョイのパーである。
そして、その隠し部屋へと至る方法が、爆アゲボンバーの由来となった「爆発ジャンプ」という隠しテクニックなのだ。
また、プロリンダンジョンは乙等級ダンジョンの中で最も隠し部屋の多いダンジョンである。魔力結晶を集めるなら、おあつらえ向きな場所だ。
俺がプロリンを好きな理由は「広大で綺麗な洞窟」という以外にこれがあった。この隠し要素の多さは、なかなかにゲーマー心をくすぐられる。爆発ジャンプなどの様々なテクニックを駆使して隅々まで攻略するのが当時はかなりの快感だった。
さて、話をまとめよう。
俺たちはこれから6日でAランクを目指して冒険者ギルドへ貢献度を溜めていく。そのためには魔力結晶を1日83個を目安に納入しなければならない。ゆえに、プロリンダンジョンに数多ある隠し部屋へと入る必要がある。そして、その隠し部屋への入り方が――
「ばくはつじゃんぷ?」
爆発ジャンプ、またの名を「悲惨ジャンプ」だ。どうして悲惨かって、《火属性・参ノ型》略してヒ・サンだ。
俺の説明を聞いたエコは、口をぽかっと開けたままコテっと首を傾げた。
「ああ。これからエコがジャンプした瞬間その足元に俺が風属性参ノ型を撃ってから、シルビア→俺の順番でエコの足元に火属性参ノ型を弓で放つ。エコはそれを角行盾術→桂馬盾術→金将盾術の順番で防いでくれ。全て“下向き”だ」
つまるところ「通常のジャンプより高く飛べる裏技」である。上手くいけば20メートル近くの高さを飛ぶこともできる。これは参ノ型と《角行盾術》《桂馬盾術》《金将盾術》が全て九段なら1人でも可能なテクニックだが、スキルランクが低い場合は2人以上必要な技だ。
「わかった!」
エコは元気に返事をした。
「おい大丈夫なのか? 本当に大丈夫かこれ?」
シルビアが不安げな表情で言う。エコのMGRなら大丈夫だと思うが……一応、リハーサルをやっておくべきか。
俺は改めて辺りを見渡した。
そこらじゅう灰色に輝くゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていて、縦にも横にも広い大きな大きなダンジョンである。しかし縦の穴は相当に深く、横の穴は相当に入り組んでいるため、強い光で照らさないと薄暗く不気味だ。
周辺にいた魔物は既に一掃している。プロリンダンジョンは『ゴレム』という岩石でできた大きな魔物がわんさか出るのだが、《飛車弓術》九段で一発~二発なので大した脅威ではない。そのくせ経験値は美味しいので、スキル上げには打ってつけだ。
また、プロリンダンジョンの地形は縦長に吹き抜けた太い幹のような大洞窟と、その枝葉のように上下左右へと伸びた迂回路の小洞窟という2つの形を有しており、とにかく広く大きくそのうえ複雑に入り組んでいる。
そしてありとあらゆる場所に隠し部屋があり、網羅するのはまさに至難の技。何処が何処に繋がっているかなんて、流石の世界一位でも全ては覚えていない。ゆえに、テキトーに爆発ジャンプして吹っ飛んだ先が大洞窟で落っこっちゃいました、なんてなったら目も当てられないので、練習の場所は慎重に選ぶ必要がある。
「よし、ここで練習しよう」
俺は大丈夫そうな場所を決めると、エコを壁際に寄せ、その足元に狙いを定めて《風属性・参ノ型》を準備した。
「行くぞ、ジャンプ!」
シルビアの準備も整ったところで、俺が号令をかける。
ぴょんっとジャンプしたエコの真下で、俺の《風属性・参ノ型》によって空気が膨れ上がり、それを《角行盾術》で防いだエコはドーンと3メートルほど打ち上げられた。その直後シルビアの《火属性・参ノ型》と《桂馬弓術》の複合が飛来し爆裂、エコはそれを《桂馬盾術》で弾く。ノックバックの効果が縦方向の推進力となり、先ほどの倍以上の高さを更に飛び上がっていく。そして最後に俺の《火属性・参ノ型》《桂馬弓術》複合でフィニッシュ。《金将盾術》で弾いたエコはビョーンと高度を伸ばす。地上から15メートル強といったところだな。これなら十分だ。
「っきゃっはー!」
エコが満面の笑みで下降してくる。
…………。
「よ、よろしいのですか!?」
「……あっヤベェ忘れてた!!」
「ちょっ!?」
テンパるユカリ、今更気付く俺、慌てだすシルビア。
着地を考えていなかった! メヴィオンなら少しHPが削れるくらいで何の問題もなかったが、ここは現実だ。エコに痛い思いはさせられない!
「エコ! 角行!」
咄嗟の判断で、そう叫んだ。
直後、エコが盾を構えた。俺は落下地点に《水属性・参ノ型》で簡易的なプールを作る。
ドッバーン! と、盾と水がぶつかり合って弾け、間欠泉のように水しぶきが上がった。
「…………!」
着地したエコは地面にぺたんと座って、目を丸くして驚いている様子だ。
すると、クワっと表情を引き締めて、立ち上がる。
「はっはっはっはっ」
びしょびしょになったエコが耳をピンと立てて一目散にこちらへ駆けてくる。息が荒い! 俺は何処か怪我をしたのかと不安になり、こちらからも駆け寄った。
「せかんど! もっかい! もっかいやって!」
エコが非常に楽しそうな顔でそう催促してきた。俺の周りをぴょんぴょんと跳ねておねだりしてくる。
怪我がなくて良かったが……なんか心配して損した気分だ。シルビアとユカリも安堵しつつもどこか呆れている。
「OK次は本番な」
「わかった!」
俺はそう伝え、お目当ての場所へと足を進めた。
「ぜんぶとったー!」
「そうかー、じゃあ降りてこーい」
プロリンダンジョンにおける魔力結晶の大量発生ポイントは3つほどある。その全てが隠し部屋で、悲惨ジャンプができないと登れないくらい高い場所だ。縄なんかをかけても登れなくはないだろうが、そんなに時間をかけていると後ろでまたゴレムが湧いてくるし、そもそも隠し部屋の存在すら知らない者がほとんどなのだろう。
そのせいか、3つのポイントを1周回ってエコに収集させただけで魔力結晶が100個も溜まった。結晶の発生場は手つかずだった。誰にも取られたことのなさそうなでっかい天然魔力結晶が大量にあったのだ。このペースで行けば6日でAランクなんて余裕のよっちゃんだな。
「よーし、納品しにいくぞ~」
俺たちはルンルン気分で地上へと戻った。
「こ、これ、って……!?」
ギルドの受付嬢は目を丸くして驚いた。
「ほ……本物……! 魔力結晶が、こんなに……!」
彼女は口をあんぐりと開けた驚愕の表情で俺と魔力結晶を交互に見る。
いやあ、実に気分が良い。
「うちのチーム、これでCランクになりますよね?」
冒険者ギルドのランクアップルールは「ギルド貢献度」が全て。ゆえにどれだけセコい方法でも貢献度さえ上げてしまえば飛び級も可能で、トントン拍子にAランクを達成できるはずだが……果たして現実のギルドだとどうなるか。できればそのままのシステムであってほしい。
「……え、ええ、はい! そうなります!」
よしよし、いいゾ~。これでFから一気にCランクだ。思ったよりちょろいな冒険者ギルド。あとは「Aランクに上がるには魔力結晶の納入だけでなく云々」とか言われないことを祈るのみだな!(フラグ)
「全てギルドに納品する。金は全額預け入れる。ランクは個人もチームも上げておいてくれ」
「かしこまりました!」
「ありがとう、カメリアさん。明日もまた持ってくる」
「か、かしこまりましたぁ」
俺は彼女の胸元の名札を見て名前を呼び、ぱちっとウインクした。
……自分でやっていて全身に鳥肌が立つくらい気色の悪いキザな行為だったが、この容姿でやると効果は抜群なようで、受付嬢のカメリアは頬を赤く染めてとろ~んとした目で俺を見送っていた。悪名高き冒険者ギルドとはいえ、受付嬢との間であればなかなか良好な関係が築けそうだ。
「セカンド殿……」
「…………ご主人様」
仲間たちに白い目で見られるという代償はあるが。
というかユカリの目が怖すぎる。そんなに気持ち悪かったのだろうか。まあそうだろうな。
「ほ?」
エコはいつものアホ面である。俺はなんだか優しい気持ちになって、エコの顎を撫でつつポケーっと開いているその可愛いお口をそっと閉じさせた。
「……あ、さて。あと5日間は結晶集めるついでにゴレムを倒して経験値稼ぎだ。んでAランクになったらさっさとプロリン攻略して周回、ミスリル合金で荒稼ぎ。金稼いだら王都に家を買う。こんな感じで行こう」
俺は誤魔化すように今後の展望を語る。
シルビアとユカリはそれでもジト目をやめてはくれなかったが、話には乗っかってきてくれた。
「うむ。ついでの経験値稼ぎは賛成だ。まだしばらくはユカリの鍛冶スキルを優先か?」
「いや、鍛冶はもう優先する必要はない。経験値配分はメンバー全員で均等に設定しておく」
「ということは、また各々のスキルを上げていくのだな」
シルビアは腕を組んで納得するように頷いた。顔が少し綻んでいる。自分のスキルを上げて強くなっていくのが嬉しいんだろうな、多分。分かるわー、俺も最初の頃はそうだった。あの頃が一番ゲームをゲームとして楽しんでいた気がする。
「ところで、シルビアさんは魔弓術、エコは盾術ですが……ご主人様は何をお上げになるのですか?」
ふと気になったように、ユカリが聞いてきた。
……ふむ、俺か。
そうだな、弓術・剣術・魔術ときて――そろそろアレを上げてもいい頃だろう。
俺はユカリに視線を向けると、満を持してという風に口を開いた。
「俺は明日から、召喚術を上げるぞ」
お読みいただき、ありがとうございます。