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35 難儀


「セカンド殿。どうして未攻略ダンジョンの情報をそこまで詳細に知っているのだ?」


 シルビアの質問は俺の急所をクリティカルに捉えていた。


「……あー……」


 俺は言葉に詰まった。

 どうする。言い訳するか、もしくは、明かしてしまうか。どうすればいい。


「出会った頃から……薄々、気付いてはいた。何かワケがあるのだろう?」


 そう、その通りだ。理由がある。とても一口では説明できない、俄かには信じられないようなワケが。


 シルビアの放つ真剣な雰囲気を察知し、エコとユカリもこちらへ視線を向ける。「そうではない」と分かっていても「責められている」ようで落ち着かない。そう感じるということは俺の心の何処かに後ろめたい気持ちがあるに違いない。だったらもういっそのこと打ち明けるか?


 否。打ち明けない方がいい。


 俺の事情は、彼女たちの理解を遥か超える。理解を超えたものは“怖い”。だから伝えるべきではない。ここにきて今までの関係を崩すべきではない。世界一位が、遠ざかる。


 すると、そんな俺の悩みを知ってか知らずか、シルビアは凛とした表情で口を開いた。


「……私は、貴方を信頼している。よければ話してほしい。どんな事実でも受け止めよう」


 強い――素直に、そう思った。


 その信頼が崩れるかもしれない事実を、それでも聞こうと踏み込む勇気。己の信念を貫き通す気概。何事も偽らない高潔さ。あまりにも真っ直ぐで、揺らぐことのない芯。シルビアにはそれがある。


 俺なんかが、絶対に真似できない、真似してはいけない、純粋で誠実で澄みきった強く正しい心だ。


「シルビア」


 だから――


「悪いが。誰に対しても、俺の秘密を明かすことはない」


 ――俺は、逃げた。


 秘密を認め、それを絶対に明かさないと宣言する。シルビアの強さに甘え切った一方的な決断。

 でもさ、ここで逃げなきゃ俺じゃないんだ。ここで逃げなきゃあ、世界一位の、あの頃の俺にはなれないんだよ。


「いつか話す、なんて言わない。決して、死ぬまで、誰にも、明かさない……すまん」


 俺は頭を下げる。この場はこれで収めてくれと、そしてまたいつもの日常に戻ろうと、そう願って。


 シルビアは、しばしの沈黙の後「ふふっ」と笑ってから、慈愛に満ちた表情で言った。


「私は一向に構わない。ただ……つらくなったら、いつでも前言撤回していいぞ」


 シルビア・ヴァージニア。

 ……良い女だ。心底そう思った。




  * * *




 ご主人様が部屋へと戻った後、私たち3人はこっそりと会議を開いた。

 議題は「ご主人様の秘密って何なのだろう?」というもの。しかし――


「あの。正直言って、私はどうでもいいのですが」


 本音を言い放つ。

 そう、私はご主人様がどのような秘密を抱えていようと全く問題はない。それはエコも同じのようで、こくこくと頷いている。


「いや、私もそう思ってはいるが、ちょっと気になるじゃないか」


 シルビアさんはお茶目に笑ってそう言った。

 まあ……確かに。


「しかし、主人の秘密を詮索しようというのは……」

「む。気になっていたんだが、ユカリはもう奴隷ではないのだろう? 何故セカンド殿をまだ主人と呼んでいる?」


 おっと。この人、中々に目ざといですね。


「私はご主人様の身の回りのお世話をするとお約束いたしましたから」

「ほほう? 身の回りの世話か。差し詰めメイドといったところか?」

「ええ、相違ありません」

「そうかそうか、でもおかしいなあ。メイドが初任給で2000万CLも貰うのか?」

「それは鍛冶師としての報酬ですが、何か?」


 しかもその2000万CLはもう既に『特級メイド服』を購入してほとんど使い切っている。ご主人様は王都に素晴らしい豪邸を購入されるとのことですから、私のメイド姿のお披露目はその時にいたしましょう。でなければこのエセ女騎士に何を言われるか分かったもんじゃありません。ちなみに特級メイド服はその値段だけあってか見たところかなりの高性能でした。しかしメイド風情が着る服にどうしてここまでの高級品を作ろうと思ったのかは謎ですね。


「メイドと鍛冶師、両立できるのか?」

「ええ、見事に両立して見せましょう」


 シルビアさんは「ぐぬぬ」という表情で黙り込む。ふふ、勝ちました。


「あたしもめいどしたい!」


 エコがびしっと手を挙げて言う。しかしそれは許せない。


「駄目です」

「えーっ」


 私のアイデンティティですからね、そう易々とは渡しません。


「それより、ご主人様の秘密を予想するんでしょう? 話を戻しましょう」


 私がそう言うと、シルビアさんは組んでいた腕をほどいて口を開いた。


「そうだな。思うに、セカンド殿は他国の諜報員なのではないか?」


 なるほど、鋭い予想ですね。だとすればダンジョンの情報に詳しいのも頷けますし、私たちに素性を明かせない理由も納得です。


「さっきは守秘義務に触れる情報をうっかり喋ってしまったから、少し強めに否定したというワケだ」

「しかし……諜報員だとすれば、どうして世界一位を?」

「あっ、そっかぁ……」


 さて。考え直し、ですね。


 私たちはうーんうーんと唸りつつ、あれこれ案を出し合う。


「まさか、宇宙人か? もしくは超能力者?」

「みらいからきたひと!」

「異世界人という線も……」


 そんな有り得ない予想を立てながら、私たちの夜は更けていった。




  * * *




 早朝にペホの町を出てから西へ5時間。

 生い茂っていた草木が減り、だんだんと土臭くなってきた頃、鍛冶の町『バッドゴルド』が山間に見えてきた。


「よし、鍛冶ギルドでミスリル合金の卸先を確保したら早速プロリンに潜るぞ」


 俺は「善は急げ」とセブンステイオーを鍛冶ギルドへ向けて疾走させる。久しぶりのプロリンダンジョン、早く潜りたい気持ちで一杯だった。


「セカンド殿! どうしてそんなに急ぐんだっ?」


 なんとか追い付いてきたシルビアが少し後方から聞いてくる。


「乙等級の中じゃあ、プロリンが一番好きなんだ!」

「いや理由になってないぞ!」

「行きゃ分かる!」


 俺はそうとだけ言って笑うと、鍛冶ギルドへ急いだ。




 それから1時間後。

 俺たちはまだ鍛冶ギルドにいた。


 良さそうな卸先はごまんとあった。だが、引き受けてくれる所は1つもなかったのだ。何処へ話を持っていっても「嘘つけミスリル合金を安定供給するなんて絶対無理だゾ」と突っぱねられるのである。


「まあ、こうなりますよね」


 ユカリが呟く。確かに、よくよく考えてみれば何処の馬の骨とも分からない奴が「明日からミスリル合金卸しますよ」なんて言ってきたら俺でも信用しないだろうな。


「どうすればいいと思う?」

 俺は恥もなくユカリに聞いた。


「一度、大々的にプロリンダンジョンを攻略して名声を得るのがよろしいかと。実力を示せば恐らくは信用してもらえます」

「となると、冒険者ギルドか?」

「ええ、そうなります」


 うわあ……すっげえ嫌だ。前世の頃から冒険者ギルドには嫌な思い出しかない。


「他に方法は思いつかないか?」

「特には浮かびませんね」

「シルビアとエコはどうだ?」

「分からん」

「わかんにゃい」


 2人とも分かんにゃいらしい。


「じゃあ、冒険者ギルドに登録せずに攻略したらどうなる?」

「より面倒くさいことになるかと」

「だよなぁ……」


 素性を明かさないまま攻略して冒険者ギルドに目を付けられ「誰だあいつは! 看過できん!」となるよりは、従順なフリをして「うちのエースだ! 期待しているぞ!」となった方が幾分かマシだ。


 まあ、それもこれも冒険者ギルドの人間が“まとも”だった場合に限る。ただ大抵の場合はまともじゃない。登録せず攻略してしまえば、奴らは何をしてくるか分かったものではないのだ。

 付きまとわれるだけで済めばいいが、鍛冶ギルドに根も葉もない噂を流して邪魔をしてきたり、取引先に圧力をかけて妨害してきたり、もしかすれば暗殺者を送ってくるかもしれない。俺の知っている「メヴィオンの冒険者ギルド」そのままなら、十分に有り得る可能性だった。


「……仕方ないか。宿とったら冒険者ギルド行こう」


 俺は諦めて、肩を落としながら宿屋へと向かった。




「登録したいのですが」

「あ、は、はいっ! こちらへどうぞ!」


 受付嬢はやたら愛想が良かった。こういう時に超絶美形アバターの恩恵をこれでもかというほど感じる。


 俺は登録手続きの書類に必要事項を記入して受付に手渡した。チームで登録した。チーム名は『ファーステスト』、メンバーは俺を含めて4人だ。


 初歩的な説明はいらないと拒否して、人数分のギルドカードを受け取る。冒険者における身分証、ギルドにおける通行手形のようなものだな。ギルドカードの内容は、チームランク個人ランクともにFとなっている。ランクはF~Aまである。


「新人冒険者手引きや、各種講習会のご案内は」

「いえ結構です」

「そ、そうですか……では料金の方が、4人の登録とチーム登録で合わせて14万CLになります」

「…………はい」


 金貨を支払って、受付を後にする。


 俺はどんどんと機嫌が悪くなっていた。自分でも分かるくらいに。


 様々な理由が重なっていた。早くプロリンに行きたいところを邪魔されているようで苛立ち、ミスリル合金を卸してやるというのに断る輩に苛立ち、関わりたくもない冒険者ギルドに登録しなきゃならん状況に苛立ち、「俺がFランク」という事実に苛立ち、金稼ぎが露骨なギルドに苛立つ。



「オイオイ! ダークエルフ連れてるぜこのヒョロ坊主!」


 ……おまけに変な奴に絡まれて、苛立ちは最高潮だ。だから嫌なんだよ。


「新入りだろォ? オレが教育してやるよ。初心者講習ってやつだ。ありがてぇだろ?」


 ヒゲ面のデカ男が顔を近づけてメンチを切ってくる。その後ろには世紀末のようなガラの悪い輩が3人。俺に勝てると思っているのか、もう勝った後の「お楽しみ」について考えて、舌なめずりをしている。


 ぶちん、と。

 俺の頭の中で、そんな音が聞こえた気がした。


「俺さあ、気になってたんだ。こういうのってさ、どうして絡まれるんだろうな?」

「あぁ~? 何がだ?」

「多分、鴨ネギってやつだ。弱そうな奴が美人を連れてるとラッキーって思うんだろ? 新人教育ってのを理由にして簡単に強請れるからな。だからお前みたいなクラスに一人はいる調子乗っちゃった勘違い不良野郎がのさばるんだよ」

「あ? 喧嘩売ってんのか? てめぇ」

「違う違う。いや違くはないけど。お前常習犯だろ? 俺はお前が悪いとは思わない。お前のような輩を放置している冒険者ギルドが悪いと思う。先生はちゃんとダメな生徒の面倒見てさ、きっちり注意してやらなきゃいかんだろ? 違う?」

「…………」


 俺が周囲を見回すと、冒険者やギルドの職員含め全員が視線を逸らす。シルビアのような正義感溢るる騎士様がいたら話は別だが、まあ「触らぬ神に祟りなし」だよな普通は。でもさあこんだけ人数いて誰も止めないってのはこれ、君たちも共犯なんじゃないの?


「新人教育ってのは、なんだ、あれか。隠語か何かか? 裏で示し合わせてんのか? お前らおい」

「おら、無視してんじゃねえぞ!」

「分かった分かったピーピーうるせぇな。さっさとかかってこいよ。正当防衛できないだろうが」

「てンめェッ!!」


 顔を真っ赤にして怒ったデカ男は、大振りのパンチを繰り出した。


 残念なことに隙だらけだ……いつでも“殺せる”。


「だめ!」


 ――次の瞬間、俺とデカ男の間にエコが割り入った。


 デカ男の拳はエコの頭にゴチーンとぶち当たる。


「あ、アヒェ……ッ」


 骨が折れたのか、デカ男は右手を押さえてよちよちと後ずさった。エコの方はビクともしていない。デカ男のSTRとエコのVITに差がありすぎたんだろう。


「てめッ! え……あれェ!?」


 後ろの取り巻き3人が加勢しようと動き出し――突如、困惑したような声をあげて床にぶっ倒れた。


「念のため縛っておきました、ご主人様」


 そういえばユカリは【糸操術】スキルを覚えていたんだな。流石は元女公爵付きの一流暗殺者、縛っている素振りすら見せていなかった。


「むっ、私の仕事がないではないか」


 シルビアは弓に手を添えたまま不満そうな声を漏らす。こいつこの狭い室内で弓を使って何をするつもりだったんだろうか? 「こんな時のために練習していた炎狼之弓キックが……」などと呟いている。弓を持つ意味が分からないと指摘するのは無粋なんだろうな多分。


「ありがとう。行こうか」


 俺は皆にお礼をして、大勢の視線を背中に浴びながらギルドを後にした。



 …………。


 少し歩いて、気が付いた。

 足が震えている。


 デカ男が怖かったのか?

 いや、違う。自分が怖くなったのだ。


 苛立ちにまかせてあのまま喧嘩していたら……下手をすれば“虐殺”していた。


 これはゲームではない。俺はまだそれを理解し切れていないのだと実感した。人を倒してしまえば、それは「PKプレイヤーキル」ではなく「殺害」になる。そう頭では分かっていても、どうしてもゲーム感覚が抜けてくれない。


 この異世界で完全無欠の世界一位になるというのは、ある意味では難しいことなのかもしれない。



「今日はもう休もう」


 3人にそうとだけ伝えて、宿の部屋に閉じこもった。


 ……苦手だ。盗賊を殺した時もしばらく震えが止まらなかった。

 今後は、余計な人付き合いはなるべく避けた方がいい。拗れた時に、怖いから。


 俺はベッドに横たわり、そんなことを考えながら意識を手放した。


お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
秘密を秘密のままとするのは強さでもあり、弱さでもある。ユカリのそれと違って、主人公の過去や事情は話したところで何にもならない。いや変化はあるかも知れないけど、良い変化が起きるかどうかは判断がつかないし…
[一言] ヒャッハー!! みんなこr・・・あるぇー?
[気になる点] 異世界人だと疑われてるくらいだから、 この世界には異世界人が沢山いるんじゃないのか? そういう意見が出るくらいだから、 打ち明けられても大してショックじゃないだろうな [一言] 自分が…
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