338 報告候補
* * *
不思議な人だ。
悪く言えば太々しい。だが、礼儀を知らぬというわけではない。
つまりは、あえてそういう態度を取っているということ。
もしくは、「そうでなければならない」という“像”があるかだ。
第一王女を相手にあえて無礼を演じる理由は、私には想像がつかない。
であれば、自分をコントロールしている線が濃厚だろう。
私と同じだ。
第一王女とは、そうでなければならない。彼にもそういった理想像があり、それに準拠した言動たらんと意識する。
セカンド・ファーステスト……油断ならない男だ。
だが、味方になった時、誰よりも心強いだろうことも確かだ。
あの戦闘力は筆舌に尽くし難い。
騎士団では二番手の実力者であるマチルダが、感謝の言葉を震わせていたほどだ。
あの震えは不安や緊張だけではない、何よりも大きいのは恐怖である。突如、目の前にドラゴンが現れ、18人の人間を食い殺した後、こちらを振り返り目が合った時の恐怖だ。
前人未到の八冠王、これほどだったとは。
しかし、私はこれを良い出会いだったと捉えたい。
いや、そうしてみせる。
次期国王として、私はこれから王国民を導いていかねばならない。
そのためにはまず、王宮の内を一つに束ねなければ。
今回の一件で、獅子身中の虫どもは、いよいよ実力行使に出てきたとわかった。
今後も多少のリスクを承知で謀略を仕掛けてくるだろう。
迎え撃たねばなるまい。これしきのことで倒れてなるものか。
運は私に向いている。
セカンド・ファーステストを味方に付けることができれば、王国の膿を出し切ることさえ可能だ。
……あの男、ひょっとすると権謀術数にも長けているかもしれん。
少なくとも、私がそう思うに至る片鱗は見て取れた。
交渉の初手に「道着をくれ」という最大級を持ち出してきたところからして、上手くやられた。
立場上、突っぱねざるを得ないが、状況上、拒否はできない。
結果、最大級の譲歩として「国王陛下への口添え」を約束させられてしまった。
よもやそれだけで道着が彼の手に渡るなどとは思えない。合気術はヴァリアント王家の秘伝、他国の人間にそう易々と伝えられるようなものではない。
そうなると、私は次点のお礼を用意する必要が出てくる。
恐らくは、またしても道着のような無理難題を要求されるのだろう。
これを繰り返す限り、王国内での彼の立場は上がる一方だ。
一体どのような目的があってヴァリアント王国を来訪するのかはわからないが、彼の狙いの一つはそれだろう。
加えて、ヴァリアント王家の内情についてもある程度は把握していると見ていい。
でなければ、王女である私が合気術を習得せんとしていることなど、予想がつかないはずだ。
一つ安堵できることがあるとすれば、彼は帝国の人間ではなさそうだという点だろうか。
私が「帝国に筒抜け」と、間接的に彼を帝国の人間だと言い表した際、彼の左眉が微かに動いた。
あの場における左眉の反応は、恐らく直感的な否定。私が読んだ帝王学の本にはそのような記載があった。
であれば、何処の差し金なのか……いや、考えるだけ無駄だろう。少なくとも帝国の人間ではないということだけわかればそれでいい。
……それにしても、彼はやけに合気術に詳しい様子だった。
私にもう少し知識があれば嘘だと明確に見抜けたかもしれないが、現状では判断がつかない。
まあよい。彼が嘘をついていたかどうかは、いずれわかるだろう。そして、嘘をついていたとして、その意味と理由も。
ヴァリアント王家の認める以外の者が、合気術を知っているわけがないのだから。
* * *
早馬で王都を訪れた帝国の使者は、先だって国王セオドア・ヴァリアントにアウロラ王女への襲撃とその無事を伝えた。
「なんと……そうであったか。よくぞ伝えてくれた」
セオドア王は僅かな動揺を見せたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、使者を労う。
すると使者は、表情を一切動かさず、ロボットのように報告を続けた。
「ナト・シャマン近衛騎士長より、お言伝を預かっておりますので簡潔に申し上げます。今回の事件については、帝国領内にて起こったものであるため、帝国が責任を持って調査し、本日より12日以内に報告することを約束いたします。以上です」
「……そうか」
有無を言わせない言葉。
セオドア王は、頷くよりない。
マルベル帝国とヴァリアント王国は、このような力関係にあった。
元将軍とはいえ、近衛騎士長風情が、一国の王に対してこれほど上から物を言っても、国王は文句の一つも言えないのだ。
「また、現時点で判明している重要事項について申し上げます。盗賊20人中2人をマチルダ・ハルモニアが征伐、18人をセカンド・ファーステストが捕縛し制圧、生き残った騎士バレント・マッコイもまたセカンド・ファーステストによって捕縛され、謀略を企てた疑いで聴取中とのことです。アウロラ・ヴァリアント第一王女殿下、マチルダ・ハルモニア、セカンド・ファーステストは現在、王都へ向かっており、到着は明日を予定しております。詳細は書状をご確認ください」
「!?」
使者は淡々と伝えるべき事実を伝える。
しかし、その報告の内容には、謁見の場にいた全員が驚きに目を見開いた。
聞き逃せない単語はいくつもあったが、何よりも一つだけ、耳を疑うよりない人名があったのだ。
セカンド・ファーステスト――名前だけなら誰もが知っている、あの前人未到の八冠王である。
「何故……何故、セカンド・ファーステスト八冠が、アウロラのもとに?」
セオドア王は動揺を隠しきれず、何故と繰り返して使者に問いかけた。
「たまたま通りがかったと聞いております。当人は、国王陛下に用事があると口にしていたとのことです」
「余に、か」
よもや、たまたま通りがかったなどという世迷言は、誰も信じるわけがない。
だからといって、セカンド・ファーステストの目的が見抜けるわけでもない。
とはいえ、残された時間はあまりにも少ない。
明日にも、セカンド・ファーステストは王宮を訪れるというのである。
「……わかった。報告、ご苦労であった」
セオドア王は帝国使者との謁見を早々に切り上げて、思考を次へと切り替える。
「レグルス伯、娘たちにアウロラの無事を伝えて参れ。事の経緯については、問われた場合のみ説明せよ」
「は」
ビビ・レグルス王領伯は、セオドア王からの命令を受け、胸に手を当ててお辞儀をした。
彼は31歳の若き伯爵であるが、この大事における姫への報告を任されるほどに重用されている。
そして、聡明でもあった。
セオドア王が口にした、「問われた場合のみ説明せよ」という言葉。それは即ち、「この事件が王位継承を巡る骨肉の争いの発端だと理解している者にのみ説明せよ」といった意味合いである。
第四王女エルシィは11歳、第五王女オリヴィアは9歳、第六王女以下は当然それより幼い。理解できているのは、甘めに見積もっても第四王女までだろう。
ゆえにビビ・レグルス伯爵は、第二王女イヴリン、第三王女ウィロウ、第四王女エルシィへと今回の事件の詳細について伝えることを決めた。
それは、セオドア王が考えた通りの三人であった。
王の一言から、ここまで推察できる。だからこそ、彼は重用されている。
加えて、彼の叔母は、第四王女エルシィ・ヴァリアントの母。つまり彼は、エルシィと従兄妹の関係にあたる。それもまた、重用される理由の一つには違いない。
だが、誰も彼の今の立ち位置を縁故だと非難することはなかった。
彼は内外の認める王領伯であり、セオドア王の右腕なのである。
……ビビ・レグルス王領伯は、廊下を進みながら考えを巡らせていた。
一体、何が起きているというのか。
セカンド・ファーステストの存在は、あまりにもイレギュラー過ぎる。
まず真っ先に疑うのは、帝国の差し金。
しかし今さら、帝国がそのような奇計を案じる必要などないことは明白だ。
であれば、キャスタル王国か。
そう考えるものの、企みは全くもってわからない。
ただ一つわかることは――。
「アウロラ殿下、一歩も二歩もリードといったところでしょうか」
◇ ◇ ◇
「ふぅん、あの姉様がねぇ……」
赤茶色のサラサラの長髪をポニーテールにした美しい少女が、冷たい目をしてそう呟いた。
報告を終えたビビ・レグルス王領伯は、既に退室している。
イヴリン・ヴァリアント第二王女――17歳の彼女は、王位継承序列第2位である。
彼女はビビ・レグルスが苦手であった。否、今となっては警戒すらしている。
「よく切り抜けられたものだわ」
多少の侮蔑を含んだ声音で、しかし称賛するように口にする。
イヴリンにとって、アウロラは「よくできた姉」であった。
ただ、よくできているだけの姉だ。
甘ったるい環境でぬくぬくと育った優等生。八方美人の立派な第一王女を演じるその面の皮だけは傑作だと認めている。
つい最近になって、ようやく次期国王となる自覚を持ち始めた。アウロラのそんな弛みきった様子を見て、イヴリンはあからさまに嘲笑していた。
嘲笑して当然だと、彼女は自分を正当化する。
何故ならば、イヴリンは、骨肉の争いに身を置く覚悟など生まれた時からしていたのだ。
そして今の今まで、片時も忘れたことはない。
いつ殺されてもおかしくない立場だとさえ考えている。
自分の身を守るのは、最終、自分しかいないのだ。
ゆえに彼女は、ただひたすら自己研鑽に励んだ。
この王宮の中で、己の身を守り抜くために。
「……王になるのは、私」
瞑目し、自分に言い聞かせるように口にすると、イヴリンは立ち上がった。
今日も稽古がある。
山心館道場へと入門してから7年、一日たりとも休んだことはない。
ビビ・レグルスは、報告の終わりに、イヴリンへとこのような発破をかけていた。
アウロラ殿下は運を味方に付けておいでです――と。
イヴリンは内心それを鼻で笑った。
未だ合気術を学んだことのない姉が、運を味方に付けたところで何になるのかと。
10歳で山心館入門を許されたことは、イヴリンにとって唯一と言えるアドバンテージ。
これがあったからこそ、自分はここまで生き延びてこれたのだと、彼女はそう信じていた。
アウロラの運気が今から上向いたのならば、イヴリンの運気は7年前から上向いていたと言える。
イヴリンは改めて心に誓う。
絶対に負けないと。
“血筋”や“才能”ではなく、“努力”こそが正義であると証明するのだ。
でなければ……生まれてきたことすら馬鹿らしく感じてしまうから。
◇ ◇ ◇
第三王女ウィロウ・ヴァリアントは、実の姉であるアウロラの身に起きた事の顛末を知り……静かに涙を流した。
「お姉様、さぞお辛かったことでしょう。皆も無念だったことでしょう」
彼女は、姉のために倒れた騎士たちと、姉の胸中を察し、共感し、泣いたのである。
首元まで伸びたキラキラの金髪が、俯く彼女の泣き顔を隠す。
「……ああ、セカンド・ファーステスト様。お姉様とマチルダを助けていただき、なんと感謝すればよいのでしょうか」
それから数分後。
ウィロウは涙を拭うと、見たことも会ったこともないセカンド・ファーステストへと感謝の祈りを捧げた。
部屋には彼女一人である。誰が見ているわけでもない。
それでも、床に片膝を突き、両の手を眼前で組み、一生懸命に、感謝を伝えるため祈る。
そして、道中無事で帰ってこれるようにと、アウロラとマチルダへの祈りも忘れない。
勿論、志半ばで倒れた騎士たちへの鎮魂の祈りも。
加えて、謀略に利用され倒れた盗賊二人への鎮魂の祈りも。
「いけない、こうしては居られませんわ」
時間を忘れて祈りを続けていたウィロウは、ふと我に返ると、侍女を呼び出した。
「フレヤ! 明日、お姉様がお帰りになられるそうです。旅の道中の恩人を連れていらっしゃるようですから、私からもその方に何か感謝の気持ちをお渡ししたいのです」
「殿下、そういったものは、ご自分でお考えになられた方がよいのでは」
「でもフレヤ? その御恩のあるお方は殿方と聞いておりますの。私、殿方が何を喜んでくださるのか、わからなくって……」
「殿方と言えど千差万別です。一度お会いになってから、その方に合ったものを見繕った方がよろしいかと思います」
「まあ! フレヤの言う通りですね。私ったら、ちょっぴり気が早かったみたいですわ」
ウィロウは上目遣いにはにかみながら言うと、くるりと侍女のフレヤへ背を向ける。
それから、暫しの沈黙が流れ……その頬の熱が引いた頃、彼女は口を開いた。
「――お姉様へ斯様な仕打ちをした者を許してはおけません。この件、調べていただけますか?」
侍女のフレヤは、無言で目を見開いた後、恭しく一礼し、こう返した。
「仰せのままに」
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