337 かしま姉妹、マシマシか
蛇に睨まれた蛙。
今のアウロラとマチルダは、まさにそう言い表すよりない状況だった。
たった一人で18人の盗賊を無力化し、あまつさえ捕縛し、挙句は遥か後方で逃げ出そうとした恐らくは裏切り者の騎士まで捕らえた男。
この男がヴァリアント王国の人間であれば、二人は安堵できたかもしれない。
だが、何処の誰だかわからないのだ。それが一番恐ろしい。
「た、助けていただいたこと、感謝する」
マチルダが微かに震える声で口にした。
純粋な感謝ではない。相手の出方を窺うような、駆け引きの感謝であった。
「おう、貸しだな」
「!」
男は粗野に笑って、そんなことを口走った。
マチルダは目を見開き、アウロラは目をぱちぱちとする。
その言葉遣い、そして言葉の内容も、明らかにアウロラのことを知らない者の反応だった。
「こっ、このお方を何方と――!」
騎士として、言わざるを得ない。マチルダは、男のアウロラへの態度を正すべく声を荒らげる。
そんな彼女をアウロラは手で制し、ゆったりと口を開いた。
「私はヴァリアント王国第一王女アウロラ・ヴァリアント。貴方の助けが無ければ、私は間違いなく命を落としていた。心より感謝を申し上げる」
そして、誰もが見惚れるような流麗なお辞儀を披露した。
たった今、死にかけたばかりだというのに、アウロラは既に平常心を取り戻しつつある。否、少なくとも、そう見えるように振舞うことはできていた。
そんな彼女の胆力に、男は「へぇ」と感心して、名乗り返す。
「セカンド・ファーステストだ。ヴァリアント王国に用事があって通りがかった。ちょうどよかったよ」
「セカンド……ファーステスト……!?」
マチルダは、その名前に驚愕する。
東の帝国の更に東の王国で、年に二度行われる御前試合、タイトル戦。二人は実際に目にしたことはなかったが、その噂は多分に耳にしていた。特に、前人未到の八冠王を達成した人類最強と名高い男については。
「貴方が、あの……」
予想の遥か上。それがアウロラの正直な感想だった。
八冠と言えども、同じ人間だろう。ぼんやりとそう考えていた。だが、実際は――。
「お、お待ちを。ちょうどよかったというのは、どういった意味合いか?」
一拍置いて、マチルダが指摘する。
アウロラはその指摘にハッとした。
よく考えてみれば、それはまるでアウロラがここで盗賊に襲われることを知っていたかのような口振りだったからだ。
もしそうだとすれば、単純な身内の犯行ではなく、帝国のマッチポンプだった説が浮上する。もしくは、ヴァリアント王国内に帝国と通じている者が存在するか。
二人が険しい表情をする中、セカンドは「ああ」とこともなげに反応し、さらりと口にする。
「折角だし一緒に行こうぜ」
* * *
驚いた。
まさか王女様だったとは。
それも第一王女だ。
こりゃあ、話が早そうで助かる。もしかしたら、ライトが書いてくれた紹介状を使わずに済んでしまうかもしれない。
「――信じられぬ。まさか全て持っていくとは」
そんなアウロラ王女は、ご立腹の様子だ。
現在、俺とアウロラ王女と近衛騎士のマチルダさんは、馬車の中にいる。
捕縛した18人の盗賊と、左足が吹っ飛んだ騎士と、転がっていた遺体は、俺が呼び付けたナト・シャマン近衛騎士長によって全員連れていかれた。
ナトは「また面倒事を云々」と俺にジト目を向けながら言っていたが、しっかりと仕事は果たしてくれるあたりが彼らしい。おまけに新しい馬と御者も用意してくれた。勿論、文句を言いながらだが。
しかし、この盗賊の回収、俺は「処理が楽でいいじゃん」と気楽に考えていたのだが、彼女たちは気に食わなかったようだ。
「なんで怒ってんの」
「セカンド・ファーステスト殿! アウロラ殿下に対する言葉遣いはくれぐれもお気を付け願いたい」
「マチルダ、よせ。我らの恩人だ」
「しかし殿下、それとこれとは」
「よいのだ。私が気にしないと言っているのだから、彼はこのままでよい」
マチルダさん、言葉遣いにうるさいな。騎士ってのは皆そうなのか?
それにしてもアウロラ王女は心が広い人だ。ライトなんか未だに無礼者無礼者うるさいのに。
「して、何故怒っているか、か。理由は二つある」
「殿下、話してしまってもよいのですか?」
「構わん。こうして巻き込んでしまった以上、話すよりあるまい」
アウロラ王女は俺に向き直ると、怒っている理由を丁寧に説明してくれた。
「一つは、帝国領内で起きた事件だからと、馬車以外の全てのものを回収されてしまったことだ。調査は約束させたが、もしもこの事件の首謀者が帝国中枢と繋がっていた場合、証拠隠滅は避けられないだろう」
「なるほど」
「もう一つは、一人生き残ったあの騎士だ」
「あいつ、裏切り者だったんだろ?」
「そうだ。内通していたゆえ盗賊からは手加減され、一時は倒されたフリをして、隙をついて逃げるつもりだったのだろう」
「……近しい人間だったか」
「悲しいことにな」
身近な人間に裏切られたわけだ。そりゃ怒りの一つや二つ湧いてくるだろう。
それにしても、なんだか殺伐としているな。政治ってのはどうしてこう血生臭いんだろうな。
「セカンド・ファーステスト殿、改めてお礼を申し上げる。私にできることがあれば、なんなりと言ってくれ。可能な限り応えよう」
俺が窓枠に頬杖をついて話を聞いていると、アウロラ王女は居住まいを正してそんなことを口にした。
ラッキー。じゃあ、なんなりと言ってやろう。
「“道着”をくれ」
「!!」
遠慮せずに要求すると、アウロラ王女とマチルダさんは驚きの表情を見せる。マチルダさんに至っては口をあんぐりと開けていた。
「……貴殿は自分が何を言っているのかわかっておいでか?」
そして、マチルダさんは言葉の端々に怒気を滲ませながら尋ねてきた。
何かマズイ事を言ってしまったのだろうか?
「わからん。何?」
「はぁ……」
俺が聞き返すと、溜め息で返された。呆れられちゃったかな?
説明する気も失せるといった様子のマチルダさんを見たアウロラ王女は、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「道着とは、我がヴァリアント王国において極めて神聖なもの。建国の父である初代国王陛下によって認められた二つの道場へと入門した者でなければ、着用は許されていない」
「そんなに大層なもんなのか」
「ええ。それが如何ほどの価値かと問われれば、私ですらまだ袖を通したことがないと言えばわかってもらえるだろうか?」
王女様でも着られない代物らしい。そんなもん、いくらワガママ言ったところで無理だな。
「結論を言えば、道着は差し上げることができない。しかし貴方が道場へと入門すると仰るのなら、国王陛下への口添えは約束しよう」
まあ、それで手を打っておくのが無難か。
いや待て、その前に、一つ気になることを言っていたぞ。
「アウロラ……殿下?」
「好きなように呼んで構わない」
「じゃあ、アウロラさん。さっき、まだ袖を通したことがないと言っていたが、いずれは通すつもりなのか?」
「!」
俺が質問すると、マチルダさんがぴくりと反応を見せる。
なんというか、マチルダさんはわかりやすくていいな。彼女のおかげで核心を突いたという手応えを感じられた。
「ご明察恐れ入る。私は近々入門する予定だ」
「殿下!」
「よい。どうせ我が王家の事情など帝国に筒抜けだろう。ならば少しでも正直に話し、恩人への心証を良くしたい」
この王女様、わりと思い切った性格の人のようだ。
ただ勘違いしてほしくないのは、俺が帝国の人間ではないということ。状況的に言っても無駄だろうから言わないが。
「我が父セオドア・ヴァリアントの子は、12人全て女子。父に兄弟はおらず、王位継承権を持つ者は実子以外に存在しない。ゆえに我らの代で、男系継承は途絶えることとなる」
「えっ」
12人も子供作って、みーーーんな女子だったのか。凄いなそれ。姦しいどころの騒ぎじゃなさそうだ。
ああ、なるほど、つまり……。
「最近になって、ついにこれ以上子供を作れなくなって、方針転換を余儀なくされたということか?」
「その通り。ゆえに長女である私が、王位継承序列1位。今となっては当然、合気術も身に付ける権利がある」
序列1位、なんとも良い響きだな。
「もっと前から覚えときゃよかったのに」
国王の認可で道場に入れるのなら、王女のアウロラさんは幼い頃から覚え放題だったろうに。
俺が思ったことを口にすると、アウロラさんはフッと笑って返した。
「女はそう簡単に認められんよ。まあ、過去に例外はあったが、長い歴史の中でも片手で数えるほどだ」
男尊女卑が根強い国のようだ。そして国王は、娘といえども厳しく扱う人らしい。
「残念なことだ。覚えていたら、あんくらいの盗賊、屁でもなかっただろうな」
「……合気術とは、そんなに強力なスキルだったか?」
相手が合気術を使えないとわかっている合気術ほど強いものはない――なんて言ってしまうと、俺が合気術を熟知していることを不審がられてしまうかもしれない。
アウロラさんは首を傾げている。よくわかっていないようだ。この様子だと、本当に合気術を使えないらしい。
そんなアウロラさんの顔を見ていると……駄目だと知りつつも、なんだか言いたくなってきたぞ。
「合気術は、受けと投げの二つを使い分ける。金受には金投、飛受には飛投で対応しなければならない。もし失敗すれば、大抵が一発ダウンだ。相手が合気術を使えないとわかってんなら、片っ端から一方的にダウンを取っていける」
「やけに詳しいのだな?」
我慢できずに教えてしまった。そしたら案の定、アウロラさんは訝しげな顔で俺を見てきた。
「世界一位だからな」
「理由になっていないが……まあよい」
不思議なことに、アウロラさんはそれ以上の追求をしてこなかった。
マチルダさんは、今にもガルルルと聞こえてきそうなくらい怖い顔で俺を威嚇している。
「話は戻るが、私ができるお礼とすれば国王陛下への口添えくらいのものだ。それで納得いただけるだろうか?」
「ああ、十分だ。よろしく言っといてくれ。道場は二つあるんだっけ?」
「風心館と山心館の二つ。それぞれ名前の通りの道場のようだ。風心館は行雲流水、自然体を重んじる道場で、山心館は確固不動、どっしりと構えた道場と聞く」
「聞いてもわかんねーな。見てから決めたい。アウロラさんはどっちに入る予定なんだ?」
「私は……どちらになるだろうな? 自分では選べないのだ」
アウロラさんはそう言って苦笑した。
王女様は道場すら自由に選ばせてもらえないらしい。
……もしかしたら、どっちが教えるかで争いが起こっていたりして。
「早く決めてほしいものだ」
俺が呆れ顔を見せると、アウロラさんは俺の考えていることを察したのか、困ったように笑ってそう口にした。
どうやら本当に一悶着あるようだ。
なんだかなあ。本気で王女様のことを思って争ってんならいいが、どうにもクソくだらねー争いな気がしてならない。
「安心していいぞ。俺がどっちがいいか見極めてやるから」
「ほう、それは頼もしい」
「なんなら俺が教えてやってもいい」
「……そ、そうか」
アウロラさんは引きつった笑みを浮かべる。
いまいち俺の意図がわかっていないようだ。
まあ、いい。いずれ嫌でもわかる。
「ああ、王都に着くのが楽しみだ」
俺はそう言って不敵に笑った。
二人は、俺の唐突な言葉にぽかんとしている。
アウロラ・ヴァリアント第一王女――彼女は聡明だ。きっと、俺を恐れながらも利用しようとしている。
おそらくは、王位継承権を持つ妹たちに対する切り札として。
いいじゃないか。乗ってやる。
たとえ如何様な謀略があったとしても、その全てを薙ぎ倒してみせよう。
誰にも俺は止められない。
さあ、王国の諸君。どっちの道場がどうとか、言っていられるのも今のうちだけだぞ――。
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