336 悔いに西へ死にに行く
「ほら、これがヴァリアント国王セオドア・ヴァリアント宛の紹介状だ。感謝しろよ? 僕が誰かのために紹介状を書くなんて最初で最後なんだからな」
オリンピアとジョーと一緒に昼メシを食べて戻ってきたら、ライトが紹介状を準備して待ってくれていた。
受け取って、封書を観察する。
なんか、思っていた十倍はちゃんとしたやつだった。
皇帝が国王へと宛てた紹介状……なんか話が大事になり始めているような気がする。
「街道を西へ急げば追い付くかもね?」
「は?」
ライトが変なことを言う。
急げば追い付くって、つまり、ヴァリアント王国の誰かがつい最近までここに来ていたってことか?
「ふん。鬼の居ぬ間に洗濯でもしていれば可愛らしいものだがな」
同席していたシガローネが皮肉っぽく口にした。
なんだかよくわからない。
「まあいいや、とにかくありがとな。上手く活用して、お前らに還元してやるよ」
とっとと“道着”を手に入れて、皆にも【合気術】を覚えてもらわないとな。
「当然のことである。帝国のためキリキリ働くがよい」
ナトとオリンピアがほんのり嬉しそうな顔を浮かべる横で、シガローネがニタニタと楽しそうな顔をして言った。
「シガローネ、セカンドは帝国の人間ではない。あまり出過ぎたことを言うな」
「は、左様でございますな。いやはや陛下が仰ると説得力が違う」
「…………」
俺がキャスタル王国に帰るのが寂しくて泣いてたくらいだからな。シガローネに皮肉を言われても仕方がないかもしれない。
それにしてもシガローネは、相手がゴルド・マルベルだろうがライト・マルベルだろうがちっとも変わらないスタンスのようだ。全く、骨の髄まで嫌味が染みてやがる。
「じゃ、またな」
俺は相変わらず最高なやつらに手を挙げて挨拶し、帝国を後にした。
* * *
第一王女アウロラ・ヴァリアントは、馬車の中で今回の帝都訪問についての手応えを実感していた。
過去、彼女はあまり外交の場に出ることがなかった。
それは彼女が、国王の“娘”であるから。代々、ヴァリアント王国の国王は男。女は王位継承権を持たないものだと軽視されている。結局は、何処ぞの国か有力貴族のもとへと嫁ぎ、政略の歯車となるに過ぎない存在だろうと。
しかし、最近になってようやく風向きが変わった。
ついぞ、男子が生まれなかったのだ。呪いだなんだと様々な噂があった。王家は女しか生まれない呪いにかけられたのだと。
国王セオドア・ヴァリアントは、方針を転換せざるを得なくなった。
次期国王は、もはや娘に継がせるよりないと。
長女であるアウロラ・ヴァリアントは、今年で19歳。まだ年若い女子だが、東の隣国マルベル帝国の新皇帝は16歳、その東のキャスタル王国国王は17歳である。
今後の長期的な国家間の繋がりを考えた時、次期ヴァリアント国王最有力候補のアウロラ・ヴァリアントこそが、新皇帝即位の祝辞を述べるに相応しい。また、国内外へ「国王セオドアは方針を転換しアウロラ・ヴァリアントを次期国王に据えようとしている」という考えを伝える意味合いもあった。
そういった思惑で、セオドアはアウロラを帝国へと挨拶に向かわせたのだ。
そして、そのタイミングは、今しかなかった。
諜報活動によって明らかにした事実。帝都にシガローネ・エレブニが不在である、今しか。
「情報通りで安心いたしました」
「マチルダ、もしもシガローネ・エレブニがいたら、私が言い負かされると思っていたのか?」
「い、いえ! その様なことは」
「嘘はよせ、わかっている。それに、私もそう考えていた。ゆえにこの時を狙ったのだ」
「……ご英断に思います」
アウロラはマチルダの様子を見て、ふんと鼻を鳴らした。
マチルダ・ハルモニアは、ウルフカットの茶髪が似合う精悍な顔つきの女性で、23歳の若さにして第一王女アウロラの近衛騎士である。騎士団内では唯一、王女の馬車の中へと共にすることを許されており、馬車の中であっても騎士の装いは微塵も崩さず護衛に意識を割いていた。
対するアウロラは、腰まで伸びたキラキラの金髪を後ろで一つにまとめ、飾り気のないワイシャツとネイビーのロングスカートという比較的ラフな格好である。
しかし、その自然体で伸びた背筋や、話す際の優雅な仕草、誰もが目を奪われる美貌は、彼女がいくらそういった格好をしていようが王女であることを隠せないほどに洗練されたものであった。
「しかしアウロラ殿下、お気を付けください。ここは未だ帝国領内。何が起こるかわかりません」
「何があろうと、マチルダたちが守ってくれるのであろう?」
「私どもにも限界はあります。奇襲は常に警戒しておりますが、絶対は御座いませんので」
「私も戦力に勘定してくれてよいぞ」
「何を仰っているんですか……」
「3人までなら負ける気はせんな」
確かに、アウロラは武に秀でていた。王家に生まれたがゆえに多くのスキル習得方法を知ることができたというのも一因であるが、単純に才能もあった。3対1でも負ける気はしないと言って笑う彼女の言葉も、あながち嘘ではない。
それを知っているがゆえに、マチルダは苦笑を浮かべた。もし本当にアウロラが戦うようなことになれば、近衛騎士の名折れである。
文武両道、賢く強い王女であるアウロラは、恐らく冗談で言っているのだろう。本当に冗談であればよいがと、マチルダは小さく溜め息を吐いた。
「!!」
馬車が急停止する。
何が起きたのか、マチルダが窓から外を確認しようとした時、外から大きな声が聞こえてきた。
「て、敵襲! 敵襲!」
「盗賊だ! 20人はいるぞ!」
「そんな、あり得ない!」
敵襲。
マチルダは否定した。偵察を放ち、常に周辺を警戒していたのだ。この近くに奇襲をかけられるような人数が隠れられる場所はないはずだった。少しでも怪しい動きがあればすぐさま報告するよう徹底させ、情報を騎士団内で共有できるようにしていたのに、どうして――。
「裏切りか」
「!」
アウロラが可能性を口にする。
マチルダは、言われて初めてその可能性に気付き、そして、自身の失敗を悟った。
「反省は後にせよ。今はどう切り抜けるか、それだけを考えればよい」
「は!」
冷静なアウロラの言葉が、マチルダの頭をクリアにする。
しかし……考えれば考えるほど、現状は信じがたいほどの窮地であった。
騎士の中に裏切り者がいるのならば、戦場で背中を斬られる恐れがある。
何人が裏切ったのか? 敵の目的は? 後ろには誰がいる?
考えが巡る中、マチルダが思い付いた方法は一つ。
「二人で逃げましょう」
「方法は」
「私が御者を」
「無理だ。これだけの騒ぎだ、馬は暴れるなりするだろうが、鳴き声すら聞こえない。恐らく逃走の足は潰されている」
「……ならば、走って」
「それしかあるまい。しかし、どうやって外に出る?」
「囲まれる前に」
「もう遅いな」
「では、盗賊と騎士がぶつかった瞬間が最も隙が大きくなるはずです」
「わかった」
アウロラは目を閉じ、心を静める。
手に力を込めても、微かな震えが止まらず、死の恐怖を自覚した。
せめて、一矢報いたい。そう考えた。
一体誰がこのようなことを。
帝国に利はない。アウロラの身柄を得たところで、今さらヴァリアント王国との関係が変わるようなことはないのだ。帝国は既に、ヴァリアント王国をまるで属国のように扱っている。国力の差はそれほどにある。
むしろ、利があるとすれば、それはヴァリアント王国側――。
「……っ……」
身内だ。
アウロラはそう確信し、顔を顰めた。
盗賊を雇い、帝国領内で盗賊に襲わせることで、邪魔な第一王女を排除し、帝国に“貸し”を作る。
では、第一王女が邪魔な存在は誰か? 最近になって王位継承の可能性が出てきた第二王女以下、すなわち、アウロラの妹たちである。
……王位とは、それほどに人を狂わせるのか。
ほんの数か月前まで、私たちは仲の良い姉妹だったはず。
アウロラは昔を思い出し、酷く悲しい気持ちになった。
そして、悔いた。認識が甘かったと。
妹やその周囲の者が、王位に惑わされ、謀略に打って出る。その可能性に気付けなかったことに。
「今です!」
マチルダの合図で、アウロラは馬車を飛び出す。
「……っ!!」
外の光景は、彼女の予想以上に凄惨なものであった。
騎士の半数が倒れ、残り半数の騎士は、今にも盗賊に殺されようとしていた。
これが人間のやることなのか?
噎せ返るような血の匂いが、アウロラの足を鉛のように重くする。
「こちらへ!」
一方、マチルダの足は止まらなかった。
襲い掛かってきた2人の盗賊を瞬く間に《角行剣術》で斬り伏せ、アウロラの手を引いて走る。
しかし、二人の行く手を盗賊が遮った。
今度は5人。
マチルダが《金将剣術》を準備して、範囲攻撃を見せると……盗賊たちは間合いを取って、二人の前方を囲むように展開した。
そこへ、更に5人の盗賊の加勢。
盗賊の相手をしている騎士は、あと3人しかいない。
「5人は私に任せよ」
アウロラはインベントリからミスリルレイピアを取り出しながら、そんなことを口にする。
強がりであった。彼女は3対1が自身の限界であると知っている。
足が馬鹿みたいにガクガクと震えた。
レイピアの切っ先も右へ左へとぶれている。
そんな彼女の様子を見て、盗賊たちはニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら、じりじりと間合いを詰めてきた。
遠くで戦っていた3人の騎士も倒れたか、それとも倒れたふりをしたのか。
残り8人の盗賊たちも、アウロラとマチルダを囲む10人の盗賊たちの加勢へとやってくる。
18対2。もはや勝ち目などあろうはずもない。
それでも、アウロラとマチルダは剣を手放さなかった。
――――刹那、雷光が一閃する。
「!?」
盗賊たちの前へと立ち塞がるようにして、一人の男が稲光と共に現れた。
男はポキポキと首を鳴らして、悠長に辺りを見回し、口を開く。
「急いで来てみたはいいけど、どういう状況?」
状況がよくわかっていないらしい。
「逃げよ!」
アウロラは叫ぶ。無関係の者を巻き込んでしまってはいけないと考えた。
この男が味方をしてくれたとしても、結局は18対3である。依然として勝ち目はない。
ならば、せめて関係のないこの者は逃がさなければ。
「へへ、逃がすかよ」
盗賊たちは、お構いなしに攻撃を繰り出した。
6人から同時に放たれた《銀将剣術》と《銀将斧術》が、男へと襲い掛かる。
「お? 熱烈な歓迎をありがとう」
男はインベントリから“お皿”を取り出して装備すると、バックステップから《金将盾術》を発動、ひらりと木の葉が落ちるような動きで攻撃方向を誘導し、盗賊たちの攻撃を次々に吸い寄せる。
盾金は、範囲誘導防御+ノックバックのスキルである。敵を密集させる立ち回り技術“シミーバック”との相性は抜群であった。
「うォ!?」
密集した状態でノックバックの餌食となった6人の盗賊は、団子状態で地面へと叩きつけられた。
その様子を見ていた他の盗賊たちは、仕舞いかけていた武器を取り出し、力を込めて構える。全員で一斉に襲い掛かる算段であった。
「駄目駄目これ許しちゃあ」
「!」
既に、男は動いていた。
インベントリから取り出したフロロカーボン16lbの釣り糸を装備し、《龍馬糸操術》を発動する。
投網のように放出された糸が、触れた盗賊たちを次々と拘束していく。
「君はいいねぇ」
一人、距離を取って《香車弓術》を準備していた盗賊へ、《水属性・壱ノ型》《土属性・壱ノ型》の複合魔魔術が放たれる。
男は遠距離攻撃で有利を取ろうとしていた盗賊を誉めていたが、その一撃はスピードもエイムも容赦のないものであった。食らった盗賊は、たった一発でダウンしてしまう。《精霊憑依》中であるがゆえに、魔魔術一発だけでも盗賊はひとたまりもなかった。
「おいお前逃げんなよ」
盗賊たちの遥か後方で、死んだふりをしていた騎士が逃げ出そうとしていた。
男はそれを目敏く見抜くと、《桂馬弓術》での遠距離狙撃を放つ。
騎士は左足が吹き飛び、その場に頽れた。
「……終わりか?」
最終的に糸でぐるぐる巻きにされた盗賊18人を背景に、男は振り返ってそう口にする。
アウロラとマチルダは、唖然とした表情で、ただただ見ていることしかできなかった。
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