335 傀儡か?
第十五章、始まりまーす。
使用人邸の食堂では、使用人たちによる使用人たちのための観賞会が行われていた。
スチーム辺境伯からスタンピードのなんやかんやでかれこれ二か月間も借りパク状態のプロジェクターが、食堂の壁に動画を映し出す。
上映されている動画は勿論、セカンドのソロボスラッシュであった。
「……誰でしょうか?」
「ウィンフィルド様が連れていらっしゃったのですから、危ない方ではないと思いますけれど……」
そんな中、明らかに場違いな者が一人、使用人たちと一緒に動画を見に来ていた。
全身を黒装束で隠し、覆面を被り、男とも女ともわからない者。
どこからどう見ても不審者である。ウィンフィルドに「動画、見せてあげて」と頼まれていなければ、早々に叩き出していただろう。
「一言も喋らねぇなあいつ」
「食い入るように見入っているね」
不審者は映像から目を離さない。
まるで脳に焼き付けているかのように、身じろぎ一つせず、映像に齧り付いていた。
「気になって集中できないですわ」
「皆は、そうでもないようだ」
シャンパーニが不満気に言うと、ベイリーズがそう返す。
周囲を見回すと、確かに、不審者のように集中して見ている者が殆どであった。
やはり、現場で一度見ている者と、そうでない者とでは、大きな差があるようだ。二人はそう解釈した。
「ご主人様は、これをいつでも何度でも見れるようにすると仰っていたよ」
「革命が起きますわね」
シャンパーニのあながち冗談とは言い切れない指摘に、ベイリーズはくすりと笑った。
そして、ちらりとミラの様子を見る。
ミラは目を爛々とさせて映像を見つめ、全身からこれでもかと言わんばかりの“やる気”を滾らせていた。
ベイリーズには、この映像が、何か途轍もないバケモノを生み出すような気がしてならなかったのだ。
それが彼女なのか、もしくは、他の予想だにしない誰かなのか。
確かにわかることは、ご主人様が求めているものはそれなのだろうということだけだった。
「…………」
映像が終わると、皆は興奮した様子で口々に感想を交換し、検討へと入る。
そんな中、不審者だけが、なんとも不思議な行動を取っていた。
「あれは、何をしているんですの?」
「……祈り、か?」
片膝を突き、両手を合わせて胸の前で組む。
不審者は無言で十五分ほどそのような祈りのポーズを取ると、満足したのか、食堂を後にした。
「信者?」
「ご主人様、宗教でも始めたのでしょうか……」
皆、茶化すように口にする。
しかし内心では、不審者の行動に対する少なくない共感があった。
ここにいる誰もが、“神”の存在を信じてなどいない。
だが、彼ら彼女らのご主人様は、彼ら彼女らにとって、言ってしまえば――殆ど神と遜色ないことをしていた。
「そりゃ拝みたくもなる、か」
エルが自嘲するように言うと、妹のエスは苦笑した。姉と全く同じことを考えていたからだ。
この場には、表には出さなくとも、夜な夜な拝んでいる者もいるかもしれない。
使用人にとって、セカンド・ファーステストとは、それほどの存在にまでなっていた。
「拝んでいる暇なんてないですわよ。ご主人様がどうしてこの映像をわたくしたちに見せてくださっているのか、よく考えなければなりませんわ」
「マージでそれ」
「コスモス貴女、語彙力なくなってますわよ」
シャンパーニの指摘に、コスモスが深く頷く。
コスモスは映像を見ている最中、「やば」「すご」「つよ」の三語しか喋れなくなっていた。
「そうなっちゃうでしょこれは」
「……否定はしませんわ」
そんな開き直りに、シャンパーニは思うところがあったのか、視線を逸らした。
シャンパーニも、ベイリーズでさえも、現地で観戦していた時は、似たようなものだったからだ。
「で、結局誰なんでしょうねあの人」
コスモスの問いかけに、皆は首を傾げるしかなかった。
* * *
今日は、帝国へ行く予定だ。
シガローネとナトもついでに送っていってやろうと思う。
「おい貴様、ここにある本を全て陛下へ献上しろ。即刻だ」
図書館に居ると聞いてやってきたが、会うなり随分な言い様だ。
「めんどくせぇからお前らが写しに来い」
「!」
そう返すと、シガローネとナトは意外そうな顔をする。
「まさか……本当に良いのですか?」
「言ってみるものだな、わはは!」
本当に貰えると思っていなかったのだろう。ナトは心配そうな表情で、シガローネは上機嫌に笑って、今読んでいた本を閉じた。
いやいや、差し上げますとも。ただし、帝国だけじゃなく、全世界にだけど。
「じゃあ行こうか」
俺が《精霊召喚》から《精霊憑依》をして、《雷光転身》の準備をすると、二人は途端に警戒心をあらわにした。
「貴様も来るのか」
「一体どのようなご用事で?」
歓迎されてなさ過ぎる。
まあ、前科がいくつもあるからな……。
「ちょっくら、ライトに用事が」
「うちのハナタレ小僧を呼び捨てにするな貴様」
「閣下、それは呼び捨てよりも問題です」
「では青二才か? それとも傀儡だったか?」
「あまりにも不敬です」
「いずれも事実である」
相変わらずだ。
「ところでセカンド、メルソン・マルベルを側室にどうだ? 中身は路傍の馬糞に勝るとも劣らない臭さだが、見た目だけは良いだろう?」
「閣下!」
「ナト・シャマン近衛騎士長殿。このような話、帝国内ではできないであろう? 神出鬼没なこの男のことだ、斯様な機会はまたとないかもしれんぞ」
「それにしても悪口が過ぎます」
「そうか、控えめに表現してやったのだがな」
「…………」
本当に相変わらずだ。
それにしても、メルソンを側室って……きっと彼女の意思とか無関係なんだろうな。あんだけ嫌われてたんだから俺。
さっきライトのことを傀儡と言っていたし、マルベル帝国ってそんな感じなのかもしれない。いや、キャスタル王国も似たようなもんだったか。
ああ、なるほど。ライトはまだまだだから相応の助力が必要だが、くれぐれも内政には干渉してくるなと。でないとメルソンのような厄介を押し付けるぞと言っているわけだ。
「大丈夫だ。ライトに用事ってのも、大したことじゃない」
俺は二人の手を取り、安心させるように言った。
「ヴァリアント王国への紹介状を書いてもらうだけだ」
そして、《雷光転身》を発動する。
ナトの「うわぁ」という顔と、シガローネの悪そうな笑顔が、雷光に照らされ浮かび上がった。
「――馬鹿! もうほんっと馬鹿! 久々に会って第一声がそれ!? 相変わらずだな! 悪い意味で!」
私室で待っていたライトへ会いに行くと、何故だかぷりぷり怒っていた。
俺は「ライトー紹介状書いてくれー」と言っただけだ。確かに、挨拶がなかったのは悪かったかもしれないが、そんなに怒ることか?
「そっちこそ第一声が罵倒なんだが?」
「お前がそうさせたんだ馬鹿!」
「こんにちは」
「今!?」
頭を抱えられた。挨拶が問題じゃなかったらしい。
「まあいいじゃん細かいことは。元気そうでよかったよ」
「人の気も知らないでこいつは……」
ライトは「はぁ」と溜め息まで吐いて、そこでようやく落ち着いた。
「で? スタンピードはどうだったの?」
「駄目だったら皆帰ってこねぇよ」
「それもそうか」
まだシガローネたちから報告を受けてないらしいライトは、スタンピードのことを気にしている様子だ。
「死人は出なかった」
「本当? それは凄いな」
「とにかく俺が大活躍過ぎてヤバかった」
「はいはい」
「疑ってんな? 今度家に来い、動画見せてやるから」
「別に疑ってないけど……動画? 動画を撮ってたの?」
「ああ、アーティファクトでな」
ライトは「ふーん」と、そこまで興味なさそうな素振りを見せる。
なんだこいつ、別にスタンピードのことを聞きたかったわけじゃないのか?
俺はライトの不機嫌の理由がわからないまま暫く世間話を続けていたが……気が付いたらライトの機嫌は回復していた。尚のことよくわからない。
「なあ、それで紹介状の件なんだが」
「紹介状? セカンド、僕に紹介状を書かせるということがどういう意味を持つかわかって言っているのか?」
「勿論」
こいつ、こんなんでも皇帝だからな。マルベル皇帝からの紹介となれば、まあ、流石に無下にはできないだろ。
「ならいい。何処へ書いてほしい?」
「ヴァリアント王国」
「……お次はあそこか」
ライトは同情にも似た表情を浮かべる。
「いや、別にお前が思っているようなことはしない。ただ、ちょっと、“道着”が欲しいだけだ」
「道着が欲しい? ……ああ、なるほど」
香車以降の【合気術】を習得するためには、道着の装備が必要不可欠である。
ちょろっと道着を貸してもらってサクッと覚えて、なんなら何着かお土産に貰えれば……そう考えているだけだ。
「わかった、僕に任せておけ。すぐに行くのか?」
「ああ」
「じゃあ昼食の後に取りに来い。それまでに書いておくから」
「サンキュー」
やったぜ。
持つべきものは弟分の皇帝だな。
「失礼のないようにな? 言っても無駄だろうけど」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「無礼者」
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