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334 暫し



  * * *




「もう帰っちゃうんですか?」



 打ち上げが終わり、これから二次会だと盛り上がる面々を尻目に、リンリンは宴会場の外へと出ていた。


 隣にはプリンスがいる。セカンドとの約束を律義に守り、帝国へ連れ帰るのだ。そしてまた教育の日々である。


 リンリンが帰ると使用人から聞いて知ったセカンドは、名残惜しそうにしながらも見送りに来ていた。



「あ、はい。泡菜パオツァイの世話も、ありがとうございました」


「いえ、そんな。こっちこそ助かりました。リンリンさんが居なかったらと思うと恐ろしいです」


「いえいえ。まあ、なんとか乗り切れてよかったです」


「はい、本当に」



 スタンピードイベントという予想外の緊急事態、ゆえの限定的な協力。


 本来、リンリンはセカンドとできる限り関わりたくなかったのだ。


 セカンドもそれをひしひしと感じ取っている。


 だが、こうして来てくれた――セカンドにはそれが、とても、とても嬉しいことだった。



「リンリンさん」



 挨拶も早々に、リンリンが《精霊憑依》を発動する。


 セカンドは、最後のチャンスだと思い、口を開いた。



「――また・・、本気でやりませんか?」


「!」



 隣にいたプリンスには、違った意味で聞こえただろう。


 リンリンは、セカンドの言葉の真意をしっかりと理解している。


 ……また。それはつまり、「再び、この世界でメヴィオンをやりませんか?」と、そういった問いかけであった。


 酒の影響か、はたまたボスラッシュの余熱か。セカンドにしては珍しい、ずっしりとした体重の乗った言葉。


 短くない沈黙が流れる。


 葛藤があった。リンリンの中でずっと燻っていた何かが、おもむろに頭をもたげる気配があった。


 セカンドがプリンスを連れてやってきた日の、あの久々の真剣勝負、序中盤で優勢を築いた時の心躍る楽しさ。


 初見のボス魔物を相手に、看破されたばかりの攻略法を見様見真似で再現し、セカンドと動きを完全にシンクロさせた時の気持ち良さ。


 嘘ではなかった。


 気付いていないふりをしていた。


 そう、あの頃の、まだ純粋にゲームを楽しめていた頃の、ひどく無防備な感情が、まだ確かに心の中にあったのだ。


 リンリンは、思う。


 直視するに堪えないと。


 彼にとってそれは、あまりにも眩し過ぎた。



「……ごめんなさい。ようやくプロ辞められたんです、暫く・・遊ばせてくださいよ」



 きっぱりと断る。


 スローライフを送るという彼の意志は、そう簡単に曲がらない。


 セカンドは噛みしめるように頷くと、笑顔を見せて言った。



「わかりました。すみません、引き止めちゃって」


「いえ。では、また」


「はい。じゃあ、また」



 リンリンは《陣風転身》を発動し、帰宅する。


 ……転移の瞬間、リンリンへと声は届いていなかったが、セカンドの口の動きはしっかりと伝わっていた。


 その言葉の意味を考え、リンリンは言葉のチョイスを間違えたかと後悔する。


 セカンドは、リンリンの勘違いでなければ、こう口にしていた。



「暫く」――と。




  ◇ ◇ ◇




 ヴィンズ新聞の女性記者ジョーイは、暗い部屋の中で一人、パルムズカムで録画した映像を確認している。


 ファーステストの使用人によって案内された部屋は、高級ホテルの一室よりもよほど上等に思えるような造りで、当初は落ち着かない思いをしていた。


 しかし、映像の確認へと入れば……もう目が離せない。周りが一切気にならなくなるほどに衝撃的な何もかもが、その小さなアーティファクトの中にしっかりと記録されていた。



「こ、こんなもの……私は、どうすれば……」



 そして、見れば見るほどこう思う。


 手に余る――と。


 この映像を公開してしまえば、今このキャスタル王国にあるパワーバランスは大いに崩れることになる。否、キャスタル王国だけではない。他国を盛大に巻き込み、軍事的、国家的な規模で波乱が巻き起こるだろうことは、誰が見ても想像に難くない。


 特に、セカンド・ファーステストの危険性・・・は、誰もが認めることになる。前人未到の八冠王というキャッチーなアイドル的存在、今まではそのようなぼんやりとした認識であったものが、たった一人でも存分に機能してしまう“大量殺戮兵器”だと認識を新たにされるだろう。


 ……スタンピードの情報を広く国民に知らせるべきだと考えていたジョーイの正義感は、勿論、この映像も公開するべきだと判断を下している。


 だが、彼女は己の正義感をぐっと押さえつけ、抗っていた。


 頭が冷え切った今ならわかるのだ。絶対に、ファーステストを敵に回してはいけないと。


 くだらない正義感や浅ましい知識欲で、命を失うようなことになってはいけない。自分は、異常ではなく、正常なのだから。




「――さて、反省は、済んだかな?」


「!」



 音もなく部屋へと入ってきたのは、ウィンフィルドであった。


 ウィンフィルドはジョーイにそう尋ねると、返答を待たずに続けた。



「君は、生かしておくことに、したよ。セカンドさんと、相談して、君の活用法を思いついたの」


「か、活用法、ですか……?」



 ジョーイは、まるで俎板の鯉だと顔を青くする。


 しかし、迂闊にも禁忌に触れてしまったのは、自分だ。そこは、ウィンフィルドの言った通り、反省は済んでいた。



「どーぞー」


「おう」


「!!」



 ウィンフィルドの呼び声で入室したのは、他でもないセカンド・ファーステストであった。


 初めて間近で目にしたジョーイは、あまりのオーラと美しさに思わず息を呑む。


 セカンドはジョーイの対面のソファに「よっこいしょ」と座ると、足を組んでから、鷹揚に口を開いた。



「まず、その映像だが、別に公開してもいいぞ」


「……え!?」



 ジョーイにとってそれは、非常に衝撃的な言葉。


 セカンドは、己の危険性を広く認知されても構わないと、そう言っていた。



「なんならヴィンズ新聞でスタンピードの記事をがっつり出してくれ。独占インタビューなんかもいいんじゃないか? 俺以外のやつらの取材もやってくれ。リンリンさんとプリンスは帰っちゃったけど、他は明日くらいまでいるだろうし」


「な、何を……」



 何を言っているのか、理解ができなかった。


 そのような記事を出せば、どのような影響があるのか、セカンドがわかっていないはずがない。


 加えてヴィンズ新聞は、間違いなく王国と帝国に睨まれることになる。


 如何様に表現したところで「国はこんな緊急事態を秘匿してたし頼りなかったけど、人間兵器たちの頑張りでなんとかなりました」と言っているようなものなのである。


 頼りなかったと思われる国も、人間兵器だと危険視される彼らも、損ばかり。


 ここまで隠してきたのだから、詳細は伏せ「突如発生したスタンピードはタイトル戦出場者たちの協力を得られたこともあり騎士団主導で抑え込むことができた」と発表すれば、丸く収まるはずなのだ。


 だが映像を見れば、明らかに入念な事前準備を行っていたことがわかってしまう上、誰がどう見てもファーステスト主導だとバレてしまう。


 映像を公開して、詳細を発表して、良いことは何一つ無いように思えた。



「それで、ジョーイさんだっけ? 一つ提案があるんだが……」


「……っ、はい?」



 ジョーイは混乱の最中、セカンドからの提案という言葉に、更に混乱する。


 ウィンフィルドの言っていた活用法とは、スタンピードの記事を書くことではなく、また別の何かなのか? その疑問は、直後に解けることとなった。



「“世界一位通信”、やってみない?」


「…………???」



 いよいよ意味がわからなかった。


 世界一位通信。やはりわからない。



「知りたい、知らせたい。それがジョーイさんの意志だって聞いてるけど、違うか?」


「いえ……違いません。私はそれを、生き甲斐にしているような節があります」


「ならピッタリだ」


「は、はあ」



 セカンドはにっこり笑うと、組んでいた足を解いて、口にした。



「スキルの習得方法とか、魔物の狩り方とか、対人戦の考え方とか、そういう基礎的なことを世間一般の人にも触れてもらえるような、そういう場が欲しかったんだ」


「それは、つまり……」


「記事でも、映像でも、なんでもいい、俺の知識を俺の代わりに纏めて、“世界一位通信”として定期的に世間に公開してくれ」


「  」



 ジョーイは絶句した。


 想像の数百倍も危険なことだったからだ。


 いや、危険どころの話ではない。仮にその世界一位通信が現実となれば、今ある社会のありとあらゆる価値がガラリと一変してしまう。


 当然、嫌がる者も多い。特にそういった知識で利益を得ている者たちは。


 十中八九、消そうとするだろう。それもまずは、消しやすいジョーイから。



「もし協力してくれるなら、ジョーイさんのことは守ると誓おう」



 ゆえにセカンドは、世界一位通信を維持するため、ジョーイも守ると約束する。


 ジョーイとしては、ファーステストの庇護下に入れるのなら、それほど心強いことはないと感じていた。


 それに、よくよく考えてみれば、自身の欲求にとても適した仕事だともわかる。


 知りたい、知らせたい。そのどちらもを満たせる仕事であることは、間違いないのだ。



「俺が今考えてんのは、うちの敷地内にプロジェクターを使った映写館を建てようかなって。そこで動画見ながら解説なんかしたりすんの、面白そうじゃない?」



 セカンドは、更にその先のことまで考えていた。もし世界一位通信が軌道に乗れば、そういった動画解説などにも需要が出てくるはず。喋りの上手い誰かに解説と聞き手をやらせて、ジョーイがそれを取り仕切る。そうして、世間一般レベルから基礎の底上げを狙うのだ。



「……セカンド様。一つだけ、伺ってもよろしいでしょうか?」


「ん?」


「セカンド様は、一体どういった目的がおありで、そのようなことをお考えに……?」



 ジョーイの中には、断るという選択肢がない。ゆえに、せめて目的を聞いておきたかった。


 そういった考えで口にした質問であったが、セカンドの回答を聞き、後悔することになる。



「ああ、単純だ。目的は二つ。一つは、基礎を広めて大勢のレベルアップを図ること。もう一つは、タイトル戦出場者からだけでなく、世間一般の人からも埋もれた才能を掘り起こせるかもしれないからだな」


「……えぇと……?」



 ジョーイは余計にわからなくなった。


 世間一般の人々に基礎を広め、才能を掘り起こす。


 それに、なんの意味があるのか?



「君に、わかりやすく、言うと、ね。好敵手が欲しい、それだけ、だよ」


「……そ、それだけ……ですか?」


「うん、それだけ」



 ウィンフィルドが、前提となる目的を伝えた。


 ジョーイは理解の範疇を超えたその単純な目的に、めまいを覚える。


 好敵手が欲しい。勿論、それだけではない。だが、簡単に言えば、それだけ。


 エンターテインメントとして、相手に合わせて加減し、本気の勝負を繰り広げる。そうして魅せることはできても、やはり限界というものがある。


 全力同士の勝負でこそ、より深い楽しみや面白みが生じるのだ。そのためには、やはりセカンドが全力を出せる相手が必要であった。


 現状でも充分に玄人の鑑賞に堪える良い試合を演出することはできる。だが、本当に心の底から良い試合というものは、互いに・・・全力を出し尽くしてぶつかり合う精神性のその先にあるのだ。


 つまるところ、好敵手が欲しい、となる。



「こ、好敵手が……」



 損得で考えている自分が馬鹿らしいとジョーイは思った。


 そんなものはとうに超越していた。


 国から危険視されようが、世間から批判されようが、社会を混乱させようが、敵を大量に作ろうが、セカンドには大して関係ない。


 それより何より、好敵手が欲しいのである。


 好敵手が欲しくて欲しくてしょうがないから、世界一位通信などという異常なことを考え付くのだ。



「これが、本物。わかった?」



 ウィンフィルドが、誇らしげにそう言った。


 ジョーイは唖然としながらも、ゆっくりと頷く。


 異常者とは、正常を見つめ続ける者。


 誰よりもそれしか見つめていないがゆえに、他は全て些事、これっぽっちも意に介さない。



「あ、そうそう。一旦この映像は預かるぞ。皆に見せたいんだ。最終的には皆がいつでも見れるような形で公開してほしいから、そのつもりで」


「は、はい」


「じゃあ、世界一位通信、そういう計画ってことで、よろしくな」



 ひらりと手を振って部屋を出ていくセカンドと、その後ろを付いていくウィンフィルド。


 二人の背中を見送った後、一体これからどうなってしまうのかと、ジョーイは頭を抱えたくなった。




  * * *




「そういえば、セカンド、さん。アーク・パラダイスは、死刑になるってさ」


「あ、やっぱりか」



 ジョーイさんと会議した後、ウィンフィルドと夜のバルコニーで風にあたっていたら、そんな話になった。


 アーク・パラダイス。アーティファクトコレクターのエルフで、一億九千五百万CLの賞金首。貴族殺しとか色々やっていたようで、まあ死刑は免れないだろうとは思っていた。



「そろそろ、かなー?」


「……ん?」



 ウィンフィルドが変なことを言う。


 こんな夜中に死刑執行するのか? いや、そんなわけがない。じゃあ、何がそろそろなんだろうか……?




「――嗚呼、居た! 会えてよかった、セカンド・ファーステスト!」



 え。


 いや、見間違えじゃない。


 どう見ても、アーク・パラダイスが庭にいた。



「お前、死刑なんじゃないの?」


「その通り。だからこうして今、逃げてきた。ワタシが珍しく息を切らせているのは、途轍もない数の騎士に追われているからさ」



 おいおいおい。



「匿わねーぞ」


「無論、君にそのような迷惑をかけることは、ワタシは良しとしない。すぐに行く」



 じゃあ何しに来たんだよ。


 俺がそうツッコミを入れようとすると……アークは何故か瞳を潤ませ、ついには涙を流し始めた。



「お別れだ。もう会うことはないだろう。陰ながら、君のことを応援している」



 律義にも、挨拶に寄ったというわけか。


 いや、わからない。なんで泣いてんだこいつ。


 捕まりそうなのにわざわざ俺に会いに来る意味もわからないし、そもそもお前は俺が捕まえたということを忘れているんじゃないか?



「…………」



 待て。


 泣きながら闇に紛れて姿を消したアークを見て、俺は捕まえようとして立ち上がったまま固まった。


 ウィンフィルドの口ぶりからして、彼女はこれを俺に見せたかったのだろう。


 ならば、そこには必ず意味があるはずだ。それも、いくつかの意味が。


 アークは俺に対して誠意を見せたということか?


 いや、信用ならない。一時は恭順な態度を取るかもしれないが、やつにも特殊な欲求がある。こっそり悪事は続けるだろう。


 じゃあ、なんのために?


 暫く考えて、ふと、ジョーイさんの顛末を思い出した。


 活用法。ウィンフィルドはそう言っていた。


 アークにもそれがあるということか。


 俺が、求めてやまないもの。


 好敵手が欲しい。ウィンフィルドはそう解釈していた。


 アークにもまた、そのような活用法がある。


 ……そうか、なるほど。



「あんこ、アーク・パラダイスをここへ」


「はい、主様。御心のままに」



 俺は《魔召喚》であんこを喚び出し、アークを《暗黒召喚》するよう指示を出す。



「――ッ!?」



 アークは、突如として転移させられたことに驚きの表情を浮かべていた。


 そして、俺の存在に気が付くと、目を見開いて硬直する。



「アーク、騎士からは逃げられても、俺からは絶対に逃げられない。よく覚えておけ」


「……失礼、それもそうか。このスキルがある限り、ワタシは」


「これが新しい首輪だ。取ったらわかってるな?」


「今のワタシがそうだったように、すぐさま喚び出されるということかな?」


「そうだ」



 俺はインベントリから隷属の首輪を取り出し、アークへと装着した。


 隷属契約が破棄されたら、俺の手元の契約書が消失するため、すぐに気付ける。


 あとは契約内容で悪事を封じてやれば……。



「従順な奴隷の完成だな」


「ワタシを生かしておいてくれるのかい? やはり君に会いに来てよかった」


「ふと、思ったんだが」



 こいつ、頭が良い。


 加えて、時に慎重、時に大胆、闇に紛れ、目当てのものを探し出し、手に入れる能力に長けている。


 そうしてアーティファクトを集めた時のように――探してもらおうではないか。



「お前はこのまま逃げて、旅をしろ。遠い遠い国へ行き、街を転々として、探してほしい」


「わかった、君の望む通りにしてあげよう。何がお望みかな? セカンド・ファーステスト」



 第二の好敵手となり得る人材。


 ジョーイさんが、この世界の人を探すのなら。


 アークには、前の世界の人・・・・・・を探してもらう。



「俺のような、知識があり、技術を持ち、人とは違った何かを感じる人。お前のその頭を駆使して、探してこい」


「!」



 俺が指示を出すと、アークはぴくりと反応を見せ、それからニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「仰せのままに」



 そして、闇へと消えていく。


 騎士に捕まったら、その時はその時だ。マインに事情を話そう。


 だが、あいつの才能なら、アーティファクトを全て没収されている今でも、捕まらないような気がする。


 長身の女性に対するアンテナを常に張り、王都に隠れ住んでいた。でなければ、俺が女装して散歩した当日に出くわすことなどあり得ない。


 あいつの探す能力と、潜む能力。ウィンフィルドは、ずっと前から気付いていたのだろう。


 だよな? と彼女の方を見ると、パチンとウィンクしてくれた。


 はてさて、どうなることやら……。



お読みいただき、ありがとうございます。


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次回更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
リンリン先生がいなければヴォーグか他の猛者が錆巨人の相手しなければならなかったのには目を瞑るとして………アークの奴隷化があるのでやっぱり帝国で出会わなくてもいずれ探し出されたんじゃねぇかなぁと思う
↓↓↓ 最初アークを捕まえた時にあんこ使って王城に転移させたので接点はありますね。
[一言] あんこが影を触った、あるいは覚えた人じゃないと転移できないんじゃなかった?ウェイポイントの登録みたいなシステムだと思う。まあ登録上限ないっぽいし忘れないみたいだからあってないようなもんかもだ…
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