330 師事、鍛冶師?
フェンリルが倒れた瞬間、ギャラリーからワッと歓声が上がる。
終始、鮮やかだった。
この世界の住人から見れば、まるで数秒先の未来を知っているかのような神がかり的戦闘。
プレイヤーから見れば、一切無駄のない超人的ノーミス完封戦闘。
感じた内容は違えど、そこには確かな感動があった。
「あれは……?」
いの一番に気付いたのは、ノヴァ。
セカンドは戦闘が終わるや否や、てきぱきと全身の装備を着け替えていた。
零環が指摘した通り、セカンドは“ジャンプ攻撃特化装備”をやめるようだ。次のボスには効かないと知っているのである。
では、次の作戦は?
見当も付かない。ノヴァたちは次のボスの名前すら知らないのだ、当然である。
ただ、一つわかることは、猛烈に楽しみだということであった。
「ふふ……これは凄い」
ベイリーズは一人でニヤつきながら、小さな声で呟く。
記者のジョーイがパルムズカムを回している意味を理解したのだ。
それはつまり、この映像をあとで何度でも見れるということ。
そう、何度でも、何千回と一時停止しても、スロー再生でも、巻き戻して見ることもできる。
そして、きっと、誰でも見れるようになる。
セカンド・ファーステストとは、そういう男。それが、ファーステストのご主人様なのだ。ニヤつきたくもなるだろう。
「――そろそろ来んで」
フェンリル撃破から一分が経過しようとしている。
ラズベリーベルの言葉の直後、突如として……空間が裂けた。
「!!」
禍々しい漆黒の濁流が、蛇のような巨大なドラゴンを形作る。
どろどろとした闇を纏った、翼のない漆黒のドラゴン――「アジ・ダハーカ」が出現した。
「これは、ヤバイな」
シルビアが絶望的状況を前に、一周回って落ち着いた声で口にする。
一目でわかった。勝てっこないと。
この場にいる殆どの者が、瞬時に死を覚悟した。
「アジ・ダハーカ。HP4,400,000のドラゴンで、弱点は火属性。高VIT高MGR、アンチクリティカル50%持ち、HP毎秒1200回復、攻撃全てに毒の付与、人型に変身した時は雷含む全属性の魔術を使ってくるっちゅう、ほんまもんのバケモンや」
「今のセカンドさんのステータス的に、クリティカルを出さないとダメージは一切通らない。ちなみに攻撃は5回食らったら確実に死ぬ。クリティカルで受ければ2回か3回で死ぬ。大技は1回で死ぬ。毒になったら25秒で死ぬ」
ラズベリーベルとリンリンの解説が、皆の絶望へ更に追い打ちをかけた。
通常、ここにいる皆が現時点では出会うはずもない、出会いようもない、遥かにレベルの高いボス級魔物である。プレイヤーは、その挙動を見れるだけで値千金と考えるが、現実に生きる者たちから見れば、絶望以外の何ものでもなかった。
「これ、実はうち事前に聞いとんねん」
ふふんと胸を張って誇らしげにラズベリーベルが言う。
「聞いている? 何をデス?」
零環が食い付く。彼は、セカンドのアジ・ダハーカ対策に興味津々であった。
「センパイのLUKは今168らしいねん。変身中は3.6倍でクリ率+60.5%、全身“角換わり”で+50%、クリ九段補正値+40%で、合計150.5%や。アンチクリティカル50%に対して、ギリギリ100%確保できる計算や」
「I see. なら精霊憑依中は、ちょっと他に回せるネ」
「せや。憑依中は4.5倍やから+75.6%、つまり“角換わり”は7部位でええねんな」
「ワタシ不安なのは毒ブレスです。毒対策は?」
「憑依中は“神便鬼毒の指輪”で毒を無効化して、変身中は気合いで躱す言うとったで」
「Oh……」
零環がドン引きする。
アジ・ダハーカには、毒対策が必須と言われていた。
しかし変身中の倍率では、10部位全て“角換わり”の付与効果を持つ装備でないと、クリティカル率100%を確保できない。
火力を取るか、安全を取るか。セカンドは、火力を優先した。
LUK168というステータスは、現状アジ・ダハーカにソロで挑める本当の本当にギリギリのラインであった。
否、少し足りていないくらいである。
それでも、セカンドは皆に見せたかったのだ。
皆の“憧れ”に火を点けたかったのだ。
「零環、どういうこと?」
「アジ・ダハーカへの攻撃は、全てクリティカルじゃないとお話にならないから、装備の付与効果でクリティカル率を100%にしてるヨ。でも、そうすると変身中は毒の対策を諦めないといけないヨ」
「95%に抑えて、その毒を無効化する指輪を装備するのは駄目なの?」
「ワタシもそう思う。でも、ん~……セカンドのpride? policyかな? 難しいケド、多分、できるだけマイナス部分の運を排除したいんだネ」
「なるほど……?」
理解できるような、できないような。マサムネは難しい顔をして顎に手を当てた。
「でも、これだけはわかったよ。装備って、とても重要なんだね」
「YES, but 必要条件ヨ。十分条件じゃないから、勘違いしないでネ」
「ん、知ってる。再認識したってところかな」
装備の重要性について、マサムネは思いを新たにした。
全ての戦術は、装備における付与効果の選択の時点から既に始まっているのだ。
これは何も、対魔物に限ったことではない。タイトル戦にも応用が可能だと、マサムネは考える。
「鍛冶師になりたかったら、いつでも言って。セカンドの刀にはワタシの銘が入ってる。ワタシは生前、極めていたからネ」
「!」
「興味、あるでしょ?」
「……うん」
強力な装備を作るには、強力な素材が必要だ。だが、強力な素材のためには強力な魔物を大量に倒さねばならず、強力な魔物を狩るためには強力な装備を必要とする。
究極形は、自分で狩りができる鍛冶師だ。
零環こそが、まさにそれを体現していた男。
今は、マサムネの精霊である。
「あ、白ファル」
「せやねん!」
セカンドが取り出した武器を見て、リンリンが口にした。
ラズベリーベルは嬉しそうに反応して、意気揚々と説明を始める。
「比較的素材を集め易いファルシオンに“角換わり”が付与されるまで鍛冶ぶん回して、付いたら六段階強化してん。クリ発生時のダメージ2.4倍で、なんとか火力確保できるって寸法や」
ファルシオンは強化様式が黒と白の二種類ある。黒はノックバック付与とノックバック強化、白はクリティカル発生時のダメージ倍率強化。
セカンドが装備しているのは、“角換わり, ファルシオン(白6)”――通称「白ファル」であった。
全ての攻撃でクリティカルが発生するように調整し、クリダメ2.4倍の白ファルで斬る。至って単純だが、クリ率100%を確保できるのであれば、そこそこの火力は出せる構成だ。
アジ・ダハーカの出現エフェクトが収まると、いよいよ戦闘が開始された。
セカンドはアジ・ダハーカの噛みつき攻撃を躱し、《角行剣術》《火属性・参ノ型》複合で首を攻撃する。
前足での引っ掻き攻撃は、躱して様子見。
ローリング体当たりも、躱して様子見。
火炎ブレスが来たら、頭部付近まで移動、《飛車剣術》《桂馬剣術》複合で頭部に白ファルをぶち込んだ。
「……躱して、斬る」
マサムネが一番最初に教わった、基礎中の基礎。セカンドは非常に丁寧にそれを実践している。
まさに基礎の通りの動きだったので、マサムネは思わず口にしてしまった。
「That's right! あとは、躱してから斬れる攻撃と斬れない攻撃を見極めないとネ」
「そうだね。それは勉強か」
「そのうち、初見でもなんとなくわかるようになるけどネ~」
「え……」
躱して斬る。これをしばらく繰り返してから、セカンドはミロクを《魔召喚》し、アジ・ダハーカの攻撃をミロクへと向けさせた。
アジ・ダハーカがミロクを狙って攻撃を繰り出した瞬間、ミロクを《送還》し、その隙に自身の装備を3部位だけ変更する。
そして、《精霊召喚》から《精霊憑依》を発動した。
「追撃の指輪と、神便鬼毒の指輪と、“矢倉”装備が1部位。矢倉の付与効果でINT底上げして、魔剣術でダメージ稼ぐ作戦やな」
「なるほど、追撃構成ならそっちの方が火力出ますか」
「センパイのSTRがまだそこまで高くないからちゃう?」
「それもありますか」
セカンドはアジ・ダハーカの攻撃を躱すと、《角行剣術》《火属性・参ノ型》《火属性・参ノ型》相乗を放った。
追撃が一回分発動する。INTの底上げも影響し、変身中と比べると大きく火力を伸ばしていた。
「DPS4000近い。20分切りそうだ」
リンリンが腕を組みながら分析を口にした。
この後も、アジ・ダハーカの抵抗は手を替え品を替え凄まじい。それはよくわかっているが、セカンドが現状の4000近いDPSを維持するだろうことは、彼の中では明白だった。
いや、もしかすると更に上げてくるかもしれない。そのくらい、リンリンの中では、セカンドがミスをするというのはあり得ないことであった。
嫌というほど知っている。
セカンド・ファーステストという男は、大事な場面であればあるほどミスをしないのだ。
一体どのようなメンタルをしているのか、頭の中を見てみたいと何度も思った。
世界3位の男は、セカンドのメンタルを徹底的に研究し、ついには自身がそれに遜色ないメンタルを身に付けてしまったほどだ。
そういった背景もあるがゆえに、リンリンはセカンドの20分切りを確定と見ていた。
「むほほーっ、変身したで候」
アジ・ダハーカが姿を人型へと変える。
漆黒のローブを纏った5メートル強の巨人の姿となり、手にはワンドを持っていた。
「ドラゴンで巨人で魔術師ってこれやべぇよ……!」
ムラッティは俄かに興奮しだす。アジ・ダハーカが魔術師の姿をしていたからだ。
もちろん、この形態となったアジ・ダハーカは、魔術を使う。それも全属性である。
「でも、ドラゴン形態と違って気絶耐性がないねんな」
「!」
アジ・ダハーカの変身中にセカンドは《龍王剣術》の準備を終えていた。
変身終了と同時に放つと……直撃を受けたアジ・ダハーカは一発で気絶してしまう。
ドラゴン型から人型への変身は、《龍王剣術》の効果で気絶を取れるようになるため、大きなチャンスであった。
こういったチャンスを逃さず、最適なスキルを叩き込めれば、タイムは更に縮まるだろう。
そして、気絶中に最大火力を叩き込み、起き上がってからは再び「躱して斬るタイム」へと戻る。
人型時のアジ・ダハーカは、ろくな詠唱時間もなく、肆ノ型のような範囲魔術を連発してくる。
この場合、位置が最も重要と言えた。
悪い位置で食らった場合、逃れ切るまでに降り注ぐ魔術を何発も食らってしまうのだ。
ゆえに、安全な位置取りを徹底する必要がある。
逆に、位置取りさえ意識してしまえば、攻撃の隙は多い。
アジ・ダハーカは、魔術発動中に他の魔術を撃ってこないためだ。
しかし、調子に乗って近付き過ぎると、今度は近接攻撃を食らってしまう。
人型のアジ・ダハーカは、魔術だけでなく、ワンドでの杖術も使ってくる。
躱して、斬って、すぐに離れて、位置取りを見極め、躱して……この繰り返しであった。
「あ、戻った」
そうしてしばらく戦闘していると、アジ・ダハーカはドラゴンの姿へと再び変身した。
ドラゴン形態は気絶耐性があるため、《龍王剣術》を使っても気絶しない。もしここで使ってしまえば、剣龍後の硬直中に攻撃を受けてしまうだろう。
「お、チャンス」
アジ・ダハーカが口を大きく開け、喉奥から紫色の毒々しい煙を吐き出した。
毒ブレス――広範囲への猛毒攻撃だ。
しかし、現在セカンドは精霊憑依中。“神便鬼毒の指輪”を装備しているため、毒は無効となる。
ゆえに、セカンドは毒を無視してブレスの中へと突っ込み、頭部めがけて最大火力を叩き込める。
「なるほど……これができるから、毒対策の装備は重要なんだね」
「生存装備に見えて、火力装備でもあるってわけネ」
毒が無効になるということは、毒ブレス中に簡単に火力を出すことができるということ。
生存と火力の両立を考えれば、毒対策をしない手はない。
だが、セカンドは変身中に毒対策をしないと決めた。
95%でクリティカルが出るということは、5%でダメージが全く通らないということ。
“ここぞ”という場面で5%を引かない保証はないのだ。
セカンドの感覚では、クリ率5%を犠牲に毒対策をするというのは、愚策中の愚策であった。
「そろそろ憑依が切れるけど……」
マサムネは、不思議と不安を感じていなかった。
なんの危なげもないのだ。
本当に、このまま、何も起きることなく、20分とかからず、すんなり倒し切ってしまう。
そう思えるようになっていた。
皆もそうであった。
アジ・ダハーカが出現した瞬間の絶望感などすっかり忘れ、今や全員が“勉強の顔”をしていた。
このソロボスラッシュには、PvEにおいて大事な何もかもがこれでもかと言わんばかりに詰まっている。
これ以上ないほどの教材であった。
そして、無駄のない動き、隙のない立ち回り、火力を上げる工夫、スキルの選択、装備の効力、早さを追求するがゆえに深くまで練り上げられたそれらを間近で目にして……皆がじんわりと感じたことがある。
魔物と戦うのは、面白い――。
命がけのやり取りという前提すら忘れるような、心震える面白さが、そこには凝縮されていた。
これまでは、安全に、簡単に、一方的に倒せるようにと意識していた魔物との戦闘。
それが、こんなにも面白いものだったとは。
そう感じてしまった者は、少なくなかった。
そして、皆こう思う。
早く、次のボス戦も見てみたい……と。
「――18分24秒。今のセカンドさんのステータスを考えたら、バカ早いのでは?」
「まあ、現環境なら4分切りとかやけどなぁ。当時と考えたらアホほど早いんちゃう」
アジ・ダハーカは、酷くあっさりと倒された。
手数の多さからして非常に厄介な相手というのは、皆が認識するところ。しかしアジ・ダハーカには、暗黒狼のような“理不尽”がなかったのだ。
必要最低限のスキルで暗黒狼を2169回半殺しにした男には、少々物足りない相手であった。
「それで、次が最後の“不死龍”ですが……」
「Yeah. ワタシも気になりますネ。HP8,000,000でしょ? どうする? 一時間は切れるかな~?」
リンリンと零環が、最後となる5体目のボスの攻略法を推理し始める。
確かに、セカンドはアジ・ダハーカを相手に18分かけてしまった。そのレベルのステータスから考えれば、不死龍相手にはどれだけ上手くやっても一時間以上はかかる計算となる。
しかし……ラズベリーベルだけは、セカンドが次にやろうとしていることを随分と前から知っていた。
ゆえに、ニヤリと笑って、自慢げに二人へと伝える。
「一瞬やで」
「はい?」
「What?」
セカンドは、“七世零環”を引っ提げ、佇む。
そうして、ただひたすらに待っていた。発動のタイミングを。
セカンドが何をしようとしているのか。
ラズベリーベルは、きょとんとする二人に向かって、答えを口にした。
「――“スタ爆”や」
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