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326 痛い“体”


 オー・マイ・ファッ〇ン・ゴッド――零環の呟き。


 空に舞ったマサムネの鮮血を見て、つい粗野な言葉が出てしまった。



「……大丈夫、掠っただけさ」



 マサムネは即座に強がる。


 しかし、《精霊憑依》している零環が、今のマサムネの状況を理解していないわけがなかった。


 錆色の巨人の右拳が――確かに掠っただけではあった、だが、たったそれだけで――マサムネの左腕の筋繊維をえぐり取っていったのだ。HPは5割も削られている。



「一旦逃げて安全確保ネ! それから――」


「逃げられないよ。知ってるでしょ? ターゲットが変わって、誰かが危険になる」



 酷く冷静なマサムネの反論に、零環は自身が知らぬ間に取り乱していたことを自覚した。



「仕方ない、ダウンとって回復。盾銀タギ


「はい」



 《銀将盾術》によるパリィが、この場の最善。マサムネは指示に従う。


 だが、左腕を庇いながらの《銀将盾術》でのパリィは……。



「!!」



 零環は俄かに後悔した。


 マサムネならできると信じての指示だった。


 普通に考えて、できることの方がおかしい。左腕から大量出血しながら、想像を絶する激痛を我慢しながら、見上げるような巨人からの攻撃に合わせて入力猶予0.027秒の盾銀パリィを行うなど。



「マサムネ!!」


 《銀将盾術》は発動した。ゆえに強化防御にはなんとか成功したが、パリィは失敗してしまった。


 掠っただけでHPを5割も削ってくる巨人の攻撃を、強化防御しているとはいえ、真正面から食らったのだ。


 マサムネは10メートル後方へ吹っ飛ばされ、受け身に失敗し地面へと転がる。


 パリィで巨人の隙を作り回復するはずが、大ダメージを食らい自身の隙を作ってしまう結果となった。



「……っ……」


 マサムネは苦痛に顔をゆがめながらも、なんとか立ち上がろうとする。


 凄まじい精神力だ。


 そして、凄まじい技術。たったの二撃でこうまでなるほどに格上の相手と、かれこれ20分近く渡り合っていたのだ。


 だからこそ零環は、悔やむ。


 このままでは、かつて零環がミロクに敗れた時と全く同じ理由で、マサムネもまた斃れてしまうからだ。


 心技体――どれか一つでも欠けてしまえば、やがてそこから綻び、瓦解する。


 マサムネには、“心”も“技”も申し分ないものが備わっている。だが、ただ一つだけ、“体”のみが足りていない。


 二か月という準備の期間は、彼女にとってあまりにも短いものであった。


 何倍もの時間があった零環でさえ、ミロクと対峙した時、自身の“体”の至らなさに愕然としたのだ。


 同じ過ちを繰り返してはならない。


 零環に言わせてみれば、こんな巨人に、命を懸ける価値などないのだ。


 もっと、もっと、戦うべき相手が山ほどいる。見るべきものがごまんとある。


 ――どれだけ後悔するかじゃない。どれだけ胸を張って死ぬかだ。


 マサムネをこんなところで死なせるわけにはいかない。零環の覚悟は固まった。



「転身」


「……ま、待って、ボクは、まだ」


「No way. もう目の前。時間ない。危ないヨ」


「――っ」



 《秋水転身》を使ってこの場から逃げ、戦場の誰かを犠牲・・にする。


 その隙に回復して立て直し、再び駆けつけて対峙する。その間――運が良ければ、誰も死なない。


 しかし、運が悪ければ。



「でき、ないっ!」



 マサムネが外れれば、おそらく最も近い場所にいるアカネコが狙われることになる。


 一対一ならば、問題ないだろう。しかしアカネコは、今まさに剣術師と盾術師の亡霊を相手にしている最中だ。


 そこへ錆色の巨人まで突撃してきたら……捌ききれるわけもない。



「Wait! マサムネ、何を――!」



 期待に応える。彼女が生まれた時から強いられ続けてきたことだ。


 裏切りっ放しは、性に合わない。


 マサムネは再び《銀将盾術》を準備し、巨人が振り下ろした拳に合わせて……発動した。



「!」


 盾銀パリィは、奇跡的に成功する。


 なんという精神力。なんという技巧。


 零環は心の底から感動した。


 何故これほどボロボロになってまで立ち上がれるのか、何故こんなフラフラの状態でパリィできたのか、全くわからない。


 ただ一つわかることは、なんとか命を繋いだと――。




「  」



 ――視界の端に、それ・・を見つけた。



 こちらを狙い、限界まで弓を引き絞る、弓術師の亡霊。


 ああ、そうか、巨人に吹き飛ばされたからだ。それで、射程に入ったのだ。


 マサムネと零環は、瞬時に、静かに、納得した。


 そして、盾銀パリィ後の硬直中、もはや何も打つ手はないと観念する。


 巨人からの二回の攻撃によって、マサムネのHPは残り3割にまで減っていた。



 死ぬ。




「転身をッ!!!」



 零環が叫ぶのと同時に、マサムネは《秋水転身》を発動する。



 それよりも早く射られた矢は――――マサムネの肩に突き刺さった。




「――っっ!!」



 転移先は、巨人の目の前。


 マサムネは辛うじて生きている。


 しかし、倒れたまま一歩も動けない。


 “ガチ瀕”である。マサムネの残りHPは4%を切っていた。



「Shit!」



 零環は、マサムネの狙いに気が付いた。


 何故、よりにもよって巨人の目の前に転移したのか。


 この場からマサムネがいなくなれば、ターゲットを失った巨人がアカネコへと襲い掛かるからだ。


 自己犠牲による時間稼ぎ。それが、あの一瞬で考えついたマサムネの最後の狙いだった。


 幸い、巨人はダウンから復帰する最中。まだほんの数秒の猶予がある。


 誰か気付いてくれれば。


 だが、この急変は、時間にしてたった十五秒足らずの出来事。転身を使えない皆からすれば、マサムネのフォローに駆け付けられるような余裕は全くなかった。



 ただ、戦闘の最中、なんとか……報せる・・・ことだけはできた。




「おいおいおい」



 突然、眩い雷光が一閃し――その中から現れた純白の羽織を身に纏った男は、即座に状況を判断すると、マサムネの頭上からハイポーション++をぶっかける。


 そして、錆色の巨人の目の前に立ちはだかった。


 マサムネは男を見上げる。その背中には、大きく「世界一位」の文字が輝いていた。



「もうちょっと早く言ってくれ。心臓に悪い」



 セカンドは《金将抜刀術》を準備し、鷹揚に口を開く。



「マサムネ、零環さん、この巨人なんだが、金将抜刀術だけで倒せるから、変にガチ瀕維持しようとしなくてもいい」



 そんなことを言いながら、巨人の攻撃に合わせて《金将抜刀術》のカウンター攻撃を入れ、立ち回る。



「突進はこのタイミングで横に全力回避。頭が一番沈んだ時だ。これより早く回避すると追尾されて面倒くさい。あと回避後に背中へ弓飛とか入れとくとダメージ稼げていいが、今は説明中だからやめとく。で、あー、この振り下ろしパンチが一番のデレ行動。カウンター系スキルならなんでもいいからやっといて、でー、キックは距離取って無視。あ、またパンチか。こいつ俺のこと好きなのかな?」



 ちらちらとマサムネのことを見ながら、セカンドは巨人との戦い方を解説する。



「のしかかり来たな。これが一番危ないから絶対に食らっちゃ駄目。横に躱すのがまあ間違いなくていいが、距離測って後ろに躱すと……ほら、頭が目の前に来る。隙だらけだからなんか好きなスキルぶち込んどけ。運が良きゃ気絶スタンも取れる」



 セカンドは巨人の頭にデコピンのジェスチャーをして、ニッと笑う。



「あ、来た来た、右、左、右、振りかぶってー、両手でドーン。こうね。後ろ側に3回躱しといて、すぐに金将抜刀術準備、ドーンに合わせて発動でいい。あれ、死んだ?」



 説明しながら戦っているうち、錆色の巨人は倒れたまま動かなくなった。


 ポーションの効果で全快したマサムネが、立ち上がり、沈黙を破る。



「もうちょっと早く説明してほしかったな。心臓に悪いから」


「すまん。俺も思い出し、違う、騙し騙しやっててさ」



 実際、セカンドが錆色の巨人の行動パターンを掴むまでには暫くかかっていた。


 それは、零環も同様である。全18種あるテーブルのうちの一つの中ボスの行動パターンなど、いちいち覚えているわけもない。



「Sorry, セカンド」


「いいっすよ全然。でも次はもっと早めに俺を呼ぶようマサムネに指示してくださいね」


「Yes. 身に沁みました」



 錆色の巨人が再び湧くまで、あと数秒。



「おっ……と」


 マサムネは深呼吸を一つ、それから迷いなくセカンドへと抱き着いた。



「……生きてるな」


「うん」


「死なないと誓っておくれ、だっけ?」


「ふふ、懐かしいね」



 かつて、セカンドがミロクへと挑みに向かう前、マサムネは同じようにしてセカンドへと抱き着いたことがある。


 あの頃と違うのは、死の危険を冒すのがマサムネの方ということと、二人の関係だ。



「いざとなったら、こんなにも呼べないものなのかと、自分が嫌になったよ」


「維持中はわりと暇だから気軽に呼んでくれ。俺が駄目でも、リンリンさんとか、ラズとか、誰かしらは来れるはずだ」


「うん」


「……行けるか?」


「勿論」


「じゃあ、17時まで頼んだ」



 誓いなど立てない。


 たった今感じた鼓動で、互いが互いにどう思っているかなど、言葉がなくてもわかるからだ。



「17時からは見に来てくれよな」


「え?」



 別れ際、セカンドはマサムネに伝える。



「ボスラッシュ」



 少年のような笑顔でそんなことを言うセカンドに、マサムネは呆れ笑いで応えた。




  * * *




 俺が元の場所に戻ると、そこでは何故かエコが俺の代わりに錆色の巨人と戦っていた。



「あれ? エコお前、リンリンさんとこじゃなかったっけ?」


「ぐろりあ、おもったより、つよかったってー」


「へぇ~!」



 グロリアが思ったより強かった? なんだそれ、めちゃ嬉しい知らせだな。



「あっ、きた!」



 そんな話をしていると、エコは待ってましたとばかりにフンと鼻息を荒くし、嬉しそうに《角行盾術》を準備する。


 右、左、右、振りかぶってドーン。


 エコは巨人の3連続攻撃を全て《角行盾術》で耐え、ドーンに合わせて《銀将盾術》の反撃パリィを成功させた。



「これたのしぃーーーっひぃ~↑」



 そして、ダウンする巨人を煽るように喜ぶ。


 ……うん、楽しそうで何より。



「暇だしグロリアでも見に行くか」



 思ったより余裕が出てきた。


 この余裕、明らかにマサムネと零環さんのおかげだ。当初はそのポジションを任せられる人がいなかったのだ。シェリィかヴォーグにやらせようかとも考えていたが、近接スキルが足りてなさ過ぎて難しい。


 感謝だ。もうあんな痛い目に遭わないといいが。


 17時のボスラッシュまで、いつでも誰かのヘルプに駆け付けられるようにしつつ、見て回ろうかな。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
流石の零環も、情報不足・経験不足・ステータス不足の3無いには勝てなかったか。それに加えて戦うのが自分ではないからねぇ。どーやってもマサムネと自分では感覚の違いが出る。こりゃセカンドにマサムネが勝てるよ…
[気になる点] 最初から見直してて、思ったけどこれ零環は召喚されてから強さはどうなったんだろ 巨人vs零環だと余裕だと思うんだが
[一言] ぶー
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