閑話 実家に帰らせていただきますの巻
おまけです。
「おい! ちょっと待て!」
ブチッと通信が切れる。
休暇? のんびり? それも6日間? いきなりそんなことを言われても困る。
……ただまあ、セカンド殿が無事でほっとした。チームも結成できたようだし、これでいつでも通信ができると思えばそれほど問題はなさそう――
『緊急時以外ニオケル通信ハ極力回避サレタシ セカンド』
――ではない! なんか変なメッセージが届いている! こ、これは「俺とユカリの邪魔をするなよ」ということか? 違うよな?
「どーだった?」
エコが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
セカンド殿が転移した瞬間からつい先程まで「この世の終わり」みたいな表情をしていたエコは、私がセカンド殿と通信していることに気付くやいなや生気を取り戻し、会話の内容が気になるのか右へ左へと場所を変えては聞き耳を立てていた。
「……なんでも、6日は戻ってこられないらしい。その間、私たちは休暇だ」
「おやすみ?」
「うむ」
「そっかー」
「そうだ」
沈黙。
私とエコは今、おそらく全く同じことを考えている。
6日間、どうしよう――と。
「しるびあ、おなかすいた」
……違った。
「折角の休暇だ、実家に帰ろうかと思う」
昼。
私たちはペホの町へと戻り、昼食をとりながら休暇の過ごし方を考えていた。
「エコはそれで構わないか?」
「うん、いく!」
そう提案すると、エコはすぐさま頷いた。
あっさり決定だ。
「ではさっそく移動するか」
「するかー」
ペホから王都までは片道4時間。今から出発しても日暮れまでには余裕で到着できるだろう。私とエコは一旦宿屋まで戻りチェックアウトしてから王都へ馬を走らせた。
道中、私は考える。
どうして「実家に帰ろう」などと思い立ったのだろうか、と。
第三騎士団にいた頃の私ならば、絶対にそんなことは思わなかった。むしろ忌避していた節もある。
……ううむ、何故だろう?
答えの出ないうちに、私たちは王都へと到着した。
「あっ、シルビアじゃん!」
実家に帰って真っ先に遭遇したのはクラリス姉上だった。高い身長と無い胸にショートカットのブロンドヘアが合わさって中性的な見た目に磨きがかかっている。姉上は今年で20歳のはずだが、まだ身長が伸び続けているみたいだ。
「姉上、お久しぶりです」
「元気だったー? いやーしっかし相変わらずお堅いねー……ん? あれ、この子は?」
「こんにちは!」
「今日は~、というかもう今晩は~かな?」
「あ、そっかぁ。こんばんは!」
「やだかわいい……」
姉上はエコの頭を撫でる。エコは目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らして甘えた。
「決めた。私この子飼うわ」
何を言っているんだこの人は……。
「彼女はチームメンバーのエコ・リーフレットです」
「へぇ~エコちゃんか~」
姉上は「どう?」「飼われてみない?」とかなんとか言ってエコを誘っている。
「あたしはもうせかんどにかわれてるからだめだよ」
「で、で、出たーっ! 噂の超絶イケメン殿下ぁー!」
殿下? ……あっ、そういえば。
「なんだ、やかましい……むっ、シルビアではないか。帰っていたのか」
姉上の声を聞きつけて父上がやってきた。
「父上、休暇を利用して挨拶に参りました」
「丁度良かった。お前と話したいことが幾つかあったんだ……ん? その子は」
「こんばんは! あたしエコ・リーフレット!」
「…………そうか。ノワール・ヴァージニアだ」
「あっ、ちなみに私はクラリス・ヴァージニアね。よろしーくれっと~」
ビシッとポーズを決める姉上。よろしーくれっとって何だ。父上の前でもこの調子だから困る。父上も時折は注意するが、もう半ば諦めているようだった。
「さ、さ、エコちゃん。こっちでちょっとお話しましょう?」
「はなしーくれっと~!」
ああ、エコが連れていかれてしまった。姉上に変なことをされなければよいが……というか、はなしーくれっとって何だ。
と、そうだった。父上が話があると言っていたな。
「して、父上。私に用件とは一体?」
「ああ。だが、その前に一言いいか?」
「はい」
「シルビア、お前、随分と変わったな」
変わった?
「自覚がないのか?」
「はい、恥ずかしながら」
「お前はこの短期間で大いに成長したようだ。俺を前にして臆さず、余裕を崩さず、卑屈にあらず、自信に満ち満ちている。まるであの彼のような気迫を感じた」
「――!」
セカンド殿のような、か。ふふふ。
「それは……なんとも、嬉しく存じます」
「良い影響を受けているようだな。何よりだ」
父上は満足そうに微笑むと、表情を更に機嫌の良いものに変えて口を開いた。
「彼は魔術大会で優勝したそうじゃないか。そのうえ第一王子の正式な勧誘を公衆の面前で断り、一方で第二王子と懇意だと聞く」
げぇっ! マズい!
「……そ、その……」
私は咄嗟に良い言い訳が思いつかず、言葉に詰まってしまう。
すると、父上は急に「わっはっは」と笑い出し、言った。
「実に痛快! 見事なものよ! やはり私の見る目は確かだった!」
へ?
「シルビアよ。彼を絶対に離すな。彼は必ずや我がヴァージニア家にとって、否、我らがキャスタル王国にとって掛け替えのない存在となる」
「は……はい」
それは間違いない、が。
私はてっきり「彼は何者だ!」と詰め寄られると思っていた。
「話は以上。休暇はいつまでだ?」
「あと6日ほどです」
「そうか。ではゆっくりしていくといい」
「……はい。ありがとうございます」
そう言って去っていく父上がやけに優しく感じる。
いや、今までもこういった優しさは時たま見せていたはず。
そうだ、私の感じ方が違っているのだ。父上の言うとおり、私は自信がついたのかもしれない。あのセカンド殿と共に乙等級ダンジョンを何百周も回っているという事実が、私に揺るぎない“余裕”を与えてくれている気がする。ゆえに、父上の些細な優しさを感じ取れるまでに視野が広がったのだろう。
「――で、実際セカンドさんとはどうなのよ~?」
「うわぁ!? 姉上! 音もなく後ろに立たないでください!」
エコと遊んでいたはずの姉上がいつの間にか背後に立っていて、心臓が跳ね上がった。驚きで顔が赤くなる。いや、これは決して質問の内容に顔を赤くしているわけではないぞ……って誰に言い訳しているんだ私は。
「その話、オレにも聞く権利があろう?」
……最悪のタイミングでまたややこしいのが出てきた。アレックス兄上はご自慢のブロンドの長髪をかきあげながら、向かいの椅子にどかっと腰をおろす。
「セカンド、か……いずれこの“眼”で見定めてやらねばなるまい」
兄上は何か一人でぶつぶつ言っている。この人も昔から変わっていない。もう22歳にもなるのに14歳くらいの頃から変な口調のままだ。
「フッ、久しいなシルビアよ。どうした、早くそのセカンドとやらの情報を明かさんか」
「お久しぶりです兄上。しかし、情報と言いましても……」
「じゃー私から質問! シルビアはセカンドさんのことが好きなの~?」
「なにィ!? そうなのか!?」
「ち、ちがっ……!」
…………くはないけども!
ああ、こうなると厄介だ!
くっ、こんな時にエコと父上は何をして――
「おいしい!」
「そうか、美味いか。もっと食べても構わないぞ」
「ありがとう! たべる!」
「うむ、うむ」
駄目だあの二人は相性が抜群すぎる! 完全に孫を甘やかす祖父ではないか!
「シルビアよ、その男に伝えておけ。我が妹が欲しくばオレを倒してから奪えとな!」
「だってさぁ~? どうするシルビア~? ねえねえ~?」
「だぁーっ、もうっ!」
やかましい!
実家になんか帰るんじゃなかった!
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から『第四章 精霊大王編』です。
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今後とも変わらぬご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。