322 差
◇ ◇ ◇
帝都マルメーラ東。
15時となり、黒竜が、竜騎兵の亡霊が、魔術師の亡霊が、地の底から湧き上がってくる。
「迫力満点だな」
シガローネが鼻で笑って口を開いた。
隣に立つナトは、絶望的な光景に絶句している。
「行きますわよ……っ!」
「いいわよ来いわよ!」
シャンパーニとコスモスが、槍と杖を構えて駆け出した。
二人は、微塵も臆さない。否、仮に臆していたとしても、決して外には出さない。ファーステストのメイドとしての矜持があるのだ。
「!」
意外にも、最初の攻撃は――弓矢であった。
「魔術師は引き受けたわ!」
「左右を私たちで退けます!」
姉のディー・ミックスと妹のジェイ・ミックスが、超遠距離からの狙撃で亡霊魔術師へと《龍王弓術》を撃ち込む。
亡霊魔術師からの【魔術】は、まだまだ届くような距離ではない。
射程勝ち。作戦通りの先制攻撃が成功したことで、味方の士気は目に見えて上がった。
「中央は私が風穴を開けよう!」
次いで、アルフレッドが高らかに宣言する。
直後、《龍馬弓術》《火属性・肆ノ型》《複合》が炸裂すると、その宣言通り敵陣中央にぽっかりと穴が開いた。
「ナト、中央に加勢して敵陣の腹を食い破れ。敵前衛の足が思ったより速い、とっとと押し込んだほうがいい」
「は。お任せを、将軍閣下」
シガローネの指示を受け、ナトは槍を構えて《飛車槍術》の突進を開始する。
一時は腰の引けていたナトだが、将軍から“命令”が下ったことにより、我を取り戻した。主人の命令に忠実な騎士としての彼の性格を理解しているからこそ、シガローネはあえて命令したのだ。
そして、前線では既に、シャンパーニとコスモスが接敵していた。
「なんですのこれ!? 硬ぇですわ!」
シャンパーニは、黒竜の鱗に虹ノ薙刀が弾かれる感触で、これまでの魔物とはレベルが違うことを瞬時に確信する。
「黒くてデカくて硬い……!?」
コスモスも何やら似たようなことを確信する。
二人の攻撃は、通用していないわけではない。2回3回と攻撃を重ねれば、至って安全に倒せるほどには火力がある。だが、普段のダンジョンではそれでいいとしても、スタンピードでは許されないキルタイムの遅さであった。
「あ、変身を忘れていましたわ~っ」
「あぁん、私も」
バフを使わざるを得ない。
二人は温存していた《変身》で、群がってきた魔物たちを吹き飛ばす。
「同時に変身してどうするおつもりか」
そこへ、呆れ顔のアカネコが現れて、口にした。
シャンパーニとコスモスは顔を見合わせると、「それもそうですわね」「それはそう」と納得する。
「やれやれ」
アカネコは二人の《変身》の無敵時間によって吹き飛ばされた魔物たちへ向かって歩み寄ると、《飛車抜刀術》を2秒溜めて――放った。
「!!」
一撃。
バフもかけていない生身の状態で、たったの2秒溜めただけで、黒竜が一撃である。
続けてアカネコはすぐさま納刀し、残った竜騎兵の亡霊に《銀将抜刀術》をお見舞いした。これもまた一撃である。
その様子を遠目に見ていたシガローネは、こう思う。スタンピードが終わったら絶対に【抜刀術】を覚えてやる、と。
「――温い。余が手本を見せてやろう」
アカネコの背後から、腰まで伸びた長い黒髪の男、ミロクが現れる。
ミロクはそう口にすると、襲い掛かってきた黒竜に対して《飛車抜刀術》を溜めつつギリギリまで引き付け、顎をしゃくるように首を反らし、ゆらりと体を左に倒しながら……刀を抜いた。
「!?」
瞬間、キラリと、光が天へと昇っていくように煌めいた。
下から上へ、縦方向の抜刀。
黒竜と竜騎兵の亡霊の二体を結ぶ一直線の太刀筋だ。
「絶景哉」
二体の魔物は、正中でパカッと真っ二つに割れ、同時に息絶える。
「なるほど! 左様な技法が」
ミロクの抜刀を観察していたアカネコは、納得するように頷いた。
「真似できるか?」
「……ご照覧あれ」
挑発するように尋ねたミロクに、アカネコは目を合わさず答える。
そしてすぐさまミロクと同じようにして黒竜と竜騎兵の亡霊へ《飛車抜刀術》を放った。
「見事」
ミロクがぽんと手を叩いて称賛する。
アカネコは振り返り、浅く礼をした。
その後ろでは、一瞬にして縦に真っ二つとなった黒竜と竜騎兵が、砂となって消えていく。
「しかし然様に両の足を踏ん張っては、柔軟に動けぬ。左へくるりと身を翻してもよかろう」
「精進いたします」
「幸い、試し斬りの相手は雲霞の如く湧いて出る」
ミロクはアカネコに対してアドバイスをすると、長い髪を風に靡かせて颯爽と駆けていった。
アカネコの師は、セカンドとミロクの二人。アカネコは前から、セカンドの言うことは素直に聞けないことが多いが、ミロクの言うことは素直に聞いていた。それは、いつかセカンドに勝ちたいという意識も理由の一つだが、ミロクの教え方の上手さも一因と言えるだろう。
「……ミロク様か。何度見ても、火力が高過ぎるね」
「That's right. この中で一番高いネ」
後方で全体を見渡していたマサムネと零環が、ミロクの攻撃を見てそんな感想を漏らす。
マサムネは知らないが、零環はそのミロクの異常な高火力の理由が《吸収》スキルだということに見当が付いている。
何百年もの間、侍ばかりを吸収し、こつこつとステータスを伸ばしてきた。言わば、超抜刀術特化型ステータス。まさに抜刀術師の理想形なのだ。
「でも、なんだろうね。負ける気がしない」
「ワタシのお陰でネ」
「うん」
「But, ワタシはきっかけを与えたに過ぎない」
「そんなことないさ」
「知識を伝え、知恵を説いた。あとは全て、アナタの努力だヨ」
「秀才だからね、ボク。勉強だけは得意」
「そうだネー」
マサムネは、ミロクほどステータスが高いわけでもない。アカネコのように真似をしてすぐにできてしまうような特殊能力も持っていない。
では、何故、この場にいる誰よりも明確に抜きん出ることができたのか。
理由は単純だった。
それは――。
「行くよ。セカンド君に助けを求めるなんて、情けなくてできないからね」
マサムネはインベントリから“お皿”を取り出し、《飛車盾術》で突進を始める。
黒竜を3体左側から追い抜き、右に大きくカーブしてからスキルをキャンセルしつつジャンプ、すぐさま手を前方から手前へスライドさせながら刀を取り出して装備した。キャンセルスライドチェンジである。こうすることで通常より僅かに素早く武器を交換できる。マサムネはこれをカタパルトと同時にこなして見せた。
そして即座に《龍馬抜刀術》を準備、着地して右方を見ると、追い抜いてきた黒竜3体がほぼ同じ間合いで迫ってくる。右にカーブして回り込んだ効果である。更に、着地地点でマサムネをターゲットした黒竜2体も、背後から迫ってきた。
《龍馬抜刀術》は全方位への回転攻撃。ギリギリまで引き寄せてから発動することで、上手い具合に5体を巻き込んで一気に殲滅する。その後マサムネは一息つく間もなく《風属性・壱ノ型》を自身の足元に撃って浮き上がり、《風属性・参ノ型》へと繋げて空中移動を開始した。
抜刀術と、このぴょんぴょん風の相性はとても良い。何故なら、香車や桂馬の移動+抜刀には、落下時のスピードが初速に乗るからである。
黒竜めがけて落下する最中に《桂馬抜刀術》の準備を完了したマサムネは、着地寸前に発動した。
まさしく光の速さ。瞬間移動でもしたかのような神速の一太刀を黒竜と竜騎兵に食らわせて、通り抜けていく。
この時、角度が重要だった。スピードの上乗せされた移動抜刀は、その速さゆえに移動距離までもが大きく伸ばせる。すなわち、斜め45度に発動することで、放物線を描いて再び空中移動を可能とするのだ。
次いで、マサムネは空中で《香車抜刀術》へと繋げる。そして再び着地寸前に発動、またしても神速の抜刀と空中移動で、無駄なく黒竜と竜騎兵を屠ると、今度は空中で《歩兵弓術》を準備し、落下しながら目に付いた亡霊魔術師へと連射、2体を倒した。
空中で戦場を見渡していたため、次に行くべき場所はもう決まっている。マサムネは最も魔物の密集している地点へと、再びお皿を装備して《飛車盾術》の突進を始めた。
「……あの女、何が見えている?」
マサムネの異常な殲滅力に、シガローネは珍しく皮肉を忘れて呟いた。
全てを兼ね備えているように感じた。火力も、スピードも、立ち回りも。
シガローネは考える。この“差”はなんなのか……と。
だが、見えない。見えるわけもない。マサムネのこの急速な成長は、通常手に入り得ない知識と知恵によって強引に押し上げられたものであり、それらがなければ見ることすらできない領域だからである。
――“基本”。マサムネが抜きん出た理由はこれであった。
朝起きてから夜寝るまで、来る日も来る日も耳元でこの基本を囁かれ続けた。
どれだけ辛くても早朝に起き、怠くても岨岩屋へ行き、痛くても体を動かし、眠くても効率を考え、休みたくても我慢して、一分一秒を惜しんで基本の理解に費やした。
躱して斬る。纏めて倒す。準備と移動はセット。魔物を倒す優先順位。スキルの相性。コンボの繋げ方。遠距離攻撃の使い方。火力を出すタイミング。
常人では考えられないような密度で、徹底的に基本を身に付けた。
凄まじいモチベーションの高さで、それを可能にした。
そこに、技術が付いてきただけである。
要は、基本をどれだけ理解しているか。マサムネと彼らの違いは、そこなのだ。
そして、他にあるとすれば、それは……ほんの僅かな才能の差だろう。
「16時までは大丈夫そうだね」
「I'm with you. 16時からも、ネ」
マサムネの言葉に、零環が励ますように同意する。
マサムネはよく基本を理解していた。ゆえに、16時以降、戦場がどうなるかもわかってしまう。
彼女には基本がある。だが、基本しかない。ステータスは、一朝一夕では上がらないのだ。
他と比べても全く見劣りしないステータスであったが、マサムネはそれでも十分ではないと考えていた。
魔の二時間。前半は乗り切れそうだが、後半は……。
「No worries. セカンドがいる。リンリンも、ラズベリーベルも、ワタシもいる」
「……うん、頼りにしているよ」
スタンピードは、いよいよ終盤戦へと突入した。
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