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319 観てみ



 さて、なんやかんやと言っている間にもう10分前か。


 15時からは、俺もこんなにのんびりとしていられない。


 具体的には、死人が出ないように各地を回ってなんとかしないといけない。


 スタンピードイベントのメインたる15時~17時、通称「魔の二時間」。これまで段階的に上がってきた魔物のレベルは、15時以降で一気に跳ね上がる。


 特にテーブルH「亡霊兵団」の場合は……ああ、めんどくさいったらない。



「――の出番か、あるじ



 そろそろ準備をしておこうかと、ミロクを《魔召喚》する。



「マサムネとアカネコに加勢してやれ」


「承知」



 命令すると、ミロクは腰まで伸びた長髪と着物を風に靡かせて疾駆していった。


 全体のバランスを考えると、ミロクにはこの帝国にいてもらうのが良さそうだ。


 ミロクは遠距離攻撃ができない代わりに、常軌を逸した近接火力を持っている。前線を維持するには持ってこいだ。アルフレッドとミックス姉妹の後方支援があれば、前線でかなり粘れるだろう。


 アカネコ、シャンパーニ、コスモス、ナトも前線でいい。マサムネとシガローネは戦場を広く見て押されているところに加勢する形がよさそうだ。



「セカンド、良いformationネ」


「でしょ?」



 零環さんが褒めてくれた。


 事前にある程度考えていたとはいえ、それが正しいかどうかは本番になってみないとわからない。だが現場の感覚を踏まえて、零環さんが良いフォーメーションだと言っているのだから、間違いなかったようだ。



「じゃあ、ここはお願いします」


「Consider it done」



 どういう意味か知らんが、零環さんはメッチャ良い笑顔で頷いていたから、とにかく大丈夫ということだろう。


 零環さんとマサムネのコンビになら、安心して任せられる。


 俺は零環さんの目を見て頷き、《雷光転身》を発動して、ヴァニラ湖南東の地点へと転移した。


 ここは、シルビアとノヴァたちがいる場所だ。



 当初の計画通り、俺はここを基軸に立ち回ろう。


 シェリィとアルファたちのいるビターバレー南には、ラズがいる。エコとヴォーグとムラッティのいる港町クーラ西には、レンコ、グロリア、イヴ、カレン、リンリンさんを向かわせる。


 ひとまずはこれで様子見だ。厳しいところが出てきたら、チーム限定通信でまめに連絡を取り合い、その都度対処すればいい。



「よし」



 あと5分。


 いよいよか。


 過去何度もやってきたとはいえ、そんなに慣れているってわけじゃない。特にテーブルHは。


 不安がないと言えば嘘になる。


 だが、それ以上に……滾る。


 観客に何かを披露できる機会というのは、実はそう多くない。


 俺のスタンピードイベントをこの世界の人々にも見せてあげられる。これで滾らなくて何が世界一位か。


 もし次があるとすれば、皆、ぜひとも俺を参考にしてほしいものだ。


 そのための準備・・も整えた。


 あとは、ただ、やり遂げるのみ。



「…………」



 ちらりと後ろを振り返る。


 そこには――ウィンフィルドと、“パルムズカム”を構え撮影している女性が一人。


 うちの軍師さんは、やはり俺のことをよく理解してくれている。



 そう、観られなければならない。


 そして、魅せなければならない。


 世界一位とは、そうでなければならない。



 さあ、大事な大事な一発目。


 絶大な力をあえて誇示する。


 単純な火力だけではない。


 力とは、心技体を揃えて初めて成り立つ働き。


 世界一位たる精神で、世界一位たる技術で、世界一位たるステータスで。


 俺は世界を背負って立つ男、セカンド・ファーステスト。



 いざ、篤と御覧じろ――。




  * * *




 スタンピードが始まる前のある日。


 新人女性記者のジョーイは、地下室で不安と恐怖に怯えていた。


 編集長に化けた何者かに気絶させられた後、目を覚ますと何処かに監禁されていたのだ。


 捕まる理由には、心当たりがいくつかある。アーク・パラダイスとの面会に使った賄賂か、第一騎士団の騎士を酔わせて隷属させた件か、それともスタンピードについて知り過ぎたからか。


 ジョーイは三つ目の心当たりだと踏んでいた。自分は知り過ぎたのだと。


 知識欲に狂わされ、禁断の地へと足を踏み入れてしまった。


 もはやジョーイの心の中には、当初あった正義感など微塵も存在していない。


 あるとすれば、純粋な興味と好奇心。決して抗うことのできない知識への欲求。


 それらに素直になった途端、彼女は自分でも驚くほどの行動に出てしまった。


 踏みとどまるタイミングは何度もあった。だが、アークによって己も異常者なのだと自覚させられた時から、ブレーキは壊れてしまっていたのだ。



「!」


 ジョーイはハッとする。もしや、試されていた……?



「そう、試してた」


「!?」



 音もなく現れたのは、ウィンフィルド。


 突然の声に驚いたジョーイは、強張った表情でウィンフィルドに視線を向ける。


 しかし、驚きが薄れるにつれ、次第に寒気が彼女を襲った。


 心を読まれた――そうとしか思えないことを、目の前の女が口にしたからだ。



「アーク・パラダイスに、操られて、愚かなことをして、しまったね」


「操られて……?」



 未だジョーイは、アークによって誘導されていたことに気付けていない。


 私は知識欲のバケモノだ……そう自己暗示することで、まるで免罪符でも得たかのように己のブレーキをあっさりと破壊していた。



「異常とは、正常との、比較によって、成り立つ」


「?」


「貴女は、異常者では、ない。異常者になりたがる、正常者。半端な異常者って、ことだね」


「…………」



 半端な異常者。


 なんとも情けなく聞こえる言葉だった。



「いいように、使われたってわけ、さ。セカンドさんの、反応を見たいがために、暴走させられて、ね」


「!」



 セカンドの反応を見たい。


 確かにアーク・パラダイスも同じことを言っていたと、ジョーイは思い出す。


 ここでようやく、ジョーイは自身がアークに利用されていた可能性に気が付いた。



「彼もまた、半端な異常者。貴女を操り、国民を扇動させ、暴動を起こし、脱獄する。そんな、本来の目的がありながら、セカンドさんの反応を見たいだなんて、ほざいてた」


「……まさか。私が、そんなこと」


「できないと、思う? できるよ。貴女の持っていた、情報なら、ね」


「いえ、だって、現に編集長からは」


「裏付けを取ってきてた、でしょ? あれで、編集長を納得させていれば、今頃この国はお祭り騒ぎだった、よ」


「……それは……」



 ジョーイは否定しようとするが、それ以上に「そうかもしれない」とも感じてしまう。


 そう、編集長を納得させられるだけの裏付けは、騎士を酔わせて取ってきていた。あとはその具体的過ぎる情報を誇大な憶測と共に記事にするだけである。


 考えてみれば、本当に寸前のところ。物事が取り返しのつかないほど大きく動き出すまで、あと薄皮一枚だった。



「よかったね、私たちが、止めて。下手したら、死刑だった、かも?」


「……っ……!」



 ウィンフィルドの口から出た言葉に、ジョーイはぶるりと体を震わせる。


 死刑。その可能性はゼロではない。いや、もし現実に騒動が起こっていれば、むしろその可能性の方が大きいかもしれない。


 ……私はなんて恐ろしいことをしようとしてしまったのか。


 一気に冷め切ったジョーイの心が、そのようなことを考える。



「さて、そしたら、一つ、質問します」


「……はい」



 ウィンフィルドは、頃合いを見て口を開いた。



「それでも、貴女は、記者として、生きたい?」


「!」



 ジョーイは直感する。


 この質問に対する回答には、私の“命”がかかっている――と。



「わ、私は……」



 からからに乾いた喉で、声を絞り出す。


 異常者になりたがる正常者。


 私は、異常になりたいのか? 正常になりたいのか? 記者としては……?



「……異常者になりたいわけではありません。ただ、強く、知りたいと思う。そして、それを多くの人にも知ってもらいたい。こう考えることは、異常なのですか? だとすれば、私は記者ではいられないかもしれません」



 声は震えていた。だが、取り繕っていない、素直な言葉だった。


 ジョーイの回答を聞いたウィンフィルドは、ニッと満足そうに口角を上げて、沈黙を破る。



「貴女に、仕事を与えます」



 それから、ジョーイへと“パルムズカム”を手渡した。


 そして、背筋が凍り付きそうなほど冷たい声で、こう口にする。



「世に溢れる、貴女のような、半端な紛い物たちに、“本物”を見せてあげないと、ね」




  ◇ ◇ ◇




 時計の針が15時を指し示す。


 刹那――戦場を静寂が支配した。


 それを見た多くの兵士たちが絶句したからだ。


 ファーステストの面々も例外ではない。シルビア、クラウス、ノヴァ、キュベロ、エル、レイヴ、プリンスも、実物を目にするのは初めてだった。ゆえに、少なからず圧倒される。


 出現した魔物は……見上げるほど大きな黒い竜と、その背に乗り槍を構える竜騎兵の亡霊。そして、真っ黒なローブに身を包みワンドを装備した魔術師の亡霊。


 これまでの魔物と比べ、明らかに異色。


 見るからに油断できない相手だとわかる。



「クハハッ! 相手にとって不足なし!」



 ノヴァが、大きな笑い声をあげた。


 皆と、己を鼓舞したのだ。


 そのノヴァの大声で、唖然としていた皆の手足に力が戻ってくる。



 次の瞬間――。




「!!」



 敵陣のど真ん中に、眩い稲妻が一閃し、突如として白い羽織の男が現れた。


 男は、存在に気付いた魔物たちに襲い掛かられるわずかな時間を利用してスキルの準備を完了させると、流れるような所作で無駄なく発動する。


 《龍馬糸操術》《雷属性・弐ノ型》《雷属性・肆ノ型》《相乗》――何本もの糸を全周囲に放射し、糸を伝って広範囲に、かつ連鎖的に、雷属性魔術攻撃を拡散させる。


 まるで雷でできた隕石が落下してきたかのような、地面を揺らすほどの強力な雷撃が、男を中心に円形に広がり、距離の近い魔物たちを伝って更に次々と連鎖していく。


 巨大な黒竜が、竜騎兵の亡霊が、魔術師の亡霊が、なすすべなく倒れ伏す。


 一度に何十体を葬ったかわからないほどの広範囲かつ高火力の攻撃であった。



 最初の一発は、できるだけド派手に。


 そして、世界に知らしめる。


 風にはためく白の羽織、その背中には黄金の「世界一位」の刺繍。



 ――もっと観たいだろう? と、その背中が語っていた。


 まだまだ披露していないものが山ほどあるんだ、と。


 その姿をパルムズカムで撮影しているジョーイには、彼がそう言っているように見えて仕方がなかった。


 それと同時に、彼の背負う重圧の一端を感じ取った。


 彼は常に、その背中に書かれている文字の通りであり続けることを期待されている。


 そして常に、その幾千幾万という期待にしっかりと応え続けてきた。


 ジョーイは、ウィンフィルドが口にしていた“本物”という言葉の意味を遅れながら理解する。


 要は、どれだけ“それ”を見つめられるか。


 彼にとってそれは正常であるが、彼以外にとってそれは異常なのである。



 ゆえに、本物の異常者とは。



「……セカンド・ファーステスト……」



 誰よりもそれを見つめ続ける者にこそ相応しい呼び名。


 ジョーイの中の、これまで抱いていたセカンド・ファーステストという男の印象が、がらりと変わった瞬間であった。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] だよね目立つ過ぎのX線ㄅ
[気になる点] いや、こんな小物は出番も与えず謀殺して名前も出すなよ
[良い点] 初めて読むわけでもないのに涙が出そうなほど楽しい
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