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32 寄せては返す

 脱獄は成功した。


 元は「奴隷になったNPCに対して頭突きをすると隷属が解除される(※ストーリーの進行に問題はない)」というなんともお粗末な不具合が原因で、その後のアップデートでも修正されることはなかった。言わば「どうでもいい現象」であった。メヴィオンのストーリーが、奴隷という存在が、いかに「おまけ的な要素」であったかが分かる。そもそもメヴィオンではストーリーを進めていたプレイヤーの方が珍しいくらいではないだろうか。


 ただ、この脱獄はストーリーを進めるプレイヤーにとっては実に画期的なものであった。奴隷となったNPCを特定のNPCの元まで連れていかなければならないというストーリー上のクエストにおいて、道中で魔物に襲われた際、奴隷は一切の戦闘を行わないのである。しかし脱獄させていると、か弱い奴隷のはずのNPCは魔物を相手に何故か獅子奮迅の活躍を見せる。ゆえに護衛の手間が省け、効率化を図れるのだ。ただまあ大した違いはない。ゆえに修正もされなかったのだろう。そのうえ隷属魔術などその後は一切登場しなかったため、メヴィオン運営すら忘れていたのではなかろうか。


 とりあえず「頭突きしてくれ」と言ってみたが、これほど上手くいくとは思わなかった。NPC側から頭突きをしても隷属は解除される、この事実が確認できただけでもでかい。もし今後また奴隷を購入したような場合は、信用できる相手だと思ったらすぐに頭突きさせることにしよう。


「ご主人様、そろそろ日が暮れます。野営にいたしましょう」

「ああ」


 その後、ユカリはすっかりいつもの冷淡さを取り戻していた。


 ただ一つ違うことは、間違いなくこれが彼女の素であるということ。今までの事務的で無機質な冷たい言葉ではなく、どこか人間的な優しさを感じる冷たい言葉であった。


「別に主人と呼ばなくてもいいんだぞ?」

「いえ。もう決めたことですので」

「あ、そう……」


 ……なんか冷たい。

 あれぇ? 一時は心を開いてくれたような気がしたんだが……。


「今夜の番は私にお任せください」

「ありがとう、助かる」


 ちゃちゃっとメシを食って横になる。

 眠気はすぐさま訪れた。


「…………」

「…………」


「ん? 今見てたか?」

「いえ」


 視線を感じたが、気のせいだったようだ。


 俺は再び寝ようと目を閉じて


「…………」


 いや、気のせいじゃない。


「おい、見ているな?」

「いえ」

「嘘つけ目を逸らしたじゃないか」

「見てません。いいから早く寝てください」


 納得いかねぇ……。


「…………ふふ」

「お前! 見てるだろうが! しかも笑ったな?」

「いえ。見てませんって。ふふふ」


 ユカリはくすくす笑いながら言う。

 半日でここまで元気になったのは良いことだが、少しキャラが変わりすぎていないか?


「くっそ、覚えてろよ……」


 俺は押し寄せる強烈な眠気に負けて、もう見られていても構わないからそのまま寝ることにした。


「ええ、覚えておきます。しっかりと」


 ユカリがぽつりと呟く。わけわからんぞこいつ……。




 翌朝。


「おはようございますご主人様」


 目が覚めると、昨晩と同じ位置から同じ体勢で同じ視線を送るユカリの姿が真っ先に目に入った。


「……おはよう」


 …………いや、まさかな。


 俺は「ずっと見てたのか?」という質問を飲み込んで、彼女に朝の挨拶をした。


 朝食をとり、歩き出す。

 このペースなら今日中には港町クーラに到着だ。



「ご主人様。私は鍛冶師としてどのような鍛錬をすればよろしいのでしょうか?」


 道すがら、ユカリがそんなことを聞いてきた。


「ああ、経験値を稼いで鍛冶スキルを上げていけばいい」

「経験値稼ぎ、ですか」

「ペホのリンプトファートダンジョン周回が今は一番効率が良い。しばらくはそこで稼ぐ予定だ」

「乙等級ダンジョンの周回……私に可能でしょうか」


 おっと、そういえば説明していなかった。


「チームを組んだよな? チームマスターはチームメンバーの経験値獲得比率を操作することができる。ユカリを100%に設定すれば、俺たちが倒した魔物の全ての経験値がユカリに入るようになるから、爆速で稼げるぞ」


 キャリーというやつだな。


「…………」


 俺の話を聞いたユカリは、腕を組み何かを悩んでいる。両の腕で撓わな乳房が際立ち甚だけしからん風姿である。


「私も……いえ」


 ユカリはそう言いかけて、すぐに否定した。


 私も戦闘した方が云々……かな? それはできればやめてほしい。鍛冶スキル九段へ到達するまでの時間が伸びてしまう。ユカリもそれが分かっているから言葉を止めたのだろう。


「……承知しました。私がいち早く鍛冶師として大成するために必要なことなのですね。お手間をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」

「まあ気にするな。俺が勝手に効率を求めているだけだ」


「その代わりに、ご主人様の身の回りのお世話は私にお任せください」


 ん?


「精一杯ご奉仕させていただきます」

「ちょっと待て。え? どういうこと?」

「私はご主人様の奴隷ですから当然のことかと」

「違うだろ? もう奴隷じゃないぞ」

「いえ奴隷です。まぎれもなく」

「違うってば」

「モーリス商会に目を付けられることは確実。ならば十全な主従の関係を維持して白を切るのがよろしいかと」

「…………それもそうか?」


 なんか騙されているような気もしないでもないが、ユカリの話も確かに一理ある。

 ただ、主従関係を上手くやっているというアピールなら、別にフリだけすればいいのでは――


「ご主人様。港町が見えてきました」

「ん、おおっ。やっと着いたか!」


 ようやくベッドで眠れる!

 その喜びに、直前まで考えていた色々なことは何処かへ吹っ飛んでいってしまった。




「……綺麗ですね。とても」

「日の出はもっと綺麗だぞ。明日は早起きしよう」

「ええ」


 海の見える宿屋、2階の部屋をとった俺たちは、窓から海を眺めていた。


 何故か2人部屋である。

 ダークエルフの奴隷というのは外聞がすこぶる悪い。宿の受付で俺がどうしたものかと悩んでいたらユカリが「夫婦です」と一言、結果こういう事態となった。


 俺たちの間を心地良い沈黙が流れる。今までにもこういう沈黙の時間はあったが、明確に違うのは「なんだか良い雰囲気」だということ。何処かむずがゆい空気だった。


「ありがとうございました」


 ユカリが沈黙を破る。


「何が?」

「私を見つけた方が、貴方でよかった。今は心底そう思っています」

「そうか……」


 再びの沈黙。遠くから聞こえてくる、寄せては返す波の音に耳を傾けながら、俺は思考に耽る。


 ルシア・アイシーン女公爵――彼女は本当にホワイト・キャスタル第一王妃によって殺されたのだろうか。

 当事者であるユカリがそう記憶しているのならば、間違いはないのかもしれない。しかしその理由は気になるところである。


 何か途轍もなく大きく理不尽なものが、渦巻いている気がしてならない。


 クラウス第一王子のひん曲がった性根は知っている。その母親ならば汚いことをしていても違和感はない。

 では、その父であるバウェル・キャスタル国王はどうだ?

 メヴィオンでは、確か利益第一の利己的な拝金主義者のように描かれていた。この世界でもそのままの男であれば、何かあくどいことをしているだろう。メヴィオンでは大して気にすることもなかった国王などというNPCは、この世界で一位を目指すにおいては絶対に無視できない存在だ。


 何より第二王子のマインが心配だった。クソみたいな政争に友人が巻き込まれるのは我慢ならない。


 ……調べる必要がある。俺はそう感じた。


 俺の世界一位のために、マインの未来のために、そして――


「第一王妃の件だが」

「っ……はい」

「心配するな。今すぐにとはいかないが、俺がなんとかしてやる」

「…………!」


 そう言ってのけると、ユカリは普段あれほど鋭い目を真ん丸にしてこちらを向いた。


 俺が見つめ返すと、ユカリはぷいっと海の方へ視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。



「あまり、軽薄なことは口になさらない方が良いですよ」


 その横顔は、まるで氷細工のように冷たくも美しかった。


 彼女は微笑む口元を俺に悟られまいと隠す。

 その細長く尖った耳を、褐色の肌でも分かるほどに赤く染めながら。


お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
やっぱりダークエルフ乙女は最高だぜ!(欲望まま)
[気になる点] いつになったら鍛冶鍛錬するのかと思ってたら、 経験値貯めてレベル上げて鍛冶スキルに入れるしかないのか それなら魔物倒さないと鍛錬できないよな確かに [一言] ユカリ・ジョースター!きさ…
[良い点] ユカリ性格変わりすぎだろ。もう嫁じゃん。シルビアが怒るぞ。
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