305 アニマルマニア
<お知らせ>
書籍版9巻、本日発売しました!
今朝は久しぶりにシルビアたちとゆっくり朝メシを食べていた。
「睡眠は、いいものだな……」
ぽわんとした顔で朝食を食べ終えたシルビアが、食後の紅茶を飲みながらしみじみと呟く。
「久々に“まともな睡眠”って感じやなぁ」
「うむ。人間は、きちんと寝てきちんと食べないと駄目になるとよくわかった」
ラズが頷きながら返すと、シルビアも首肯する。
「なんだ、二人は寝るのが好きなのか?」
俺がそう尋ねると、二人は「何を当たり前のことを」といった顔でこっちを向いた。
「……まぁセンパイは、三大欲求を凌駕する欲求があるっちゅうこっちゃ」
「理解していたことだが、愚直にセカンド殿の真似をしてもいかんということだな」
それから、そういえばそうだったとでも言うように呆れた表情になって口にした。
よくわからないがなんだか褒められてそうな空気なので、「へへっ」と笑って後頭部をかいておく。二人は「はぁ」とわざとらしい溜め息をついた。
「……うまい。このはくまいの、しみわたるほどの、あまさ……これが、ごはん……!」
「エコが悟りを開いている……」
「なんや急に美食家みたいなこと言い出したで」
エコは久々に“まともなメシ”を食べたようで、悟りを開くほどに感動していた。
確かに、美味いよなあ。かつては毎日ゼリー飲料だった俺だが、この世界に来て本当の本当に久々に食べたカツ丼やカレーライスなどの料理の数々は、まさしく絶品に感じられた。
「よく噛んでよく食べろよ」
「うん! おかわりもする!」
「よしよし、偉い偉い」
猫耳の間をワシワシと撫でる。エコは「んーっ」と嬉しそうに目を細めて頭を手に押し付けてきた。
アァ~ニマルセラピ~ッ。この殺伐としたスタンピード対策の中、エコは本当に癒されるな。
「出たなエコ贔屓」
「めっちゃ甘々やん」
二人からブーイングが飛んでくるが、気にしない。
エコを可愛がるというのはもはや、この世の摂理なのである。
「それにしてもセカンド殿、今朝は随分とゆっくりだな。私たちは嬉しいが、よいのか?」
エコのおかわりを待つ間、紅茶を飲んでまったりしていると、シルビアがふと気になったように聞いてきた。
「ああ。ラズから報告は受けてる」
「せやで。うちら三人、昨日でぴったし目標達成や」
「! そうか、溜まった経験値を全て精霊へ割り振れば」
精霊強度45000の達成。シルビアは既にその必要経験値量へと達していることに気付いていなかったようだ。毎日早朝から深夜までダンジョン三昧で、計算する暇もなかったという感じだろう。
それにしてもラズの「ぴったし」主義は毎度のことながら感心するな。皆の獲得経験値量を調整して、目標達成を同日に揃えてくるとは、凄まじい計算力だ。
これをダンジョン周回やポーション調合その他諸々をこなしながら行っているのだから、並外れた要領の良さは相変わらずである。
「ごちそうさまでした!」
「食い終わったか。じゃあ食休みしてから、庭に集合」
「うん、しょくやすむ」
「ちゃんと食休みができて偉いなエコは」
「でしょ!」
ふふんと誇らしげなエコを再び撫でる。
シルビアとラズが何か言いたげな目でこっちを見ていたが、気にしない。
「お注ぎします」
引き続きのんびりしていると、キュベロが給仕にやってきてくれた。
キュベロたち使用人は今、経験値稼ぎでかなり忙しい。しかし三日に一回ほどは必ずこうして俺の身の回りの世話を見れるようにと時間を調整しているみたいだ。
それ以外の日は、他の使用人が入れ代わり立ち代りといった感じである。
本来は全てユカリが一人でやっていた仕事だが、現在彼女はこのファーステスト家の中で一二を争うくらいに忙しい。そのため、泣く泣く使用人に任せているのだと話していた。
皆、忙しい中ありがたいことだ。
「そうだキュベロ、お前、プロリンにはもう行ったよな?」
「はい。セカンド様が仰っていた通り、大層綺麗なダンジョンでした」
「だろう? 俺、好きなんだよあそこ。どんな調子だ?」
「今のところ問題ありません。ベイリーズ率いる使用人チームで周回できれば、ファーステストにとっては安定した稼ぎにもなりましょう」
「あー、金はいいんだ、いつでも稼げる。重要なのは経験値だ」
「! 申し訳ございません」
「いや、家の懐事情を考えてくれるのは助かる。謝らなくていい」
「失礼しました。経験値ですが……正直申しまして、大人数での攻略には向かないかと」
「そうか。魔物の数が少ないからか?」
「はい。加えて一体一体が硬いため、時間効率が良くありません」
「少人数かつ火力のあるやつらで周回するのがいいってことだな」
「はい。昨日、私たちもそのような結論に至りました」
「編成は、どうするべきだと考える?」
「私ならば……ベイリーズ、イヴ、エル、リリィの四人がよいかと」
「その心は」
「視野の広い万能型のベイリーズをリーダーに、近・中距離共に隙がなく周囲のフォローもできるイヴを支援役に、そして火力の確保でエルとリリィを。ゴレムは魔乗せで倒し、ミスリルゴレムはタコ殴り。如何でしょうか?」
「いいね。ベイリーズとイヴならイレギュラーへの対応力も高いし、エルとリリィはガンガン前に出ていくタイプだから周回速度も上がるだろう」
「ありがとうございます。では、本日よりそのように」
「ああ。残りのメンバーはメティオの攻略を試してみろ。だが少しでも虹龍がヤバそうだと感じたら逃げた方がいい、人数に甘えると痛い目見るぞ」
「はい。ご忠告、痛み入ります」
うん、皆いい感じに育ってきている。
できることなら毎回付き添って現場で指示を出してやりたいところだが、俺も俺でやるべきことが山積みな以上、そう何度も行っていられない。
ただ、報告を受けるのと、実際に見るのとでは、かなり違ってくるのも確か。
少なくとも、“基本”を理解しているダンジョン攻略巧者による現場を見た上でのアドバイスを定期的に行いたいところ。
……ということを見越して、だ。
「よし、じゃあ庭に集合」
三人には、これを急いでもらっていた。
「諸君、精霊を出したまえ」
横一列に整列させた三人の前で腕を組み、《精霊召喚》を促す。
シルビアは「むぅ」と唸りながら、エコは「はーい!」と元気良く、ラズは「んー」と困り顔で、順に《精霊召喚》を発動した。
「いっ、痛たたっ! 痛い! つ、つっつくな馬鹿者!」
「ピャーッ」
シルビアが喚び出した青い炎の鳥ブレ・フィニクスは、現れるや否やシルビアの頭をツンツンとクチバシでつついた。
「もうっ! なんなのだ毎回毎回!」
「ピャッピャッピャ」
「何を笑っている! 貴様馬鹿にしているな!」
「ピャ」
「頷くなっ!」
涙目で抗議するシルビアと、嘲笑するブレ・フィニクス。というか鳴くんだなその鳥。
「アホほど懐いてへんやないか」
ラズが横目で見ながら呆れていた。
「へかと、おっすおっす!」
「……おっすおっす、エコ」
一方エコは、水の大精霊ヘカトを喚び出し、変な挨拶をしていた。
ヘカトは律儀に返している。真面目だ。しっかしカエルの頭をした激烈ナイスバディお姉さんが淡々とオッスオッス言っている光景はなんともシュールである。
「やあセカンド、また会えた。さっそくで申し訳ないが、子供の名前は何がいいかな? 僕は男の子ならセカレーで女の子ならネペンドがいいと思うんだけれど」
「おぉい待て待て待て! ツッコミが追いつかんわ!」
「おや? ラズベリーベル、いたんだ」
「うちが喚んだんや!!」
ラズは相変わらず風の精霊ネペレーに翻弄されているな。
それにしても子供って……全身フリフリ真っ黒ゴスロリドレスで黒リップ黒ネイル黒髪ロングにピンクのメッシュと黒の太ヒールパンプスとかいう気合の入りよう、美形な顔も相まってもう完全に女子にしか見えないが、自分で男子だと言っていたじゃないか。それとも精霊界は男同士で子供ができる世界なのか?
まあいい、皆それなりに仲良くやっているようで何より。
「出したな。そしたら経験値を全て精霊強化に振れ」
俺は湿っぽい視線を送ってくるネペレーを無視して、皆に指示を出した。
「あぁん、いけずだね。でもそういうところも好き」
「…………」
頬を染めてくねくねしながらそんなことを言うネペレー。なんだか不思議と悪い気はしない。
呆れて沈黙するラズの眉間にシスティダンジョンより深そうな皺ができていた。
「……はぁ、俺もやるか」
さて、クソほど気は進まないが、俺もやっておこう。
アンゴルモアを《精霊召喚》し、ステータスを開く。
「――む、むむむむむ! むむ!?」
「なんだよ」
一体感で俺が何をしようとしているのかに気付いたのだろうアンゴルモアが、変な声を出して空中に浮かび上がった。
「フッハッハハハハァ! ハハハァーン! 我がセカンドよ! よぉぉぉぉ~~やく! その気になったかぁ!!」
そして、満面の嫌らしい笑みで、俺に顔を近付けてそんなことを口にする。
「我がセカンドといえども、やはり精霊界の大王たる我の偉大なる力を欲するのだなぁ! あぁ、実に晴れやかな気分だ! フハハハァ!」
ほら調子に乗った。だから嫌だったんだよ。
まあ……経験値はあげるんだけども。
「よいぞよいぞ、よい心がけだッ! さあ、もっと我を強化せよ! フハハハハハッ!」
嬉しかったんだろう。高笑いしながらグルグル飛び回っている。
俺はアンゴルモアの精霊強度を41000から45000ちょうどまで強化した。初期精霊強度が32000くらいの三人と比べたら、微々たる量である。
「……おい、これで終わりか? 我がセカンドよ」
「ああ」
「なんだか我だけ少なくないか?」
「元が強いんだから少なくていいんだ」
「フハッ! よく理解っているではないかッ!」
なんだか文句を言いたそうだったので、おべんちゃらで黙らせておく。
「おわった!」
「……ありがとう、エコ。お陰で力が漲るようです」
「どういためした!」
「……そういう時は、どういたしましてと言うのよ」
「どういたま? どう、どういため……どういためしや?」
「……ふふ、炒め物のお店のようね、ふふふふ」
最初に経験値を振り終わったのはエコだった。まあ、三人の中ではヘカトが最も初期精霊強度が高いからそうなる。
しっかし仲良さそうだな。年の離れた姉妹のようにも見える。片方カエルだけど。
それにしてもイタメシ屋って、イタリアンの店って意味だろうに、炒め物ときたか。イタリアを知らないとはいえ、ヘカトって何処か世間とズレてるような印象だな。精霊だから当然かもしれないが。
「よしエコ、トップバッターはお前だ。精霊憑依して、転身ってスキルを使ってみてくれ」
「りょ!」
俺が指示を出すと、エコはすぐさま《精霊憑依》を発動した。
直後、エコの体に水色のオーラとなったヘカトが纏わり、憑依が完了する。
「しゅすいてんしん……?」
それから、エコはそう言って首を傾げた。
そう、《秋水転身》――水属性精霊の憑依中にのみ使用可能、再使用クールタイムは120秒。手に持ったものと一緒に、特定の場所もしくは特定の人物の傍まで瞬間転移するスキルだ。
「試しに、あの木の傍に転移してみな。やり方は発動すればわかる」
「わかった!」
――と、返事をした瞬間。
エコの姿が消えた。
同時に、木の傍へと何処からともなく浮かび上がった大きな水滴が落ち、水の王冠が形作られ……その中にエコが現れる。
「……ほ? ほぉぉ~~っ!!」
エコはきょろきょろと周囲を見回した後、転移に成功したのだと気付き、感心の声を漏らしながら俺に向かって手を振った。
「す、凄いなっ……! 次は私だ、強化が完了したぞ。ほら、ブレ・フィニクスも心なしか大人しく痛っ」
「ピャ」
「……大人しくなってはいなかったが、逞しくなったような気はする」
「ピャピャ」
どっちが主人かわからないな。
シルビアは食い気味に《精霊憑依》を発動すると、俺の方を向いた。
「私も木の傍に転移するぞ。何か掛け声はあった方がよいか? セカンド殿」
全身から青い炎が闘気のように溢れ出ているシルビアが、そんなことを聞いてくる。
「……いいんじゃない?」
「うむ!」
そういうの好きよね君。
「ゆくぞッ! 烈・火・転・身!」
ダンッと駆けるようにして地面を蹴り、シルビアは《烈火転身》を発動した。
瞬間、シルビアの姿は忽然と消え――木の傍で突如として青い炎が膨れ上がり、それが消えると同時に炎の中からシルビアが現れた。
シルビアは着地をしたような姿だ。転移ではなく、まるで目にも止まらぬスピードでここから木まで移動したような演出。そういうスキルじゃないけど、うん、上手い上手い。初めてでそれはある意味才能だな。
「しるびあかっこいー!」
「フフン、だろう? 真似してもいいぞ。しかしエコのもなかなか粋だったではないか」
「まあね~っ」
二人は木の傍で何やら話している。エフェクト自慢かな?
「一応うちも見せとく?」
「ああ、そうだな。よろしく」
ラズも準備が整ったようだ。
ネペレーの場合は、風属性精霊なので《陣風転身》である。
「憑依するのは心地好くていいね。でも僕の姿が見えなくなってしまうのは、いただけない。セカンドに見つめてもらえないのは、ショーを愛する僕の主義に反するんだ。だから僕は、こんな風に工夫をしているよ」
ネペレーにパチッとウインクされた。
ちょっと何言ってるかわからなかったが、その工夫については俺も知っている。ゲームの頃からそうだろう。
《陣風転身》、リンリンさんのアネモネと同じスキルだが……「雲の精霊」の異名を持つネペレーの場合は、少しばかりエフェクトが違ってくるのだ。
「ほなっ」
ラズは流れるように《精霊憑依》からの《陣風転身》を決めた。
びゅうと小さな旋風が木の傍で発生し、中心にラズが姿を現す。
あー、やっぱ綺麗だな風の転身は。ネペレーの場合、風に白っぽい“色”がついているから、円形に吹き荒れる風を目視できていい。工夫が活きている。これが、雲の特殊性だ。
「セカンド殿ー! セカンド殿も、こっちへ来たらどうだーっ?」
感心して見ていると、シルビアが俺に手を振ってきた。
「呼ばれておるぞ、我がセカンドよ」
「じゃ、俺らも行くか」
《精霊憑依》発動、からの――《雷光転身》。
「!!」
バリィッ! と、まるで巨大テスラコイルの放電のような稲妻が空中に現れ、その光の中に俺が姿を現す。
バチッ、バチッと、転身が済んだ後も周囲に残る余波が、力の強大さを演出していた。
……いやあ、いいね! 一回やってみたかったんだ、これ。前世じゃアンゴルモア持ってなかったから。
「す、凄い迫力だなっ」
シルビアが目をキラキラさせて沈黙を破る。
中二心を忘れないシルビアさんは、青い《烈火転身》に飽き足らず、やっぱ好きなんじゃないかと思ったよ。
「せかんど、いたくない?」
「全然平気」
「へー! そうなんだ!」
エコは心配そうに覗き込んできた後、大丈夫だとわかるとニマッと笑った。
「……ちゅーわけで、うちらはセンパイの代わりにあちこち転移して見て回ればええんやな?」
「そういうこと」
全員の転身お披露目を終え、全てを理解しているラズが、これからのことを口にした。
「ふむ、なるほど」
「さくせん……ってこと!?」
シルビアは俺の考えに気付いたようで、納得の表情を浮かべる。
エコは作戦の匂いを感じ取ったのか、にゃはっとした顔で俺の方を向いた。
「それだけじゃないぞ。お前らが転身を習得してくれたおかげで、作戦の幅がバカほど広がった」
「うむ! 違いないな」
「うむうむ!」
「せやなぁ」
スタンピードにおいて、転身が使えるこの三人は、重大な役割を担うことになるだろう。
そして……。
「訓練の密度もバカほど濃くなる。覚悟しておくように」
「 」
「 」
絶句する二人。
「せやろなぁ」
諦めの極致に達したような顔をしているラズが、力なく笑った。
お読みいただき、ありがとうございます。
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