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303 誘う嘘さ



「アーク・パラダイス……凄い数ね」



 イーコイ教授への取材を終えたジョーイは、ヴィンズ新聞本社へと舞い戻り、過去のアーク・パラダイスについての記事を漁っていた。


 如何せん人間にとっては長生きということもあり、エルフであるアーク・パラダイスの記事は数百に及んでいる。


 ジョーイはその中から、何か手がかりになりそうなものはないかと、ひたすらに目を通した。


 ――セカンド・ファーステストは、そしてキャスタル王国は、何かを隠している。彼女にはその確信があるのだ。


 セカンド・ファーステストをネタにすることは、記者界隈ではタブー視されている。


 当然、ポジティブな記事は山とある。しかし、ネガティブな記事に関しては、各社がまるで示し合わせたようにして一切触れようとしない。


 誰がどう見ても不自然なのだ。


 きっと、何か途轍もない裏がある。


 そして、誰もが口には出さないが、それを知りたがっている。


 だからこそ、私のような命知らずの新人が、決死の突撃をかまさなければならない。


 ジョーイの決意は固かった。


 そんな使命感に駆られた空回るやる気が、記事のページをめくる彼女の手を早める。


 ついには会社に泊まり込み、一晩中アーク・パラダイスの記事を調べていた。





「……ベイリーズ? 何処かで聞いたような」



 明け方、ジョーイは記事の中に気になる人名を見つける。


 ベイリーズ。つい最近、何処かで目にした名前のような気がしたのだ。



「ああ!」


 そして、すぐに思い出した。


 つい数日前、ヴィンズ新聞の新規ダンジョン踏破者欄に掲載した、プロリンダンジョン踏破者たち、その代表の名前がベイリーズだったのだ。



「とすると、この記事は……」


 コプド男爵からアーク・パラダイス捕獲の依頼を受けたベイリーズという賞金稼ぎが男爵を殺害した容疑で逮捕された、といった内容の記事。


 判決の結果、奴隷に落とされたはずのベイリーズが、どうして奴隷ではなく乙等級ダンジョン攻略チームのリーダーをしているのか? 疑問が浮かばざるを得ない。



「……なるほど」


 数日前の新聞を引っ張り出してきたジョーイは、そのチームメンバーを見て納得した。


 キュベロやシャンパーニといった、有名タイトル戦出場者が名を連ねていたのだ。


 そう、彼らはいろんな意味で有名である。栄誉あるタイトル戦出場者でありながら“使用人”なのだから。



「ベイリーズはセカンド・ファーステストに買われたというわけね」


 繋がった。


 セカンド・ファーステストとアーク・パラダイスという一見して関わりのない二人には、ベイリーズという共通点があったのだ。


 もしセカンド・ファーステストがベイリーズの事情を知っていたとしたら、二人の間になんらかの因縁があってもおかしくない。


 つまり、アーク・パラダイスがセカンド・ファーステストのパーソナルな情報を握っている可能性がぐんと高まった。ジョーイはそう考えた。


 そして、もしかすれば……今、王都で起きている何か、水面下で動いている何かを、アーク・パラダイスは知っているのではないかとも。



「…………いや」



 ジョーイはすぐにでも面会に行こうと考えたが、徹夜で冷え切った頭が思いとどまらせた。


 もしもセカンド・ファーステストが本当に何かを隠蔽しているとしたら、恐らくはキャスタル王国もグルなのだ。


 であれば、アーク・パラダイスが情報を握っていることをキャスタル王国も知っているということ。


 そんな重要人物を容易に誰かに面会させるような馬鹿な真似はしないとわかる。


 作戦を立てなければならない。


 ジョーイは再びデスクに戻ると、アーク・パラダイスの情報収集を続けた。






「――やはり、プリンターはないのですね?」


「はい。アーク・パラダイス自身が盗まれたと主張しておりまして」


「困ります。弊社にとっては死活問題です」


「そう言われましても、実際に所持していなかったものですから」


「そんな……面会するわけにはいきませんか?」


「申し訳ありません、上からそう指示されているもので」


「そうですか」



 数日後、ジョーイは、アーク・パラダイスが収容されている監獄を訪れていた。


 そこで衛兵といくつかやり取りをする。


 ジョーイは事前調査によって、アーク・パラダイスがプリンターを盗んでいたこと、そしてセカンド・ファーステストがプリンターを買いたがっていたことを明らかにしていた。


 それらの情報から、「プリンターの持ち主である印刷会社の社員」を偽り面会を希望することが得策と考えた。不自然ではない上に、プリンターがあろうとなかろうと面会の話を進められる立場である。


 しかし、衛兵には断られてしまう。衛兵は、上司から「誰にも面会させるな」と指示されていたのだ。


 ジョーイとしても、それは当然ながら織り込み済みである。



「……私としても、上の指示で来ています。引き下がれません」


「しかしですね」


「これで如何でしょうか?」


「!」



 賄賂だ。


 衛兵はジョーイによって差し出された10万CLを前に硬直してしまう。


 彼は家庭の事情で纏まったお金を必要としていた。


 そう、この賄賂作戦を通すため、ジョーイはこの衛兵が担当の日を狙い撃ちでやってきたのだ。


 彼女は新人といえどヴィンズ新聞の記者である。この程度の事前調査ならば、取材と称していくらでも行えた。



「お互いに悪くない話では?」


「…………」



 そして、賄賂の出し方も絶妙だった。


 互いが上司の命令を忠実に守っているに過ぎない状況ということを言葉にしてから、互いに得の多い取引だと認識させる。



「当然、私は面会したことを口外しません。貴方は上の指示を守る忠実な衛兵のまま、お金を得られる。私は弊社のお金を貴方に渡し、上の指示を全うできる。お互いにとって全く損がありません」


「……五分。それ以上は」


「ありがとう」



 衛兵は誘惑に負け、地下牢へと通じる扉の鍵を開けた。



「一番奥だ」


「わかったわ」



 ジョーイは階段を降り、薄暗い通路を進む。すると、いくつかの牢を通り過ぎたところで、奥の方から上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。


 恐らく、アーク・パラダイスだろう。ジョーイは直感する。




「――ワタシに何か用かな?」



 予想は当たっていた。



「初めましてアーク・パラダイス。記者のジョーイよ」



 対面する。


 見目麗しいエルフの男が、じっとジョーイを見つめた。それだけで、不思議とジョーイの膝が震え出す。



「惜しいね、君にもう少し身長があったらと思うと、実に惜しい」



 アークはそうとだけ口にして「興味が失せた」とでも言うかのように背を向ける。



「単刀直入に聞くわ。今、王都で何が起きているの?」


「さあね」



 まずい。ジョーイは自身の失敗を悟る。


 五分しかないという焦りから、事を急いでしまった。


 アークが素直に喋ってくれるとは限らないのだ。



「いいえ、貴方は知っているはず。今、国民の知らないところで、水面下で動いているものは何? 教えてください。私はそれを、国民に知らせなければならないの」


「知らせてどうするんだい?」


「戦争? 災害? 飢饉? 何が起こるのかを知ることで、なんらかの対策を立てて、命を救うことができるかもしれない」


「知らせることで被害を拡大してしまうとしてもかな?」


「そんなのわからない。でも、知る権利はあると思うわ。私だけじゃない、この国に暮らす皆が――」


「駄目、駄目、駄目」



 ジョーイはなんとかしてアークの興味を引こうと捲し立てていたが、アークはそれを途中で遮った。


 そして、我慢ならないというような表情で言葉を続ける。



「鼻が曲がりそうだよ。よくそんなことが言えるね」


「何を」


「何? 君は気付いていないのかい? いいねえ、そのように何も考えず能天気に過ごせるのなら。さぞ幸せな人生だろう」


「……私を煽ってお気が済むのならいくらでもそのように。ですが、貴方がセカンド・ファーステストから聞き、そして隠していることは、どうか教えていただきたい」


「セカンド・ファーステスト」



 その名前が出た途端、アークは目の色を変えて興奮気味に振り返った。


 その迫力に気圧されたジョーイは、牢屋越しだというのに思わず一歩後退する。



「そう、そうだ。ワタシの気を引きたいのならその名前を口にしなければ」


「やはり、セカンド・ファーステストは何かを隠しているんですね?」


「さあね。ただ、もしそうだとすれば、ワタシも隠すだろう。ワタシは彼に恩があるから」


「恩……?」



 セカンド・ファーステストによって捕まえられ牢屋に入れられているのに、恩とはどういうことかと、ジョーイは疑問に思う。



「ワタシは長い間、大切なことを忘れていた。彼のおかげで初心に戻ることができたよ。感謝してもし切れない」


「初心?」


「そうだ。ワタシはずっと、持っていたいのだと思い込んでいた。しかし違ったのだ。ワタシはね、ただ手に入れたかったんだ」


「……?」


「決して手に入らないものに強く惹かれる。しかし手に入れてしまえば興味を失う。ワタシは、手に入りそうにないものを追い求めるという行為が好きなのさ」



 だからなんなのか、とジョーイは思ったが、口には出さない。口に出してしまえば、アークの口がより固く閉ざされてしまいそうだからである。


 そんな彼女を放って、アークは一人だんだんと盛り上がってきた。



「君の初心は何かな?」


「私、ですか?」


「そう、君の初心だ。知る権利? 国民のため? 単なるジャーナリズム? 違うだろう……違うだろう? なぁ」


「……っ……」



 鋭い目で瞳を覗き込まれ、ジョーイは不意に心臓を手で掴まれたような恐怖を感じた。


 見透かされている。それが自分でもよくわかったのだ。



「まだどの社も扱っていないスクープを出して評価されたい。自分を侮っている上司どもをあっと言わせてやりたい。この世の中はおかしいのだと皆に気付いてもらいたい。ずるいことをしているに違いないあの人やあの国を袋叩きにして革命軍の英雄気取りさ。きっと皆が同調してくれる。よくやったと褒めてくれる。功績を認めてくれる。だから明らかにしなくては。何かを隠すことは悪であり、それを明らかにすることは善なのだ。許してはいけないことだ。自分は正義を執行しているのだ。だから時には荒療治も必要だと、君は賄賂も正当化するのかな?」


「ち、違います! 私はそんな、俗物的な考えで記者をやっていない!」


「そうかい? まあ、そうかもしれないね。しかしそれらの考えが全くないとも言い切れない。だろう?」


「……いいえ、違う。違います。私は違う」



 アークに賄賂を言い当てられ、狼狽えるジョーイ。その様子から見て、少なからず図星であることは明らかだった。



「ワタシが思うに、君は初心を取り戻すべきだ」


「何が言いたいんですか」


「君の散らかった欲求の数々、その根底は、たった一つに集約される。わかるかい? それを研ぎ澄ませと言っている」


「…………」


「わからないようだね。教えてあげよう」



 アークは薄らと微笑を浮かべながら、優雅に口を開く。



「――知識欲・・・だよ。知識こそが、ワタシの奥底の足りない何かを満たしてくれる。君もそうだろう? 知識への欲求が君を狂わせ、ワタシのような異常者のもとまで足を運ばせたのだ」


「!」



 ジョーイは、その通りだと思ってしまった。


 セカンド・ファーステストが、何を隠しているか。それを知りたいがために、こんな危険な橋を渡ってしまっている。


 全ては、己の知識欲によるものだ。



「ワタシと同類さ」



 アークの言葉を否定できない。



「……確かに、興味があります」


「そう、興味。ワタシも君も、彼に興味がある。何故だかわかるかい?」


「謎の多い人だから、ですか?」


「違う」


「では、なんだと言うのです」



 アークは、微笑を笑顔へと変えて、言った。



「彼もまた異常者だからだ」



 同類。直前にアークが口にした単語が頭の中を過ぎる。


 そしてジョーイは理解した。


 異常者同士が惹かれ合った結果が、今の状況なのだと。


 自分もまた、紛れもなく異常者の一員なのだと。



「さて、そろそろ時間だろう。さようならジョーイ。良い暇潰しになったよ、ありがとう」



 アークは硬直するジョーイに背中を向けて、別れの挨拶をする。


 一方のジョーイは、静かながらに決断を迫られていた。


 ここでこの場を去れば、日常が戻ってくるだろう。まだギリギリ間に合うラインだ。


 しかし踏み込んでしまえば……自分は異常者だと、自分で認めることになる。


 異常者になるか、ならないか。二者択一。


 そろそろ牢屋に来て五分が経とうかという頃、ジョーイは決断した。



「国民に知らせることなんて、本当はどうでもいい。私は、彼が隠している秘密を知りたくて堪らないんです。どうか、どうか、教えてください」


「そこまで言うなら仕方ない」



 アークは見下したように言うと、振り返る。



「二か月後にスタンピードが起こる。今、彼らはその対策を練っているのだろう。様々な影響を考えれば黙っているのが得策さ。裏を取りたければ、宮廷魔術師団や騎士団の関係者を調べるといい」


「――っ!?」


「やれやれ、聞いてしまったね。では君には、私の命令を一つ聞いてもらおう」


「め、命令、ですか……?」


「そう、命令。聞くか聞かないかは、君の自由にしていい」



 驚愕の事実を聞いて動揺しているジョーイに対し、アークは至って冷徹に命令を口にした。



「キャスタル王家がスタンピードについて隠蔽していたことを叩け。ワタシの名前を使ってもいい」


「!?」



 それは当初、ジョーイがやろうとしていたことだ。


 事実を明るみにして、責任の所在を追及する。記者として当然の行い。


 ジョーイとしては好都合な命令だったが……疑問が生じる。



「最後に一つだけ、いいでしょうか」


「どうぞ」


「どうしてそのようなことを? 貴方は、セカンド・ファーステストに恩を感じていたのではないんですか?」



 そう、スタンピード隠蔽について記事にしてしまえば、それは間接的にセカンド・ファーステストへの非難にも繋がる。


 恩を感じているのならば、隠し通すのが筋である。



「君もわかっているはずさ」


「私も?」


「そう。ワタシも君も、彼に興味がある」


「ええ」


「ワタシはね……彼の反応が見たい。守るべき国民が邪魔になった時、果たして彼がどうするのか……ワタシは、それを知りたくて堪らなくなった」


「…………」


「君はどうだい?」



 恍惚とした表情で語るアーク。


 ジョーイは暫しの沈黙の後、返事をせず、静かにその場を去った。


 そんな彼女の背中を、アークはニヤニヤと笑って見送っていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


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