302 憧れがコア
如何にして、素早く、効率良く、魔物を片付けられるか。スタンピードはそれにかかっていると、経験者は語る。
スタンピードイベントは、特定の四地点において、朝の十時から始まり、一時間経つごとに出現する魔物が変化する。魔物は次第に強くなっていき、特に十五時から十七時にかけての二時間は「魔の二時間」と呼ばれるほど厳しいものである。
そして十七時からは、それまで湧いていた魔物たちがパタリと出現しなくなり、四地点のうちの一地点のみでボスラッシュが始まるのだ。
イベント終了時刻は二十三時。終了条件は、二十三時を迎えるか、ボスラッシュにおける全魔物を討伐するか、二つに一つである。
軍師ウィンフィルドは、セカンドたちから聞いたそれらの情報を踏まえ、作戦を練り続けていた。
出現する魔物の強さと数は、十七種類あるテーブルA~RのうちのF以外から選ばれることを、グロリアから話を聞いたセカンドが見抜いていたため、ある程度は把握できている。
しかし、対抗する人間たちの強さと数は、時々刻々と変化し続けているため、把握できているとは言い難い状況であった。
そこでウィンフィルドは、「皆が目指すべき強さ」をセカンドと話し合い、決定した。この程度まで強くなれば、まず死人は出ないだろうというラインだ。
そのラインとは――「近距離・中距離・遠距離スキルそれぞれで魔の二時間に出現する魔物を一撃確殺できる単発火力を持つ」こと。
なんとしてもこのラインを越えなければならない。あと二か月を切っているが、四の五の言っていられない。やるしかなかった。
そのためにも、ダンジョンの高速周回は必須になる。シルビアたちがやっているようなことを、いずれは多くの者がやるようになるのだ。
「ということで、見て学んでくれ」
早いうちに見せておいた方がいい。そう考えたセカンドは、アイソロイスダンジョンへと皆を集め、ダンジョン周回見学会の機会を作った。
セカンドの隣では、リンリンが装備を整えている。どうやら、二人で回るようである。
見学会の参加者は、スタンピード対策に協力するほぼ全員だ。ファーステストのメンバーに加えて、序列上位の使用人たちと、タイトル戦参加者たち、おまけにオランジ王国からはノヴァが、マルベル帝国からはナト、オリンピア、シガローネまでもが来ている。かなりの大人数だが、アイソロイスダンジョンは広いため不思議と狭さは感じない。
「はい、クラウス」
メモを片手に挙手をするクラウスをセカンドが呼ぶと、クラウスは目を爛々とさせて口を開いた。
「装備が気になる。教えてはもらえないか?」
「どうしても知りたければあとで教えてやるが、重要なのは、この武器でこのスキルでこの魔物を攻撃したらこのくらいのダメージが出ると把握できるようになることだ。そうすれば自分で最適な装備を選べる」
「なるほど。では、とにかく実戦経験を積む必要があるということか」
「単に経験しているだけじゃ学びが薄い。何か目標や課題を持ってやるといい。たとえば、タイムアタックとか」
「!」
ババババッとメモ紙にペンを走らせるクラウス。
セカンドにとっては何気ないアドバイスであったが、クラウスにとっては「そうか!」と叫びたくなるような気付きであった。
クラウスは、今すぐ帰ってマインに「目標と課題を持って物事に取り組むことが学びに繋がるのです陛下!」と伝えたい気持ちをぐっと堪え、セカンドとリンリンの一挙手一投足に再び注目する。
「はい、シャンパーニ」
「ごきげんよう、ご主人様、リンリン様。わたくしはスキルの構成が気になったのですけれど、特に決めていらっしゃいますか? それとも、その場のご判断でしょうか?」
「スキルを絞って運用するかってことか? ああ、俺はアイソロイスのデュオならバフを除いて三種に絞る。体術・魔術・盾術だ。リンリンさんは?」
「あー、シャンパーニと言ったか? オレは質問の意味がよくわからなかった。初見なら勿論その場の判断に頼らざるを得ないが、そうでなければ既に得ている知識から意識せずとも最適化しているはずだ。今回の場合、セカンドさんに前衛を任せるから、オレは弓術と糸操術で十分」
「よく理解できました、ありがとうございますわ」
シャンパーニは納得いく回答が得られたようで、笑顔でお辞儀をした。
「はい、シガローネ」
「このダンジョンの難易度を私以外のバカ共にもわかるよう簡潔に言ってくれ」
「お前とオリンピアとナトで初挑戦したら四時間かかって死人が出て攻略できないかもしれない」
「なるほどわかった、もういい」
「コツを掴んだら三十分かからず周回できるようになるだろうが」
「そのコツとやらを教えて回るのがセカンド・ファーステスト様のお仕事というわけだ」
「あとリンジャオ、リン……ナントカさんのお仕事でもある」
「凛嬌令媛」
「そう、リンジャオリンヤンさん」
まだダンジョン攻略を始めないうちから質問が途絶えない。
クラウスたち三人の他にもレイヴやヴォーグが挙手していたが、これでは埒が明かないと思ったセカンドは「またあとでな」と一言伝えて、インベントリから“角換わり”の付与された岩甲之盾を取り出した。
エコが普段使っているものと同じ盾だが、エコの方は性能強化を六段階までVITに振っているのに比べ、セカンドの方は六段階までスキル準備時間短縮に振っている。
セカンドの装備は、七部位が“角換わり”の付与効果だ。クリティカル発生率5%上昇の効果が七つ、すなわちクリティカル発生率35%上昇。現在のセカンドの純クリティカル発生率は、九段の補正値40+LUK140÷10、よって40+140/10=54%。つまり、35%+54%=89%の確率でクリティカルヒットが発生する状態である。
魔物の中にはアンチクリティカルを持つ種類も少なからず存在するため、実際のクリティカル発生率は魔物によって大きく違ってくるが、それでも89%は十分な数値だ。
加えて、三段階性能強化済みの追撃の指輪も装備している。25%で魔術発動後に追撃という、驚異的性能だ。
一方、リンリンは全身十部位を“雀刺し”の付与効果で統一していた。「十部位装備した場合にSTR・DEX・AGIが2.9倍」という非常に高性能なものだ。おまけにアクセサリー以外の防具は全て“鬼神”シリーズで揃えている。甲等級ダンジョン「システィ」のボスから出るレア素材でしか作製できない、超高級品と言うのも烏滸がましいほどの装備だ。
武器は雀刺し鬼神之長弓と、雀刺し蜘蛛糸。武器を持ち替えても雀刺しの効果が発動されるよう、どちらにも付与してある。
そう、二人とも――「ガチ装備」。
「じゃあ……何周かするから、遅れずに付いてこい」
セカンドは、一度だけ振り返って皆にそう伝えると、盾を構えて《飛車盾術》を発動した。
直後、見学者たちは「遅れずに付いてこい」の意味を悟る。
突進で加速移動したセカンドが接敵すると、射程距離内まで移動したリンリンが《龍王弓術》をセカンドから約5メートル右前方へ向けて曲射。そして、すぐさま「終わったこと」のように視線を逸らしてまた走り出す。
《龍王弓術》はまだ着弾すらしていないが……いつの間にかセカンドの《金将盾術》によって誘導されたブラックゴーストが3体、着弾予測地点に配置されていた。
その時、セカンドは既に盾を仕舞い、《龍馬体術》を準備しており……着弾の爆風に体を乗せてダッシュパンチを発動、更なる加速で移動する。
当然、《龍王弓術》の直撃を受けたブラックゴースト3体は、一瞬で葬り去られた。
その事実を確認する間もなく、セカンドが次なる魔物であるブラックナイトに《龍馬体術》を叩き込み、一撃で黙らせる。
次いで《雷属性・参ノ型》《溜撃》を準備し始めたセカンドにリンリンが追いつくと、今度はリンリンが《龍馬糸操術》で糸を放出、2体のブラックナイトと3体のブラックゴーストを拘束し、一纏めに配置した。
そして、再び「終わったこと」のように視線を逸らし、すぐさま移動を開始する。
瞬間、セカンドの十分に溜められた《溜撃》が発動し、拘束された5体の魔物は圧倒的火力によって消し炭となった。
そしてまた、セカンドは《飛車盾術》で移動を開始する。
……その間、見学者たちは、ほぼ全力疾走であった。
セカンドとリンリンは、まるで何十年も連れ添った夫婦のように息がピッタリである。しかしこの二人、一緒にダンジョンを攻略するのは初めてのことだった。
互いに互いの「やりたいこと」を理解しているからこそできる芸当だ。「こうすると効率が良い」という最善を突き詰めた先の見解が一致しているからこそ、ここまで息を合わせられる。
流れが全く止まらない。移動と戦闘がセットになっており、そのどちらも効率が考え抜かれていた。まさにお手本のような動き方だ。
見学者たちは、走って追いかけながらも、そのあまりにも洗練された何もかもに、感動すら覚えていた。
そして同時に、憧れを抱く。自分もあの二人のようにしてダンジョンを回れたら、と。
皆、ほんの少しずつ、想像していた。二人のスタイルに影響される自分を。服装や髪型を真似るように、二人のスタイルを目指す自分を。
この憧れこそが、皆のやる気の出発点であり、長い長い答え探しの旅の始まりでもある。
「…………えっ……」
二人は、あっと言う間に黒炎狼まで到達した。
アルファが、熱中して見学するあまり存在すら忘れていた時計をちらりと見て、目を疑い、思わず声を漏らす。
それから数秒と経たず、黒炎狼が瞬く間に息絶えて、二人の一周目が終了した。
「信じられん……」
「やばすぎ……」
シルビアとエコが唖然としながら小さな声で呟く。
他の見学者たちは、これといって言葉を発せず、ただ今目の前で起きたことを理解しようと必死だった。
セカンドとリンリン、二人の一周のタイムは――16分28秒。
常軌を逸していた。
そして更に恐るべきは、「ナシナシ」でこのタイムということ。二人は変身を使わず、召喚もしていない。
そう、縮めようと思えば、更に縮められるのだ。
では何故、使わないのか。それはやはり、二人が「手本」を意識しているからだろう。
「さ、もう一周」
何度でも見せる。
皆が見て学べるように、綺麗な手本を、何周も、何周も。
言葉で説明する以上のものが、途轍もない濃度で、そこには詰まっていた。
憧れ、真似をすること。育成のための時間が少ない今は、何よりそれが重要なのである。
セカンドとリンリンの二人は、実体験を踏まえ、そのように考えていた。
そして、実際に、この見学会が――スタンピード対策における大きなターニングポイントとなる。
◇ ◇ ◇
「――では、ジパングという国は存在しない可能性が高いということですか?」
「ワシの考えでは、そうだ」
キャスタル王国魔術師会の本部にて、特別栄誉教授イーコイは、ヴィンズ新聞の女性新人記者ジョーイから取材を受けていた。
表向きには、オランジ王国魔術学会学術大会の取材である。しかし蓋を開けてみれば、ジョーイの口から出る質問はセカンド・ファーステストに関連するものばかりであった。
イーコイは、学術大会での一件もあり、セカンドに対して若干の苦手意識がある。だからであろうか、ジョーイの質問に対し、ジョーイの欲しがるような答えを返してしまっていた。
「もしそれが事実だとすれば、とんでもないことではないでしょうか?」
「全くだ、許しがたいな」
ジョーイは上手くイーコイの怒りを煽り、更に饒舌にさせていく。
「ここのところ王国関係者がジパング大使館へと頻繁に出入りしている様子が確認されておりますが、先生はいかがお考えですか?」
「ん? むぅ……」
そこで、本題とも言うべき質問を投げかけた。
イーコイは暫し沈黙した後、口を開く。
「大方、スキルの習得方法などをチラつかせて取引でもしているのだろう。最近捕まったアーク・パラダイスについても、きな臭いことばかりだ。自作自演も疑っているよ、ワシは。キャスタル王国はセカンド・ファーステストを取り込もうと躍起になっているのではないか」
「なるほど、取り込むためにですか」
何も知らないイーコイは、彼なりに考えて答えた。
金と利権に塗れた彼らしい推察であった。
「ご協力ありがとうございました、先生。以上で取材を終了させていただきます」
取材を終えて、ジョーイはやれやれといった風に溜め息をつく。
当てが外れたのだ。
ジパング大使館へキャスタル王国関係者が出入りしている理由は、キャスタル王国魔術師会が絡んでいるのではないかと読んでいたのである。
オランジ王国の学術大会でセカンド・ファーステストとも接触しているため、要素は揃っており、ジョーイはこれが本筋だと考えていた。
しかし、イーコイはどうやら何も知らないようだった。
「ふぅ……」
何度目かの溜め息。
どうしたものかと取材ノートを見返していると、ジョーイはふと気になる単語を見つけた。
「……アーク・パラダイス」
お読みいただき、ありがとうございます。
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