301 罪、秘密
更新再開するわよ!
キャスタル王国スタンピード対策本部会議――マイン・キャスタルを会長とし、セカンド・ファーステスト主導のもと設置された。来るスタンピード対策の中枢は、まさしく彼らである。
マルベル帝国、オランジ王国、ディザート共和国にも同様の対策会議が組織され、セカンドはそれぞれの会議に顔を出しては情報を共有し、対策に奔走していた。
会議は連日開かれている。しかし、いくら話し合っても足りないほど、彼らは時間を欲していた。
「クラウス、各領地の協力状況は」
「は、現状で三割未満です」
「……やはり、そうなりますか」
マインはスタンピード発生の予想地点に近い場所に領地を持つ領主に協力を依頼していたが、あまり良い回答は得られていない。
理由は明白だった。スタンピードが発生するという情報をまだ明かしていないのだ。わけもわからずに出兵できるほど余裕のある領地は少ないだろう。
王命で強制的に協力させることは、不可能ではない。だが、それがあまり良い策とは言えないことをマインはよく理解している。
「明かさない方が、いい、よ。魔物、だけじゃなくて、人間とも、戦うことになるかも、ね」
「はい、わかっています」
会議に参加していたウィンフィルドが、マインへと釘を刺すように言う。
彼女の口にした懸念には、マインも同感であった。スタンピードまで二か月を切っているとはいえ、スタンピードで王都が手薄になるタイミングに合わせて謀反を起こす準備をする時間としては十分である。
「国民に伝える時期は、いつ頃がいいでしょう」
「伝えなくて、いいんじゃ、ない?」
「しかし、不誠実では?」
「スタンピードの、封じ込めを、第一に考えるのが、一番、誠実、でしょ」
「それは、そうですが……避難など視野に入れてみても」
「それなりの、リスクを冒してでも、やりたいのなら、お好きにどーぞ」
「…………」
ウィンフィルドの言葉で、マインは考え込んでしまう。
精霊である彼女は、セカンドに関係のない人間の命などなんとも思っていない。対するマインは、できることなら全国民の命も大切に考えたかった。
しかし、避難対象地域を定めて、二か月後のスタンピードに合わせて避難をさせるとなると、課題は山積みである。まず、現時点で足りない人員が更に大勢必要になり、国政は更に滞り、経済にも大きな打撃があるだろう。
理想は、国民に知られぬまま当日を迎え、なんの被害も出さずにスタンピードを凌ぎきることだ。そうなれば経済への影響も最小限で済み、謀反のリスクも少ない。
「わかりました。国民への情報公開は、やむを得ない場合以外、避ける方針でいきます」
「承知しました、陛下。第一騎士団、宮廷魔術師団には、引き続き機密事項として口外禁止の命令を通達しておきます」
「お願いします、クラウス。あと、セカンドさんも、皆さんへ念を押しておいてくださいね」
マインは多少の罪悪感を覚えながらもそのように決めて、セカンドへと話を振る。
しかし、返事がない。セカンドは、別の話に夢中になっていた。
「レイヴ君、いいですよねえ。周りが見えてるから立ち回らせたい。リンリンさんどう思います?」
「同じ意見ですね。役割はハッキリしてきたので、このまま伸ばしましょう」
「ですね。あと伍ノ型なんですが、五十人はいけそうです」
「火力がゴミなのでは?」
「ハナクソですわ」
「あ、マジポ足りなくなりそうなので、集めておきますか」
「一応、周回がてら素材を蓄えてるんで大丈夫です」
「流石です。そういえば、ベイリーズ? でしたっけ。彼女もいいですね」
「いいっすねえ。ダンジョン周回が向いてますね性格的に」
「彼女を主軸に周回してるんでしたっけ」
「あはい、うちの使用人は。他と混ぜます?」
「そろそろ考えてもいいかもですね」
セカンドとリンリンは、会議が開かれてから延々と育成中の面々について話し合っている。
この世界の住人は、彼らにとってみれば伸びしろの塊。教えれば教えるほど、日々目覚しい成長を遂げるのだ。
そのため、彼らの成長や向き不向きスタイルの変化に合わせて、こうして綿密に運用法についての検討を重ね、本番までにどのような配置にするかを決めていかなければならない。
これは本来ウィンフィルドの仕事である。しかしウィンフィルドは、セカンドたちと比べると、個々人の戦闘能力の判断について疎い部分がある。よって、より正確な分析をセカンドたちに任せ、それを聞いて人員の配置を決定するという形をとることにした。
「セカンドさん、聞いてました?」
「あぁんだってぇ?」
「もうっ! 皆さんにはできる限りスタンピードのことを秘密にしておいてくださいって言ったんです!」
「あー、はい、すまんすまん、わかったわかった」
「……本当にわかってますか? なんだか心配なんですけどボク」
実際、セカンドはわかっていなかった。マインから言われた通り、不用意には話さないだろう。だが、自分が話したいと思った相手には、なんの躊躇もなく話してしまうに違いないのだ。
そんなセカンドの様子を見て、ウィンフィルドは「ふふふ」と楽しそうに微笑んでいた。
「そうだ、クラウス。一週間後に俺とリンリンさんの二人でアイソロイスダンジョン周回の手本を見せる予定だから、お前も見学会に参加しろ」
「――っ!? 是非とも!」
ふと思い出したように口にしたセカンドへ、クラウスは前のめりになって参加を表明する。
現状、タイトル戦出場者や使用人たちは、まだアイソロイス周回のレベルには達していない。しかし、今のセカンドの言葉が意味するところは、一週間後にはもう皆がそのレベルに達し得るということ。
セカンドとリンリンという二人の怪物の尽力によって、恐るべきスピードで周囲が育成されていく。本当に目覚しい成長だと、マインはその話を聞いて感心せざるを得なかった。
「じゃ、俺もう行くわ」
そして、次の瞬間には、セカンドはもういなくなっている。
分刻みのスケジュールで会議に参加し、周囲の皆を根気強く育成し、しっかりと自身の育成まで行う。いつ寝ているのか見当もつかない。疲れている様子すら見せない。
相変わらずのバケモノっぷりに、残された皆は呆れながらも奮起するのであった。
◇ ◇ ◇
「……ようやく一時間を切ったね」
アイソロイスダンジョンのボス「黒炎狼」を倒し、レンコが呟いた。
「はい。安定してきたのではないでしょうか……?」
アルファが返事をすると、その横にいたアカネコが「ふぅ」と一息つきながら口を開く。
「冷や汗をかくことも減りました」
「確かにね」
レンコが苦笑しながら返した。
「悪くないダメージ」「火力上がりました、威力高くなりました」
グロリアは、インベントリへと大弓を仕舞いながら誰にでもなく喋っている。
「グロリア様、もう弓術をものにされたのですか?」
アルファが尋ねると、グロリアは一瞥し、再びインベントリから大弓を取り出して答えた。
「交換する?」「弓術です、遠距離です」
「い、いえいえ! 私、今、体術の特訓中なので……」
「わたしも体術したい」「覚えます、学びます」
「じゃ、じゃあ、レンコさんとかに」
「あたいが弓かい? ……まあ、いいけど」
「では、再び入り口付近で修練いたしましょう」
「アカネコ何使う?」「剣です? 刀です?」
「次は少しばかり盾を」
四人は役割を変えながら、アイソロイスダンジョンを周回している。
既に、アイソロイスで通用するレベルのスキルランクは習得していた。各々が近距離から遠距離までバランス良くスキルを揃えている。
そして、慣れないながらも技術を身に付け、安定して周回できる程度にまでは成長したのだ。
「――おっ」
すると、黒炎狼の部屋を、目の下に隈の浮かんだ三人組が訪れる。
「やっほっほー!」
「なんや、自分らここにおったんか」
シルビアとエコとラズベリーベルだ。彼女たち三人も、アイソロイスを周回している。
四人とは別のルートで、ボスまで行かずに最も経験値効率が良いだろうルートを延々と往復しているだけなのだが、たまにこうして気分転換にボスまで行くこともあった。
「順調なようだな。うむ、私たちも負けてられないな」
「ないなー」
「せやなぁ~」
シルビアたちは会話もほどほどに、すぐさま周回へ戻ろうとする。
とんでもないヤル気だと、四人は俄かにたじろいだ。
そんな中、ふと気になったレンコが、今にも去ろうとしている三人へ問いかける。
「シルビア、一周どのくらいだい? あたいらは、一時間を切ったよ」
半ば自慢をするような気持ちで口にした言葉であった。
直後、レンコは後悔することになる。
「三十五分だ」
四人を尻目にそうとだけ答え、シルビアたちはまた周回へと戻っていった。
「……三十五分」「凄いです、早いです」
「一日の長……どころの差ではありませぬ」
「し、しかも、私たちより一人少ないのに……」
愕然とする三人。
レンコは皆を元気づけるように口を開く。
「負けてらんないね。だろ?」
皆、その通りだと頷いた。
一週間後、よりとんでもない記録を目の当たりにするとは露知らず。
◇ ◇ ◇
ヴィンズ新聞社所属の新人記者ジョーイは、不服に感じていた。
ここのところ頻繁にジパング大使館へと出入りするキャスタル王国関係者。
彼女はスクープの匂いを嗅ぎつけたのだ。
しかし……。
「やめておけ。鬼や蛇が出てくるだけじゃ済まんぞ」
青い顔をした上司からは「ストップ」が出てしまう。
何故なのか。
どうしても納得がいかない。
目の前にスクープが転がっているというのに!
「……わかりました。少し、休暇をいただけないでしょうか」
お読みいただき、ありがとうございます。
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