295 五時半は事後
* * *
ウィンフィルドと一緒に作戦を立てていたら、すっかり夜になってしまった。
しっかしあの軍師、もう流石と言う他ない。一を聞いて十を知るどころか、小麦粉を渡したらイタリアンのフルコースが出てくるようなものだ。あいつの立案した作戦を聞いていただけで、なんだか行けそうな気がしてきてしまった。
とりあえず、俺が大々的に行動を起こすのは、明日からだ。
今夜はしっかりと寝て、英気を養うことにしよう。
「……………………ん???」
見間違いでなければ、俺の部屋のベッドの上の枕元にプリンターが置いてある。
プリンター――俺が女装してまで手に入れようと躍起になったアーティファクト。それが何故こんなところに忽然と姿を現した?
「いや……えぇ……?」
わからん。
よくわからんが、きっとファーステストの誰かからのプレゼントだろう。
だって俺の部屋に置いてあるということは、そういうことだ。身内じゃなかったら……なんか怖い。
アークが一昨日盗まれたと言っていたのは、もしやこれか? 誰かがアークの家から盗んできたんだろうか?
まあいいや、普段なら多分受け取らない物だが、今はそうも言っていられない。背に腹は代えられないのだ、スタンピード対策のために有効活用させてもらおう。
よし、これで作戦がより円滑に進むぞ。誰だか知らんが、ありがとう! と言っておこう。
何かお返しをしないといけないな。明日、起きたらユカリに聞いてみるか。
「――マジ?」
「マジですが」
朝食の時、ユカリにプリンターについて聞いてみたところ、「知りません」とだけ返ってきた。
「…………え、じゃあ誰?」
「……警備を見直す必要がありそうですね」
俺が冗談で言っているわけではないと察したユカリは、真剣な表情で“侵入者”の可能性に言及する。
「いや、待て。シルビアとかラズとかがこっそり置いてった可能性も」
「本気でそうお考えですか?」
「……違うわなぁ」
朝の四時半からアイソロイスダンジョンへと旅立っているメンツの中に、このサプライズの犯人がいるかもしれないと考えたが、だとすれば出発の時にネタバラシがあってもいいはずだ。
まさか、使用人の誰かか? 否、それこそユカリが把握していないわけがない。そもそも俺の部屋に入れる者は相当に限られている。
俺の部屋の担当はキュベロだが、あいつの性格ならまず盗むという行為をしないだろう。アークを真正面からぶちのめして奪うはずだ。
……侵入者か。使用人の誰かという線も、なくはないと思う。しかし、なんだか侵入者のような気がしてきた。
少し前から、そんな予感のようなものがあったんだ。具体的には、不意に視線を感じるとか、使っていた物がなくなるとか、ちょっとした違和感程度のことである。
アークの家に忍び込めて、ファーステストにも忍び込めるとは……余程の達人だ。薄気味悪いが、ちょっと嬉しくなっちゃうのはなんなんだろうな。
まあ、それでも、対処はしておかなければ。
「今夜から寝る時は、あんこを放しておくことにする」
「安心なようで、それはそれで心配ですね……」
大丈夫大丈夫、初対面で戯れに相手のHPを1にするくらいで、基本的には無害だから。
「ところでご主人様、今朝はとてもお早いですが、何をなさるおつもりですか?」
「ああ」
現在、朝の五時。外はまだ薄暗い。
皆をアイソロイスへと送るために早起きしたわけだが、理由はそれだけではない。俺も早朝から行動を起こすのだ。
「これから各国王にアポ取ってくる」
「……ええと」
ユカリは理解できなかったようだ。それとも、脳が理解を拒否しているのかもしれない。
「今日の昼は、四か国会議だな」
スタンピードイベントが起こる可能性のある地域周辺の国家、キャスタル王国、マルベル帝国、カメル神国、オランジ王国。この四か国の首脳にいちいち作戦を説明して回んのがめんどくせぇから、一気に全員俺の家に呼んじまおうという魂胆よ。
「まさか、ファーステストで行うわけでは」
「湖畔の家なんか涼しげでいいんじゃないか」
「イヴ! ルナ!」
うわびっくりしたぁ。
「聞いていましたね? 大至急、準備を始めなさい」
「……っ……っ」
「最善を尽くします、と申しております」
なるほど、歓迎の準備が必要ってわけか。
「いいんだよ準備なんてそこそこで。別にもてなすために呼ぶわけじゃないんだから」
「そうは参りません。ファーステストを舐められては困りますから」
ほほう、一理も二理もある。
「じゃあ、無理はしない程度にな」
俺が頷くと、ユカリとイヴとルナは綺麗な一礼をして、準備とやらに去っていった。
さて、そしたら俺も、いっちょ働きますか――。
なんやかんやあって、昼。
湖畔の家では、歴史的な会議が開かれようとしていた。
「――信じられますか? この人がボクの部屋に来たのが朝の五時半ですよ、朝の五時半! そしてなんて言ったと思いますか? マイン、二か月後にスタンピードが起こるから今日の昼に四か国会議するぞ。じゃ、そういうことだから……ですよ!? 五時半に叩き起こされてそうとだけ言い残されて今理解できている自分が逆に怖いですよ!」
「お前、寝ぼけながら頷いてたぞ」
「寝ぼけてるってわかってるならもうちょっと丁寧に説明してくださいよっ!!」
マイン、激おこだ。ごめんて。急いでたんよ。
「なるほど。その次に僕のところへ来たわけだな、この無礼者は。そして一言一句同じことを言って、去っていった。そして極めて不本意ながら時間を作って待機していた僕を、ついさっきだ、迎えを寄越すでもなく、なんの断りもなく、いきなり召喚したと。おかげで準備していたオリンピアもシガローネも何もかも置き去りだ」
「呼ぼうか?」
「いい! これ以上余計なことはしないでくれ頼むからっ!」
ライトもプリプリ怒っている。すまんな。
「……そして私の枕元にもいらっしゃったというわけか。弟から聞いた、大変に恩義のあるお方だ、非常識な時間に非常識な行為をされても私は一向に構わない。だが、国名ばかりは間違わないでいただきたい。我々はカメル神国ではなく、ディザート共和国。生まれ変わったのです」
「久しぶりだなブライトン、元気してた?」
「え……ええ、お陰様で」
革命軍のリーダー、ブライトン。前金剛ロックンチェアの兄貴だ。
最後に会ったのは、レイスでsevenの外見に化けていた時だっけ? まあいいや、あっちは俺について知っているようだから問題ない。
「セカンド~~! こんなに早く再会できて嬉しいぞ~~っ! 今朝はちょっと、いや、何回か気絶してしまって、申し訳ないことをした! まさか愛しの人からモーニングコールがあるとは思っていなくてな……つ、次は、きっと大丈夫だ! わ、わ、私は、いつでも構わんぞッ?」
オランジ王国からは、カレント女王でなくノヴァに来てもらった。
ノヴァは顔を真っ赤にして照れている。まるで同衾にでも誘っているかのような口振りだが、モーニングコールのことだよな?
「こ、これがノヴァ・バルテレモン……? 冗談でしょ……?」
ライトが我が目を疑うようにゴシゴシとこすって呟いた。
そういえばライトはまだデレッデレ状態のノヴァを知らないのか。なら無理もない。
皆がそれなりに距離を取って座っている中、ノヴァだけ俺のすぐ隣に椅子をくっつけて、というか体もくっつけてベッタリだ。心なしかブライトンの顔も呆れている。
「はい、というわけで四か国会議、始めます」
「どういうわけですか……」
俺が宣言すると、マインは全てを諦めたような顔で溜め息をつきながら口にした。
……それから、かれこれ三時間。
急な呼び出しにもかかわらず、流石と言うべきか、皆それぞれの国のことを真剣に考えながら対策を協議してくれた。
「8つの発生ポイントから4つが選ばれる組み合わせは70通りあるが、そのうち特定の一つのポイントが必ず含まれるのは35通り、二つのポイントが含まれるのは15通り、三つのポイントが含まれるのは5通りだ」
「キャスタル王国は3か所、マルベル帝国が2か所、ディザート共和国が1か所、オランジ王国が2か所ですね」
「いや、それぞれの国で、それぞれのポイントで、発生した時としなかった時だけを考えればいいだろ? 全ての国を含めた組み合わせを考える必要ある?」
「ディザートは発生場所が一つだけとはいえ、発生した時は非常に厳しい。可能ならば事前に援軍を要請したい」
「発生してから駆けつけたのでは遅い。予め軍を割り、現場に待機させておいた方がよいだろうな」
「なるほど、確かにそうせざるを得ませんね」
「まあ、それは理解できる。距離的にその日のうちの移動は厳しい」
「となると、やはり……」
会議が纏まってくると、皆が俺の方へ視線を向けるようになる。
そうだな、結局そうなるな。
今回のスタンピードイベントは、俺たちファーステスト家と、これから声をかけまくる予定のタイトル戦出場者たちの戦力次第だ。
それぞれのポイントに報告係を配置して、イベント開始と同時に発生ポイントへと一斉にあんこを使って輸送する。そのパターンが全部で70パターンあるのだと、ノヴァはそこまで考えてパターンについて言及してくれたのだろう。
いや、それにしても軍の力を借りられるのはデカい。数で対抗するという発想はアリだ。特にイベント序盤は極めて有効である。
しかしやはり、個々の火力がなければ埒が明かないのもまた確か。
数だけで対抗しようとすれば、中盤になるにつれ苦しくなり、終盤では死者を増やすのみである。
「皆」
だから、少し悩んだが……渡すことにした。
「あと二か月しかないが、これを役立ててくれ」
「!」
プリンターの初仕事である。
午前中に四部コピーしておいた冊子。そう、大まかなスキル習得方法の書かれた冊子だ。
加えて、魔術の会得三条件と各スイッチについての冊子も。
特に伍ノ型は、スタンピードで活躍するスキルの一つ。覚えていて損はない。
できるだけ各国の軍隊を鍛えておいて、生存率を上げてもらう。
この緊急事態をいいことに、いよいよバラまきが本格的になってきたって感じだな。
「……セカンド閣下、以前より気になっていましたが、閣下はどうしてこのような情報を」
ブライトンが疑問を口にすると、その途中で遮るようにして、マインとライトとノヴァの三人が同時に口の前で人差し指を立てて「しー」とジェスチャーをする。
「っと、失礼」
まるでその質問はとんでもない禁忌だとでも言うようなピリッとした空気が流れたが、別にそんなことはない。ただ、まあ、はぐらかしはするが。
マインたちは何回聞いてもはぐらかされるのがわかっているから、ブライトンを黙らせたんだろうな。
「俺たちは俺たちで、できる限り準備しておく。お前らも、できる限りの準備を頼む」
さあ、この冊子を受け取ったなら、死ぬ気で頑張ってもらわないと困る。
でないと、本当に死ぬことになるだろうから。
「幸運を祈る」
本当に。
お読みいただき、ありがとうございます。
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