293 力み踏切
第十四章、いくぜいくぜー!
「スタンピード……?」
アークはよくわからないといった顔で首を傾げた。
スタンピードを知らないのか? だとすれば、こいつが百五十一歳だから、過去百五十年以上もスタンピードイベントが起きていないことになる。すなわち、大型アップデートもそれだけの期間行われていなかった可能性が高い。
いや、早計だ。この世界は全てがメヴィオン通りというわけではないということを失念してはならない。ひょっとすると、この世界特有のルールが、摂理が存在するかもしれない。
「あちこちで魔物が大量発生して暴れまわる現象だ」
「ほう」
簡単に説明してやると、アークは意外そうな顔で頷いた。
「なんだ、ワタシはもっと楽しげなことが起こるのかと期待していたのだが、どうやら真逆だったようだ」
「いや、そういうわけでもないが……そうか」
メヴィオンでは間違いなく楽しいイベント。しかしこの世界では、阿鼻叫喚の大惨事にもなり得る、言わば“災害”だ。
「あー……ヤベェな。ヤベェわ。実にヤベェ。どうしよう」
じわじわ焦ってきた。
タイマーの数字が、あと60日? オイオイ、どうすんだよ、こんなの。
できれば死人は出したくない。かと言って、俺一人でどうこうできるような問題でもない。
俺とラズとリンリンさんの三人で……いや、流石にキツイか。
「あー、クソッ! どうすんだこれ!!」
「落ち着け」
「ありがとう落ち着いた」
「早いな落ち着くのが」
指が切断されたくらいでピーピー騒いでたやつに言われる「落ち着け」は効くなあ。
「よし、方針が決まった。まあなんとかなるだろう」
「その切り替えの早さ、ワタシも見習いたい」
あーだこーだ悩んでる暇などないな。
60日で可能な限り頭数を揃えて、それぞれの質を上げるしかない。
「助かったよ、アーク。イベントタイマーについて教えてくれてありがとう」
「そうかい? お役に立てて何より、セカンド・ファーステスト」
不幸中の幸いだ。もしアークからイベントタイマーについて聞けなかったらと思うと……寒気がする。
とにもかくにも、マインと相談だ。いや、その前に皆で作戦会議……よりも前に、まずはラズと共有して方針を決めておくか。
あ、そういえば忘れていた。ついでに聞いておこう。
「お前、プリンターって持ってるか?」
当初の目的だ。今やスタンピードでそれどころではなくなってしまったが、貰えるなら貰っておきたい。
「ああ、プリンター。勿論持っている。いや、正確には、持っていた」
すると、アークはおかしなことを口にした。
「一昨日に盗まれたよ」
「ハァ……?」
盗まれただぁ?
「お前、俺にプリンター取られるのが嫌で嘘ついてないかぁ?」
「まさか! できることならワタシの所有アーティファクトを全て君に譲りたい気分だ。しかしプリンターだけは残念ながら手元にない。つい一昨日の出来事だ」
「どうしてそうピンポイントで盗まれるんだよ」
「ワタシに聞かないでくれたまえ」
なんか裏がありそうだが……まあ仕方ないか。ないものはないもんなあ。
それにしても、アーティファクトコレクターの賞金首からアーティファクトを盗むって、凄まじいやつがいたものだ。命が惜しくないのか。
「きっと名のある泥棒だ。ワタシの隠れ家は、誰一人として場所を知らないだろう。おまけに罠を張り巡らせている。容易には盗みに入れない」
「プリンターだけ盗まれたのか?」
「そうだ」
変なこともあるもんだな。
「わかった。じゃあな」
聞くべきことは聞けたので、別れを告げて背を向ける。
すると、アークは暫しの沈黙の後、口を開いた。
「セカンド・ファーステスト」
「なんだ?」
「また、会いたい。どうしても君とまた話がしたい。ワタシは過去に幾度となく罪を犯して来たが、人としての道を踏み外すようなことはしていないつもりだ。頼む、奴隷でもなんでもいい、君の役に立ちたい。傍に置いてはくれないか……?」
んー……。
「すまんけど、今それどころじゃないから」
「そうか」
とりあえずスタンピードをなんとかしてから考えたい。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、アークはとても死刑を待つ男の顔とは思えない優しげな微笑を浮かべて、最後にこう口にした。
「君の幸運を祈っているよ」
「――なんやて!?!?!?」
あんこの転移・召喚で家まで帰り、取り急ぎラズにスタンピードのことについて伝えた。
ラズは椅子から飛び上がって大声を出すと、そのまま顔面蒼白で部屋中をうろうろし出す。
「ぁぁあかん! あかんあかんぁかんかんかんかんかん!!! どないしよ!!」
「久々に聞いたなその踏切」
「言うとる場合かっ! スタンピードやで!? あかんやん! メチャあかんやん!!」
まあ、あかんわなぁ。
「………………いや、焦ってもしゃーないわな」
俺がズズズとお茶を啜っていると、ラズが落ち着きを取り戻した。
「まず、どのテーブルが選択されるかで大分変わってくるよな」
「せやねん。最悪を想定しとかんと、下手したら全滅や」
「発生ポイントって全部で12だよな」
「12あって、そのうち前回発生ポイント以外の8からランダムで4や」
「……あんこの転移・召喚だけじゃ厳しいか。転身がいるな」
「うちらは急ピッチで精霊育てるとして、あとは……」
天然物の精霊チケット、全然ドロップしないからな。
「経験値稼ぎのついででドロップに期待するしかないか」
「高額買取の宣伝出しといてもええんちゃうか」
「お、ナイスアイデア」
あとでユカリに頼んでおこう。
「魔の二時間、どないする?」
「なんとか人数集めて、教え込むしかないっしょ」
「せやな。ボスラは?」
「俺に任せとけ」
「センパイ、死んだらあかんよ」
「大丈夫大丈夫」
17時以降のボスラッシュはなんとかなる。
問題は、10時から17時までの七時間。
スタンピードイベントは、朝の10時から始まり、以降一時間毎に魔物の湧くタイミングが設定されている。
最初は弱い魔物ばかりだが、時間経過によって徐々に強い魔物が湧くのだ。
特に、最後の二時間。魔の二時間と呼ばれるここが、スタンピードイベント最大の鬼門となる。
「せや、この世界って、前にスタンピードイベントあったんはいつなんやろ?」
「ラズ。それがな、百五十年以上は起こってないみたいだ」
「ほんまに?」
「ああ。ひょっとしたら何百年も前かもな」
「……頭が痛なってきたわ」
そうか、ラズのやつ頭良いな。
前回のスタンピードの発生ポイントがわかれば、今回の発生予想ポイントが12ポイントから8ポイントまで絞れる。
幸か不幸か、スタンピードイベントは発生ポイントがいずれも主要都市付近に固定されている。全12ポイント存在し、一度のイベントでスタンピードが発生するのはそのうち4ポイントのみ。17時以降のボスラッシュは、その4ポイント中のいずれか1ポイントで発生する。
「どうする。図書館でも行って調べるか?」
「いや、詳しそうな人に聞くのが早いんちゃう?」
「誰?」
「……誰やろ」
歴史に詳しそうな人。学校の先生とか?
いや、不十分か。俺たちはそもそもこの世界のスタンピード事情に疎い。できることなら、スタンピードに詳しい人物から話を聞きたい。そんな人がいるのなら、だが。
大学とかを当たれば、スタンピードについて研究している人もいそうなものだが……大学なんてあるのだろうか?
駄目だ、どうすりゃいい。困った時の軍師様か?
「あ」
待て、一人だけ聞いてみたいやつが思い浮かんだ。
誰よりも本を読んでいるだろう、三度の飯より読書が好きなお姫様である。
「ラズ、皆を集めておいてくれ。会議だ」
「センパイ、なんか思い付いたん?」
「いや、とりあえず聞いてみるだけ聞いてみる。駄目そうなら、ウィンえもんに泣きつく」
「聞いてみるって、誰に?」
今日も今日とて図書室に入り浸っているに違いない。
「グロリアだ」
お読みいただき、ありがとうございます。
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