閑話 なんだよ女子会か処女旦那
おまけです。その2。
ファーステスト家、使用人邸の談話室にて、序列上位のメイドたちによる女子会が開かれていた。
「えー、皆さん、ベイリーズ姐さんの弱点が発覚したわけですが、どう思いますか」
「どう……とは?」
「ご主人様に色目を使っているように見えまして。発情した雌犬のニオイがしますね」
「……相変わらずキマってますね、コスモスさん」
無茶苦茶を言うコスモスに対し、エスは呆れたような口調で返す。
「いや、あざと過ぎるでしょだって! ひゃいですよ、ひゃい。今日日言います? ひゃいだなんて。あの見た目であれはもう狙ってやってるとしか」
「確かに凄いギャップでしたけど、そんなに決めつけなくても」
「いやいやいや! 普段は歴戦の女みたいな雰囲気出してますけど、あれで素の反応だったらバッキバキの処女じゃないですか。矛盾ですよ矛盾、語るに落ちましたね。ハイ、証明終了」
「……憧れの方に照れてしまうのって、そういうの関係ありますか? もしや、コスモスさんって……」
「は、はぁ~~~!? わ、私が、しょしょしょ、処女なわけないでしょぉ~~!? バリバリやってますけど!? バリッバリ!」
顔を紅潮させてムキになるコスモスの反応でなんとなく察してしまったエスは、「そうなんですね」と一言、それ以上の追及はしなかった。
そんな二人の様子を興味深そうに見ていたミラは、会話が止まったタイミングで自分の意見を口にする。
「あの、ベイリーズさんの反応は、わざとじゃなかったと思います」
「!」
ミラの「嘘が見抜ける」という特技は、使用人たちの間で知らない者はいないほど浸透していた。
彼女自身が喧伝したわけではない。彼女があまりにもズバズバと部下の嘘を見抜くため、噂で広まったのだ。
「ほぉ~~~? ミラさんもベイリーズ姐さんの肩を持つってわけですか、そうですか」
「あはは、肩を持つって言うより、なんだろ、そう、まさに弱点! って感じで。皆でイジったら楽しそうだなって」
「……案外えげつないこと言いますよね、ミラさん」
最近ベイリーズと仲良くなったミラとしては、もっと色々なベイリーズの一面を見たいのだ。
そして、いつもベイリーズにイジられてばかりなので、逆にベイリーズのことをイジりたくてしょうがないのである。
「――誰が何をイジるって? ミラ」
「げげっ」
ちょうどのタイミングで、一仕事終えたベイリーズとシャンパーニが入室してきた。
ミラは「ひゅ~」と鳴らない口笛を吹きながら視線を逸らす。
「コスモス、陰口はいけませんわよ」
「大丈夫ですよパニっち。私は本人にも面と向かって処女だなんだと言いますから」
「それはそれで問題アリですわよ……」
コスモスの相変わらずの言動に呆れるシャンパーニ。
ベイリーズは、そんなコスモスに対して和やかに微笑んで話しかける。
「幼い頃から冒険者に賞金稼ぎにと、おおよそ女子らしい人生は送ってこなかったからね」
「おおっとぉ! ベイリーズ姐さん、それは肯定と捉えても?」
「お好きにどうぞ、お嬢さん」
「ワーオ! これが大人の余裕ってやつですかぁ。昼間の赤面が嘘のようですねぇ」
「……忘れてくれ」
いつも通りのクールな様子で喋っていたベイリーズだが、昼の件に触れられた途端、恥ずかしそうに顔を隠して小声でそう口にした。
コスモスはニヤニヤと嫌らしく、ミラは嬉しそうにあははと笑う。
「本当、お姉様はご主人様のこととなると、どうにも弱いですわね」
「はぁ、情けないな」
「でも、わかります。私も最初にご主人様とお話しさせていただいた時は、ちゃんと喋れていたかどうかの記憶すらおぼろげなくらい緊張しましたから」
「ありがとう、エス。優しさが染みるよ」
ストレートに言うシャンパーニと、溜め息をつくベイリーズ。そこへエスがフォローを入れたが、ベイリーズは自虐気味に返した。
「逆に君たちはどうして大丈夫なんだい? 私は正直、真面に目も合わせられない」
そして、どうせイジられるならと開き直る。
ミラとコスモスは顔を見合わせて、「もうちょっとイジりたかったのになぁ」と残念そうな表情を作ると、順に口を開いた。
「あたし、ご主人様ってもっと怖い方なのかな~って思ってたんですけど、話してみたらとっても気さくな方で、すっごく楽しかったかも」
「ミラは、まあ、そうだろうね。君、コミュ力おばけだもの」
「あははっ、それほどでも~」
ベイリーズに褒められたミラは、胸を張って笑う。ちっとも謙遜していないあたり、その自覚があるのだろう。
「あー、私なんか、変態キャラだってバレちゃいましたし。もう失うものなんて何もありませんね」
「なるほど。変態キャラ、ですか」
「!」
一方、コスモスもセカンドとの親密さをアピールして対抗しようとしたのか、そんなことを口にしたが……不意にミラから牽制が入った。
否、ミラにそのつもりはないだろう。だが、ミラはずっと前から気付いていたのだ。
コスモスが、「変態キャラ」を演じていることを。
「わー! そ、それにしてもこないだの試合、凄かったですよねぇー!?」
自分のことは「ただの変態」だと皆にそう思っていてもらいたいコスモスは、慌てて話題を変えようと声を張る。
唐突な話題転換に困惑する面々だが、ミラは純粋にその話題に食いついた。
「ですよね!! もう何度も何度も話しましたけど、未だに鮮烈というかなんというか! あたし、あの試合の夢、何回も見るくらいハマってて!」
「くっくっく、だろうね」
「あ、ベイリーズさん、あははは、その節はどうも……」
ミラがベイリーズと仲良くなるきっかけとなった相談ごとは、まさにその試合についてである。
「そういえば、皆さんとあの試合についてお話しするのは、初めてかもしれませんね」
「そうですわね」
「というか、あまりにもヤバ過ぎてヤバイしか言ってなかったからね、全員」
ふと気付いたエスの指摘に、シャンパーニが頷き、コスモスが軽口を叩いた。
そこで、ベイリーズがパチンと指を鳴らす。
「そうだ、シャンパーニ。君の意見が聞きたかった。あの試合、君ならどう分析するんだい?」
「あら、わたくしの分析が気になるんですの?」
「あたしも! あたしもメッチャ気になります!」
「はい、私も気になります」
「うーん、私も今日のパニっちのパンツの色くらいには気になりますかね」
シャンパーニは、このメンツの中で唯一のタイトル戦出場経験者である。
皆が意見を聞きたいと口を揃えて言うのも頷ける、文句なしの実力者だ。
「わかりましたわ。ではコスモス以外の皆様に教えて差し上げてもよろしくってよ」
「ちょいちょーい! 冗談じゃないですかぁ、私にも聞かせてくださいよぉ」
「はいはい」
「なるほど灰色ですか」
「お黙り!」
「アォッ!?」
いつものやり取りを経て、コスモスはようやく静かになる。
「では、わたくしが最初に感じたことを申し上げますわね」
「第一印象か」
「ええ。まず、リンリン様が、なんといいますか……超カッチカチなのですわ」
「カッチカチ……?」
皆が首を傾げた。
しかし、シャンパーニ的にはそうとしか言い表せないような何かがあるようで、「カッチカチはカッチカチですわ」と説明してから、言葉を続ける。
「全く隙がないんですの。一つ一つにそつがなく、無駄もなく、丁寧で、くっきりしていて、非常に精密なんですのよ」
「ああ、その印象は私も同じだな。果たしてそれをカッチカチと言うのかは疑問が残るところだが」
カッチカチという表現は、シャンパーニ独特の感覚のようであった。
「その次にわたくしが感じたことは、ご主人様のホワンホワンですわ」
「……もう何も言うまい」
「本来、試合とは必死なもののはず。しかしご主人様は、傍目にも確かな余裕が見て取れるほどリラックスしておられましたわ。とっても難しい技術を披露されてらっしゃるのに、不思議ととっても簡単なことをしているように見えてしまいますの」
ポン、とミラが手を打った。シャンパーニの解説が腑に落ちたようだ。
「そして、全体を通してですが……お二方とも、肩の力を抜いて、試合を楽しまれていたように思います。お互いに試合の流れや構成を事前に共有していたような、決まった流れの中で最善を尽くし合っているような、そんな試合に見えましたわ」
「それはつまり、全力ではなかったと?」
「わかりません。ですが、わたくしたちの想像を絶するほどに通じ合った試合であったことは確かですわ。本当に、本当に、スキルや視線や指先足先の動きの一つ一つで会話をしているような、常軌を逸したレベルの試合ですわよ」
「……!」
「そう、言うなれば、ジャキジャキのボシボシのゴリンゴリンでしたわね!」
「…………?」
わかりそうでわからないオノマトペの連続に、ミラ以外の全員が頭にハテナを浮かべる。
「なるほど、つまりカッチカチのリンリン様がホワンホワンのご主人様にヌルッと読み抜けを指摘されるということはフワッドバッのアーのアーのアーだった……?」
「そういうことですわーっ!」
「やったー!」
何故かミラにだけ通じていた。
「ミラさん、貴女なかなかおやりになりますわね」
「槍だけに?」
「おぉーっほっほっほ!」
「あははは~!」
謎に通じ合う二人。
ベイリーズたちは、やたらと盛り上がる二人を半ば呆れた目で見ているよりなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から『第十四章 スタンピード編』です。
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