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290 夜、英語言えるよ



「そんなナンパ野郎ほっといて、ワタシと遊ばないか? きっと楽しい」



 アーク・パラダイスは、紳士的に一礼すると、三人へ手を差し出して遊びに誘った。


 エルフ特有の中性的で美しい顔と、スラリとした長身、薄緑の長髪。その姿だけを見れば、心惹かれない女性の方が少ないだろう。


 だが、この場にいる全員が、アークのことを異常だと感じていた。


 何故なら、そう宣ったのは、ヘレスを撃った直後だからだ。


 まるで害虫を駆除でもしたかのように捉えている。それは、ヘレス・ランバージャックという一閃座いっせんざ戦出場者が、アークにとっては眼中にさえないことの証左だった。



「おっと、失礼。ワタシはアーク・パラダイスという。所謂、収集家だ。世にも珍しいアーティファクトや、一瓶で数千万はくだらない酒や、貴女方のように美しい女性の……ね」



 アークは気障なセリフを口にすると、再び紳士的にお辞儀をする。


 何故、これほど堂々としていられるのか? ベイリーズとシャンパーニは、果てしなく疑問に思った。


 アーク・パラダイスには一億九千五百万CLの賞金がかけられている。言わば、歩く金塊だ。この場にいる五人に一斉に囲まれて捕まるとは考えないのだろうか――と。


 答えは二つに一つ。侮っているのか、それとも、絶対の自信があるのか。


 皆が呆気にとられる中、最初に沈黙を破ったのは、意外にもベイリーズだった。



「観念しろ。逃げられると思わないことだ」



 彼女はインベントリから糸を取り出し、捕獲の準備を着々と整える。


 するとアークは、余裕の表情を崩さずに口を開いた。



「忘れもしない、君はベイリーズ。久しぶりだね」


「!」


「君もワタシのコレクションに加えたいとずっと思っていたんだ。でもワタシは我慢していたんだよ? だって、絶対にまた君の方から会いに来てくれるとわかっていたからね。そして、君は奴隷となってしまったにもかかわらず、こうして再会できた。運命的だと思わないかい?」


「やはり、お前か……外道め」


「なんとでも言ってくれていい。ワタシはただ、持っておきたい・・・・・・・んだ。良いワインも、良い女も。君はワインさ。待って、待って、待って、たっぷりと熟成させた方が、豊かな味になる。そうだろう?」



 ベイリーズとアークの間には、浅からぬ因縁があった。ベイリーズが奴隷へと落ちるきっかけとなった貴族殺しの罪は、他ならぬアークがそう仕向けたのである。


 当時、悪徳貴族として有名だったコプド男爵から、アーク・パラダイス捕獲の依頼を受けたベイリーズであったが、結果は失敗に終わった。アークを前に命からがら逃げ出し、依頼を放棄したベイリーズに対し、コプド男爵は非公式に指名手配を行った。


 その後間もなく、コプド男爵が何者かによって殺害される。現場には、ベイリーズの物と思われる長剣が落ちていた。それが凶器であり、ベイリーズの物であるということは、第三騎士団による調査によってすぐに確証が取れた。


 問題は、何故ベイリーズの長剣が落ちていたのかということ。彼女が犯人ならば、そんな間抜けはしないということは、誰の目にも明らかなのだ。


 真相は単純である。アークは、あえてベイリーズから奪った剣を使い、コプド男爵を殺害し、屋敷からアーティファクトを盗み、剣を現場に残していったのだ。


 しかし、第三騎士団はそのような真相に辿り着けず、男爵家族を納得させるためにも、仕方なくベイリーズを逮捕した。状況証拠から見て、ベイリーズ以外の犯人は考え難かったのである。


 唯一、ベイリーズにとって幸運に作用した点は、男爵家の悪名だった。どうせ恨みを買ったのだろうと、容易に想像できたのだ。その後、ベイリーズが依頼を放棄した件について理不尽に追い回されていたことが発覚し、情状酌量の余地があるとして、死刑ではなく奴隷落ちの判決となった。


 アークとの再会で、ベイリーズは「やはり」と口にした。そう、やはり、真犯人はアークだったのだ。



「おや? 君はシャンパーニ・ファーナか。ファーナ子爵家のご令嬢だね。ああいや、元だったか。今はファーステスト家でメイドをしながら槍術師か何かをしているんだっけ? すまない、あまり身長のない女性は好みではないから、うろ覚えなんだ」


「な、何故、わたくしのことを……!?」


「何故? 何故って、覚えてしまうんだから仕方がない。特技なんだ。百日前の晩御飯も覚えているよ。エビとアボカドのハンバーガーとポテトフライさ」



 シャンパーニは変装をしているが、アークは易々と正体を見抜いた。それどころか、彼女の出自まで記憶している。うろ覚えと言いながら。


 まさか知られていると思っていなかったシャンパーニは、アークの異常な記憶力にゾッとした。まるで以前から目を付けられていたかのように錯覚したのだ。




「しかし、しかしね? おかしいと思わないかい? ――なあッ!!」


「!?」



 不意に、アークが大声を出した。



 視線の先には……女装したセカンド。



「君のことは初めて見た。そう、初めて・・・見たんだ……このワタシがッ! おかしい、君のような度を越した美人、視界の端に捉えただけで一生忘れようもない。いったい何処に隠れていたんだ? 教えておくれよ。そしてワタシのものになれ。嗚呼、どうしたものか! こんな胸の高鳴り、生まれて初めてだ。君は絶対に手に入れたい。ワタシのコレクションの先頭に置くと約束するよ」



 唖然とするセカンドへ顔を近付け、熱烈に思いをぶつけるアーク。


 セカンドはハッと我に返り、数分ぶりにこう思った。「もしかしなくても、ナンパされている……?」と。



「手始めに君の名前を聞こうか。ワタシは必ず、まず名乗り、次に名前と生業を聞いて、それから奪う。信条なんだ。わかったかい? ほら、名前を言うんだ」



 アークには何やら独自のルールがあるようで、セカンドへと一歩近づくと、まるでウエイターが客へと注文を促す時のように優雅な動きで名前を尋ねた。


 もはやベイリーズとシャンパーニのことなど眼中にないといった様子で、その熱い視線はただひたすらにセカンドへと注がれている。


 早々に退場していたヘレスとマリポーサについては、尚のことだ。




「――その子から離れたまえ」


「おや?」



 アークの背後から、精悍な声が発せられた。ヘレス・ランバージャックである。


 マリポーサによる《回復・中》によって、彼は全快していた。


 そして、ご丁寧に振り向かせ、剣を構える。



「不意打ちなどせず正々堂々と、というわけだ。なるほど、君は剣術師の鑑だね。しかしながら、明確に悪手だ。不意打ちをしたワタシへの当て擦りのつもりでやったのかは知らないが……残念、これは“試合”ではない」



 異様な余裕を纏って、アークは棒立ちでそんなことを言う。


 ヘレスはじりじりと間合いを詰めながら、アークを三人から離そうと迫った。しかし、アークは微動だにしない。



「!」


 最も初めに察知したのは、やはりセカンドだった。


 ヘレスが間合いに踏み込んだ刹那、アークの右手が動く。


 そして、インベントリから取り出したのは――青白く輝く歪な長剣であった。



「な――ッ!?」


 ヘレスの《銀将剣術》が、アークによるスキル不使用の斬撃と交わる。


 直後……ヘレスのミスリルロングソードの刃が、カランと音を立てて地面に落下した。


 折れたと言うよりは、切断されたと言った方が適切なほど、綺麗な断面をしていた。



「……そんな」



 マリポーサが絶望の表情で口にする。


 そう、有り得ないことだった。道理に合わないのだ。剣術師の最高峰を競う一閃座戦の出場者が放った《銀将剣術》が、ただのスキル不使用の斬り上げに敗れるわけがないのである。


 ベイリーズとシャンパーニは、俄かに戦慄した。


 ヘレスがこれほど簡単にあしらわれるとは思っていなかったのだ。


 彼は間違いなく本気だった。一閃座戦と変わらぬほどに鋭い袈裟斬りだった。


 まさかスキル不使用で、たったの一撃で、決着がつくなんて。


 そして同時に、アークの余裕に納得する。


 アークは、知らないわけではない。ヘレスが一閃座戦出場者であり、シャンパーニが四鎗聖戦出場者であることを。


 侮っているわけではないのだ。ただ単純に、タイトル戦出場者二人を同時に相手しても、脅威たり得ないのである。



「さあ、ワタシに奪われてくれる気になったかな? もしなったのなら、名乗ってほしい。声を聞かせておくれよ。君がどんな名前で、どんな声で、どんな仕事をしていて、どんな生活をしているのか、もう気になって仕方ない。ご両親は存命かな? 美しく産んでくれたことに感謝をするんだ。ワタシも今度伺って一言感謝を伝えたいくらいの気持ちだよ」



 純粋に、恐ろしかった。


 アークが何を考えているのかがわからない。


 アークが何の武器を使っているのかがわからない。


 アークが次に何をしてくるのかがわからない。


 理解できない存在。それは、人間の恐怖を掻き立てる。


 皆、完全に呑まれていた。アークという謎だらけのエルフに、恐れをなしていた。



 …………あの男以外。





「武器はM29に、USVB-XL。頭はNVG、胴と脚はPAS、手はBPG、靴はRBS-3WSTか? 凄い凄い、よく集めたものだ」


「――ッ!?」



 セカンドの女声の呟きに、アークが初めて表情を変えた。



「何故わかったって顔してるな。駄目駄目、PvPでそんな顔見せちゃあ」



 女装をしたまま、普段通りのセカンドのようなことを口にする。


 ――ああ、絶対王者だ。自分のご主人様は、たとえ女装をしていようとも、その王者の風格が失われることは決してない。どころか、まさしく女王として傅きたくなるほどに、纏ったオーラは形を変えて強まり、孤高で、崇高で、恐ろしく感じるほどに美しい。


 ベイリーズとシャンパーニの二人は、アーク以上の余裕をもって嘲笑するセカンドへ向けて、そのような思いを抱いた。



「……開いてみれば、随分と達者な口だ。まあいい、美人に免じて許そう。むしろワタシは、君の内面により興味が湧いたよ」


「そう? 悪い気はしないね」



 たったの一言二言で、不思議と空気が変わる。


 それまで場を支配していたのは明確にアークであったが、今やセカンドが中心となっていた。


 当のセカンドは、女装をして女声にまでしていると口調も自然と女っぽくなってしまうなぁと、自分で自分を気持ち悪がっていた。


 彼はまだ鏡を見ていない。自分がどれだけ美女と化しているのかを知らないので、むしろ男口調の方が不自然になることを理解していないのだ。


 アークを誘き出すことに成功した今、女装を続ける意味もないのでやめようかとも考えたようだが、そうするとヘレスに女装がバレてしまう。そのため、不本意ながら、容易にはやめられない状況であった。


 セカンドは仕方がないと諦める。女装をしたままやろう・・・、と。



「で? やるの?」


「何を言っている?」


「やるしかないだろ? お……私と」



 セカンドは俺と言いかけて、一人称を私に変えた。


 アークは、セカンドが何を言いたいのかがわからない。



「どういう意味かな。ワタシがそれほど即物的な考えを持っているように見えるのかい?」


「違う」



 気障ったらしく微笑むアークに対し、セカンドは挑発の笑みを浮かべて口にした。




「私が、欲しいんだろ? なら力尽くで奪ってみろよ」


「…………ほう」



 暫しの沈黙の後、アークの表情がすっと消える。


 全員、アークとセカンドから距離を取った。始まる・・・とわかったのだ。


 その直後、ゆらりと二人が動き出す。


 試合が始まった――。




  * * *




 アーティファクト収集家のアーク・パラダイス。


 なるほど、こういう輩か。正直言って期待外れだ。



 “M29”、つまりは44口径マグナム銃。六発装填の高威力遠距離攻撃武器。

 “USVB-XL”、これはウルトラソニック・ヴァイブロ=ブレードのエクストラロング。めちゃめちゃ振動する長剣。

 “NVG”は、ナイトヴィジョン・ゴーグル。暗視できるだけの頭装備。

 “PAS”は、パワーアシストスーツ。VITだけでなくSTRも上昇する胴と脚の防具。

 “BPG”は、ブレードプルーフグローブ。斬撃耐性が高い手袋。

 “RBS-3WST”は、ロケットブーストシューズのスリーウェイ・ステイブルタイプ。足から火を吹いて高速移動できる靴。



 俺は英語はからっきしだが、英語のアイテム名ならいくらでも言える。


 これだけのアーティファクトを自力で集めたのなら拍手喝采だが、奪うだなんだと言っているのを聞くに、どうやらそうではないらしい。


 確かに、強力な装備だ。これなら甲等級程度の魔物一匹であれば十分に相手できる火力があるし、VITもまずまず、AGIも悪くない。主に夜襲を想定した装備といったところか。


 こちらが視認できない暗闇から狙撃されれば、一方的な展開になることもあるだろう。


 ただし、それもこれも装備あっての話だ。


 アーク・パラダイス。奴自身には、なんの魅力もない。


 装備の力だけで粋がっている甘ちゃんだ。


 今まではその優れたアーティファクト装備の力で好き放題に弱者を甚振れたんだろうが、俺が相手だとそうもいかない。


 そもそも、スキルも使わず、装備に頼りきって、果たして何か面白いのか?


 どうなんだろう、きっと奴なりの楽しさがあるんだろうな。



「私にはちっともわからないが」


「!?」



 七世零環ナナヨレイカンによる《銀将抜刀術》が、刹那、街灯を反射してキラリと緋く光る。


 直後、アークの手からUSVB-XLが滑り落ちた。


 何故って、指を何本か切り落としたんだから、握ってられないわな。



「うああっ!!」



 アークが取り乱すような声をあげた。


 武器を一本失っただけでこれか。じゃあ丸裸にひん剥いたら震えながら土下座して謝ったりすんのかな。


 まあ、指が痛いのはわかるよ。だが最近わかってきたんだ。痛みもある程度ならコントロールできると。


 訓練さえすれば、痛みに怯まずに済む。これはこの世界のPvPにおいて非常に重要なことだ。


 過去のメヴィオンとは、環境が多少変わっている。その最たるものが、痛覚だ。


 適応しなければならない。そして、きっと、ランカーは想定している。相手が痛みを乗り越えてくるだろうことを。


 こういう工夫や対策こそ面白いと、そうは思わないか?



「お前も想定するべきだったなあ」



 アークは必死になってM29を取り出し、俺を撃とうとしている。


 俺は試しに、アークの瞳をじっと見つめて、その銃口へ右の人差し指をかざした。



 引き金が引かれる。


 指先に熱いものを感じた。


 それから、指が吹き飛んだ感覚も。


 ……大丈夫。回復すりゃあ元通り。何も焦る必要はない。ただ、ただ、恐ろしく痛いだけ。


 その痛みをひたすら遠ざける。瞑想のようにして心を平穏に保ち、周りがスローモーションに見えるほど興奮するのだ。



「  」



 俺は瞬き一つせず、アークから視線を逸らさないことに成功した。



 そして、ニィ――と、勝利の微笑みを贈る。



 アークは、ヒッと短く息を吸い込んで、よろよろと尻餅をついた。



 ……よし、勝ったな。




「オランジでも似たようなことを思ったが」


 俺は《回復・中》で自分の指を回復しつつ、思ったことを口にする。



「もっと手札を増やせ。手札が多いことの有利を理解しろ。何か一つに満足したり、何か一つに頼ろうとするな」



 そして、できれば、独り占めしてほしくない。


 アーク・パラダイスが持っていたアーティファクト、これは本来、世界各地の様々な人が持っていた物なのだろう。


 こういったアーティファクトの装備品は、極めて低確率で魔物からドロップする。言わば、お助けラッキーアイテム。これを装備すればダンジョン周回が楽になる人もそれなりにいるだろうという、そういった意義のあるアイテムなのだ。


 つまり、アークの持っているアーティファクト装備が、他の向上心ある誰かに渡っていれば、ひょっとしたらタイトル戦出場者が一人二人増えていた可能性もある。


 試しにうちの使用人なんかに渡してみろ、驚くくらいに有効活用して見せるだろう。


 ふと、思った。この世界、基本的に独り占めしてるやつのせいでレベルが下がっているのでは?


 それが普通なんだとしたら、悪いが、俺の目の届く範囲は変えさせてもらおう。


 さて、手始めに……没収だ。



お読みいただき、ありがとうございます。


★お知らせ★

書籍版7巻、発売中!!!!!!!


面白かったり続きが気になったりしたお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です! そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません! 【ブックマーク】や《感想》や《イチオシレビュー》もとてもとても嬉しいです! 「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもうメッチャ幸せです!! 何卒よろしくお願いいたします!!!


次回更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
な〜る、スキル以外なおかつ遠距離スキルが届かない場所から奇襲され続けたらセカンドでさえ殺されるかもしれんのか。まぁウィンえもんがその可能性を潰してまわってるから早々そんなことにならんし、可能性があった…
[一言] 『問題は、何故ベイリーズの長剣が落ちていたのかということ。彼女が犯人ならば、そんな間抜けはしないということは、"誰の目にも明らか"なのだ。  真相は単純である。アークは、あえてベイリー…
[一言] なるほど、痛みもレギュレーションの一つなわけか そうなると五感を刺激するものに関しても対策が必要になってくるな
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