284 舐めたいなら苛々いらない、溜めな?
「舐め腐りおって」
俺とシガローネの会話を聞いて、ネヴァド爺さんが呆れるように呟いた。
なかなか強者の余裕を感じる立ち居振る舞いだが、残念、俺は騙されないぞ。二人とも元闘神位らしいが、期待して一対一などするものか、ガッカリするのが目に見えている。
仮にネヴァド・バルテレモンがNPCの頃と同じような「つよつよCOM操作」で襲いかかってきたとしても、それ以上に熟練した人間特有のPvP技術で襲いかかってきたとしても、ハッキリ言って一対一ではろくな勝負にならないだろう。たとえろくな勝負になったとしても、それほど面白くなさそうだ。
ということで、二対一。これなら、ね……どっちに転んでも面白そうでしょ?
「セカンド~! 私のためにありがとう! 嬉しいぞ~~!」
ニヤニヤしていると、ノヴァが嬉しくて堪らないという風に抱き着いてすりすりしてきた。
あぁ~堪らねえぜ。喜んでくれて何より。
ただ、あちらさんはちっとも喜ばしくなかったようである。
ノヴァのこの行為は、挑発として絶大な効果を発揮した。
「……本当に、二対一で、いいんだな?」
額にビキビキと青筋を立てながら、ノヴァパパが釘を刺すような声音で口にする。
ネヴァドさんは、その横でじっと俺を睨んでいた。
二人とも、完全にキレている。
「カレント陛下、いいんですか?」
ふと気になったので、俺はこの国の女王に尋ねてみた。
このまま御前でおっぱじめてもいいんだろうか。謁見の間はそれなりに広いが、あんまりハッスルすると飾ってある高そうな壺とか割ってしまいそうで怖い。
「構いません。良い機会です、私もこの目で見定めたく思います」
「壺を?」
「壺?」
「え?」
「え?」
なんか噛み合っていない気もするが、まあいいや。女王からもOKが出た。
雰囲気を察したのか、ノヴァが俺からそっと離れる。
「セカンドに一万」
おい、シガローネのやつ、部下と賭けてやがるな。
それにしても、いやあ、どうにも変な感じだ。オランジ王国の女王の前で、マルベル帝国のシガローネに見られながら、ジパングの大使が試合するのか。なんだそれ。
……待て、折角なら、キャスタル王国の人にも観戦しててもらった方がいいか?
うん、よさそうだ。政治的なあれこれはさておいて、ちょうど見せたいと思えるやつがいた。
「ちょっと待ってくれ、観戦者を増やしたい」
「……?」
俺がそう言うと、大多数に「何言ってんだこいつ」というような目で見られる。
しかし、あんこを《魔召喚》した瞬間――その場にいた全員が、明確に、一歩後退した。
生命の危険を感じたのだろう。あんこの生物としての格がそうさせている。目の前にいきなり体長3メートルの肉食トラが現れた時の丸腰の人間のような気持ちだ。
「あんこ」
「はい、主様。うふっ」
名前を呼ぶと、あんこは上機嫌に返事をした。
これなら迅速かつ穏便に済みそうだと一安心しながら、俺は彼女へ考えていたことを伝える。
「俺が呼んでるって断りを入れてから、クラウス連れてきて」
「はい、御身の為ならば」
あんこは即座に《暗黒転移》した。おそらくキャスタル王城へ。
クラウス連れてきてとだけ伝えた場合、彼女は問答無用でこの場に《暗黒召喚》しただろう。それだと、もしクラウスが風呂でも入っていたら大事件だ。よって、きちんと断りを入れてくれともお願いした。これで隙はない……はず。
「ヴァデルさん、ネヴァドさん、試合ルールに何か希望はありますか?」
あんこが呼びに行っている間、何やら装備をいじくっている二人に話しかける。
というか……おいおいミスリルナックルかよ。あの二人、娘の彼氏を殺す気満々か?
「…………」
そして無視、と。
つまり、なんでもアリの殺し合いというわけだ。
いよいよ殺伐としてきたな。
「主様、あんこ只今戻りました」
「――セカンド八冠、たったの一分で支度を済ませられるとお思いですか?」
暫くすると、あんこが帰ってきた。
直後、何故かジト目のクラウスが《暗黒召喚》される。
「すまんな急に。でも見せておきたいものがあってさ」
「今度からはなるべく早、め、に……!?」
文句を言いながら近づいてきたクラウスは、その途中でここが何処だか気付いたようで、周囲を見渡し絶句した。
それからきっかり五秒後、眉を互い違いにした酷い表情で俺の方を向き直った。
「クラウス、素でいいぞ。リラックスしろ。クラウス・キャスタルとして振る舞わないでいい。俺は確かに国家間のバランスを考えてお前を呼びはしたが、実のところクラウス・キャスタルに用はないんだ。俺の弟子になりたいと言っていた、ただのクラウスに用がある」
何か変な気を起こされてもいけないので、注釈しておく。
特に、シガローネとクラウス。ここはいつ喧嘩になってもおかしくないほどピリついた関係だ。
結局あれは、皇帝がスピカに洗脳されたせいで、友人でもある皇帝に見捨てられたと勘違いしたバル・モローによる暴走と自爆……なのだろうが、クラウスはまだその事実を知らない。そしてシガローネは、帝国の恥部とも言えるその事実を己の口から話すことなどなさそうである。
おそらく俺が思っている以上にデリケートな問題だ。ついでのようにして触れたくはない。
「……わかった。オレのために気を遣わせてすまない」
クラウスは俺の話を聞いて、暫しの逡巡の後、砕けた口調で喋ってくれた。
大人だな。俺が政治的な話をしたくないのを察して、合わせてくれたのだろう。
こいつ、本当に昔と比べて変わったなあ。もはや昔の姿の方が違和感あるくらいだ。
「ところで、オレは何故ここに呼ばれた? あまりマインの傍を離れたくはない、悪いが長時間は付き合えん」
「大丈夫だ、すぐ終わる。お前の仕事にも関係がありそうだから、観戦してほしかったんだ」
「オレの仕事? マインの護衛のことを言っているのか?」
「そうそう」
「セカンド八冠、貴方の技術は護衛のためのものではないと、そう言っていたではないか」
「俺の技術はな。今は一般常識的なことを言っている。たとえば……ほら」
「……?」
俺がヴァデルさん&ネヴァドさんの方に視線を向けると、クラウスもまた同じように視線を向けた。
二人の準備は既に整っているようで、いつでも試合を開始できそうだ。
「元闘神位の二人が同時に襲い掛かってきた。さあ、どうやって護衛する?」
「元闘神位の二人が同時に襲い掛かってくることなど、まともに生きていたらあり得ないと思うが」
「俺がまともじゃないみたいに言うな」
「もしや自分がまともだとでも……?」
クラウスめ、なかなか言うじゃないの。
「ともかく、体術師二人を相手にした接近戦の対処法は、護衛として知っておいた方がいいんじゃないか?」
「当然だ。果たしてそれが一般常識なのかは疑問の残るところだが、正直に言えば……喉から手が出るほど知りたい」
「よし。なら見てな」
やはりクラウスのモチベーションはマインの護衛にあるな。なんだかんだ言って弟が大好きなお兄ちゃんなんだろう。確かに、母の影響も大きいだろうが、マインは過去あれだけのことをされても最終的にクラウスを見捨てなかったのだ。正気に戻ったクラウスがこれだけ護衛に熱を入れる理由もわかる。
しかしながら、いくら熱を入れたからといって、元闘神位が二人同時に襲い掛かってきた時の対処法が思い付くわけではないだろう。
これはあくまで常識だ。言葉で覚えた後、目で見て覚えてほしい。
「お待たせしました、お二人さん」
「待ちに待った。陛下のご許可なく観戦者まで連れてきおって、ますます気に食わんッ」
二人に向き直ると、ノヴァパパがえらい剣幕で怒ってきた。
「挙句は人をまるで教材みたいにべらべらべらべらと! 私を誰だと思っているッ!」
「……ノヴァのお父さん?」
「オランジ王国国防大臣ヴァデル・バルテレモンだッ!!」
そうだったのか。
「どうも、セカンド・ファーステストです」
「知っているッッッ~~!!」
ヴァデルさん、頭の血管が切れそうである。
「――おい、若ぇの。おちょくんのもいい加減にしな」
すると、それまで鋭い眼光のまま静観していたネヴァドさんが、不意に口を開いた。
「おめぇさん、何がしてぇんだ? まさか、交際を認めろ、ってんじゃぁねぇだろぉなぁ?」
ん?
「いや、いや」
「あぁ?」
「誰が何を認める? ノヴァはもう二十六歳だぞ? ボケてんのか?」
「…………」
スゥ――と、ネヴァドさんの表情が凍てついた。
しまった、失言だったか。
「すみません、ボケは言い過ぎました」
「……おめぇ、出した言葉ぁ引っ込めんのかい、えぇ?」
「えぇ?」
駄目だ、何が言いたいのかわかんねぇ。煽りだったのかな? 上手く返せなかった。
「ふざけた野郎だ。結局おめぇ、何がしてぇんだ。余計なお客さんまで連れてきてよ」
俺がクラウスを連れてきて、何をしたいのか? そりゃあ……。
「観ててほしくて」
「二ぃ対一で甚振られるところをかぁ? 物好きなやっちゃなぁ」
「いや、わかるでしょうよ」
「あぁ?」
「……わかんないんですか?」
俺が問いかけると、ネヴァドさんとヴァデルさんは、沈黙した。まるで「何が言いたいのかわからない」という風に。
マジ?
「価値のある試合をしたいに決まってるだろう? 観てよかったと、心の底からそう思ってほしいから呼んだんだ。そういう試合をしたいんだよ、今これからさあ。逆にお二人は、誰かに観ていてほしいくらいに意義のある試合をしたいとは思わないわけ?」
二人して元闘神位なのに「観てもらう」という視点が欠けているのは、どうなのよ。
それなりに歳もとってるわけだから、誰かに教えたりもするでしょうよ。
いちいち説明しなくてもわかってるはずでしょうよ。
ちゃんとしてくれ頼むから。
「黙っていればッ――」
「――わかりました」
「!」
ヴァデルさんが怒鳴り声をあげた瞬間、静かな声がそれを遮った。
カレント女王だ。彼女が口を開いた途端、ヴァデルさんはまるで呼吸を止めるようにして慌てて口を閉じた。なるほど、色々と荒々しい感じのヴァデルさんでも、女王にはきちんと敬意を持っているようである。
「価値ある試合、よいでしょう。興味があります。是非、私に見せてください。しかし……」
カレント女王は、落ち着いた声音で淡々と言葉を続けた。
「あまり舐めた真似はしないでいただきたい。ネヴァド・バルテレモン、ヴァデル・バルテレモンは、我がオランジ王国の誇る――」
「いや」
おっと、つい女王の言葉を遮ってしまった。
まあいいや、喋っちゃえ。
「なんかいきなりキレられて試合しようって誘われたから二対一を提案したら舐めてるだのなんだの文句言われて、じゃあせめて誰かの勉強になるような良い試合にしようと思って観戦者を呼んだらまた文句言われて、わけがわかりません。舐めた真似してるのはどちらかといえばそっちなのでは?」
「 」
本音を伝えたら、カレント女王は絶句した。
いや、彼女だけじゃない。この場にいるほぼ全員が絶句している。
静寂の中、くつくつと小さく笑うシガローネの声だけが聞こえてきた。
「そもそもの話、オランジ王国は魔術後進国だなんだと学術大会で教授たちに馬鹿にされていたから、ムラッティと一緒に頑張って見つけた“誰でも簡単に魔術を習得できる方法”を纏めた冊子を、もしよければとノヴァにあげたんだ。ノヴァが陛下に献上すると言うから、こうして俺も付いてきたわけで、別に二人と試合をしに来たわけじゃない」
少し失礼な言い方だったかもしれないが、世界一位が舐められるわけにもいかないので、しょうがない。
「おい、ふざけるな、帝国にもくれ」
シガローネが茶々を入れてくる。
「もうライトにあげた」
「陛下の口は牡蠣より堅い。それに、私の見立てでは魔術に関する情報など貰っていないはずだ」
うわぁ、バレてらぁ。
「セカンド八冠、帰ったら話がある……マインも交えてだ」
そしてクラウスが何故か怒っている。ああ、「うちは教えてもらってないぞ」って? ははぁ、王国思いというか、弟思いというか、なんというか。
「……陛下、これは事実で御座います。セカンドは少々、粗野な言葉遣いをいたしますが、その心は愛に満ち溢れております。全てはオランジ王国を思っての発言、言わば鬼手仏心。それをご理解いただきたい」
カレント女王の言葉を待っていたら、ノヴァがフォローを入れてくれた。
ネヴァドさんは相変わらず鋭い眼光で俺を睨むばかり、ヴァデルさんは茹で蛸のように顔を赤くして怒り猛っている。だが、女王より先に喋るわけにもいかず、黙っているようだ。
それから十秒ほどの沈黙の後、カレント女王が口を開いた。
「恋は盲目、痘痕も靨。若いノヴァには、今はまだ理解が及ばぬとしても仕方のないこと。しかし近惚れの早飽きとも言います。ネヴァド、ヴァデル、一過性のものと今は納得せよ。そして、セカンド・ファーステスト殿。とてもご立派なお考えですね、相応に支持者も多いようですが……愛多ければ憎しみに至る、とも」
なんだなんだ、下手な自己啓発本のようなことを言い出したぞ。
「出る杭は打たれると知りなさい。ネヴァド、ヴァデル、相手を」
「はッ」
おお、よし、結局やるんだな。
ただ、やっぱり最後まで噛み合わないままだった。
ご立派なお考えとか、出る杭とか、そういうことじゃないだろう。明らかに俺と見ている場所が違う。
「相変わらず馬鹿な女だ。笑いが止まらん」
「…………」
シガローネが女王に聞こえないよう小声で言いながら極悪面で笑っている。
ノヴァは「あちゃ~」という感じで額に手を当てていた。
「――互いに礼!」
っと、ようやくか。
「構え、始め!」
ぬるりと試合が始まった。
ネヴァドさんは右から、ヴァデルさんは左から、俺を挟むように距離を詰めてくる。流石、バルテレモンの血筋。二人ともノヴァ並にAGIが高いな。
「クラウス」
「!」
後ろで見ているだろうクラウスへ、視線を向けずに声をかける。
「まず距離のあるうちに片方へ牽制、なるべく一対一の状況を作れ」
《雷属性・弐ノ型》《雷属性・参ノ型》《雷属性・参ノ型》の《相乗》を詠唱、即座に発動。
「!?」
これでヴァデルさんの足を止めた。とはいっても数秒である。その間にネヴァドさんを処理したい。
ネヴァドさんは、ヴァデルさんと同時に襲い掛かりたかったようで、単身突っ込んでくることはなく、冷静に立ち止まりヴァデルさんの復帰を待った。
なるほど、じゃあ――と、俺が《火属性・参ノ型》の《溜撃》を溜めて催促すると、ネヴァドさんはすぐさま距離を詰めてきた。
そうだね。それしかない。
「クラウス、接近戦最強ってなんだと思う?」
「体術、か?」
「時と場合によるが、まあそうだな。だが」
「……?」
【体術】が苦手とするのは、中~遠距離系のスキル。【弓術】や【魔術】、【糸操術】なんかがそうだな。
しかし、身を擦り合わせるような近距離において、【体術】とバカみたいに相性の良いスキルが一つだけ存在する。
それは――。
「もう夜だな、星が綺麗だぞ」
「な、ぁ……ッ!?」
――【合気術】。
なかなか使いどころの難しいスキルだが、対【体術】において【合気術】はその真価をこれでもかと言わんばかりに発揮する。
言ってしまえば、超接近戦において【合気術】の対策は【合気術】でないと難しい。
そのくらい、厄介なスキルだ。
「 」
《銀将体術》で俺に殴りかかったネヴァドさんは、俺の《歩兵合気術・投》になすすべなく投げられ、ろくに受身も取れず、5メートルほど吹っ飛んで床に叩きつけられダウンした。
【合気術】の怖いところは、これである。上手く受身を取れないと、歩兵でさえ強制ダウンなのだ。
「はっはは」
後ろでシガローネが笑っている。そうそう、帝国でお前と試合してた最中に覚えたスキルだよ。
「凄い……!」
な? 凄い効き目だろ、クラウス。見てるか? 手札って大事だろう?
そんなにマインが大切なら、【剣術】だけで護衛しようと思うなよ。
確かに接近戦では総合的に見て【体術】が最強だ。しかし【合気術】という“スペ3”のようなカードもあるのだ。ジョーカーに唯一勝てる最弱のカード。【合気術】は【剣術】にも【槍術】にも【盾術】にも相性が悪いが、【体術】にだけは絶大な力を発揮する。
そう、それは【体術】に限ったことではなく、他の殆どのスキルにも言えること。
手札は多ければ多いほどいい。何故なら、世界戦は「手札カンスト」が前提なのだから。
勉強しないとな、もっと。
あんまり年上に言いたかないけど、お二人も、もっと勉強しないとな。
天津星砕――宙に投げられ見えた星が、地面に叩きつけられ砕け散る。
「……まあ天井しか見えないだろうけど」
さあ、もっと。もっとやろうぜ。
皆に教えたいことが山ほどあるんだ――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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書籍版7巻が2021年5月10日に発売予定です。
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