281 満ち欠けか? チミ
「じゃあ君、代わりに頼むよ」
「え、ええっ!?」
そろそろ昼前という頃、恐らくトリなのだろう、イーコイ特別栄誉教授による「魔術特有のダメージ変動を考慮した計算方法」についての講演が始まろうとしている。
しかし、何やら様子がおかしい。イーコイさんは若い男に資料を手渡して、登壇せず自分の席へと戻っていってしまった。
「あっ、えー、ええと、イーコイ先生のご要望によりまして、僭越ながら私が講演を務めさせていただきます。えー、キャスタル王国魔術師会所属准教授のステンと申します」
ステンさんという准教授がイーコイさんの代理で講演をしてくれるらしい。
えらいテンパっているが大丈夫だろうか、彼。
「あんな感じで自分のしてきた研究を部下に喋らせてですな、重箱の隅を楊枝でほじくるような質問をするわけですな」
「……講演なのに?」
「……講演なのに」
ヤバ。
「えー、近年、注目を集めております、魔術にのみ現れる特有のダメージ変動ですが――」
「ステン君、少しいいかな」
「は、はい」
「近年というと、いつ頃からかね? 何かきっかけがあったのではないかね?」
「そ、それは、ええと、えー……」
「資料など見ても答えは書いてないぞ」
「す、すみません」
「謝られても仕方がない」
「……わかりません」
「そうか、君は勉強不足だな。魔術特有のダメージ変動に注目が集まったのは今から二十三年前のアカー戦争において帝国魔術師隊の猛攻を受けたキャスタル王国第二騎士団の証言からである。宮廷魔術師の用いる魔術よりも小粒で威力が強く感じたと何人も証言したのだ。当時の国王バウェル陛下は帝国魔術師隊との練度の差と考えたが、我々研究者はそこに疑問を持ち、研究価値を見出し、今日の研究へと繋げていった。そんなことも知らんでワシの研究を説明しておったのかお前は!」
「申し訳ございません!」
ヒデェなこりゃ。
いや、イーコイさんのやりたいことはわかる。単に講演したところで、まともに聞いている者の方が少ない。だから、あえて拙い講演へと指摘を入れていくスタイルにすることで、観衆に与える印象を強くすることができる。
イーコイさんは、自分がどれだけ嫌なやつに思われようが構わないという考えで、魔術の研究を広く大勢に知ってもらうことを最優先にしているのだろう。その心意気やよし……だが、ステンさんがかわいそうで仕方ない。
俺だったら、ステンさんと組んでやるかな。事前に打ち合わせして、ステンさんに演技してもらう。悪くない案だ。もしや、イーコイ先生もそうしてたり? いいや、ないな。あの顔はマウント取ってご満悦の顔だ。「どうだワシは凄いだろ偉大だろまだまだ現役だろだからもっと敬え」とでっかく顔に書いてある。
……挑発に乗るわけじゃないが、ちょっと目障りだから、軽くジャブでも入れておこう。
「!」
俺がスッと手を挙げると、会場が俄かにざわついた。
おっと、足を組んだままだと、横柄に見えるか? 見えないか。まあいいや。
「は、はい、どうぞ」
ステンさんがビクビクしながら俺を指す。
俺はできるだけ謙虚に、こう口にした。
「素人質問で恐縮なのですが、ダメージ変動の上限と下限の開きについて全く言及されておらず気になりました。何か意図があるのですか?」
「……えー……」
チラッと、ステンさんがイーコイさんへ助けを求めるような視線を向ける。
イーコイさんは、俺の方を向いて……固まっていた。
やはり。彼は知らないのだろう。しかし俺は知っている。一生懸命に研究している人たちには申し訳ないことだが、既にゲームとして知ってしまっているんだ。忘れることなどできない。
「特に意図はなかったということですか?」
改めて問いかける。ステンさんではなく、イーコイさんに。
すると、イーコイさんは咳払いをしてから、ゆっくりと面倒くさそうに口を開く。
「あー、実験日によって多少のブレはあるが、誤差の範囲だ。それはワシの計算方法にも考慮されておるから、安心して――」
かかったな。
「そうですか、あんた勉強不足だな」
「!!」
あいつ言いやがった! というような驚愕の視線が俺の全身に突き刺さった。
イーコイさんは、唖然とした顔で無言のまま口をパクパクしている。
俺は組んだ足を崩さずに、言葉を続けた。
「先生ほどの人が、どうして日によって存在するブレに法則があると考えなかったんですか?」
「ぶ、無礼者がッ! なんだ君は! どうしてもこうしてもあるか! 即刻出ていけ!」
「ねえ、ちょっとは思ってたでしょ? ダメージの上限と下限、なんで日によって微妙に開きが出るんだろうって。まさか単なる誤差で片付けてないよね?」
「うるさい! だから! 既に! 考慮しておる! その計算方法を! ワシが!」
「ダメージが高ければ高いほど、その計算式を使うと誤差も増して無視できなくなる。だから誤差で片付けんなって話をしてんだろーが」
「くっ、口の利き方がなっとらんぞお前! それにな、お前の言うような誤差が気になるほどのダメージを出せる人間なぞおらんわ! 机上の空論を持ち出して講演の邪魔をするでない!」
「冬季の叡将戦は皆の目の前で93万ダメージ出したぞ」
「平然と嘘をつくなッ!」
「魔術研究者なのに叡将戦すら観戦してないのか? やっぱり君は勉強不足だな」
「お前ぇぇぇ~ッ!!」
イーコイが怒鳴ったが、周囲の人々は冷静にその様子を見ていた。
セカンド・ファーステストは、どうやら嘘をついてなさそうだぞ……と、会場の雰囲気でなんとなく察しているのだろう。
「知りたい? 誤差の要因」
「うるさいぞ! ワシは出ていけと言っている!」
知りたそうな顔してる。ツンデレだな。
「月の満ち欠けだ。知らないなら、帰ってママに聞いてみな」
「っ……? ~~ッ!!」
思ったとおりだ、百点満点のリアクションを見せてくれた。
イーコイは瞬時に理解したようで、観衆に聞こえるほどの大きさで息を呑み、「そうかそうだったのか!」と口に出してはいないものの、今にも言い出しそうな顔で硬直している。
「ありがとう、スッキリしました。ステンさん続けてください」
「へっ!? は、は、はい」
さあ黙らせましたよ、みたいな感じでステンさんに振る。彼はテンパりながらも講演を再開した。
それにしてもイーコイさん、ノーヒントで【魔術】の純INTダメージ計算式に辿り着くとは、なかなか凄い人なんじゃないだろうか?
【魔術】のダメージは満月が近付くにつれ増加する“隠れ補正”が存在する。彼が「誤差も考慮している」と言っていたのは、恐らく月の満ち欠けによって上下する値の平均を考慮していたのだと思う。つまり彼は、あと一歩のところまで来ていたということだ。
加えて、この年齢にして知的好奇心も旺盛。これだけ憎まれ口を叩いた俺が今、強制退出されていないのが何よりの理由だ。イーコイさんは、きっと気になるのだろう。俺がもっと何か知っているんじゃないか……と。好奇心がプライドを超えたのだ。
過去の栄光に縋って威張り散らしているだけの老人かと思っていたが、性格に難があるとはいえ、意外と悪い人ではないのかもしれない。
「せ、セカンド氏、勘弁してくだちゃい。生きた心地がしましぇんじぇした……」
会場の空気が落ち着いたところで、ムラッティが涙目で訴えてくる。
「午後の俺たちの発表でトドメを刺すぞ」
「…………まぁ、はい、ですなぁ」
ムラッティは諦めたのか、それとも覚悟を決めたのか、虚ろな目になった。
午後に発表することの内容を知っているから、今さら何を言っても遅いと気付いたのだろう。
と思いきや、すぐさま目に生気を取り戻すと、興奮気味に口を開いた。
「ところでセカンド氏あの月の満ち欠けというのはやはり魔術のダメージに無視できない影響を及ぼす要因と捉えてもよいのですかな、んん~、拙者なんとなく怪しいとは思っておりましたがいやはやまさか月が関係しているとは、なるほど、ははぁ~ん、これ考えれば考えるほど納得ですな、ええ、ええ、ちなみにどのような影響の仕方なのですかな、あ、いやこれは答え合わせのような感じで聞いているだけでござりまして、拙者も予想は立っているのですよ、ええ、ずばり純INTへの倍率じゃ」
「ない」
「ない! やはりない! ですよねぇ~っ! 拙者もそう思った~! 思ってた~!」
おそろしく早い口調、俺でなきゃ聞き逃しちゃうね。
「純INTに倍率がかかるなら誤差どころの騒ぎじゃなくなる。月の満ち欠けによる“朔望加算”はINTとは切り離されてプラスされるものだから、スキルや装備の倍率もかからず、一見すると誤差程度のしょぼい数値だ。しかし魔魔術、特に相乗なんかは、朔望加算が上乗せした魔術三つ分全て入るから、ダメージ量も目に見えて増える」
「ほわぁ~! なるほどですな、なるほどですな! なるほどですなぁ!!」
誰かが発見してもよさそうなもんだがな。毎日ダンジョン周回してりゃあ、「なんか満月の日だけ調子いいなぁ……まさか!?」みたいな感じで気付いて……いや、難しいか。そもそも毎日ダンジョン周回してる魔術師がいやしねえ。
そもそも戦争で帝国魔術師隊の魔術が強かったことに違和感を覚えたから研究し始めたって理由からして、なんか変である。多分、勘違いだと思う。バウェルさんの言う通り、練度の差だろう。もしくは装備の差だ。
仮に朔望加算が影響していたとすれば、帝国魔術師隊のダメージが増しているのと同時に、宮廷魔術師たちのダメージも増しているはずだから、第二騎士団が違和感を覚える理由としては弱い。
まあ、そんな勘違いから始まった研究とはいえ、もうちょっとで朔望加算の真相に辿り着きそうなところまで来ていたのだから、素直に尊敬だけどな。
この世界は、そういった違和感や勘違い程度の微かな気付きの積み重ねで、少しずつ少しずつ進歩しているのだろう。
しかし残念ながら、俺が来てしまったので、そんなスローペースは許されなくなった。
薬だなどとお為ごかしなことは言わない。毒をばらまくつもりでやっている。
この世界の人々にとって、俺のばらまく情報が毒になろうが薬になろうが、俺は「やる」のだ。世界一位の土台作りのため、「やる」ことは、既に確定しているのだ。あとは、なるようになる。
「じゃあ、午後に備えて腹ごしらえだな」
「お昼はランチョンセミナーですぞ」
「…………」
午前中の退屈な講演を終えての、唯一の楽しみだった昼メシ。
ランチョンセミナーだぁ? ふざけやがって。「ながら食い」は駄目だなんてこと、ホイ卒でも知ってるぞ。
「セカンド氏、まさか拙者をぼっちにするつもりでは……」
俺が抜け出すことを考えていると、ムラッティが捨てられた子犬のような目でこっちを見つめてきた。
そうか、俺はもぐりだけど、こいつは正規の出席だったな。
はぁ。
「せめて面白いセミナーであってほしいね」
「コッフフォ、望み薄ですなぁ~」
……はぁ。
ランチョンセミナーも終わり、いよいよ午後の研究発表会の時間がやってきた。
俺たちの発表の順番は、どうしてかラストに変更されたようだ。イーコイさんの差し金かもしれない。
しかしこれはラッキー。俺は発表がどういう感じかよく知らなかったので、前の人たちの発表の様子で要領をなんとなく掴むことができた。
それにしても……。
「不便だなあ」
アーティファクトの“プリンター”がない上に、“プロジェクター”もないもんだから、資料を回し読みするしかない。唯一“マイク”だけはあるのが救いだ。
気合の入ってる人は手書きの資料を人数分配ったりするんだろうが、ここまで規模が大きくなると、流石に何百人分も書いていられないだろう。
王家や新聞社にコネがあれば、プリンターを貸してもらえたりするのかもしれないが、まあそんなことができるのはほんの一握りである。
キャスタル王国魔術師会はやたらと潤っているらしいから、プリンターの一つや二つ持っていてもおかしくないとは思うが、どうなんだろうか。魔術師を育てるつもりなんて毛ほどもなさそうな団体だし、プリンターを買えても買わないかもしれないな。
というか、プリンターって何CLくらいで出回ってるんだ? メヴィオンの頃は魔物からドロップしても粗大ゴミ扱いで全然売れてなかったけど、今となっちゃあクソ重宝するアイテムだしなあ。ひょっとすると10億CLくらいすんのかもな。
……欲しいな、プリンター。あったら超便利だ。いろんな情報をまとめた紙をいくらでも使用人たちに配れるようになる。
何処かに売ってないかなあ。
「――それでは、次の発表に参ります。最後の発表となります。ムラッティ・トリコローリ様、お願いします」
ぼーっとアーティファクト事情に思いを馳せていると、ムラッティの名前が司会進行に呼ばれた。
俺はもぐりなせいか名前を呼ばれなかったが、そんなことは百も承知、しれっとムラッティの後ろを付いていく。すると、会場が俄かにざわついた。どうやら午後になってから初めて来場した人たちもそこそこいるらしい。
さて、じゃあ……いっちょやりますか。
開口一番、俺は用意していた言葉を、なるべく理解しやすいよう、ゆっくりと皆に伝えた。
「えー、突然ですが、今日は皆さんに、ちょっと肆ノ型を……覚えて帰ってもらいまーす」
* * *
一方その頃、とある男がオランジ王国へと到着していた。
マルベル帝国将軍シガローネ・エレブニである。
「これはこれは、バルテレモン大将閣下自らのお出迎えとは、随分と歓迎されているようだ。それとも王国陸軍はよほど暇なのか?」
「エレブニ閣下、相変わらずで何より。聞けば将軍に返り咲いたとか。心よりお祝い申し上げる」
相対するは、オランジ王国陸軍大将ノヴァ・バルテレモン。
「心にもないことをどうもありがとう、嬉しくて涙が出る」
「道中、不自由はなかったか? 訪問を二日前に知らせてくるような貴方だ、頭が不自由なのではと心配になってな」
「面白い冗談だが、心配には及ばん。本当に不自由なら知らせん」
「クハハッ、帝国兵には同情を禁じ得ないな。自覚がないのだから困るだろう?」
「己が正しいと思い込んだ時から、正常な自覚は失われる。覚えておくといい」
「自己紹介をありがとう」
シガローネ率いる特使団を迎えたノヴァは、さっそく皮肉の殴り合いを始めていた。
二人は一見すると穏やかに会話している風だが、水面下ではあらゆる牽制や挑発を駆使して核心に触れないよう探り合っている。
シガローネの相手がノヴァでなければ、ノヴァの相手がシガローネでなければ、既に決着はついているだろう。この二人だからこそ、静かなる舌戦がこれほど続くのだ。
「すげぇ……流石は大将閣下、あのシガローネと渡り合ってるぜ」
「全く挑発に乗らないどころか、しっかり批判も入れてる」
「あんだけ言われたら、オレなら三回はブチギレちまってんな」
後方で控えているオランジ王国陸軍の兵士たちは、周りに聞こえない程度の声で口々にノヴァを称賛する。
帝国のシガローネといえば、オランジ王国においては最大級の脅威。そんな男と渡り合えるのは、やはりノヴァしかいないのだと、兵士たちは認識を強めていた。
……しかし、直後のシガローネの一言で、状況は一変する。
「ところで今、セカンド・ファーステストが来ているらしいな? 私も会っておきたい。彼は今何処にいる?」
「!?」
ノヴァが、ここで初めて表情を変えた。
シガローネはニヤリと笑い、言葉を続ける。
「おや? まさかご存知ないのかね?」
あえて「彼氏なのに」とは口にしないが、その嫌らしい顔はそう語っていた。
そう、シガローネは知っているのだ。今日、セカンドがオランジ王国へと来ていることを。
当のセカンドは、現在、学術大会の真っ最中。夕方まで缶詰である。
「……きっと私を驚かすために黙っていたのだ。私の彼氏のサプライズを潰して満足か?」
「おっと、これは失礼。てっきり知っているものだと」
ノヴァはなんとか驚きを飲み込んで、それらしい理由を作って批判へと繋げる。
シガローネは実に満足げに謝り、「それでは謁見を楽しみにしている」と告げて、馬車へと戻っていった。
暫しの静寂。
ノヴァは踵を返すと、「やられた」というような苦い顔で、側近へこう口にした。
「セカンド・ファーステストを探し出し、居場所を報告しろッ! 至急だッ!」
「はっ!」
お読みいただき、ありがとうございます。
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