279 学会、勝つが?
「セカンド氏ぃ! ごぶさしぶりでござる!!」
「ご無沙汰とお久しがまざってるぞ」
「オッヒョ! これは失敬!」
相変わらず暑苦しい半袖ジーパンに白衣の男ムラッティ・トリコローリは、そろそろ秋だというのに眼鏡を曇らせながら袖で汗を拭っていた。
「いきなり呼び出してすまん。気になることがあってさ、話を聞かせてくれ」
俺はムラッティをリビングのソファに案内して、そう切り出す。
すると、ムラッティは嬉々として腰掛けつつも、どうしてか急に残念そうな顔をしながら口を開いた。
「そ、それがですね、セカンド氏、あのぉ……拙者、実は、近々ですね、学会ぃ~~が、ありましてですね、も~~~~そろそろ出ないとですね、遅刻しそうな感じでしてねコレ……」
「マジか」
先に言えよ。
というかそんな切羽詰まった状況なのによく来てくれたな。
あ、ちょっと待て。
「どういう予定になってる? 場合によっては転移召喚で送っていけるぞ」
「ファッ!? ちょ、それはありがた過ぎィ……! セカンド氏、神ィ……」
場合によってはと言っているのにムラッティのやつ、もう送ってもらえるつもりで俺を拝みだしやがった。
まあいい。とりあえず、時間と場所を聞こう。全てはそれ次第だ。
「で? いつ? 何処?」
「六日後なりぃ。オランジ王国の首都はダイダなりぃ」
ムラッティはなんとも申し訳なさそうに言った。まあまあ遠いからかな? 確かに、馬車で行こうと思ったら、南からぐるっと帝国を経由していくか、北上してカメル神国を突っ切っていくか。いずれにせよ内陸部にある大きな山々を迂回していかなければならない。
六日はマジでギリギリだ、雨なんか降った日にゃ遅刻確定だな。逆になんでまだ出てないんだよこいつ。ズボラめ。ああ、わかった。自分のだらしなさが露呈するから、あんな後ろめたそうな顔だったのか。
フン、だが任せておくがいい。なんてったって、俺にはあんこがいるのだ。
「じゃあ、ヴァーリーンダンジョン付近に飛んで、そっから……」
徒歩はムラッティのSPじゃポーション何本も飲むことになりそうだから、馬かなぁ。あんこはムラッティを乗せるのを凄く嫌がるだろうし。やっぱり馬だな。
「そうだ、ライトに準備を頼んでおくか」
ヴァーリーンまでショートカットできるなら二日前に転移しても余裕だ。今のうちにライトにお願いしておけば、その二日前に合わせてヴァーリーン付近に馬の用意をしてくれるだろう。
「ライト? なんぞそれ……?」
「皇帝」
「…………マァ!?!?」
どっから声出してんだ。
「こ、ここここ皇帝ってマ!? マ!?」
「マだよ」
「しゅげええええ!! セカンド氏しゅげえええええ!」
「ちゃんと喋れぶん殴るぞ」
「おうふ、失敬失敬」
その舌足らずな喋り方、可愛さアピールなのかなんなのか知らんがムカついたので注意しておく。
「二日前に転移しよう。つーわけで、四日間の余裕ができた」
「ァッホフォオゥ! 神様仏様セカンド様!」
「神も仏も大して信じてねえくせによく言うよ」
「いやいや拙者、神はそこそこ信じてるでござるよ? やはり長年こうして魔術研究に没頭しているとですねどうにも説明のつかない神の存在を認めざるを得ないようなゴイスーな世界の構造に度々気付いてしまうわけですな、ええ、ええ」
「へぇ?」
「いやまあ別に世界の構造はどうあれ拙者は魔術の構造さえわかればそれでいいんですけれどもねこれ、フォッフフ」
「やめろ、俺みたいなことを言うな」
ちくしょう。認めたくないが、こいつ俺と似てやがる。
俺が少々落ち込んでいると、ムラッティはほっと一息という風に紅茶を啜ってから、思い出したように口にした。
「そういえばセカンド氏、拙者に用とは? 呼び出され具合からして、ただごとではない悪寒……」
ああ、そうそう、本題だ。
「ムラッティ。キャスタル王国魔術師会を潰したいんだが、何かいい方法はないか?」
「…………い、いやぁ~、流石に拙者、それはわからぬぅでござりまするなァ~……」
単刀直入に聞くと、引き攣った顔で首を横に振られた。
「なんで?」
「なんでと言われましても……拙者がこれから参加する『第六十九回オランジ王国魔術学会学術大会』も、キャスタル王国魔術師会所属魔術師として出席するわけでありまして……」
「てめぇも一味か」
「ひぃいい! ご勘弁を! ご勘弁を! 拙者は魔術師会の幹部連中みたいに毎月一回だけ会議に出て好き放題喚いて時間を浪費するだけで顧問料一千万CLポンと貰えちゃうぜワハハ~なぁんていうことは全くしておりませんので! 信じてくだされェ!」
「やけに詳しいじゃねえかおい」
「拙者、やたらと高い会費が気になりまして、随分前に魔術師会上層部のお金の流れがどうなっているか調べたことがあったのでござるよ~」
「結果は?」
「地方はともかく王都ですら一度も話を聞いたことがない広告宣伝に年間八千万CLも使ってるわけがありませぬわな」
真っ黒けっけやんけ!!
「それはまだ可愛い方でしてね、出るわ出るわで……なんてなことをやってましたらですね、嗅ぎ付けられてしまいましてねっへへ、全て証拠隠滅されちゃいまして、遠回しに脅されまして、ええ。拙者、実績だけは誰よりも出しているんですが、若いだのなんだの理由を付けられて未だに幹部になれてない時点で、まあ……お察しですわなぁ」
恐らく俺を除いて最も【魔術】の発展に貢献しているだろうムラッティを、その扱いか。
あまり強く言えないムラッティの性格につけ込んで逆に脅してくるあたり、向こうの質の悪さも窺い知れる。
キャスタル王国魔術師会、俺の想像以上に腐敗しているようだ。
「お前、元叡将だろ。魔術師会なんか抜けて自由にやればいいのに」
「オフッ、そうしたいのは山々でござるがぁ、そのぉ、資料とかぁ、論文とかぁ、いいのが揃っておりましてぇ……」
「なんだかんだ言いつつ抜け出せずにいると」
「いやぁお恥ずかぴぃ」
「お前みたいな魔術師がいっぱいいるんだろうな」
「間違いないですな」
キャスタル王国で魔術師として暮らす以上、魔術師会に依存せざるを得ない。そういう枠組みが構築されちまってるというわけか。
つまりムラッティのように、嫌々ながらも魔術師会に所属している者も少なくないだろう。
魔術師会はどうやら、既得権益にしがみつく金の亡者ばかりというわけではないらしい。ちょっと希望が見えてきたな。
……よし。
「じゃあ、オランジ王国の学会に俺も付いていくわ」
「!?!?」
「そこで一緒になんか発表しようぜ」
「!?!?!?」
「四日もありゃあ、それなりのもんができんだろ」
「ちょっ! いやいやいや!?」
敵情視察だ。
ついでに、共同研究の約束をここで果たそう。
ムラッティは呆気にとられたのか目を白黒とさせている。
まあいい。せっかく研究するんだから、皆の度肝を抜くようなやつを発表したいな。
「よっしゃ。ムラッティ、何研究する?」
「……セカンド氏、子供の宿題じゃないんですから、たった四日で発表できるような水準の研究するなんて無理ンゴ」
それもそうか? 宿題というものは、やったことがないからわからない。
「そもそも、魔術師? 魔術研究者? 彼らは、どんなことを研究してるわけ?」
「色々でござるな~。作用機序の解明など数学的なものから歴史研究まで幅広く、実に学際的と言えます。思想的なものや哲学的なものもよく見かけます。ちなみに流行り廃りもありますぞ。今はダメージが増減する特殊条件についての研究が多いですな」
「ふーん」
「まあつまるところ、言ってしまえばですね、どんなことでも研究になりますねぇ。仮説を立てて、実験して、結果を比べて、考察するんです、ええ。肝心なのは、どれだけ魅力的で研究価値のある仮説を思い付けるかでしょうな、フヒッ」
「魅力的で、研究価値のある仮説か」
難しいな。俺個人がそう思っていても、他のやつらはそう思っていないってこともある。逆も然りだ。
「セカンド氏は、実戦的な分野に明るそうでござるなぁ~」
「実戦的な研究も皆やったりするのか?」
「やりますねぇ! やりますやります」
「じゃあ俺はそうしようかな。それなら四日で行けそうだ」
「いやぁ~、それはちょっとねぇ……教授が許してくrえゃすぇんよ」
何故かムラッティが渋い顔をする。実践的な分野も研究できるんだったら、ネタなんていくらでも思い付く自信があるんだけどなあ。
その教授というのがよっぽど厄介なのだろうか? 噛むほどだし、きっとそうだな。
「よし、その教授とやらを唸らせたら俺たちの勝ちだな」
勝利条件を決めた。別に勝つ必要なんてないが、勝った方が気持ち良いから勝とうと思う。
さて、問題は、どうやって唸らせるか。
「ムラッティ、俺とどんな研究をしたかったんだ? 参考にする」
「おっほ! そ、そんなの、いっぱいあり過ぎて選べませんなぁ!」
「じゃあ何も言うな。全て俺が決める」
「あっ、ちょっ」
とか言ってるうちに、もう思い付いちまった。
いや、思い出したと言うべきか。
「俺が魔術について教えたシルビアは、どうして魔術のマの字も知らない状態から二週間足らずで火属性・参ノ型まで覚えられた?」
「……!」
弐ノ型を二週間で覚えられたら凄まじく早い方だとマインは言っていたが、参ノ型を二週間なんだから、これは超スピードと言わざるを得ない。明らかに異常、俺の解説がそうさせたと考えるのが自然だ。
魅力的で研究価値のある仮説とは思わないだろうか? 俺は思う。
これをぐつぐつと煮詰めていけば、魔術習得の簡略化を可能にするエッセンス的なものに出会える気がする。俺は、それを知りたい。
「ムラッティ、四日間、よろしくな」
「そ、そりは望むところでござるが……」
本当に上手くいくのか? というような顔をしているムラッティ。
大丈夫、大丈夫。
「お前が上手くいかせるんだよ!」
「ですよねぇ~!!」
「――ライトおるかー?」
ムラッティとの作戦会議から数分。俺は四日後に備えて、帝国城を訪れていた。
「なっ!!!?」
ぶらぶらと皇帝の名前を呼びながら廊下を歩いていると、意外な人物に見つかった。
「おお、ナト! 久しぶりだな」
「い、いやいやいや! え!? 何故ここに!?」
ナト・シャマン将軍。あ、今は近衛騎士長だったか?
いつも真面目で固い顔をしていた彼は、珍しく困惑の表情を浮かべている。
「ライトおるか?」
「いませんよ!」
「え、何処か行ってるのか?」
「貴殿に会いに行ったんですよ、貴殿に!」
「……あ」
そっか、そういえばそうだ。精霊界に二週間もいたから忘れていたが、こっちではちっとも時間が経っていないんだった。
「ちょっと早く来すぎたな。まあいいか」
「相変わらず滅茶苦茶ですね、貴殿は」
「元気してたか?」
「お陰様で、仕事には困りません」
皮肉か。
いやでもマジで忙しそうだから、伝言で済ませておくか。
「じゃあライトが帰ってきたら伝えてくれ。今日から四日後に、俺がヴァーリーン行った時に寄った街に馬を二頭用意しておけって」
「お待ちを。貴殿はまさか皇帝陛下を私的な理由でいいように使おうと――」
「よろしくな~」
「あ、ちょっと!」
あんこを出して、逃げるように帰還する。
いいように使うだなんて人聞きの悪い。ちょっとお願いするだけだ。
さて、研究研究……。
* * *
「廊下で騒ぐなやかましい! なんだ貴様、一人で騒いでいたのか? 近衛騎士長ともあろう貴様がそのような体たらく、他の者に示しがつかないとは思わんのか? 思わんのだろうな。貴様は負けるとわかっていながら私に剣を向けた大馬鹿者だ。恥を恥とも思わんから、廊下で馬鹿みたいに騒ぐことも当然のことなのであろう。何故なら馬鹿だから」
「……失礼いたしました、将軍閣下。以後、気を付けます」
「ほう! 気を付けることができると言うのか! 最近の馬鹿は進んでいるな」
「…………」
ねちねちねちねちとナトを責め立てるのは、宰相から将軍となった男、シガローネ・エレブニである。
「……お言葉ですが、閣下。私は突然訪ねてきたセカンド・ファーステストと会話をしていたのであり、一人で騒いでいたわけでは」
「はは! 私は驚かんぞ。何故なら馬鹿が馬鹿を言ったからだ。当然のことだ、馬鹿は馬鹿を言うものだからな」
「嘘では御座いません。セカンドは、四日後に国境付近へ馬を二頭用意してくれと、陛下に伝言を依頼して」
「もういい黙れ。とっとと部屋に帰って愛しのセカンド人形でままごとでもやっていろ。ああ、馬の人形もいるか? 貴様の分とセカンドの分で二頭か、なるほど馬鹿のくせに数は数えられるようだ」
「……し、失礼いたします」
去っていくナトの背中を見て、シガローネは「ふっ」と鼻で笑った。
そして、マントを翻して廊下を歩きながら、ぽつりと呟く。
「あいつめ、お次はオランジ王国か――」
お読みいただき、ありがとうございます。
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