278 決まったな、竜巻
「こんにちは~」
「ですからノックをしなさいとあれほ、ど……っ!? セカンド……君!?」
校長室にいきなり入ったら、ポーラ・メメント校長に大層驚かれた。レディのお部屋にそれは、少し失礼だったか。
「すみません突然。用事がありまして」
「ちょ……ちょっと待ってもらってもいいかしら」
ポーラさんは胸に手を当ててゆっくり深呼吸をする。
それから、ずり下がった丸眼鏡をクイッと直して、オホンと咳ばらいを一つ、口を開いた。
「セカンド八冠、事前連絡なしでのご訪問は、次回からご遠慮願います」
「以前のように君でいいですよ」
「いえ、しかし」
「マインも君付けで呼ばれたら喜ぶと思います」
「……そこまで仰るのでしたら、そうしましょうか。セカンド君」
「あざっす」
見たか、俺の気遣いを。
ポーラさんはマインの母親の友達である。上っ面だけの敬意を嫌うマインのことだ、そんな身近な人から「陛下」などと呼ばれるのは、堅苦しくて嫌に違いない。
「早速ですがね、ちょっとお願いがありましてね」
「……とても嫌な予感がするのですが」
勘が良いね。
「魔術習得をより簡単にする講義みたいなものを希望者相手にさせてほしいんですが、どうですか」
「習得を簡単に、ですか?」
「はい」
おや、意外と食い付きはいいぞ。
「それはつまり、セカンド君が本校にいらした二週間で全属性を参ノ型まで覚えてしまった、あのくらいの簡単さを実現できるということでしょうか?」
「……よくご存じで」
バレてたのか。
「まあ、個人差はあるでしょうが、うちのシルビアでも火属性だけなら二週間で参ノ型まで行けたので、優秀な学生諸君は二か月もあれば全属性の参ノ型くらいまで余裕で覚えられるんじゃないですかね」
「…………」
予想を踏まえて正直なところを言うと、ポーラさんは眉間に皺を寄せて沈黙した。
あれ、おかしいな。学生全体のレベルが上がるんだから、てっきりもっと喜ぶもんかと思っていたんだが。
「セカンド君。“度”という言葉をご存じでしょうか」
「度が過ぎてるってことですか?」
「よかった、理解して言っていたんですね」
煽り上手いなあ。
「薬は加減を間違えれば毒にもなり得ます」
「なるほど」
ぐうの音も出ませんわ。
「なんとかなりませんか?」
「そういった手法がセカンド君の中で確立されているのなら、まずは有識者同士で情報を共有し、運用方法を検討し、必要であれば陛下へ進言し、然るべき法整備を進めていけば、あるいは……」
「は~」
きちんとしているな。いったい何年かかるんだろうか。
「……ごめんなさい。私も一魔術師としては興味の尽きないところなのだけれど、やはり色々としがらみが多いのよ」
俺が残念そうな顔をしていたからか、ポーラさんが申し訳なさそうに口にした。
しがらみ……じゃあ刀八ノ国の時のように、それをぶちのめしたらどうなるんだろう?
「具体的には、どのようなしがらみが?」
「私の立場上、勝手ができないというのが一番ですね」
「誰かが文句を言ってくるわけですか?」
「ええ。主に魔術教育委員会が問題視をします。それが目に余る内容であれば“キャスタル王国魔術師会”へと報告され、私は資質に問題ありとして校長を降ろされるでしょう」
魔術教育委員会の上に、キャスタル王国魔術師会があると。なるほど。
「先の内戦もあり、王国内では反戦派の声も大きいです。子供に魔術を学ばせること自体が問題だという意見の方々もいるくらいです。少なからず、王国の国力を落とそうと動いていた帝国工作員の影響が残っています。魔術師会は、そういった反発の声を気にしているという側面もあります」
「つまり、キャスタル王国魔術師会とやらを黙らせたら、実現可能ということですか?」
「え、ええ、極論は」
決まったな。
「セカンド君、悪いことは言いません。魔術師会を敵に回すようなことは――」
「大丈夫、ポーラさん。逆です逆」
「……逆、ですか?」
「魔術師会の方々と仲良くなろうと思いまして」
「…………」
訝しげな表情のポーラさん。
そう、俺は軍師ウィンフィルドのやり方に学んだのだ。
組織を崩壊させるには、内部から食い破るのが最も効果的だと。
「貴重なお話、ありがとうございました。それでは」
「構いませんが、セカンド君。くれぐれも、くれぐれも、滅多なことはしないでください。くれぐれもですよ」
「はい」
ポーラさんにお礼を伝えて校長室を出る際、何故だか物凄く釘を刺された。
何をそんなに心配しているんだろう。よくわからないが、とりあえず頷いておく。
「師匠、もしかして、魔術師会と敵対するつもりですか……?」
廊下に出ると、アルファが上目遣いに不安そうな表情で聞いてきた。
「いや」
「で、ですよね」
「向こうの出方による」
「…………ですよね」
場合によっては全面戦争だ。
しょうがない。魔術師会が魔術師の成長を邪魔しているなんて、本末転倒なのだから。
それとも……魔術師会は、魔術師に育ってほしくないのだろうか?
かもしれない。そう考えると辻褄が合う。
なんだか何処かで聞いたような話だな。具体的には、抜刀術の利権云々のあの島だ。
全く。皆、利権、好きだねえ。
「もしかして師匠、マイン陛下にお願いするつもりでは」
「いや、あいつにそんなクソみたいな迷惑はかけられん」
「既に十分かけて……いえ、なんでもありません」
言いかけて止めるアルファ。
確かに、迷惑の心当たりはごまんとあるが……今回のは流石にクソ過ぎる。
俺が勝手に目指している理想郷のために、わざわざ殴り込むのだ。他人に頼っているようじゃ情けない。創るのも壊すのも、俺の手でないとな。
「では、どうするんですか? 私の知る限り、魔術師会は一筋縄でいくような単純な団体ではないですよ」
マインに頼まないとなると、どうやって乗り込むのというのか。アルファがもっともな疑問を口にする。
そうか、アルファも魔術師の端くれ。魔術師会について色々と知っているんだな。いや、叡将戦出場者なんだから、世間一般から見れば一流の魔術師か? まあいいや。
「魔術師会ってどんな感じの団体なんだ?」
今のうちに聞ける情報は聞いておこう。
俺が質問すると、アルファは渋い顔で口にした。
「あの、私の勝手な印象なのですが、旧態依然としているように思います。名立たる魔術研究の権威ばかりで、なかなか、下の方々は……意見しづらいのではないでしょうか」
「その偉い先生方ってのは、なんだ、ずーっと魔術のお勉強をしてきた人たち?」
「ええ、まあ。世間一般では教授と呼ばれるような方々ですね」
「つまり魔術研究って、魔術の戦法の研究じゃなくて、魔術そのものの研究?」
「それは、はい、そうです」
「なるほどよくわかった」
この世界ではそういう研究もあるわけだ。へぇ、奥深いな。
しかしそうなると、懐柔のやり方が難しくなってくるぞ。
俺は、魔術戦闘についてなら、世界ランカーたちが喉から手が出るほど欲しいだろう情報を山ほど持っている。だが、魔術そのものの研究に役立ちそうな知識となると――。
「……いや、待てよ」
ふと、ある男の顔が脳裏に浮かんだ。
ムラッティ・トリコローリ。あいつ確か、魔術の研究をしていると言っていた。
俺やラズにとっては常識のメヴィオン知識を話したら、やけに有り難がっていたような気もする。もし魔術師会の教授たちもそうだったら、話は早い。餌付けして首を縦に振らせて終わりだ。
そういえばあいつ、俺と二人で「腑抜けた魔術学会に革命を巻き起こす」なんて豪語していたっけ。魔術学会と魔術師会がどう違うのかは知らんが、似たようなものだろう。うん、適任だな。
「よし、とりあえずムラッティを呼び出そう。ユカリに連絡しておくか」
「元・魔術師の最高峰をそんなに簡単に呼び付けられるのって、師匠くらいですよね」
「あいつは少しくらい運動した方がいいんだよ」
「それは、ええと、私も同意ですが」
痩せろとは言わないから、せめて動けるデブを目指して頑張ってほしい。
「ん、運動……運動か」
帰り際、ちらっと校庭が目に入る。
……そうだな、握手会の代わりと言ってはなんだが、軽く運動していくか。
「アルファ、ちょっと付き合ってくれ」
「へ? は、はい。なんでしょう」
「運動だ」
「う、運動ですか?」
そう、たまたま不法侵入した俺たちが、たまたま広くて運動にちょうどいい校庭を見つけて、たまたま運動しただけである。王立魔術学校は、俺たちとは無関係だ。アポ取らなくて正解だったな。
「ラズから延々としごかれてたんだろう? 楽しみだ」
「あ、運動って、そういう……」
アルファは理解したようで、呆れた顔をして、それから不敵に笑った。
「ええ、まあ。少し、自信が持てるくらいには、なりました。師匠に見ていただきたいです」
「言うねえ~」
まだまだ発展途上のくせになあ。
俺たちは校庭中央で距離を取って向かい合い、対局冠を使用する。本当は決闘冠を使いたいところだが、校庭が穴ぼこだらけになってはいけないので、今回は我慢だ。
「では――」
「ああ、待て。今、観客を用意する」
「……え?」
二人きりというのも乙なものだが、やはり観客あってこその試合である。
俺は《雷属性・伍ノ型》を準備し、詠唱完了と同時に空中へと放った。
「きゃっ!」
アルファが思わず、両手で耳を塞いで屈んだ。
轟音とともに、馬鹿みたいにぶっとい雷が何本も降り注ぎ、一帯を焼き尽くす。
現在は対局中のため、これは仮想の雷だ。実際にはなんのダメージもない。しかし、音や衝撃はそのまま伝わる。とどのつまり、
「今の何!?」「校庭から聞こえた!」「え、あれ……セカンド様!?」「マジだ!」「セカンド八冠だ!」「凄ぇ!」「本物!?」「なんで!?」
何事かと外を見た学生たちの注目を集められる。
「よし、やろうか」
「本当に、目立ちたがりと言いますか、なんと言いますか……そこらじゅう巻き込んで、竜巻みたいな人ですね」
「まあ、アルファにもいずれわかる時が来るさ」
料理と同じだ。食べてくれる人がいるから、美味しい料理を作ろうと思える。
観てくれる人がいるから、楽しい試合を作れるようにと、より一層技術を磨きたくなるんだ。勿論それだけではないが、これも大切なことの一つ。タイトル戦に出るんなら、肌で感じておかないとな。
「皆、後輩魔術師だ。でっかい背中を見せてやれ」
「……はい、師匠!」
俺がニッと笑って言うと、アルファも微笑んで首肯した。
それが、試合開始の合図となる。
さあ、どうして魅せようか。アルファを楽しませ、学ばせられるような内容で、未来の叡将戦出場者たちをも楽しませ、憧れさせなければならないぞ。
ああ、考えることが一杯だ。楽しいったらないね。
* * *
唐突に始まったセカンドとアルファの試合。
学生たちは授業などそっちのけで、窓から身を乗り出して観戦する者や、堪らず教室を飛び出て校庭に走る者など、それぞれが決して見逃すまいと躍起になる。
教員は皆、仕方がないと授業を諦めた。本音を言えば、彼らもできることなら観戦したかったのだ。
叡将と叡将戦出場者の試合など、滅多に見れるものではない。魔術師にとってみれば、まさに垂涎ものである。
それが、今、目の前で……そんなもの、我慢できる方がおかしいと言えた。
憧れなのだ。
皆、セカンドの何にそこまで憧れるのか。
容姿と言う者も少なくない。素人であっても見ていて楽しい試合に惹かれる者もいる。前人未到の八冠という記録を称賛する者もいる。
だが、王立魔術学校の学生や教員たちは、それよりも何よりも、憧れるものがあった。
技術だ。
容姿や見栄えや記録も当然憧れるものの一つではあるが、それらの前提には必ず彼の神々しいまでの技術があるのだ。
魔術師を志す者から見て、または魔術師から見て、セカンドという男は、実に寡黙で職人気質な男のように思えた。
彼はずっと行動で示してきたのである。余計な口を叩かず、ただひたすら行動で。少なくとも、外からはそう見えていた。
何を言われようと、どのような相手であろうと、何一つ言い訳せず、技術を披露し続けた。圧倒的な技術で、誰も彼もを黙らせてきた。
若さも、口の汚さも、粗野な態度も、不躾な行動も、第二王子とのコネも、女癖の悪さも、黒い噂も、それらをネタにするメディアも、何もかもを、技術一つで黙らせた。
彼こそが、理想の魔術師像。
彼が年齢を問わず人々から尊敬を集める理由は、そこにあった。
そして、今、誰もが食い入るように見つめている。
行き届いている。一目見て、それがわかる。
魔術師を志す者たちが、魔術師として生きる者たちが、思わず唸り声をあげるような、ついつい笑ってしまうような、高等技術の散りばめられた楽しくも凄まじい試合であった。
盗まなければならない。アルファも、観客も。容姿や見栄えや記録は盗めなくとも、技術ならば盗めるのだから。
「――ありがとうございました」
セカンドの試合が終わった瞬間は、必ずと言っていいほど“間”が生じる。
誰もが我を忘れているからだ。
人類の宝とも言えるシェフが作った世界で最高の料理を一口食べた瞬間のような、なんとも言葉で言い表すことのできない感動が、じんと体中に広がるのだ。
そして、遅れてわかってくる。これはこういう意味だったのか、あれはああいう狙いだったのか、そんなに繊細なことをやっていたのか。更なる感動が波のように押し寄せ、やはり、こう思うのだ。行き届いていると。彼の技術は天上の領域だと。
「こら! 何をしているのですか!」
「ヤベッ、逃げるぞアルファ!」
「え、ええっ!?」
きっちり試合終了を待っていたポーラは、仕方なく二人を追い払った。
拍手喝采の中、セカンドは手を振りながら、アルファは困惑しながら、ドタバタと逃げていく。
学生たちは皆、心の底から震えていた。
セカンドが同じ人間であることに希望さえ感じていた。
このたった一度の観戦で、人生が変わった者すらいる。
だが、彼らはまだ知らないのだ。
今、目にしたものが、セカンドの持つ技術のほんの片鱗でしかないことを……。
お読みいただき、ありがとうございます。
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