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29 喧嘩

 海岸ということと、アシアスパルンから255kmということを考えれば、ここは南東の海岸であると分かる。

 であれば、海岸沿いに北上すると港町『クーラ』に行き着くはずだ。

 クーラからペホまでは馬で一日ほど。つまり、ここからクーラまでは徒歩で5日ほどの距離である。


「お詳しいのですね」


 俺の考察を伝えると、ユカリは無表情でそう言った。本当にそう思っているわけではなさそうだ。おそらく俺が疑わしいのだろう。


「信じられないか?」

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあなんでそんなに冷たいんだよ」

「生まれつきですが」

「…………」


 駄目だ。俺は方針を転換することにした。


 煽りに煽って、ユカリの感情を引き出す――これしかない。

 じゃないと何だか無機物と喋っているようでこっちがオカシクなりそうだ。


「ユカリ。お前そんなに疑うんなら何か対案を出してみろ」

「私はご主人様の奴隷です。疑いなどしません」

「ここは何処だか分かるか?」

「いえ、分かりません」

「お前ならどうやってペホまで戻る?」

「ご主人様の案が最適かと」

「そうか同意見か。ならどうして疑う?」

「ですから疑ってなどおりません」

「嘘はいけないぞ」

「嘘ではありませんが」

「…………」


 こいつ……いや、冷静になれ。

 こういう場合は急所を攻めて崩していくのが定跡だ。


「……お前は出会った時からそうだな。殻を被っている」

「はあ」

「過去を隠している。それほど知られたくないのか?」

「誰だって知られたくない過去の一つや二つはあるはずです」

「それが主人と奴隷の関係だとしてもか?」

「当然です」

「じゃあこれからずっとそうやって演技を続けて過去を明かさないつもりか?」

「ええ……、……っ!」


 しめた! こいつボロを出しやがった!


「ンンー? 今、演技していることを認めたよなァー?」

「いえ。言葉の弾みに頷いてしまっただけで」

「おやおや~? 少し早口ですねぇ動揺してるんですかァ?」

「……そのようなことは」

「ふーん、へぇー、ほーお? あれっ、口の端がピクピクしてますよぉ?」

「…………」


 効いてる効いてる。

 ユカリの感情が段々と浮き出てきた。そろそろ本題に入るか。


「……どうせ話しても無駄だ。だったら黙っておこう。そうやって決めつけて、俺と一線引いた関係でずっとやっていけるとでも思ってんのか?」

「…………」

「経験則だが……多分、明かしちまった方が楽だぞ」


 なんか取り調べしている刑事みたいな気分になってきた。


 実を言えば、もう大方の見当はついているのだ。昨晩、少し調べたら分かった。処刑された女公爵ルシア・アイシーン――俺はその名前に聞き覚えがあった。


「ぶちまけちまえ。楽になれよ。隠してる方が無駄だぞ」

「私が……!」

「ん?」

「私が、誰のために隠していると……!」


 ほほう。それでそれで?


「私と……ルシア様の優しさを……!」


 優しさ。黙っていることが、巻き込まないことが、彼女にとっては優しさなのか。なるほど。


「それは優しさじゃない。自己満足だな」

「…………ッ!」


 俺がそう言うと、ユカリはぷりっぷり怒った表情で俺に背中を向け、先に歩いていってしまった。


 作戦は一応の成功。彼女の感情をむき出しにできた。

 若干やり過ぎた気もするが、こうでもしないとユカリの防壁は崩せそうになかったから仕方がない。


 さて、そんなこんなでそろそろ日が暮れる。野営はどうするか……。




  * * *




 低劣な男だ。私はそう思った。


 世界一位になる――そんなできもしない馬鹿な夢を語って関心を引こうとする軽薄な男など、主には相応しくない。


 彼の本性はすぐに明らかとなった。

 優秀な魔弓術師の女性とまだ小さな獣人の女の子ばかりを前で戦わせ、自分は後ろで動かない。そうやってダンジョンを進む男が「世界一位」だなんて、情けないことこの上ないではないか。


 ボスを相手に垣間見えた弓術の腕は確かに一流のものだった。ではどうして道中でその腕を発揮しなかったのか? 自分ばかりを安全にして、更に楽をするためだ。そう考えるとこの男がもっと嫌らしく思えてくる。


 ランダム転移? 255km離れた地点? ペホまで7日? どうしてそんなことが分かるのか。嘘に決まっている。


 この男はおそらく私と2人きりで過ごすために何か汚い手を使ったのだ。私を買った目的も鍛冶師などではなくやはり性奴隷なのだろう。外聞が悪くならないように、こうして人目のつかない所へ連れてきて犯すつもりなのだ。


 悲しいことに、私は抵抗ができない。

 初めての相手がこの男になるなど……もしその時になれば、私は自ら命を――


 ――そこまで考えて、私は思いとどまった。


 ルシア様からいただいたこの命、そう簡単に捨てるわけにはいかない。

 そうだ。何故忘れていたのか。私の命はルシア様から貰い受けたもの。

 私は何としても抵抗しなければならない。


 ……このセカンドという男。しつこいほどに私の過去を詮索してくる。何が目的なのかは分からないが、私が黙っているのはもはやお前のためではない。お前の仲間である2人を巻き込まないために黙っているのだ。


 それを自己満足だと? 反吐が出る。


 この男に隙を見せるわけにはいかない。


 私は覚悟を決め、先を急いだ。




 1日目が終わり、2日目の朝がくる。


 彼は手を出してこなかった。

 それどころか、徹夜をして野営の番をしていたようだ。そうやって私を油断させようという魂胆だろう。


 私は夜の間ずっと警戒をしていたせいであまり眠れなかった。これが続けば、いずれ限界がくる。何とかしなければならないが、手段がない。私は奴隷だ。逃げ出すことすらできない。どうすればいいのか分からない。


「なあ、いいかげん諦めろって。全部言っちまえよ」


 そんなことを考えながら歩いていると、彼がまた詮索をしてきた。


「しつこいです」


 私は苛立ち、つい喧嘩腰に応答してしまう。


「そんなに信用ならないか?」

「ええ、とても」

「じゃあどうやったら信用してくれる?」

「……そうですね、そこで今すぐ死んでくれたら信用してもいいです」


 彼の額に筋が浮き出る。どうやら怒ったようだ。


「言うじゃねえかユカリてめぇコラ」

「なんですか、ご主人様? 奴隷に暴力を振るうおつもりですか?」

「うるせぇ! お前昼メシ抜き!」

「なっ!」


 なんと卑劣な!


「それは契約違反ではっ」

「契約内容には十分な食事と書いてあった。一日二食でもまあ十分だ! 俺はそう思うがな! ハーッハッハ!」


 これから何十キロも歩くと言うのに、この男は……!


「どうした? 謝らないならやらないぞぉ?」

「くっ……!」


 屈辱! この男に謝らなければならないのなら、私は……しかし……っ。


「……なんてな、冗談だよ」


 すると、彼はフッと笑ってそう言った。私にはそれが馬鹿にしているような笑みに見えて、我慢ならなかった。


「いりません」

「あ?」

「昼食は必要ありません」

「お、おい、ぶっ倒れるぞ?」

「必要ないと言いました。結構です」

「ちょっ、待て! 悪かったよ! 食っとけって!」

「結構です!」


 先を急ぐ。


 冷えてくる頭。


 かなり感情的になってしまった。


 でも、もう引っ込みがつかない。


 …………。


 私は一体何をしたかったのだろう……?




 3日目の朝。


 夜は眠気との勝負だった。


 ……足元がフラフラする。


 2回の徹夜と、一日中の移動、昨日は昼食をとっておらず、夕食も少ししか食べていない。

 いくら暗殺者といえど私も生き物である。限界が近づいてきているのが分かってしまう。


 彼は昨夜も手を出してはこなかった。おそらく私が完全に意識を失う時を待っているのだろう。卑怯な男だ。


 今日の道中も、昨日と同様、もっぱら喧嘩である。

 私たちは口を開けば喧嘩にしかならない。


 朝食で喧嘩

 どちらが先を歩くかで喧嘩。

 昼食で喧嘩。

 休憩をとるとらないで喧嘩。

 夕食で喧嘩。

 夜の番で喧嘩。


 もはや主従の関係など何処かへ忘れてしまっていた。

 眠気と疲労で正常な判断ができていなかったこともある。

 とにかく隙を見せないように、私は気を張っていた。その結果が喧嘩だった。


 しかし。

 この日の夜、私はついに熟睡してしまった……。




  * * *




 情緒不安定。

 それが明らかだった。


 ユカリの言動にはいくつもの矛盾がある。

 俺を必要以上に警戒するがゆえの支離滅裂な状態だ。

 疲れからか、段々と酷くなってきた。


 何故そうなってしまっているのか、俺はその理由を知っている。


 予想がついたのはアシアスパルンへ向かう前日の晩の調査で女公爵の名を知った時。確信したのは海岸に転移して初日の夜、俺からの夜這いを警戒している様子を見た時だ。



 ――ユカリは“洗脳”されている。


 おそらく「主人に対して警戒心を抱く」ように。


 犯人は明確。固有スキル『洗脳魔術』を持つ女公爵ルシア・アイシーンだ。メヴィオンでは「洗脳ババア」として有名だった。


 洗脳魔術を解く方法はたった一つ。「生命の危機に起因する強い感情の発露」これだけだ。


 メヴィオンのストーリー上では「洗脳にかけられたNPCが目の前で恋人を殺されて洗脳が解ける」なんていうヘビーな場面があった。

 そんなストーリー展開のために無理やり用意された固有スキルという感が否めない洗脳魔術も、現実の世界となれば話は変わる。どうだ、厄介この上ないではないか。


 彼女の感情を表に出してやらなければならない。

 そして強い感情を呼び起こさなければ。


 ただ単に喧嘩するだけではどうやら弱そうだった。


 どうすればいいだろう。


 どうすれば、どうすれば……


 …………。


「……――っ!」


 あぶねえ、ウトウトしちまった。


 あと2日で港町クーラだ。何とか頑張るしかない。


 俺はインベントリから状態異常回復ポーション++を取り出して一気に飲み干す。実はこれ、眠気に少しだけ効果があるのだ。もちろん限界はあるが。


 さて、どうしたものか。

 俺は焚き火の前で腕を組んで悩みながら、夜を明かした。


お読みいただき、ありがとうございます。


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[気になる点] まじで鍛冶の鍛錬、ダンジョンでないとできないのか? ダンジョンの中でもユカリは後ろで立ってるだけだったけど いつまで経っても鍛冶鍛錬しないせいで、 ずっと主人公を疑っててうざすぎる 才…
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