03 最高の世界
「え、じゃあなんでメヴィオンの中いんの俺」
おかしいでしょこれ。どういうことだよ。
死後の世界がメヴィウス・オンラインってことなんですかねぇ?
「そんな美味しい話が……」
そこでハタと気付いた。
俺、死ぬ前に何か切々と願っていた気がする。
ええと、何だっけ。ああ、そう、確か――「ネトゲの世界で生まれたらよかったのに」――的な感じだった。
我ながらクソみたいな辞世の句だ。
でも、それが叶ったということでいいのかな? いいんですよね?
アイスちゃんのNPCらしくない人間的なセリフも、そうであったとすれば頷ける。
……………………えっ。
だとするとだよ?
だとすると。
…………。
「ふぉ、Foooooooooooooooooooooooo!!!!!!」
さ、最高だ!
最高だッ!
最っ高だッッッ!!!!
ありがとう!!
ありがとう!!!
俺は、我を忘れた。
奇声をあげながら小一時間踊り狂った。
俺にとっちゃ、それ程のことだった。
人生で一番嬉しかった。
それこそ、世界一位を獲った時よりも。
何十倍も、何百倍も。
「Fooooooooooooooooo!!!!!」
何千倍も嬉しかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
流石に疲れた。
ステータスを見ると、SPが0になっている。
どんだけ動き回ったんだと思ったが、そういえばこのキャラはまだ何も育成していないからステータスが初期値のままだった。当然の結果である。
「はぁ……ふぅ……」
しかし、メヴィオンの中で息があがって疲れるなんて経験はこれが初めてだ。
実に新感覚。
実に面白い。
実にテンションが上がるッ!
俺は、俺はついにネトゲ世界に来たんだ!!
「Fooooo 「取り押さえろ!」 いてぇ!?」
「暴れるな!」
再び舞い踊ろうとした俺を、鎧を着た人たちが押さえ込む。何だ何だ!?
「こいつで間違いないな?」
「え、ええ……店先で騒いで迷惑なので連れて行って」
食料品店の方を見ると、軽蔑の目でこっちを見やる看板娘のアイスちゃんがいた。
「何者だ貴様!」
恐らく騎士だろうNPCがそう問いかけてくる。
いや、今はNPCではなく「人」なのか?
ともかくそう聞かれたらこう答えるしかない。
「なんだチミはってか? そうです、私が」
「連れて行け!」
「いててて! 痛い!」
痛い!
ああでも痛いって新鮮!
……とか思っているうちに、俺は第三騎士団によって逮捕された。
『キャスタル王国第三騎士団』まあ平たく言えば警察だな。
「どうしてあんなことをした?」
その騎士団の詰所で、俺は取り調べを受けていた。
「ちょっと、その、テンション上がっちゃって……」
平静を取り戻した俺は、恥じ入りながら答える。
対面に座るのは、後ろで纏めたプラチナブロンドの髪が素敵な凛とした騎士の女性だった。
可愛い、というか美人だ。でもこんなNPCは見たことがない。つまりこの世界特有の人物ということだろうか?
「ふむ……貴様、見たところ貴族か? 何家の者だ。何故一人でいる。供はどうした?」
「いや、貴族というわけでは」
「我々第三騎士団に特権など通用せんぞ。誰であろうと法を犯せばそれは罪だ。そして罪は悪だ。悪を裁き善良な市民を守るのが我らの責務だ」
「いや、だから貴族じゃ」
「吐け、悪徳貴族め! もう調べはついている!」
「えぇ……」
だめだこいつ話になんねぇ。
「そうか、だんまりか……仕方ないな」
シャランという音とともに、目の前の女騎士は腰のショートソードを抜剣した。嘘だろ?
「ちょっ、待てっ! 話す話す! 話すから!」
「ふん、最初からそうすればいいものを」
うわー……腹立つぅ。
というか、これは流石にやり過ぎでは? 日本だったら炎上どころかデモ行進案件だろ絶対。それとも、俺が知らないだけで警察の取り調べって……いや、やめておこう。
ここは素直に認めて謝っての最速釈放ルートだな。
「名前はセカンドです。冒険者です」
「嘘をつけ!」
「どうすりゃいいんだよ!?」
駄目だ、出鼻を挫かれた。
「貴様のその服、冒険者のものとは思えんほどの仕立てだ。相当に高価なものだろう」
なるほど、原因は装備か。確かにメインキャラほどではないが見栄えが良くなるように相応のレア服をこいつに着せていた。そのせいで今、俺は貴族と間違われているというわけか。
…………非常にマズい。
第三騎士団と貴族たちとの軋轢は、ゲーム内でも有名な話だった。今取り調べをしている彼女の立場は、言わば汚職政治家と汚職警察官の下で鬱憤を溜めている正義感溢るる警官といったところだろう。目の前に蔓延る貴族共の悪行、正義の名のもとに何度も追い詰めては、その度に上層部から圧力がかかり、事実を握り潰され……いずれこう思い始める。「自分は何の為に騎士になったのだ」と。
みたいなね? まあつまるところ、彼女は貴族がものすごく大嫌いなのだろう。そして俺は貴族っぽい恰好をしている。
……やはりヤバい。
「さあ、吐け。何を企んで――」
その時だった。
バァーンという大きな音と同時に取調室の扉が勢いよく開き、体格の良い騎士のおっさんが入ってきた。
「シルビア! このド阿呆が!」
「い゛ぃっ!?」
そしてゴチーンという鈍い音とともに女騎士の頭をぶっ叩き、俺に頭を下げさせる。
「うちのバカが失礼した。代わって私が取り調べさせていただく」
「は、はぁ」
シルビアと呼ばれた女騎士さんは、目じりに涙を浮かべ頭を押さえて「うぐぐ」と唸りながら退室した。かなり痛そう。
「さて、すまんな。貴殿には威力業務妨害の疑いがある。まず身分と目的を簡潔に説明願う」
おっさんは何事もなかったかのように口を開く。よかった、この人は話が通じそうだ。
「名前はセカンド。2ーじゃなかった、えーと17歳。冒険者」
本当は「佐藤七郎23歳無職独身」だが、このキャラのステータスには17歳と出ていたので、そっちの方を答えておいた。
冒険者というのも偽りないだろう。メヴィオンではプレイヤーは冒険者として世界を旅させられる設定だったはずだ。
「なるほど。アイシクルの前で奇声をあげて踊っていたところを現認されているが、何故そのようなことを?」
「テンション上がっちゃって……ごめんなさい」
「認めるのだな。目的については?」
「店の前にいることを忘れてて……特に目的はないです……」
なんか、うん。すげぇ情けない。ここはもうちゃんとした社会の中なんだなと痛感する。いつまでもゲーム感覚でいたら駄目だ。
「なるほど。故意に営業を妨害したわけではないとの主張でよいか?」
「はい」
「分かった。では相手側にその旨を伝えてくる。その間に薬物検査を行うが構わないか?」
「は、はいぃ……」
…………恥ずかしっ。
その後、ヤク中の疑いも晴れ、食料品店アイシクルの店主から示談を持ちかけてもらい、お金を支払って晴れて釈放となった。
すみませんすみませんと何度も頭を下げる俺に「今度うちの店で何か買ってね」と言ってくれた店主のおばちゃんの優しさを絶対に忘れまいと誓う。
「……しっかし、世の中こんなんでいいのかねぇ?」
俺はインベントリの中にある金貨の山を見て呟いた。
俺の現在の所持金は、だいたい20億CL。俺の感覚で言えば大した金額ではない。
そして示談金は、たったの15万CLぽっち。
15万CL……記憶が正しければ「これ装備して脱初級者」といったレベル帯の防具すら満足に買えない程度の金額だ。
あ、ちなみに貴族と勘違いされた格好良いレア服は詰所を出てからすぐに着替えた。今は街の商店で適当に買った焦げ茶色のレザー装備を着ている。頭・胴・脚・手・靴の5つ、合わせて230万CLだった。高いのか安いのかこれもう分かんねぇな……。
うーん、こりゃ早急に貨幣価値を調べる必要が出てきたぞ。
「おっ」
そんなことを考えていると「ぐぅ~」と腹の虫が鳴った。よし、丁度良いのでメシにしよう。一食いくらとか一泊いくらとかが、一番身近で分かりやすいんじゃないだろうか。
俺は折角だからと大通りまで行って、王都で一番活気のある宿屋に入った。
「一泊いくらですか?」
「 」
受付の女の子にそう聞いたのだが、彼女はぽかーんと口を開けたままこちらを見つめて何も喋らない。
「あのー?」
「へっ、あっ、ご、ごめんなさい! えっと一泊でしたっけ!? えーと、えーと!」
声をかけると何故か知らないが頬を染めてテンパりだした。
なんかアイスちゃんもこんな感じだった気がする。俺が悪いのかこれ?
「ええとですね、朝晩食事付きで一泊7000CLになります。素泊まりなら4000CLです」
しばらくすると値段を教えてくれた。安っ!?
え、じゃあ俺の買った全身装備230万CLって、実はメチャクチャ高級品だったんじゃ……。
まあいいやもう買っちまったんだ。気にしたら負け負け。
「じゃあ食事つきで5泊お願いします」
「はい、かしこまりました!」
受付の子は嬉々とした表情で頷くと、部屋の鍵を渡してきた。その際ちょこっと手が触れてしまったのだが、童貞の俺が童貞らしく意識して赤面するよりも先に彼女がゆでダコのように真っ赤っかになった。ここで疑念が大きくなる。
俺は首を傾げながらも、今日から泊まる部屋を確認した。そこそこ広い。明かりはランタン。ベッドはまあまあ。トイレは共同みたいだ。風呂は一階に浴場があるのを知っているので心配はしていない。
俺は再び一階に下りて、ガヤガヤと賑わう酒場で早めの夕食をとることにした。
カウンター席に座り、この店の名物であるハンバーガーを注文する。
待機している最中、ふと違和感を覚えた。
ちらちら、ちらちら、と。
……あー、なるほど。
めっっっっっっちゃ見られてるんだこれ。
大勢の客で賑わう酒場のあちこちから視線を感じる。
それも、特に女性からの熱のこもった眼差しを。
ここで俺の疑念は確信へと変わった。
アバターだ。
期間限定の課金アバターで超絶美形に整えた結果がこれなのだ。
ただのネトゲキャラが美形であっても誰も見向きもしないが、それが実際の人が生きる世界であったらとなると話は別。
…………。
……なんだろう。すげぇー気分が良い。
ここがもう単なるネトゲの中じゃないんだという事実を体中にひしひしと感じ、背中をゾクゾクと快感が駆け抜ける。
ついつい笑みがこぼれる。
メヴィウス・オンラインの世界。
ここでの努力は、無駄にはならない。
俺にとってこれ以上ない、たった一つの、最高の条件。
「ネトゲなんか頑張っても何の意味もない」「ネトゲで世界一位になっても仕方がない」「早く現実に戻らないと」「ちゃんと学校行きましょう」「真面目に働こう」「この先どうするつもり?」
今まで言われ続けた正論、心の奥底にあった不満。
その全てが覆る世界。
「はは、ははは!」
笑いがこみ上げる。
決めた。
俺、また世界一位になろう――
お読みいただき、ありがとうございます。