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275 良い旅、呼びたいよ



 ベッドの上で目が覚めた。


 どのくらい眠っていたのだろうか? あっちで過ごしたのが多分二週間くらいだから、こっちでは……普通に寝たくらいの時間? マジかよ。


 しかし、なんだか記憶がおぼろげだ。俺は本当に精霊界へ行っていたのか? まるで夢でも見ていたようである。


 ……ああ、なるほど。ウィンフィルドが言っていた「夢を見てるんだと思っておけばいい」というのはこのことか。


 あ。



「あー、クソッ! ナポレオンの攻略法忘れてる!」



 暇な時間を利用してメッチャ研究したはずなのに、全部うろ覚えだ。


 そうか、そういうことね。可能なら皆の練習場になんて考えていたが、どうも人間にとってはそんなに都合の良い場所ではないらしい。



「そうだ」


 俺はふと思い立ち、アンゴルモアを《精霊召喚》した。



「――我がセカンドよ、我に何かしたな? 些か脚が痛むぞ」


「覚えてないのか?」


「ふむ、わかった」


「すぐ心読むのやめろや」



 読み癖ついちゃってんな。



「で?」


「我の意識の無い部分で、我がセカンドと対峙していたようだ。死霊で言うところの、残留思念のようなものであろう」


「なるほど」



 やっぱりな。俺がダウンさせたアンゴルモア、まるでゲームと同じだった。


 あんこ風に言うと「神の呪縛」というやつか。これによって、パターン化された特定の動きしかできなくされている。



「ほお! そうか、そうか。我がセカンドよ、ようやく我の力を高めてゆく気になったか!」


 俺が一人で納得していると、アンゴルモアが唐突に口にした。



「読み間違えてるぞ~心」



 確かに、この初回限定イベントをパスしておけば、気兼ねなく精霊を進化させられる。


 だが、俺にそのつもりがあるかというと、今のところない。まだまだ先だ。



「精霊強度45000まで上げて雷光転身らいこうてんしんだけは取っといてもいいかとは思うが、あんこもいるしなあ。現状、特に必要ないな」


「我がセカンドよ」


「なんだ」


「難しいことを言うな」


「……まあ、いずれわかる」


「フゥム……」



 アンゴルモアは顎に指先を当てて首を傾げている。クッソ美形でやっているから様になっているが、実態はまさに「最新式の家電を買ったはいいものの使い方がサッパリわからないご老人」そのものだ。


 お前自身のことなのに理解してないでどうする……と思ったが、これは説明するのに相当な根気が必要そうである。


 なので、俺は一切合切を諦めて、そっと《送還》した。




「さて、皆はもう起きてるかな」



 なんだか海外旅行に行ってきたような感覚だ。久々に自宅へ帰ってきて、色々と変化が気になるところだが……いや、そうか、こっちでは九時間も経っていないんだった。変化もクソもない。昼寝して起きたら夜になっていただけだ。


 寝る前の俺、精霊は早い者勝ちだって思い出して慌ててたからなあ。色々と忘れてるな。



 グロリアはそろそろ書庫の本を全読破した頃だろうか?


 そういえば、ニルにアルファが見つかったことを報告してないな。


 あと、ムラッティとの共同研究の約束もあったか。


 早めに精霊チケットも入手しないとな。



 ……忙しいなオイ。




「ま~い~か~」



 まあいい、なるようになる。


 俺は謎の歌を口ずさみながらリビングへの階段を下りた。



「いか!? おいしい! あたしすき!」


「ご主人様、それは何処の女の名前でしょうか」


「セカンド殿、あのあと炭になりかけたのだが?」


「それは真イカやねん。マイカって誰やねん。炭ってなんやねん。てかなんの歌やねん!」



 おお、ラズの負担が凄いことになっている。



「ユカリ、起きててくれたのか」


「ええ、一応夕食を準備しておりましたので。私とアカネコとアルファは先に済ませてしまいましたが」


「いや、ありがとう助かる。腹減ってたんだ」



 持つべきものはユカリである。



「お前ら勝った?」


「かった!」


「うむ、まあなんとか」


「折角やから、けちょんけちょんにいわしたったわ」


「けちょんけちょん!? けちょんけちょんってなに!?」



 あっ、ほらまた。エコに変なインスピレーションを与えてしまったぞ。



「けちょんけちょんっちゅうんはなぁ」


「うん」


「こういうことやっ!」


「うきゃきゃきゃきゃ~っ!」



 ラズのくすぐり攻撃で、エコが椅子の上で大暴れしながら笑う。



「あ」



 机にエコの体が当たって、ガチャンと食器が鳴った。



「…………」


 ユカリの射るような視線。



「ほんますんません」

「ごめんなさい!」


「よろしい」



 やっぱりファーステストで一番偉いのってユカリだよなあ。



「なんというか……帰ってきたって感じするなあ」


「うむ、わかるぞ。旅行から帰ってきたような感じだ」


「それな」


 シルビア、俺と同じこと考えてら。




「いただきまーす」



 美味!


 ああ、メシ。久しぶりのユカリメシ。これだよこれ。染み渡る。生きてるって実感するぜ。



 ……精霊界、色々と収穫の多い旅行だったな。


 また気が向いたら、昼寝できる時に行こうと思う。次は、今回来てない皆も呼んで。



「それにしても……なーんか忘れてる気がするんだよなぁ」



 ま~い~や~。そのうち思い出すだろう。




  * * *




 一方その頃、使用人邸では、とあるものの上映会が開かれていた。


 そう、セカンドがすっかり忘れていた、例の映像だ。


 食堂の白い壁一面に大きく映し出されているのは、セカンド対リンリンの試合。


 映し出している装置は“プロジェクター”というアーティファクトである。“パルムズカム”とセットで、ラズベリーベルがスチーム辺境伯から借りてきたアイテムだ。



「やーーーーば」

「うーわ、ヤバッ!」

「あははは! ヤバ過ぎ!」

「ここ、特にヤバイですわね」

「やば……やば……」



 かれこれ六時間以上、ファーステスト家序列上位の使用人たちは、試合の映像を繰り返し繰り返し見続けている。


 もはや語彙力はなくなり、皆が「ヤバイ」しか言えなくなっていた。



「サラ、三秒ほど戻してください。ええ、はい、そこです」


「いいんちょサマよォ、そろそろ自分でできるっしょ」


「……いえ、すみません、私が触ると壊してしまいかねないので」


「キュベちゃん、意外と不器用なのよねぇ」



 プロジェクターの操作は、イヴ隊所属のメイドであるサラが行っている。彼女はメイドたちの中でも群を抜いて器用で、触ったことのないアーティファクトも直感的に操作することができた。


 一方のキュベロは、器用そうに見えて、非常に不器用である。言うなれば機械音痴だ。執事として器用にこなしている仕事は、その裏に気の遠くなるほどの努力があった。つまり、生来の不器用を意地と気合と根性で器用に見せている男である。



「あっはっは! だからヤベェッてここ! ヤバスギィ!」


「ちょっと、ソブラ兄さんうるせェっすよ。笑いすぎ」


「おーっほっほ! わたくしはわかりますわよ。笑うしかありませんわよね」


「だとよジャスト! 四鎗聖しそうせい挑戦者にこう言われちゃあなんも言えねぇなぁ?」


「ぐぬぬゥ……」


「いえ、うるさいのは事実ですよ、ソブラ。静かに見なさい」


「……はーい」



 キュベロに注意され、手を叩いて笑っていたソブラは静かになった。


 しかし、やはり我慢していても笑いがこみ上げてくる。


 そう、シャンパーニが言った通り……笑うしかないのだ。


 ここに集っている使用人たちは、世間一般から見れば相当な上位者である。特にタイトル挑戦者など、事実上の第二位だ。


 そんな彼らが、とにかくヤバイとしか言えなくなるこの状況は、やはり笑うしかないのである。



「明朝には返却するようにとユカリ様から伺っています。もう二度と見られない可能性があります。ですから、今夜中にできる限りの解析を済ませますよ」



 実際のところ、ユカリはチームメンバーに見せた後、再び使用人たちに貸し出そうと考えていたため、これが最後の機会というわけではない。


 だが、これが最後かもしれないと思うことで、彼らの集中力は非常に高まった。



「すまねぇな、皆。この調子だと、朝メシは卵かけご飯の単品だ」


「兄さん、俺ァ全然それでいいっす」


「冗談だバカ、安心しろ。部下にちゃんと任せてある」


「ちょっとソブラちゃん! アタシもう卵かけご飯の口になっちゃったわよん!?」


「解 析 を 済 ま せ ま す よ」



 キュベロの迫力に気圧されて、私語の多かった面々が「は、はい」と返事をする。


 使用スキルの看破、手順の書き出し、発動のタイミング、視線の移動……理解すべき要素は限りがなく、まさに極上の教材と言えた。


 こうして、使用人たちの夜は更けてゆく――。




  * * *




「なあ、ユカリ。明日ニルに会おうと思うんだが、今あいつ何処にいるかわかるか?」



 晩メシ後、ふと準備をしておこうと思い、ユカリに尋ねてみた。


 すると、ユカリは「少々お待ちを」と言って窓際へ行き、誰かと何やら話している。


 イヴ隊のメイドかな? 多分、ニルの居所について聞いているのだろう。



「判明しました」


「早いな」



 既に捕捉していたのか。



「ニル・ヴァイスロイは現在、王立魔術学校にて教師の研修中だそうです。ケビンの縁故もあり、既に授業も何度か行っているようですね」


「へぇ~!」



 あいつ、マジで先生やってんだな。


 じゃあ社会人ってわけね。そしたら、いきなり家に呼ぶのは無理があるか。



「了解、ありがとう」



 俺はユカリと情報を提供してくれたメイドにお礼を言いながら、明日の予定を決めた。




 王立魔術学校、行くか――。



お読みいただき、ありがとうございます。

精霊界編、終幕。

次回は閑話です。


コミックス3巻、2021年1月26日発売予定!!!


☆★☆ 書籍版6巻、発売中! ☆★☆


次回更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ~。



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― 新着の感想 ―
精霊界での記憶に穴があるってことは、人間に都合が悪いどころの話ではなく走馬灯をみているようなモノで色々とヤバいのでは?まぁヨモツへグイの方がヤバいけども
[良い点] アンゴルモアへの対応が雑も雑すぎて草。 そして、適当な歌でさえも、各人がどう捉えるかの書き分けがなされてて違和感なくどのセリフを誰が言ったかわかる神作者様。 [一言] メイドたちが今後ど…
[一言] 王立魔術学校行くのか... ファンクラブ「・・・呼びました?」 楽しみでしゅ
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