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274 ふふふ



「只今戻ったぞ――って、一人で何をしているのだ? セカンド殿」


「悔しいから研究」


「……トランプをか?」


「そう」



 シルビアが帰ってきた。


 俺はというと、ナポレオンというトランプゲームについて、何か攻略法はないかと思考を巡らせている。


 何故って、ちっとも勝てないからだ。


 いや、あいつら強すぎるんだよ。ウィンフィルドは言わずもがな、アンゴルモアは俺限定で心を読んでくるし、ラズは手練手管が熟練者のそれで、ネペレーはなんか鼻息が荒い。トランプ完全初心者のあんこだけが俺の心の癒しである。



「ナポレオンか」


 シルビアは俺がテーブルに並べていたトランプを見ると、隣に腰掛けながら口にした。


 ナポレオンはよくファーステストの面々で遊んでいたから、彼女も知っている。フランスを知らないだろうシルビアがナポレオンを知っているというのは、なんだか不思議な感じだな。



「…………」


 俺があーでもないこーでもないとやっているのを、シルビアは隣で観察している。


 それから数分経過後、彼女はおもむろに口を開いた。



「セカンド殿は、なんというか、遊びに本気というか、全力だな」



 なんの気なしに口にした言葉だろう。若干、呆れるような声色だった。


 だが、俺にとっては、ハッとさせられる一言だった。



「多分、遊びにしか本気出せない病気」


「はははっ、それは困るな。遊び以外に本気を出せないなら、来季は無冠になってしまうぞ?」


「そうなってくれると俺は嬉しいが、逆に増えそうだ」


「……なるほど、私もうかうかしていられないということか」



 自分で言葉にして改めてわかったが、やっぱり俺って病気なのかもしれない。ただ幸いこの世界においては、大して問題のない病気だろう。


 シルビアは、フランスのことを知らないように、この世界がメヴィオンというゲームにそっくりなことを知らない。だが、彼女はトランプのナポレオンを知っているし、俺と一緒に遊べるのだ。


 重要なのは、一緒に遊べるということ。この世界をゲームだと捉えていようが、なんだと捉えていようが。


 世界には摂理がある。それは、ゲームにルールがあるのと同じこと。


 精霊界での零環さんとの再会が、こんな根本的なことを俺に気付かせてくれた。



「魔術、青くなったか?」


「ふふふ。それが、まだ使っていないのだ。帰ってからの楽しみにしている」


「そうか」



 帰る直前に少し使うことになるかもしれないけど、今は黙っておこう。


 それから、エコが戻ってくるまでの数日、俺たちはひたすら暇を潰して過ごした。






「――ただいまーがれっと!」



 何日後だろうか、元気いっぱいのエコが戻ってきた。


 一週間以上経っていると思うが、時間の感覚が麻痺してきたのか、あまり待った気はしない。



「おかえリーフレット」



 ノリで合わせて返すと、エコは嬉しそうにニマーッと笑った。


 その右後方に、見覚えのあるインパクト抜群の精霊が立っている。


 カエル頭のナイスバディ、水の大精霊ヘカトだ。



「……私はヘカト。貴方が、セカンド?」



 ヘカトは小さな声でぼそぼそと喋った。かなり警戒している様子だ。俺が思っていた通りの、じめっとした雰囲気。この世界でも彼女のキャラクターは変わらないらしい。



「いかにも」



 俺はそう言って、ずいっと胸を張った。


 胸元には「セカンド・ファーステスト」と書かれた名札が付いている。あまりにも暇すぎたので、ネペレーやヘカトが顔と名前を覚えやすいようにと全員分作ったのだ。



「…………」


 ヘカトはなんとも言えない顔で名札を見つめている。多分、困惑しているのだろう。不思議とカエルの顔をしていても表情は読み取れた。



「あたしも!」


 俺の「いかにも」へ更にノリで合わせてきたエコが、ぴょこぴょこしながら名札を強請る。


 よかろう、もちろん用意しているとも。



「動くな、付けてやるから」


 俺はエコの胸元に安全ピンで名札を付けてやる。


 ラズの上手な字で書かれた「エコ・リーフレット」の名札がついたエコは、ニコーッとご満悦な様子だった。



「ヘカトのもあるぞ」


「……!」


「俺が付けよう」



 目を見開くカエル顔。どうやら自分の名札も用意されているのが意外だったようだ。


 俺は名札を持って、ヘカトのその実に豊満で魅惑的な胸元へと、安全ポインを……いや、安全、安全ポヨン……。



「  」


 スパーン! とシルビアにハリセンで後頭部を引っぱたかれた。


 あえて躱さない。これが世界一位である。



「見すぎやな」


「僕もそう思っていた。彼は大きな胸が好きなのかな? だとしたら……」


「あかんて。流石に豊胸はせんといてや」


「まさか。雲でも詰めようかなと思っただけさ」


「アホやこいつ」



 ラズとネペレーはこの一週間でこっそり漫才の稽古でもしていたのか、既に息ピッタリのようだ。



「冗談冗談」


 俺は誤魔化しつつ、なるべく余計なところを触らないようにヘカトの胸元へ名札を付けた。


 うん、これでよし。



「…………」


 ヘカトは自分の名札を暫し観察した後、ゆっくりと全員を見渡し、それから俺へと視線を向けて口を開いた。



「……なかなか粋なことをするのね」



 そうかな? そうかもな。



「エコと、皆と仲良くしてやってくれ」



 余計なお世話と知りつつも、照れ隠しで声に出す。


 すると、ヘカトは俺を吟味するようにじっと見つめて、それから微かな笑みを浮かべた。



「……本心とは、驚いた。私の姿を見て畏怖嫌厭の情を覚えるような人ではないと、エコを通じてわかってはいましたが……」



 何が言いたいのだろう。


 俺が首を傾げていると、ウィンフィルドがスススと寄ってきて、俺に耳打ちしてくれた。



「蛙の顔、見られて、嫌がられるのが、怖かったってこと、だよ。でも、セカンドさんたち、ちっとも嫌がらない、どころか、人間も、獣人も、魔物も、精霊も、大王様まで、みーんな、同じ名札を付けてる。これって、セカンドさんにとっては、当たり前でも、彼女にとっては、凄く意外で、つい笑っちゃうようなことだった、ってわけだね~」



 なるほど。とにかく喜んでくれているということか。



「あと、名札っていうのが、とっても純粋で、気遣いに溢れてて、優しくて、いいよね。私、セカンドさんのそういうところ、好き、だよ」


「あ、あざっす」



 そんないきなりストレートに言われると照れるな。



「我がセカンドよ、そろそろ帰るか?」


「え? ああ、そうだな。全員揃ったしな」


「そうか、帰るのか」


「……?」



 なんだ急に。



「!」


 あ、わかった!



「そうそう、帰る帰る、カエルだけに。ってやかましいわ!」




 ――――静寂。


 嗚呼、愚かだった。どうして俺はアンゴルモアなんかに乗っかってしまったのか。


 この世界に来て一番スベった。



「……ぷっ、ふふ、ふふふ!」



 と、思いきや。


 カエル頭のお姉さんにウケた。



「ふふふふっ! ふふふふふふふ!」



 いや大ウケじゃん。


 ヘカトはどうやら、笑いのツボが人と少し違っているようである。


 何故か笑いが止まらなくなったヘカトを見て、エコもつられて「うきゃきゃきゃ」と笑いだした。



「なんというか……上手くやっていけそうだな、セカンド殿」


「そうだな」



 ケラケラ笑うエコとヘカトを見て、シルビアと俺もやれやれと笑った。


 さあ、帰るか!






「あんこ、助かった。俺たちが帰っても、いい子にしてるんだぞ」


「はい、主様あるじさま。あんこはいい子にしておりますっ」



 三途さんずの川まであんこの転移召喚で送ってもらい、別れの挨拶をする。


 俺からしてみれば、次にあんこを召喚するのは明日かもしれないし明後日かもしれない。すぐにまた会える。だが、あんこからしてみれば、それは一か月先か二か月先か。約三十八倍の時間差は、相当に大きい。



「他人に迷惑かけちゃ駄目だぞ」

「はい」


「わかってる?」

「はい」


「本当に?」

「はい」


「……いい子は道行く精霊の心臓を握ったりして遊ばないんだぞ」

「然様でしたか。では、あんこはその遊びを今日限りでやめようと存じます」



 わかってなかったようだ。



「零環さんがいただろう? 気が向いたら、あの人とミロクの試合をよく観察しておくといい。きっと学びがあるはずだ」


「畏まりました、主様。嗚呼、あんこは主様を想って日々勉強いたします」


「うん、いい子だ」


「うふっ」



 頭を撫でると、あんこは幸せそうに細い目を更に細めて、手を追うように頭を動かした。


 日に日に犬っぽくなるなあ、あんこは。



「セカンド殿ー! 舟が来たぞー!」


「おーう! 今行くー!」



 呼ばれてしまったな。



「じゃ、また」

「はい」



 最後に一回撫でて、背を向ける。


 数歩進んでちらりと振り向くと、お座りの体勢でじっと俺を見送っていた。さながら忠犬あん公だ。


 ついつい、三回くらい振り向いてしまった。





「……さて、諸君。帰りの舟だな」


「うむ。行きの時のように、6CLを支払えばいいのだろう?」


「そうだ。じゃあ、ラズから行ってくれ」


「あいさー」


「あいさーっ!」


 そういう、なんか語感の良い単語を迂闊に口にすると、すぐエコが影響されてしまうから気を付けてほしい。



「ラズ、大丈夫か?」


「センパイ、おおきに。心配あらへんよ。剣術以外もそこそこ上げとるし、サポーターでも余裕やと思うわ」


「だろうが、万が一もあるからな。ヤバそうになったら諦めて緊急脱出しろ」


「ん、了解」


 舟に乗り込むラズと、必要な会話をする。



「セカンド殿、ラズベリーベルと何を話していたのだ? スキルについてか?」


「ああ、最近の株価についてちょっと」


「もう少しマシな嘘をついたらどうなんだ……」



 呆れられてしまった。


 でもネタバレしてしまっては、訓練にならないからな。



 暫く待つと、舟が戻ってくる。


 さて、お次は。



「エコ、先行きな」


「あいさー!」



 エコはどどどっと舟に乗り込んで、渡しに6CL手渡した。


 舟は、ぬるーっと動き出す。


 ちょうど岸を離れた頃を見計らって、俺は口を開いた。



「ヘカトが苦手なのは範囲攻撃だ。もし苦戦したら、範囲攻撃をコンスタントに当てられるよう意識してやってみろ」


「ほ……?」



 多分、今のエコなら苦戦することなんてないだろうが、それでも一応心配だから教えておく。


 そうこうしているうちに、舟は見えなくなった。



「……セカンド殿、もしや」


「次はシルビアだな」


「ちょ、ちょっと待て。嫌な予感がするのだ」


「シルビア」


「な、なんだ」


「行きはよいよい帰りはこわい、って知ってるか?」


「やっぱりな!!」



 感付いたシルビアのもとへ、舟が戻ってくる。


 シルビアは渋々といった風に乗り込んで、渡しに6CL支払った。



「ブレ・フィニクスの弱点は、ノックバックだ。以上」


「なんか私だけ少なくないか!?」


 それだけ危なげがないってことだよ。



「健闘を祈る」


「物凄く不安なのだが!」


 シルビアは文句を言いながらスィーっと流されていった。



 数分後、戻ってきた舟に、俺も乗り込んだ。


 渡しに6CL支払うと、舟が動き出す。



 ――さて、本来ならここで視界がホワイトアウトして、次の瞬間にはベッドの上で「おはよう」になるはずだ。


 しかしながら、最初の一回のみ、違う。


 精霊界初回訪問時限定の強制イベントがあるのだ。


 このイベントは、契約精霊を所有するプレイヤーが初回に精霊界を訪れた際の帰還時にのみ発生する。


 そう、強制戦闘・・イベント――自身の契約精霊と戦闘させられるのだ。


「ダウンを一回取るまで」の条件で、強制戦闘が発生するのである。


 早いうちから精霊を強化してしまっていたプレイヤーは、ここで辛酸を嘗めることとなる。


 逆に俺たちのように、あえて精霊を何一つ強化していなかったり、契約したばかりであれば……ハッキリ言って楽勝だ。


 このイベントは負けても問題ない。負けた場合は、次回の帰還時に持ち越しとなる。だが勝った場合、なんと精霊強化のキャップが一つ外れるという、必須級の報酬がある。


 シルビアとエコにとっては、またとない精霊との実戦経験。是非ともぶっつけ本番で楽しんでもらいたい。


 で、俺はというと……。




「フハハハハハ! 我が名は、精霊大王アンゴルモ――」



 イベント専用のフィールドにアンゴルモアが出現した瞬間、こちらは即座に移動を開始、ふわふわ偉そうに浮いているあいつの影の左下付近のタイルの角に俺の右足を合わせて、そこから2時の方向へ《龍王剣術》を溜め、出現から9秒経過を見計らって放った。このイベントは、精霊への当たり判定が9秒後から有効となるので、そこに上手く合わせれば必ず先制攻撃できるというわけだ。


 アンゴルモアは、全く強化していないから紙装甲。そこへ《龍王剣術》の範囲攻撃が脚部に集中した結果――堪らずダウンする。


 ……はい、ダウン取りました。



 おはようございま~す!



お読みいただき、ありがとうございます。


コミックス3巻、2021年1月26日発売予定!!!


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次回更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ~。



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― 新着の感想 ―
[一言] いやーよくこれほど回文を思いつくものだ
[一言] ↓現実世界とメヴィオン世界の間にも38倍の時間差はあるけど、メヴィオン世界と精霊界の間にもまた時間差はあるよ。きちんと書かれてる
[気になる点] > 約三十八倍の時間差は、 野暮ですみませんが、これ現実世界とメヴィオン世界の時間差では?そもそも精霊界は停滞してる設定だから、実質時間差無いようなものでは?
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