273 タイプ居た
零環さんが、自分を精霊にしてくれと、アンゴルモアに頼んだ。
それがどういう意味か。
彼は停滞しながらも、理解したのだ。停滞を打破することができると。つまり、死を克服することができると。
そして、一歩を踏み出した。
数百年前に止まっていた時が、今、再び動き出したのだ。
「あの人、縄を振りほどいた、ね、自力で。凄いこと、だよ。私、初めて目撃した、かも」
俺の背後で、ウィンフィルドがそう語った。
「縄?」
「うん。思い込みの、縄」
「なるほど」
排泄が必要だと思い込んでいる者は、死後もなお排泄をし続けなければならない。アンゴルモアの言っていた、精霊界の摂理というやつか。
「セカンド、さんの、おかげだね」
「いや、アンゴルモアだろう。思い返してみれば、色々とヒントをくれていたんだ」
直接言ってくれりゃあもっと話は早かったんだが。
「あー。うん、それも、あるけど……」
すると、ウィンフィルドは眠そうな目をもっと細くしながら口を開いた。
「セカンドさん、精霊に、怖がられなかった?」
「え? ああ、まあ」
アッホスとか、露骨に気を遣ってたな。
「あのね、セカンドさんと、大王様って、無意識に影響し合ってるんだよ、ね」
「ほほう?」
それは、精霊と使役者は性格が似てくるとかいう、眉唾物のあれだろうか。
「今回の件は、顕著だったよ。セカンドさんにヒントをあげたのは、大王様だけど、大王様からヒントを引き出したのは、セカンドさん、っていう」
「え、つまり……」
「うん。セカンドさんに、その気がなくても、結果的に、大王様を、意のままに、動かしちゃってる」
……マジィ?
「あ、もちろん、大王様、次第って感じだけど、ね」
「行動を起こすかどうかはあいつ次第だけど、俺の思考があいつの思考にも少なからず影響してるってわけ?」
「うん、そんな、感じ」
へぇー。
でもなんか、言われてみればそんな気がしてきた。
ああ、だから精霊たちはアンゴルモアだけじゃなくて俺のことも嫌がってるのか。納得だ。
「……フン、呼び捨ては気に入らぬが、まあよかろう。零環、貴様を精霊にしてやる」
「Oh! ありがとうございます!」
暫しの検討の後、アンゴルモアがOKを出した。
零環さんはガッツポーズで喜んでいる。なんだか、急にイキイキし出したな。これが停滞者と脱停滞者の差か。
「ちなみに、セカンドさん、停滞から抜け出す条件、わかった?」
「あー、なんとなく」
「ね、言ってみて。私が答え合わせ、してあげる」
ウィンフィルドがにまっと笑いながらそんなことを言ってくる。
ええと、脱停滞の条件ね。
「死んだ時を今に繋げないといけないと思った。それを見届ける人がいなきゃとも思った。だから、生前の零環さんを知る人たちをミロクの中から出して、観戦させた。そして、俺と零環さんに共通する時を超越するものは、技術しかなかったから、それを見せ合ったんだ」
「なるほど~」
「正解だったか?」
「う~ん、五十点」
「嘘ぉ」
駄目だったようだ。
え、じゃあなんで精霊になれんの? 零環さん。
「正解は、死霊でありながら、停滞を打ち破りたいと、強く思うこと、だよ」
「……???」
よくわからん。
死にたくなかった人なら誰でも当てはまりそうじゃないか?
「思えない、よ。停滞、してるから。停滞を打ち破りたいと、思った時には既に、停滞から抜け出してる。つまり、縄を振りほどいてる」
「そうなのか」
「あの人、多分、凄い恥ずかしくて、悔しかったんじゃない? 皆の前で、負けたのが」
恥ずかしい、か。なるほど。
序盤は研究量で圧倒的に勝っていたため優勢で進められたが、終盤でグズグズになって一気に逆転負け。確かに恥ずかしいし、悔しい負け方だ。
……相当、準備したんだろう。あの四手角、尋常じゃない準備時間が感じられる定跡だった。現時点では、対ナナゼロシステムの完成形と言っても過言ではないほど。
それだけ準備したのに、この結果。
ああ、そりゃ、停滞なんかしている場合じゃないな。生き返りたくもなる。
「縄を振りほどけると、あの人に気付かせたのは、セカンドさん。縄を振りほどく方法のヒントを、大王様から引き出したのも、セカンドさん。そして、こんな奇跡的な機会を作ったのも、セカンドさん」
「偶然が重なったな」
「そうかも、ね~」
ウィンフィルドはふら~っと寄ってきて俺にくっつくと、少し下から俺の顔を覗いて、こう口にした。
「正解、絶対、覚えといてね」
「なんで?」
「セカンドさんが死んじゃったら、実践するんだ、よ。そしたら、永遠に一緒だぁ、私たち。ふふっ」
「…………」
なんか怖い。
でも覚えておこう。いつか活用できそうだ。
「ところで、セカンドさん」
「ん?」
「試合、本気、だった?」
「……んー……」
おっと、なかなか答え辛い質問が来たぞ。
「五十」
「――No way! ワタシ、本気見れてないです」
俺が五十点と答えようとしたところへ、零環さんが割って入った。
「零環さん、もう精霊に?」
「ハイ、セカンド。おかげさまで、精霊なりました。二秒でなりました」
「短っ」
「セカンド、少しいいですか」
「はい? ――っと」
不意に、零環さんがハグをしてくる。
……ああ、今わかった。俺も同じ気持ちだった。
とても伝えたいけど、ずっと言葉にできていなかった何かは、これだったのか。
「ワタシ、胸を張って死んだはずでした。後悔はないはずでした」
「はい」
「HAHA……まさか、死んでから後悔することになるとは、思いませんでした」
「ははっ……そうですね」
言葉にしなくてもわかる。
ありがたい。本当にありがたい。
とても心強い戦友が、遥々会いに来てくれた。
零環さん。また、共に戦いましょう。今度はこの、メヴィオンのようでメヴィオンでない、不思議な世界で。
「By the way、セカンドの形態は今いくつまでありますか?」
「あー……」
ハグが終わり、唐突に話題が変わった。
あれね。昔はよく第二形態だ第三形態だと揶揄われたもんだが。
第四形態と名付けられた頃くらいから何も言われなくなった。皆、飽きたのだろうな。
ということで、今は特に形態らしい形態はない。意識もしていない。
俺が歯切れ悪くしていると、零環さんは察したようで「OK」と話を切り、ウィンフィルドの方を向いた。
「貴女の名前はなんですか?」
「え、あ、ウィンフィルド、ですけど」
「ウィンフィルドさん。さっきのセカンドへの質問、ワタシが答えましょう」
零環さんが代わりに答えてくれるらしい。
「YESかNOで言えばYESです。But、本気を出していましたが、全力ではないです」
「温存、していたと、いうこと? なら、本気って、言わないんじゃ」
「物事には最適なものがあります。紙を切るにはハサミかカッターがいい。剣や刀では大きすぎです」
「セカンドさんは、最適なもののみで、勝った。でも、実はもっと、凄いものも、持ってる?」
「That's right!」
ウィンフィルドは「それってやっぱり、本気じゃないよ、ね」と納得いかない様子だ。
うーん、試合をしない人にはわからない感覚かもしれないな。
常にフルスロットルでやれば勝てるというような、そんな単純なものじゃないんだ。
俺は本気も本気だったよ。実際、序盤は完全に負けていた。
ただ、全力ではなかった。特に終盤は、やはり差が大きく出ていた。
零環さんの魅力は、その発想の柔軟性にある。【魔術】のみ使用可と案内されていた叡将戦で【魔魔術】が使えるんじゃないかとぶっつけ本番で試してしまうようなところだ。今回の「四手角」も、彼の魅力がこれでもかというほど発揮されていた。
ゆえに、彼に負けた過去の四試合は全て、序盤の不利を挽回できなかったことが敗因である。
そう、彼の強みは、序盤定跡にこそ光るのだ。
対して俺は、終盤を特に好んでいる。
その結果、序盤で大きな有利を稼げなかった零環さんが、後半は苦しい戦いを強いられた形となった。
まあ、相性の問題だ。全力を出す必要性がなかったと言えばそれまで。決して手を抜いたわけではないのであしからず。
「セカンドさん、どんだけ強いの? 私ちょっと、考え直す必要、あるかも」
「何がよ」
「駒の強さ、見誤ってたら、軍師なんて務まらないから、ね」
「なるほどね」
是非とも考え直してくれたまえ。
「ちなみに俺、数字で表すと今どんくらい?」
気になったので聞いてみる。
「この人を、1として、5かな」
「HAHAHA! 桁を三つくらい増やしておくことをオススメします」
「え……」
困惑するウィンフィルド。
冗談だよ流石に。な?
という顔で零環さんを見たら、笑顔のまま首を傾げられた。いやいやいや、流石に五千倍はないから。
「我がセカンドよ。この男、誰に召喚させる予定だ? 我が話をつけてやろう」
微妙な空気になったところへ、アンゴルモアが入ってきた。
話をつけるって、そんな必要あるか?
「Ah、召喚! ワタシ、楽しみです。できれば侍がいいけど、贅沢言いません」
ほら。むっちゃウェルカムじゃん。
「言い方が悪かったようである。我に頼めと言っておるのだ。さすれば精霊界に来ずとも召喚できるよう計らおう」
「おお、それは助かる! 零環さん」
「OK! よろしくお願いします、アンゴルモア」
「よかろう! フハハハハ!」
なんだこれ。
いや、でも、よかった。精霊界に来なくても召喚できるのは、メッチャありがたい。
何故かって、精霊界の初回来訪時には、あの強制イベントがあるんだよなあ……。
そうだ、シルビアとエコにも、帰還の時には言っておかないとな。楽勝だろうが、心の準備くらいはしておいてもいいだろう。
「では、ワタシは暫く待機? 精霊チケット、なかなか出ないでしょ?」
「ですね。精霊チケットが出るまで、ここで……あ」
そうだ。
「零環さん、一つお願いなんですが」
「どうぞ! なんでも言って」
「ミロクに色々と教えてやってくれませんか?」
「All right! 基礎からでいい?」
「あざっす! 折角なんで、みっっっっちりよろしくお願いします」
「OK!」
やったぜ。よかったな、ミロク。
「お待ちを、主。余は一度、この者を斬っているが……」
すると、ミロクが言い辛そうに口にした。
ああ、そういう観点か。
「阿修羅の姿で勝ったんだろ?」
「左様」
「そうだなあ……じゃあ、俺たちが帰った後、零環さんととりあえず十戦してみろ。絶対に負け越すから」
「む……主がそう申すのならば、承知した」
元より、この世界の人たちと、俺や零環さんのようなプレイヤーとは、考え方が大きく違う。
前者は、一発に全てを賭けている。出会い頭の一発に。負けたら終わりのため、そうせざるを得ない。
後者は、勝率を上げることに賭けている。同じ相手と何戦もすることが前提となっているのだ。
中にはここぞという大会で格上に一発入れて番狂わせを狙うようなスタイルの者もいたが、そういうやつらはその名の通り一発屋で終わる。
世界ランカーに最も必要とされる要素は、そんな小手先の技ではなく、地力だ。並み居る猛者に通用する地力を磨くことなのだ。
零環さんは、それをよく理解している。だからこそ、折角の機会、ミロクにも知っておいてほしいと俺は思った。
「お前が苦戦している遠距離攻撃への対策も、教えてもらえるかもな」
「!」
俺がニヤリと笑って言うと、ミロクはぴくりと反応し、零環さんの方を向く。
零環さんは、その程度のこと? みたいな感じで「You Bet」と言っていた。
さて、どうなるか。次にミロクを召喚する時が楽しみだ。
「あんこ、そろそろ」
「御意に、主様」
アッホスの城へ、あんこに送ってもらう。
そろそろ皆が精霊との契約を終えて戻ってきているかもしれない。
「――あ、センパイ! やったで~! うち、ネペレーと契約できたで~!」
あんこによって城のロビーラウンジへ《暗黒召喚》されると、そこには既に寛ぐラズベリーベルの姿があった。
そしてその隣には、なんとなく見覚えのある黒いゴシックドレスの精霊、ネペレーが座っている。
「お疲れー。よかったな。俺も零環さんと会ってさ」
「零環はんって、あれやんな、0k4NNはん」
「そうそう。零環さん、精霊になってさ、精霊チケットがドロップしたら誰かに召喚させようと思ってる」
「ちょちょちょちょい待ちぃ!! なんやその重大発言!?」
「なんか精霊界ってそういうシステムがあるらしい。運が良かったな」
「それでええんか!?」
「ええねんええねん」
なんや釈然としぃひん……と呆れるラズ。
ちらっと横を見ると、ネペレーと目が合った。
「あ、そや、ネペレー。この人がな、うちのセンパイで、名前が――」
ラズが流れで紹介してくれたが、その途中、ネペレーはいきなり立ち上がると、俺にずいっと近付いてきた。
「ど、どないしたん?」
困惑。
ネペレーは、暫しの沈黙の後、口を開く。
「――どうしよう、あり得ないくらいタイプだ。僕は男だけど、君、男に興味あるかい?」
直後、俺とラズはずっこけた。
「な、な、何を言うとんねん」
「あー、もう、駄目だ。好き。好き過ぎる」
「キャラちゃうなってもうとるやんけ」
「はぁ……素敵。一目惚れってあるんだね、ビックリだよ」
「うちの方がビックリしとるわ!」
なんだか惚れられてしまったみたいだ。
というか……男? ネペレーって女の精霊じゃなかったか?
「男なのか?」
「そう、男になったんだ。だから、男の僕を愛してくれると嬉しい」
駄目だこいつ目がハートだ。
なんだかノヴァっぽいふにゃふにゃオーラを感じる。
「あー……セカンドだ。よろしく」
「僕はネペレー。セカンド、セカンドか、ああ、良い名前。これから毎晩、君の名前を呼んで、君の顔を思い浮かべて過ごすよ。よろしくね……末永く。ふふ」
……怖っ。
やべーやつだとは知っていたが、思っていたのとやべーのベクトルが違うな。
なるべく近付かないようにしよう。
「じゃ、じゃあ……とりあえず、待つか」
しかし、一緒に待つしかない。ここは精霊界、《送還》はできない。
背後にはあんこもいる。アンゴルモアはさておき、ウィンフィルドも……こりゃ下手なことは言えないな。
結局、シルビアとエコが帰ってくるまでの数日間、このメンツで延々とトランプをして過ごした。
ちょっと、仲良くなった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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