271 死後好きと対策割いた時過ごし
師走
《銀将抜刀術》が相殺される。
さて、銀将から銀将へは繋ぎ難いため、次は銀将以外のスキルで切り返さなければならない。
テンポを重視するなら、納刀せずそのまま二の太刀として打ち込む。火力を重視するなら、一度納刀してからカウンター気味に応じる。
俺は……納刀せず、《金将抜刀術》を準備した。
金将は単体攻撃+防御のカウンタースキル。つまり、攻撃スピードを維持しながらカウンター変化も考慮した良いとこ取りの一手だ。
「!」
対する零環さんは――《角行抜刀術》。素早い強力な突きのスキル。
この角行、“突き”という特性ゆえか、二の太刀に限り金将に匹敵するほど短いスキル準備時間で発動できる優れものである。
当然、最善。それも恐ろしい精度だ。
零環さん、一体どれだけ準備してきたのか?
ふと考えると、途端に恐ろしくなった。
彼には時間があった。停滞する精霊界での時間ではなく、変化し続ける現実での時間が。
この世界へと来たのが数百年前、それからミロクと戦って死ぬまでの間、数年、いや、十数年、彼はこの世界で過ごしたはずなのだ。
【抜刀術】を極めんと修行に明け暮れる中、俺のために七世零環を遺してくれるくらいには、時間があったのである。
オリジナル武器とは、生半可な気持ちで作れるようなものではない。お金や時間や精神力を湯水のように費やして、ようやく、できるかできないか、という世界だ。
つまり彼は、十数年もの間、ずっと俺の対策を練っていたのではないだろうか?
そして、下手をすれば、停滞する精霊界の中でも、俺の研究をできていた可能性があるのではないだろうか……?
「…………」
後方へ間合いを取りながら、零環さんの角行を金将で弾く。
本来ならば硬直時間の短い俺の方が有利。だが、二の太刀の金将で角行を多少無理に弾いたがために、俺は体勢が崩れている。一方で零環さんは、ずっしりとした構えのまま。
結局、俺は有利を活かしきれず納刀、再び《銀将抜刀術》を準備するはめになった。
当然、零環さんは読んでおり、納刀から《銀将抜刀術》を準備して相殺を狙ってくる。
振り出しに戻った――と、思いがちだが、実は違う。
弾き合ったせいで、先ほど銀将を相殺した時よりも少しだけ間合いが開いているのだ。
ナナゼロシステムはこの変化も見ている。まあ……想定の中では一番嫌な変化だが。
「OK」
相殺させると見せかけて、俺は一歩引いた。これが、間合いが開いたことによって生じる一手。
フェイントで相手の銀将を先に発動させ、こちらの銀将を少しでも長く溜めてからぶつけるための一手である。
しかし、零環さんはフェイントに引っかからず、「ああそれね」とでも言うかのように頷くと、銀将を発動せず俺と同じように溜めながら後ろへ下がった。
嫌になるくらい最善だ。全く隙がない。こりゃあ、相当に対策されているな……。
「っしょ」
「ハイ」
そして、ほぼ同時に銀将を発動する。
相手の薄皮一枚を攻撃するような、ギリギリの距離。こちらの攻撃を当てつつ、あちらの攻撃を避けられる距離は、ここしかなかった。
結果、お互いの銀将はぶつかり合い、甲高い音を立てる。
零環さん、少し捻りを加えて相殺を避けてきた。そっちのルートか……そうか。面倒だな。
「!?」
と、思いきや――突然、飛び出した。
来た、ついに来たぞ。知らない手だ……!
弾き合って、すぐに《角行抜刀術》!
なるほど、角行を二の太刀で出すからこそ、対応が銀将以外の金将以下に限られてくるわけだ。
歩兵か香車で潰しに行くか、桂馬で跳んで躱すか。なんとなく、金将では対応したくない。さっきと似たような変化になるからだ。
まあ、桂馬かなあ。
「!」
俺が桂馬を準備すると、零環さんは一切の躊躇なく角行の突きを放った。
「あ」
思わず、声が出る。
角行の角度が、俺の予定していた桂馬の進行方向に被っているのだ。
俺は慌てて逆方向へと跳んだ。
予定より大きな移動となった。明らかに跳び過ぎだ。スキル使用後の硬直時間は角行より桂馬の方が短いが、今はその有利を活かせるような間合いではない。
上手いこと封じられているな。
俺は納刀しながら零環さんへと振り返り、牽制の意味も込めて《龍王抜刀術》の準備を始めた。
抜刀術最大火力の範囲攻撃。発動を阻止するしかないが、零環さんはどう来る?
「へぇ!」
また角行なのか!
角行から角行とは、珍しい。
いや、しかし、なるほど。成立している。
零環さんは、納刀していない。この間合いなら、角行から角行へと繋げても、龍王より早く準備が完了し、龍王発動のギリギリに角行の突きが俺へと到達するだろう。
そうか、これが間に合うのなら、理論上は角行が最善なのか。凄いな。
感覚的には絶対に選べない。龍王を前にして角行から角行に繋げようなんて、心臓が毛むくじゃらか、研究していたかの二択だ。
つまり現在、俺は零環さんの手のひらの上ということになる。
……ああ、最高。
「~♪」
俺が龍王キャンセルから《銀将抜刀術》の準備を始めると、零環さんは口笛を吹きながら角行をキャンセルして《香車抜刀術》の準備を始めた。
これも読まれているのか。
俺はニッパステ、すなわちスキル未使用の抜刀から銀将を発動して、銀将による突きで角行の突きを相殺しようとしていたのだ。
よほど相殺に自信がなければこんな手は選べない。ゆえの口笛なのだろう。
その上で、零環さんは俺の相殺が成功すると踏み、香車に切り替えた。
相殺勝負に出てもよかった場面だ。実際、あの場面での俺の相殺成功確率は正直言って70%あるかないかである。
しかし香車、と。
更に俺の嫌がる手を選んでくるあたり、「これも読み筋です」という宣言に他ならない。
香車が発動する。移動と抜刀がセットになったスキルだ。桂馬ほどの移動距離ではないが、それでも十分に素早い間合い詰めが可能である。
俺は香車に対処する形で銀将を発動した。溜める時間などない。ゆえに、香車とぶつけ合って弾く程度が関の山。
直後、零環さんは《角行抜刀術》の準備を開始する。
三度目の角行か……。
徐々に、その角行の対応が難しくなってきている。
「!!!」
ハッとした。
直感だ。
俺は脳裏に浮かんだ単語をそのまま口に出した。
「四手角……」
「YES」
四手角。
かつてのメヴィオンにおいて、【抜刀術】ではなく【剣術】で評価されていた戦法だ。
定跡の一連の流れに《角行剣術》が四回出てくるのだが、四手目の角行がまさに絶好の一手であり、その下準備のために角行を三回も繰り返し放つという珍しさから、「四手角」と名付けられた。
ただ、この四手角、一度絶滅している。
【剣術】の舞台に“黒ファル”が登場した際、淘汰されたのだ。
じっくりとした持久戦においてはかなり有力な戦法だった四手角は、ノックバックを狙い続ける激しい黒ファル戦には向いていなかった。
その結果、黒ファルワクチンが出て【剣術】が更に新たなステージへと進んだ頃には、すっかり忘れ去られた戦法となってしまった。
それが、まさかこんなところで再び目にするとは。
それも【抜刀術】という、持久戦とは縁遠いスキルで。
「ヤバ過ぎ」
鳥肌立ったわ。
なんだそれ。
なんだよその発想。
バカ面白いじゃねえか!!
「Awesome!」
俺の呟きを褒め言葉と受け取ったのか、零環さんはとても嬉しそうな顔で口にした。
ヤバイっしょ! みたいな意味か? まあいい。なんだか知らんが、超ノッてきた。
「カモォン!」
零環さんの角行を誘う。
俺が迎え撃つために準備したスキルは、《歩兵抜刀術》だ。
だって、仕方がない。銀将から銀将には繋ぎ難いし、金将以上は間に合わないし、桂馬も香車も躱すだけ。物足りない。
歩兵で狙うは、相殺。成功確率70%に賭ける。
失敗したら失敗したで、手がないわけではない。
ほら、かかってこい!
「HAHA!」
――が、零環さんの方が一枚上手だったか。
俺が歩兵を発動するのに合わせて、零環さんも角行キャンセルから歩兵を発動していた。
彼はギャンブルを避けたのだ。角行と歩兵で相殺した場合、硬直時間の短い歩兵の方が有利。つまり、一気に俺のペースになっていた可能性が高い。
ゆえに、彼は確実性を取った。これまでのリードを失ってでも、歩兵で相殺し合い、振り出しに戻ることで、将来の不利を回避し――――。
「!?!?」
俺が歩兵の刀を零環さんの動きに合わせて滑らせた瞬間、零環さんは……歩兵をキャンセルした。
有り得ない。
何故、角行も歩兵もキャンセルした?
零環さん、俺の歩兵が直撃しますけど……。
「 」
ああ。
ああ、ああ、ああ。
なるほど。
角行キャンセル→歩兵キャンセル→角行……ね。
最初のキャンセルで歩兵の準備を誘い、次のキャンセルで歩兵の発動を誘い、最後に攻撃を受けながら準備時間を稼ぎ、角行を発動する。
これが、四手目の角……四手角。
喰らった、な。
かなり致命的だ。【抜刀術】における一撃は、それだけで勝敗を決めてしまいかねないくらいの重さがある。
「……ッ!」
左肩に《角行抜刀術》の突きがぶっ刺さった。
体を曲げてなんとか急所は外したが……いやあ、メッチャ痛い。
ダメージもそこそこ入った。零環さん、ステータスはそれほど高くないみたいだが、かと言って低くもないらしい。
俺はノックバックしながらも、零環さんの手を凝視して観察する。
よし、俺の歩兵は、狙い通り右手の小指に入ったようだ。これで少しでも抜刀の精度が狂ってくれればいいんだが。
俺の方は、左腕が動かないが、右腕は完全に生きている。
現状、明確に不利。その事実は揺らがない。しかし……こんな状況、久々だからだろうか? 顔がニヤけてしまう。ああ、試合の続きが楽しみで仕方がない。
零環さんの戦い方、かなり俺を研究してきているとわかる。
中盤から終盤へと向けて、なるべく隙を見せないようにと手堅く立ち回っている。
……どうしようか。本当に隙がないんだから困ってしまうな。
「んー……痛ててて」
あ、よし、わかった。
一旦、ナナゼロシステム捨てよう――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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