270 願うより死の克服、この死霊がね
師走
――零環さんと向かい合った瞬間、自分でも驚くほどに雑念が綺麗サッパリと消え失せる。
零環さんは、死んでしまった。もう二度と、会うことはないと思っていた。
彼と試合ができる。これほど嬉しいことはない。
しかし……ああ、やはり、こうして向かい合えば、ただの“一試合”としか思えない。
俺にとってこの世界は、何処まで行ってもゲームなのだ。
昔なら誇らしく思っていたそれを改めて体感し、少し、悲しくなった。
「……………………いや、待て」
違うだろ。
そうだよ、違う。
俺は何を簡単に諦めてるんだ。
これは、ゲームなんだろう?
「待て、待て、待てよ……」
何かに気付きかけている。
俺は零環さんから体を逸らし、無造作に髪をかき上げた。
反省だ。囚われていた。
どうにも囚われる。常識というものは、俺の隙を見つけてはここぞとばかりに蝕んでくる。
跳ね除けなければならない。
常識などものともしない強さを磨き上げなければ。
世界一位とは、いつだってそうでなければならない。
だから、反省だ。
「零環さん」
「ハイ、セカンド」
「彼を、ミロクを覚えてますか?」
「Sure」
即答だった。
俺が指を差したのは、ミロク。
そう、零環さんを殺した張本人だ。
「ミロクに、リベンジしたいのでは?」
「ハイ、したいです。しかし、セカンドとの方が、ワタシはもっとしたい」
やはり。零環さんは、自身が死んだことを理解している。
死を理解していて尚、停滞せざるを得ない。
彼は悠久にほど近い時をここで過ごしたはずだというのに、つい昨日死んだようなくらい、全てが新鮮なまま。
これが精霊の言う“停滞”で間違いなさそうだ。
言い換えれば、停滞とは、冷凍保存のようなものかもしれない。
つまり、死んだ当時のデータのまま、この精霊界で半永久的に保存されているのではないか?
どうしてそんな必要がある?
じゃあ、今目の前に立っている彼は、一体どんな存在なんだ?
死霊? なんとなく、俺はそう理解していたが……本当にそれだけなのか?
さて、これは、よーく考えなければならないぞ。
この世界の“死”は、果たして、俺の知っている“死”と同じなのだろうか……?
「セカンド、勝負しないのですか?」
「します。が、少し待ってください」
「OK」
気付きかけているんだ。とても大事な何かに。
そう、本音を言ってしまえば……俺は貴方を失いたくない。
せっかく会えた仲間なんだ。ワガママかもしれないが、これから先、少しでもいいから、同じ時を共に過ごしたいと願っているんだ。
だから、俺はなんとかして無理を通す。そのために熟考する。
エゴを貫き通せる強い力は、手に入れるのではなく、一から自分で築き上げなければならない。
何かを頼りにするのではなく、自分自身でそれに気付き、手繰り寄せる必要がある。
既製品では、地盤が緩いのだ。特に、世界一位という頂がそうだった。
さあ考えろ。
皆、きっと、俺が何かに気付くのを待っている。
「…………」
アンゴルモア、あえて黙っているのだろう?
いつもうるさいお前の、その静けさが逆に怪しい。
……そうだ、思い出したぞ。
こいつ、冗談めかしてアッホスへ「大精霊にしてやろうか」と言っていた。あれは冗談なのだろうが、しかしアッホスのあの反応を見るに、アンゴルモアは本当にその力を持っているように思える。
アッホスがあれほど粘った理由は、本当に大精霊になれるのならばと思ったからだ。そして、大精霊とは、普通の精霊にとっては、敵いっこない勝負に五十回以上も挑み続けるほど欲するもの。人間にとっての、不老不死のようなもの。
もしや……人間が精霊と化すのも、実質的に不老不死のようなものではないのか?
飲まずとも食わずとも眠らずともよい世界に暮らせるのだ。不老不死と言っても遜色ないではないか。
となると、問題はやはり“停滞”のみ。
精霊界の摂理だ。ここが死後の世界だとすれば、死とは停滞を意味することにもなる。
つまり……停滞さえなんとかすれば、死を克服できるのでは?
停滞から脱することを、精霊化と呼ぶのでは?
その死を克服した者の姿こそが、精霊なのでは?
「…………」
アンゴルモアは腕を組んでニィと笑っているが、まだ何も喋らない。
徐々に近付いているが、まだ足りないといったところか。
ちくしょう、ムカつくなあ。いい具合にヒントばらまきやがって。
直接俺に教えられない理由があるのだろう。
ただ、俺に気付いてほしいとも思っている。でなければこんなにヒントをばらまくわけがない。
あるんだな?
あるんだろう?
なら、安心して考えられる。
停滞を脱する方法……すなわち、死を克服する方法を。
――ああ、俺は、ずっと思い込んでいた。
アンゴルモア風に言うと、囚われていたのかもしれない。
囚われている者は、そうせざるを得ない。排泄の必要があると囚われている死霊は、排泄しなければならない。アンゴルモアが言ったように、停滞している者は皆なんらかの思い込みがある。
俺は、心の何処かで「なんとかしたい」と思い続けていた。死んでしまった零環さんをなんとかして生き返らせたいと。
しかし、同時に諦めてもいたんだ。
何故なら、“死”とは決して抗えない“摂理”だと、そう思い込んでいたから。
……違うんだな?
違うんだろうがッ!!
「違う」
口角を上げたアンゴルモアが、短く一言だけ口にした。
よし。
「もうちょっと待って」
俺は零環さんに背を向けて、いよいよ長考の体勢に入る。
幸いにも時間はたっぷりとあるのだ。あっちとこっちでは約三十八倍もの時間の差がある。ここで時間をかけないでどうするというのか。
いや、しかし、もう既に大方わかりかけてきた。
そうだ……“変化”だ。
精霊が大精霊となること、人間が精霊となること。その共通点は、変化。
停滞している者には決して起こり得ないこと、それが変化だ。
精霊界における変化こそが、脱・停滞を可能とする攻略のミソ。死を克服するトリガー。
「やはりゲームか」
一度は恥じた自分の性を、再び誇らしく思い始めた。
俺も、この世界も、何処まで行ってもゲーム。必ず摂理という名のルールがあり、全てがそれに従って構築されている。
俺が元いた世界も、実はそうだったのだろうか? 今さら考えても遅いが、そうだったのかもしれない。
ただ、遅かったとしても、今気付けたことは、これ以上なくでかいぞ。
そう、ゲームならば、きっと攻略できるのだ――“死”さえも。
何処の誰だか知らないが、俺にこんなにも時間を与えてしまったことを後悔、いや、歓喜させてやる。
元・世界一位、舐めんなよ。
「…………お待たせしました。そろそろ、やりましょうか」
あれから何時間経過しただろうか。
PvPの研究をするように、ひたすら没頭していた。
皆、文句など何一つ言わずに待ってくれている。
おかげで攻略の道筋は発見できた。あとは、実戦にぶつけるのみ。
「ありがとうございます、セカンド」
零環さんは、深々と一礼して微笑んだ。
何に対するお礼なのか。彼はもしや、俺がこれからしようとしていることに薄々気付いている? ああ、そうかもしれない。
「アンゴルモア」
「我がセカンドよ」
「できるか?」
「無論。我を誰だと思うておる?」
「悪の親玉」
「フハッ」
冗談だ。
さて……頼もうか。
「ミロクの中にいる侍たちを、刀八ノ国の英霊たちを、どうか、この時に」
この日、この時、零環さんは停滞を脱する。
それを見届けるに相応しいのは、刀に生涯を捧げた者たちに他ならない。
「その願い、聞き受けたッ――!」
アンゴルモアは俺の言葉に頷き、そう口にすると、ミロクに向かって手を一振りする。
「!」
刹那、ミロクの背後に、ずらりと大勢の侍たちが現れた。
着物姿で、腰には刀。過去数百年に渡り、ミロクが弔い続けた侍たちに違いない。
彼らは何を言うでもなく、じっとこちらを見ている。
侍の顔だ。刀を極めた先の、その先の先の、そのまた先が、気になって気になって仕方がないやつらの顔だ。
「Oh my gosh……! ヒデマサ、ユメキチ、マタベエ……!」
零環さんは、驚きの表情で数歩前に出ると、幾人かの名前を呼んで破顔した。
本来はあり得なかった再会だ、無理もない。
過去の侍たちが、時を越え、一堂に会した。
彼らは、それぞれの時代を生きた侍。ミロクの時代も、零環さんの時代も、そして、つい最近までも。
彼らは、変化の象徴。時代と共に変化してきた侍の姿は、彼らを見れば一目瞭然だ。
刀の種類も、服装も、髪型も、顔つきも、何もかも違う。その時代の流行、その時代のスタイル、その時代の戦い方。彼ら全員に、長い長い歴史を感じる。
停滞を打ち破るには、これを超越する必要があるのだと、俺はそう結論づけた。
俺にしか、俺たちにしか、できないことだ。
だから、アンゴルモアはヒントをくれたのだろう。
この精霊大王、随分と前からそうだが、俺にだけは甘いのだ。
「先に結論から伝えます」
「……?」
俺は、何も知らないであろう零環さんに向かって口を開いた。
「彼らと零環さんに共通し、歴史を超越しているとわかるもの。一つしかありません」
「なるほど……あー、Let me think」
それを披露する。彼らが認めてくれるよう信じて。
零環さんが死ぬ瞬間まで信じ、思い描いていた未来を、俺たちが生きる今に繋げる。
時を越える何かを示すことが、精霊界における変化の条件。
思想でも感情でもなんでもいいから、時を越える何かを“今”に無理やり持ってこなければならない。
その何かが、俺たちの場合は――。
「わかりました。ワタシとセカンドが、これから見せようとしていたこと……技術ですね」
「はい、多分」
――技術。
時を越え、歴史をぶっ飛ばし、侍に証明し、アンゴルモアに認めさせられる、俺たちの持つただ一つのもの。
PvPにおける定跡研究とそれに付随する技術こそが、停滞を脱する鍵となり得る。
「それが、どうしたのですか?」
「単純です」
「?」
「魅せりゃあいいんです」
「Sounds Good」
零環さん。
貴方が想定していた俺は、一体どれほど先の俺なんでしょうね。
多分、貴方には、俺より時間があったと思うんです。
相手を研究する時間が。
恐らく……未来VS未来の試合になる。
お互いが想定した未来をぶつけ合わせる試合だ。
それこそが、停滞を脱する変化そのものなのだと気付けた。
零環さん自身は停滞していても、彼が生前に研究し身に付けた技術は、停滞など知らないのだ。
上手く行くかどうかはまだわからない。
全て俺の妄想かもしれない。
でも、試してみる価値はある。
そして、魅せる価値はある。
侍に認めさせるのだ。俺たちの、先の先のそのまた先の抜刀術を魅せ、心の底からこう思わせる。「あいつらは未来を生きている」――と!
「互いに、礼……構えよ」
アンゴルモアの号令で、俺たちは向かい合う。
瞬間、ぶわりと肌が粟立った。
久しく忘れていた感覚だ。ああ、間違いない。今、目の前にいる彼は、俺から初代叡将の座を奪った男――0k4NNさん。
彼も同じなのだろう。停滞しているというのに、俺と同じことを感じているのだろう。
俺の29勝4敗1引き分け。
試合内容は殆ど全て覚えている。彼との試合は、それほど濃く熱いものだった。
今回は、30勝目のかかった一戦か。
……零環さん。また、共に戦える時が来ましたね。
願わくは、楽しい試合を。
「――始めいッ!」
初手、俺の《飛車抜刀術》。
零環さんも、間髪を容れずに飛車を準備した。
俺がキャンセルから龍王を準備すると、零環さんはキャンセルから間合いを詰める。
龍王キャンセルから角行を準備すると、零環さんはほぼ同時に角行を準備した。
「~♪」
ピュゥという口笛と共に、相殺。
零環さん、凄く楽しそうだ。
俺が銀将を準備すると、零環さんは読み通りという風に銀将を合わせてくる。再び相殺するつもりだな。銀将から銀将には繋げ難いことを利用し、俺の次の一手を銀将以外に限定しようという狙いである。
この一手で、第467回夏季毘沙門戦でのアカネコと俺の試合と分岐した。
やはりと言うべきか、零環さんはセブンシステムを、否、ナナゼロシステムを研究済みのようだ。
つまり彼は、抜刀術の実装されたメヴィオンを知らないまま死に、この世界に来てから、ナナゼロシステムを想定できるほどの研究を果たしたということ。
「~~っ」
つい、ぶるりと来る。
彼の凄さにもそうだが、同時に俺の突き詰めてきた定跡の形が間違っていなかったと証明されたような気がして、思わず震えたのである。
これは、奇跡的なことだ。
俺と零環さんとの間で、一致しているのだ。抜刀術の究極形が。
全く違う世界で、全く違う時を生きた二人が、全く同じ未来を見ていたのだ……!
「ハッハ!」
嬉しくなって、笑ってしまった。
こんなにも俺の狙い通りになるとは思わなかった。
見ているか、侍? これが未来の抜刀術だ。彼は死んだかもしれないが、彼の抜刀術は確かに生きている。未来に生きている。これを変化と言わずなんと言う?
さて、零環さんには、何処まで想定され何処まで対策されているのか。研究時間の差を考えると、詰みまで研究されていてもおかしくない。
俺にアドバンテージがあるとすれば、彼の死後のメヴィオンで過ごした数年間くらいなもの。
これを活かす展開にしなければ、勝機はないだろう。
そして、同時に彼の弱点も見据えなければならない。
彼の実力から言って、ミロクに負けることがあるとすれば、うっかりミスや不意打ちくらいのものだろう。もしくは、初見の阿修羅型への対応に苦戦したか。ないし、ミロクとの間に相当のステータス差があったか。
すなわち、ステータス差を活かし、初見戦法をぶつけ、不意を突き、うっかりを誘う。これが理想だ。
また、俺が相手だからこそ、彼がここまで伸び伸びと実力を出せているという可能性もある。特定の相手を研究し過ぎるあまり、その相手との戦績だけが良くなってしまう現象。ランカーあるあるだ。
ならば、俺らしくない定跡をあえて採用するのも手として考えておくべきか。
「相殺の後は、お楽しみ!」
そんな読みを入れている間に、俺と零環さんの銀将が相殺寸前のところまできていた。
脳がピリピリと痺れ、景色がスローモーションになる。
どんどんと没入していく。
二人きりの世界だ。
誰にも邪魔できない。
たとえそれが、死であっても。
「Awesome!!」
やっぱり、こうでなくっちゃな。
あー、楽しっ。
お読みいただき、ありがとうございます。
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