269 痛い停滞
* * *
「残留思念?」
「うむ」
三人を見送った後、俺はアンゴルモアとアッホスと三人で雑談をしていた。
最初はそのまま道端で立ち話をしていたのだが、主にアンゴルモアと俺のせいで人目がどえらいことになってしまったので、現在はアッホスの城で厄介になっている。
アッホスは俺たちを城のロビーラウンジみたいな所に案内すると、仕事があるからと何処かへ行ってしまった。
そして……かれこれ十時間以上、俺とアンゴルモアは雑談を続けている。
他にやることがないのだ。
精霊たちはお喋り好きが多いと聞いていたが、その理由がわかったような気がした。
「阿修羅とやらの中におったその男、確かに消えたのであろう?」
「消えたと思う。俺はそう感じた」
「此方を彷徨っておるその刀の男が、我がセカンドが考えた通りの男だとするならば……どちらかが残留思念である。間違いない」
「こっちに来ている方か、ミロクの中にいた方か、どっちかが本体で、どっちかが残留思念と」
「その解釈でよかろう」
今、あんことウィンフィルドが捜索している刀の男。
まあ、半ば確信している。きっとあの人だ。
ただ、何百年も前に亡くなった彼が、まだ精霊界に留まっていられるものなのか? そこが気になった俺は、こうして精霊界の大王に直接聞いてみることにしたのだ。
「ところで残留思念って何?」
「フハッ、そのままの意味である」
残留する思念。
……はぁ?
「よくわからん」
「我がセカンドよ。これから出かけようという時、靴下に穴が開いていたら履き直したくなるであろう?」
「あー……大体わかった」
たとえが上手いなアンゴルモア。
俺だって「いざ成仏!」って時は、持ってる中で一番お気に入りの服を着て逝きたい。ビシッとキメてな。
「そういう気持ちで死んでいった霊たちの思念が形となって、残留することもあるってわけか」
「うむ。だが、よほど思いが強くなければ、此方には到底留まれん。それこそ、靴下程度ではな」
「なるほど」
0k4NNさんの場合は、服にケチャップのシミでもあったんだろうか。
「本体と残留思念はどう違うんだ?」
「似たようなものよ。大きいか大きくないか、そのくらいの違いである」
「人間と猿くらいか?」
「人間と毛虫ほどだ」
「めちゃめちゃ違うじゃねぇか」
「フハハッ! そうであった」
精霊大王的には人間も毛虫もそんなに変わらない、みたいな感じを匂わせてきやがった。
嘘つけよ。お前、毛虫に使役されたら嫌だろう?
こいつ、こういうどうでもいい嘘つくことあるよな。
でもまあ、そうやって大王として振る舞うことを意識しているところは、わりと共感できる。俺も世界一位だから。
「それにしても暇だな精霊界」
もうどれほど喋ったかわからない。
だんだん喋るのも面倒になってきた。
となれば、アレしかないだろう。
「トランプするか」
「よかろう」
思えば、アンゴルモアとこういう遊びをするのは初めてかもしれない。
「激辛・中辛・甘辛のどれがいい」
「無論、激辛よ」
……ほう。
本気でやり合おうってわけ、俺と。
「いいぜ」
後悔するなよ。
「何をする?」
「スピードだ。知ってるだろ?」
「あれか。好きだな、我がセカンドよ」
アンゴルモアには俺のプレイを何度か見られている。対策を練られていてもおかしくない。
加えて、ある程度なら俺の心の中を読める。これが一番でかい。
普通に考えて、心の中を読まれたら勝てっこない。
だからこいつ、こんなに自信満々なんだろう。
だが……。
「このゲームがどうしてスピードって呼ばれてんのかを教えてやろう」
PvPにおいて稀に現れるシチュエーション「わかってんのに勝てない」を味わえるぞ、やったな。
「由来か、教えてくれ」
「そりゃあ、速い者が勝つからだ」
「本当か?」
「知らん。俺の解釈だ」
「そうか」
あんまり掘り下げないでほしい。テキトーがバレる。
さて、トランプを赤と黒に分けて、お互いに礼。
それでは、試合開始――。
「――つまらん! この遊びはつまらん!」
十五戦くらいやって、ついにアンゴルモアがキレた。
最初のうちは煽りを入れて余裕ぶっこいてた大王様だが、思考が読めても勝てないことに気付き始めると一転して無言になり、焦ったのか徐々に盤外戦術を使うようになり、だんだんイライラしだして、最後はトランプを放り投げながらの捨て台詞だ。
「……っ……」
大声で騒ぎ過ぎたせいか、ロビーラウンジを仕事で通りがかったのだろうメイドさん数人にガン見されていた。俺が目を合わすと、彼女たちは慌てて去っていく。
ああ、なるほどわかったぞ。精霊大王がえらい剣幕でブチギレてるから、何かやらかさないかと心配していたんだな。
「ど、どうかなさいましたか、大王様……?」
ほら、暫くしたらアッホスがやってきた。
「すんません、トランプで白熱し過ぎ――」
「アッホスよ。お前、トランプはできるか?」
俺が謝っているところへ、アンゴルモアが割り込んでくる。
「は、はあ、嗜む程度ですが」
「そうかそうか! ではスピードは知っていよう?」
「ええ、まあ」
「そうかそうか! フハハハ!」
アンゴルモアは途端にご機嫌になり、アッホスを無理やり俺の前に座らせると、こう言った。
「一勝でもできたら、お前を大精霊にしてやろう」
「だぇ!?」
驚きのあまり変な声を出すアッホス。
無茶苦茶だ。四大精霊が五大精霊になってしまう。
まあ、ならないけどね。
「……お、お願いします!」
「あ、お願いしまーす」
アッホスは急に真剣モードだ。
駄目駄目、リラックスリラックス。
「始めい――!」
「――参り、ましたッ」
アッホスが諦めた。
五十戦はしただろうか。なかなか諦めの悪いやつだったが、ようやくだ。
メッチャ粘るじゃん。どんだけ大精霊になりたかったんだよ。
「我がセカンドよ。大精霊とは、人間で言うところの不老不死のようなものであるぞ」
「マジかよ。そら粘るわ」
逆によく諦められたな。
「よし。ではアッホスよ、勝てなかったゆえ消滅しておこうか」
「えぇ!? 初耳ですよ!」
「ただで大精霊になれると思うておったのか?」
「だ、大王様! すみません、それだけは!」
「フハハッ! 大王ギャグである、真に受けるな。ハハハハァ!」
「ご冗談、でしたか。あ、あははは」
うわあ……なんか嫌な先輩みたいなイジリ方してるよ。ああはなりたくないね。
「――主様」
「見つけたか」
「! ……はい。うふふっ」
突然、あんこが背後に《暗黒転移》してきた。
《暗黒転移》の背後パターンを察知するためには、影の管理をしなければならない。具体的には、背後に影が伸びるような立ち回りをしてはいけないのだ。常に光源を背側にした立ち回りを心がけること。これが絶対条件である。
加えて、背後の僅かな影に転移してきた瞬間、前方へと伸びる自分の影の濃さが一瞬だけ増すことを見抜かなければならない。これが唯一の《暗黒転移》の前兆である。見逃したら終わりだ。
この二つを常に意識できている人間など、暗黒狼攻略を何百時間も繰り返した者くらいだろう。
今回は、たまたま、光源が背後にあって、テーブルにある自分の影が目に入っていた。ゆえに俺は、あんこの転移に気付き、動じずに対応できたのだ。
「嗚呼、主様。ほんに惚れ惚れいたしまする。主様はどうしてそんなに主様なのでしょうっ」
あんこは、俺のあえて振り向かず平淡に問いかけた一連のカッコつけが凄く好きだったようで、目に見えて興奮していた。
上手い主様ムーブができたので、俺も気分が良いな。
「おい、アンゴルモア。もう見つけたってさ。行くか?」
「む。流石は我が代官、悪くない仕事の早さであるな」
わかり辛いが、来るようだ。
「あんこ、俺とアンゴルモアを向こうで召喚してくれ」
「はい。御身の為ならば」
あんこはアンゴルモアに一瞥もくれず、再び《暗黒転移》で去っていった。
「相も変わらず、腹の立つ後輩よのう」
アンゴルモアはやれやれと呟くと、アッホスへと視線をやる。
「我らが出ているうちに三人が戻ったらば、ここで待機させてやれ」
「はい、承知いたしました」
人の城を勝手に待ち合わせ場所に……と呆れていたら、パッと景色が一変した。どうやら《暗黒召喚》されたようだ。
「や、セカンドさん。お待たせ、したかな。ちょっと、説明に手こずっちゃって、ね」
目の前には、ウィンフィルド。
そして、その先には――ぼさぼさの黒い長髪を後ろで束ね、無精髭を生やした、野武士のような風貌の男が立っていた。
ああ、わかる。一発でわかった。この人――。
「……holy f*ckin' shit……」
――0k4NNさんだ。
ハハッ!
「なるほど、死霊ねぇ」
なんとなく胡散臭いなと思っていたが……こんな、もう二度とないと思っていた再会を実現してくれるのなら、素晴らしいシステムだと手放しで称賛したくなる。
だが。
「やっぱり……! ワタシ、ワタシ、ずっとアナタ探してた! ワタシ、今は零環呼びます。sevenは?」
「セカンド。セカンド・ファーステスト」
「HAHA! 凄く良い名前。アナタらしいね!」
伝えたいことが山ほどあった。
聞きたいことが山ほどあった。
そして、願わくは、共に……と。
「零環さん。これ、ありがとうございました」
「Oh! 七世零環!」
「うちの鍛冶師に修理してもらって、使えるようになりました」
「そう、よかったね! 安心しました。使い心地はどう?」
「上々です」
「よかったね! 作ってよかった。ワタシ嬉しいよ、アナタのfanだから」
……駄目、なんだな。
アンゴルモアの言っていた意味が、やっとわかった。
停滞。
彼が亡くなったのは、何百年前の話だ? 精霊界との時間感覚の差を考えると、彼はこの世界をどれだけ長いあいだ彷徨っている?
おかしいのだ。
なんだ、この、つい昨日死んだような口振りは。
どうして、彼にはなんの変わりもないんだ。
どうして、俺の胸はこんなに痛くなるんだ。
「セカンド。折角なので、一勝負しましょう? ワタシ、ずっとずっと、アナタと勝負したかった」
ああ。
恐らく、彼は、止まったままだ。
彼が亡くなった時のまま、ずっと時計の針が止まっている。
死霊とは、限りなく停滞する存在。永遠の眠りの中で、永遠に苦しみ続ける存在。
死霊に過去はあれど、未来は決してないのだろう。
「是非」
俺は七世零環を腰に差し、頷いた。
零環さんは、それはそれは嬉しそうに笑って、頷いた。
対峙していてわかる。彼が本体だ。ミロクの中に存在していた残留思念と比べて、目の前の彼は、あまりにも巨大。確かに、毛虫と人間、いや、それ以上の差を感じる。
彼の思いはよほど強いのか、あのアンゴルモアが感心の表情を見せていた。
そうか、なるほど。得心した。アッホスがあれほど大精霊に執着した理由は、未来だからだ。停滞に対しては、未来ある何かこそが力となる。精霊にとっては、それが進化なのだろう。
さあ、どうしたものか。
未だかつてないほど難しいぞ、これは。
未来の無い相手に、どうやって魅せればいい……?
「……あんこ。ミロクを召喚してくれ」
「御意に、主様」
まあ、とにもかくにも観客は必要だ。
俺は最も観戦してほしい相手を招集した。
「…………あ、主。急に喚び出さないでいただきたい」
いきなりの《暗黒召喚》に、流石のミロクも動揺したようだ。
腰まで伸びた黒髪を、偶然にも零環さんと同じようにして後ろで束ねている。そのラフなデコ出しスタイル、明らかな油断が見て取れた。それでも様になってるんだから、こいつって凄まじい美男子だよなあ。
「すまんな。しかし、お前には絶対に観ていてもらいたいものなんだ」
「余に……?」
停滞しているとはいえ、零環さんは、零環さんだ。
「きっと勉強になる。これ以上なく」
さあ、やりましょうか――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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