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264 間



 腰に刀。


 それが事実なら、その男は精霊ではない存在で間違いなさそうだ。刀を装備している男の精霊は、メヴィオンには存在しない。


 であれば、その男は一体何者なのか。思い付く可能性は二つだ。


 一つは、死霊。ここは生と死の狭間の世界だと、アンゴルモアがそう言っていた。死人がその辺を歩いていてもおかしくはない。


 もう一つは、誰かがテイムした魔物という線。ぼさぼさの長髪を後ろで束ねた男で腰に刀を差した魔物……いや、俺の知る限りでは、いないな。


 ということで、その男の正体は死霊の線が濃厚となる。



「……まさかなあ」



 まさかだよな。は成仏したはずである。それとも、成仏した先がここなのか? もしくは、未練があって成仏しきれなかったとか?


 背後への暗黒転移対策、あんこにビビって逃げた理由、腰の刀、男の正体が彼なら全て説明は付く。自由に動き回る暗黒狼などプレイヤーにとっては恐怖でしかない。そんなのがいきなり背後に出てきたら狼狽えて当然である。


 なんにせよ、会えるなら会いたいな。


 俺も未練とまではいかないが心残りはあるのだ。具体的には、ほら……やっぱり、話すだけ・・・・じゃ足りないんだよ。なあ?



主様あるじさま、どうかご命令を。あんこが見事探し出してご覧に入れましょう」



 俺がうずうずしていると、あんこはそれを察したのか、糸目微笑のまま静かに跪いてそう口にした。


 探し出す。つまり、あんこはその男の影を記憶していないようだ。じゃあ顔は覚えているだろうか? 他人に興味のなさそうなあんこのことだ、厳しいかもしれない。


 だが、あんこなら暗黒転移で簡単に探し回れる。捜索には適任だろう。


 となると、ターゲットがどんな感じの男で、何処に潜んでいるか、ある程度アタリをつける必要がありそうだ。


 ……うん、俺はその適任も知っている。



「わかった。あんこ、ウィンフィルドと協力して探してくれ」


「御意に、主様」



 あんこは尻尾をゆらゆらと機嫌良さそうに揺らしながら、優雅に頷いた。


 あんことウィンフィルド、考え得る最強の捜索タッグだ。この二人から逃れられる者などいないだろう。


「任せたぞ」とあんこの頭を撫で撫でして、俺たちは精霊大王の城へと戻った。






 朝が来て、俺たちは城の前の広場に集合した。


 そこそこ早朝だというのに、皆ちっとも眠くなさそうだ。やる気満々か?



「よし、では参ろう」



 アンゴルモアはそう宣言すると、おもむろに歩き出す。


 狙いの精霊の住処へ案内してくれるのだろう。意外と親切なところもあるものだ。


 俺たちはアンゴルモアの後に続いて、ぞろぞろと歩き出した。


 俺とアンゴルモアが先頭で、エコを真ん中に挟んでシルビアとラズが続く。あんことウィンフィルドはさっそく捜索へと向かってくれたため別行動だ。




「――で、俺はその時こう言ってやったわけよ。それヌメヌメだなって!」

「なんでやねん!」

「おいおい!」

「あはは!」

「そしたらさ、なんと青い風呂桶を頭にのっけた男が――」



 かれこれ一時間、俺たちは取るに足りない雑談をしながら歩き続けている。


 長いな……長くない? 長いよな?



「なあ、アンゴルモア。これ何処に向かってるんだ」


「町よ。町に行けば馬車が出ておる。それぞれ馬車に乗って、それぞれ目当ての者の場所まで向かうとよかろう」


「馬車か」



 じゃあ町からは別行動ということだな。


 テラさんは忙しいのだろうか。まあ、あんまり頼むのもよくないか。



「町まであとどんくらい?」


「うむ、あと五時間ほどか」


「…………すまん、なんだって?」


「五時間である」


「五分ではなく?」


「五時間」



 ふざけんな。



「長ぇーだろ五時間は!」


「おお、すまん。許せ我がセカンドよ。我は普段、歩きなどせんからな。我がセカンドたちに合わせて久々に歩いたところ、少々時間の計算を間違った」



 アンゴルモアはちっとも反省していない風に謝ってきて、ふんぞり返りながら許せと言っている。



「精霊大王は人間のように歩きなどせんのだ。ふわふわと飛ぶのだ。フハハハッ! 仕方なきことよ!」



 おまけに空中浮遊マウントまで取ってきやがった。



「セカンド殿にそっくりだな」

「隙あらば自慢するとことかほんまにな」

「にてるかも?」


「こそこそとやかましいぞお前ら!」


 似ても似つかんわ!



「フハハッ! そう細かいことに拘るな、我がセカンドよ。五時間など瞬く間に過ぎてゆく。ここは精霊界ゆえ、歩き疲れることもなかろう」


 ……まあ、なんとなく、肉体的疲労は感じていなかったから、そうなんじゃないかとは思っていたが。



「精神的に疲れるんだよなあ」


 俺は負け惜しみのように言い返しつつ、未だちっとも見えてこない町とやらを目指して歩を進めた。





 それから大体七時間後、ようやく町に到着した。


 アンゴルモアにとっては五時間も七時間もそんなに変わらないらしい。


 ……もう何も言うまい。



「おい、お前」


 アンゴルモアは道行く町人に声をかけると、唐突に言った。



「アッホスを呼んでくるがよい」


「はい?」


「アッホスだ。知らんのか?」


「い、いえ、アッホス様は知ってますけど」


「では呼んでこい。我は寛大ゆえ、十秒ほど待ってやろう」


「いや、しかし、その、自分のような者には――」


「ひとーつ、ふたーつ」


「ひいぃ!?」



 いきなりカウントし始めたアンゴルモアに、わけもわからずビビりあがる町人。かわいそうだ。


 見るからに慌てふためいた彼は、三を数える頃には全速力で何処かへ行ってしまった。



「なあ、アッホスって、もしかして水の精霊アッホスか?」


「流石は我がセカンド、博識であるな」


「別名、酒の精霊だろ」


「フハッ! よく知っているな。うむ、あやつは悪くない酒を造る。使い勝手の良い精霊よ」


「使い勝手?」


「名のある精霊は皆、死霊を纏める領主のような仕事をしておる。この町はあやつの領地、そして我の城の近くゆえ、雑用に使うこともままある」



 水の精霊アッホス。使役したら、それなりにバフ効果のある“アッホスの恵み”というアイテムを一日一個くれる精霊だ。火力不足を感じるダンジョンなどで使ってもいいし、いつもそこそこ安定した値段で売れるから、初級者にとっては悪くないお小遣いにもなる。上級者にとっては……まあ、うん。調合とかに使わないこともない。


 それにしても、アンゴルモアの城の近くに領地を持ってしまったがばっかりに……思わず同情してしまうな、アッホス。




「――だ、大王様! うちの死霊をいじめるのはやめてくださいとあれほど……!」



 数十秒後、大急ぎで飛んできたのか、焦りの表情で額に汗を浮かべたアッホスがやってきた。


 茶色い毛皮のコートに金銀の装飾がギラギラと施された趣味の悪い格好の、いかにも金持ちそうな体格の良い男だ。


 しかし彼はその華美な格好とは正反対に、滅茶苦茶な社長に振り回される管理職のようなくたびれた態度でアンゴルモアへと切に訴えている。


 と、思いきや――アッホスはアンゴルモアの横にいた俺と視線が合うや否や、驚きに目を丸くしてから「ほぅ」と吐息を一つ、口を開いた。



「おお、貴方が……」



 そして、襟を正し、一礼。



「お初にお目にかかります。私の名前はアッホス、水の精霊に御座います」


「セカンドだ」


「ええ、勿論存じておりますとも。セカンド様、お噂はかねがね」



 どうも俺のことは噂されているらしい。


 彼とは間違いなく初対面なのだが、俺はメヴィオンでアッホスのことを知っているし、彼は彼でどういうわけか俺のことを知っている。なんとも不思議な感じだ。



「アッホス、馬車の用意をせよ。そして我がセカンドの仲間を送り届けてやれ」


「セカンド様のお仲間を? これは大任ですね。どちらまで?」


「一人はヘカトの森へ。一人はネペレーの家へ。一人はフィニクスの巣へ」


「…………本当によろしいので?」


「構わぬ」



 妙なが開いた後、アッホスはピィと口笛を吹く。


 すると、何処からともなく使用人のような服装の男がやってきて、アッホスと二言三言交わすと、駆け足で去っていった。多分、馬車の手配に行ったのだろう。



「……セカンド殿。もしかしなくとも、嫌な予感がするのだが」


「うちもや。なんかさっき変な間ぁ開いとらんかった?」



 だよね? 俺も思った。



「まあなんとかなるでしょお前らなら」


「あぁ~センパイからの信頼が心地ええなぁ~、ってアホ!」


「あっほす!」


「なんやねん急に!」


「あっほすってあほですっていみ?」


「せやったらあんなキリッとした顔で立ってられへんやろ」


「たしかに」



 ラズのツッコミはビシバシとキマって気持ちが良いな。



「アッホス殿。道程はそれほどに険しいものなのですか?」



 シルビアは堪らずアッホスに尋ねていた。


 アッホスは一瞬「何も知らないのか……」みたいなドン引きと同情の混ざった顔をしてから、すぐさま取り繕って返事をする。



「セカンド様のお仲間の方で御座いますから、あえて包み隠さずお話ししましょう」



 そして、ちらりと横目でアンゴルモアの顔色を窺ってから話を続けた。



「ヘカト様の森に足を踏み入れて無事に出られた者の話など、私は聞いたことがありません。ネペレーさんは変わり者で有名ですから、家など訪ねては一体何をされるやら。フィニクスの巣に入ってしまえば、丸焦げどころか炭になるだけでしょう」


「…………」



 おいおいおい、思ったよりヤバそうだぞ。


 特にネペレーが怖い。何故なら、この世界のネペレーがどんな意思を持って動いているのかがサッパリ謎だからだ。そうか、こっちでも不思議キャラなんだな。そりゃ要注意である。鬼が出るか蛇が出るか……仏の可能性は低いだろう。



「仕方ない、皆で一箇所ずつ回るか」



 俺が念のためそう提案すると、皆は心なしかホッとした顔を見せた。


 しかし、今まで黙って聞いていたアンゴルモアがここで口を開く。



「ならぬ。これは言わば試練である。我がセカンドが出向いてしまっては、あやつらも首を縦には振らぬであろう」


「なんでよ」


「考えてもみるがよい。我がセカンドは、我がセカンドであるぞ? 精霊大王のセカンドであるぞ?」


「……あっ……」



 え、何、俺もこいつと同類に見られてるってこと?


 ちらりとアッホスを見ると、サッと視線を逸らされたような気がした。


 ……なるほど“噂”ね。ものは言いようだな。ケッ。



「厄介社長に振り回されて辟易しとる管理職んとこに、社長より厄介な会長がコネ社員の紹介に来るみたいなもんやろか」



 全てを察したのだろうラズが、上手いたとえをする。


 俺は厄介会長ってか。とばっちりもいいところだ。会長が厄介扱いされてんのは明らかに社長のせいだろう。全て社長がやったことだ。社長が悪い。わしは知らんぞ。


 ……とは言うものの、じゃあ順番に言い訳して回るかというと、そんな気も起きないわけでして。



「やっぱ一人ずつ行け。諦めろシルビア」


「そんな! セカンド殿、私を炭にするつもりだろう!? バーベキューみたいに!」


「んなわけあるか。とっとと覚悟決めろ」



 シルビアは、毎度のことながらビビリ過ぎである。


 大丈夫、ここは精霊界だ。死にゃあしない。ちょいと怖い目に遭うかもしれないが、最悪、目が覚めるだけ……だと思う。



「もり、ひさしぶり。たのしみ!」


「久しぶり?」


「あたしのむら、もりのなかにあったから」


「へぇ~。じゃあエコは森に慣れてんだな」


「うん! まー、そこそこ」



 エコは、なんというか、もうちょっと緊張感を持った方がいいな。ふふーんとドヤ顔してるとこ悪いけど。


 いくら森に慣れているといっても、知らない森には慣れていないはずだしな。



「よし。作戦は、慎重に、だ」


「りょ!」



 大丈夫かなこの猫。



「センパイ。うちがネペレー駄目やったら、何がええと思う?」


「おぉい弱気になるな!」


「あかん。うちネペレー駄目やったらどないしよ。わー、あかん! 考え出したら止まらんくなってしもた!」


「大丈夫だって! 安心しろ! 平気だから!」


「せ、せやろか……?」


「……どやろか」


「やっぱあかんねやんか! ひぃーっ! 失敗でけへんわこれは!」



 追い込まれたせいか、ラズの心配性なところが出てきた。


 懐かしいな。昔はよく見せてくれていたが、最近はめっきり見ることの減った焦り様だ。



「大王様、馬車が到着しました」



 そうこう話しているうちに、アッホスが手配してくれた馬車が到着する。


 なんてことはない普通の馬車が三台。それを引っ張っているなんか足がいっぱいある馬みたいなのは、ああ思い出した、スレイプニールだ。精霊強度は低いが、この馬も立派な精霊である。スレイプニールに運んでいってもらえるなら心配ないだろう。知らんけど。



「じゃあ、行ってらっしゃい。無事を祈ってる」


「いってきまーべらす!」

「ひ、一人バーベキュー……」

「あかん、一周回ってメッチャおもろなってきた」



 見送りの言葉をかけると、三人は三者三様の言葉を発して馬車へと乗り込んでいく。


 さて、どうなることやら。


 俺は優雅に観光でもして待ってようかな~。



お読みいただき、ありがとうございます。


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[良い点] ああバッカス→アッホスwww
[一言] ラズは極限状態になると吹っ切れるタイプか 頼りになるなぁ(?)
[良い点] おもしろいです 寒くなってきたので体調に気を付けて頑張ってください
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