263 強請るキス、スキルだね
<あらずじ>
精霊界旅行中のセカンド一行、お城のような建物で一泊。
ご休憩が終わったら、狙いの精霊を口説き落としにナンパへ……?
シルビアは相変わらず、二人きりでそういう雰囲気になるとロマンチストというかなんというか、少女趣味っぽいところが出てくる。
首まで真っ赤にしながら照れくさいほど真っ直ぐな台詞を囁いてきたり、それをからかうと普段のように怒らず両手で顔を隠して照れたり、抱っこをせがんだり、キスを強請ったり、逆に色々なところにキスをしてきては場所ごとの意味を教えてくれたり、それを踏まえて更に強請ったり。
いつも凛々しいシルビアも女の子だったんだなと再確認できる。そういう柔らかい部分を俺だけには見せてくれるようになったのだと思うと、とても嬉しかった。
ふと気付いたことがある。シルビアの着けていた髪留め、あれは昔、俺が精霊チケットのお礼にとデートして買ってあげたやつだった。「似合わんかもしれんが」と予防線を張りながらも彼女自身が手に取った、可愛らしいピンク色の髪留めである。
ひょっとするとシルビアのやつ、正義の味方の屈強な騎士に憧れている一面もあれば、女の子らしいフリフリなスカートやリボンに憧れている一面もあるのかもしれない。
普段はほとんどシュッとしたパンツルックだし、その反動とかもあるのかもな。
それにしても、可愛い系の服を着たシルビアかぁ。
……うん、"""良い"""。
そんな服でキスなんか強請られたら、他のどんなスキルよりもダメージを食らってしまいそうだ。
よし、服はシャンパーニが詳しいから、今度それとなく紹介してみることにしよう。
「おやすみ」
シルビアが眠るまで待って、ベッドから静かに起き上がる。
きっと寝たふりだ。それはわかっている。まだ一緒に寝ていたいだろうに、俺が行きやすいようにと寝たふりをしてくれたのだろう。
また暫くしたら、二人の時間を作ろう。俺はそう心に決めて、部屋を出る。
「 」
……ドアを閉めて振り返った瞬間、目の前にあんこが立っていた。声を出さなかった自分を褒めたいくらいのホラーだ。
「散歩行くか、あんこ」
「はい、主様っ」
久しぶりだからだろうか。あんこはいつもの糸目に微笑を浮かべて落ち着いている風だが、尻尾ブンブン状態である。
「嗚呼、やはり夜はよいものです。主様とあんこ、二人だけのための舞台に思えて仕方がありませぬ」
城を出ると、あんこは気持ちよさそうに深呼吸をした後、るんるん気分でそんなことを呟いた。
過去何回か彼女と夜の散歩へ出かけているが、あんこはその度にそういったことを口にする。最初は“神の呪縛”を抜け出した解放感から言っているのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「しかしながら、この精霊界では、昼間でも主様と出歩けましょう。嗚呼、素晴らしき哉。あんこは昼も好きになってしまいそうです」
あっちの世界で、こうして俺と一緒にぶらりと何処までも散歩に出かけられるのは、夜しかない。
だから夜が好きなのだと、彼女はそう言うのだ。
健気。その一言で表していいような重さではないが、とにかく健気である。
「あんこは普段、こっちで何してるんだ?」
「主様を待っております」
「俺を?」
「はい。砂漠の町に暮らし、いつお喚びいただいても問題なきよう準備を怠らず、川辺の様子を見にゆくのが、ここのところの日課で御座います。主様が此方にいらっしゃるならあの川からと、あんこはそう読んでおりましたゆえ。しかしそれも、砂畜生に阻まれ……嗚呼、主様をお出迎えするのはあんこのお役目でしたのに……」
健気~っ。忠犬ハチ公のようだ。
それにしても……こっちとあっちの時間差を考えると、凄まじく待たせてしまっているな。
「ありがとう。重宝しているよ」
ごめんだなんて謝ると「主様らしくない」と怒られるから、感謝を伝えておく。
すると、あんこは蕩けた顔で口を開いた。
「嗚呼、嗚呼、主様。あんこをお使いいただけるだけでなく、こうして此方で散歩までしていただけるなんて、あんこはほんに果報者で御座います。これ以上にそのようなお言葉をいただいては、罰が当たってしまうやもしれません」
健気ェ……健気レベルが高過ぎて、だんだんこっちの良心が痛んでくる。
「暇な時間があっただろう。こっちの世界の探検なんかは、してみたか?」
待ってばかりだと暇だろうから、上手いこと暇を潰せていればいいんだが。
「はい。初めて此方に参った頃は、此方の世の仕組みというものがよくわかっておりませんから、そこかしこで色々と試しておりました」
「へぇ……色々と」
「はい……色々と」
いつもの糸目微笑。なんか怖いから掘り下げるのはやめておこう。
「何か面白いものはあったか?」
なんの気なしに聞いてみると、あんこは暫しの沈黙の後、口を開いた。
「精霊の殺し方ならば、調べは済んでおります」
「こっ――」
殺し方。まさか。
「……ヤっちゃった?」
「いえ。あんこは主様との約束を違えませぬ」
ほっ。
勝手に攻撃するなみたいなことを指示しておいてよかった。
「しかし、少々、その、遊びはいたしました」
「……ええと……」
なんだよ遊ぶって……。
「万が一にも主様に牙を剥く戯け者が現れた時、殺し方がわからぬようでは情けのう御座いますから」
もっともらしい釈明をするあんこ。
まあ、それもそうか。敵を研究することは大切である。
「遊んで何がわかったんだ?」
「精霊の命の源は、心の臓にあると。そこさえ破壊してしまえば、精霊などいくらでも殺せましょう」
「へぇ、心臓が急所」
なるほどそれは有益な情報だ。精霊に対する急所判定は、メヴィオンにはなかったが、この世界にはあるらしい。
よし、万が一の時は、なるべく心臓を狙うことにするか。
「その命の源に触れると、不思議なことにその者の内面を覗けるのです。あんこは図書館で生まれ育ちましたゆえ、読書が得意で御座いまして。ですから、殺してしまわぬほどに触れて遊んでおりました」
俺が感心していると、あんこはそう白状してから謎のドヤ顔を見せた。
やっぱり精霊たちをいじめていたようだ。もっとも彼女にとっては、そんなつもりなどないのだろう。暇潰しの読書感覚である。
「主様。此方の案内は、あのような威張り散らすだけの木偶坊ではなく、是非このあんこにお任せください」
「案内?」
「はい。あんこは精霊に詳しいのです」
えっへん、と糸目微笑で胸を張る。
……それってつまり、精霊の心臓を片っ端から触って回ったってこと?
怖っ。怖いなこの狼。
多分その理由も「主様がいらした時につつがなくご案内できますように」とか「備えあれば患いなしに御座います主様」とか言うんだろう? 知ってる。
ちゃうねん。「え、何この狼、なんでいきなり心臓触ってこようとするの、怖っ!? 怖い!」と多くの精霊に思われているだろう点があかんねんて。
しかしそれを説明したところであんこは「ではこれからは事の前に挨拶をすることにいたします(糸目微笑)」みたいな感じだろう? 知ってる。
命令して従わせることはできるかもしれないが、長い長い送還中の待ち時間、できるだけ自由に過ごしていてほしいという思いもある。
「そうだな……じゃあ、クイズだ」
「はいっ」
なので俺はあえて、何故そうしたかではなく、そうしたらどうなったかを確かめてみることにした。
俺が送還したまま待たせていた長い間で、あんこは果たしてどれほど精霊に詳しくなったのか。
詳しいに越したことはないのだ。まず間違いなく精霊たちからは凄まじく忌避されるようになっただろうが、結果的に精霊に詳しくなったのなら、それは必要な代償だったということである。
「第一問。ブレ・フィニクスが生まれる確率はフィニクスが生まれる際の何分の一?」
「……ええと」
アレェ?
これはかなり簡単な部類の問題だ。答えは32768分の1である。
おい、まさか、この世界にはブレ・フィニクスがまだ生まれていないとかないよな……?
「ブレ・フィニクスっているよな? 青い炎の鳥だ」
「はい、青い炎の鳥はおりました。あんこは一匹しか見たことが御座いません」
よかった、一匹はいるらしい。
なんだ、じゃあ問題が悪かったんだな。よし、そしたら次の問題だ。
「第二問。四大精霊を強い順に並べよ」
第一問より簡単にしてみたんだが、どうだろうか。
「……相、すみませぬ、主様」
マジか。
あんこはわからなかったようで、項垂れて謝っている。
「いや、いいんだ、問題が悪かった」
どうも、こういう詳しさでもないらしい。
数字でもない、戦闘でもない、となると……なんだろう。
「ちなみに答えは、水・風・火・土だ。水のヘカトが頭抜けて強く、次点で風のアネモネ、火のサラマンダラと土のノーミーデスは僅差だな」
「然様な序列があるのですか、あんこは初めて知りました。主様はほんに物知りで御座いますねっ」
正解を発表すると、あんこは胸の前で手を合わせ感心するように言って微笑んだ。
いや、嬉しいけども……まあいいや、次。
「第三問。アンゴルモアの怒りを買って父親を消滅させられた精霊は誰?」
少し方向性を変えてみる。これならどうだ?
「はて」
あんこは首を傾げてから、口にした。
「沢山おりまして、どれを答えてよいやらわかりませぬ」
何やってんだあの大王……テラさんの父親だけじゃなかったんかい。
「すまん、俺が知ってるのはノーミーデスだけだった」
「あの土の。嗚呼、あんこはあの女が嫌いで御座います。主様を砂畜生などに跨らせて……」
あんこは下唇を噛みながら憎々しげに言う。なんかメチャメチャ嫌っているようだ。
――ふと、気になった。あんこって、逆に好きな精霊とかはいるんだろうか?
「あんこは誰か好きな……というより、気になる精霊はいないのか?」
表情から察するに多分いなさそうだったので、少し言い方を変えて聞いてみる。
すると、気になる精霊はいたようで、あんこは暫しの思考の後に口を開いた。
「……一度だけ、主様に似た空気を纏った男を見かけました。あんこがその心の臓に触れようと背後へ転移したところ、あんこの気配に感付いたのか間一髪で躱されてしまいました」
「へぇ! 手練だな」
一応、暗黒転移の背後パターンを対策して察知する方法はある。だが、プレイヤーでもあるまいし、精霊ができるとも思えない。
「ぼさぼさの長髪を後ろで束ねた壮年の男で御座います。生気のない目をしておりましたが……あんこを見た瞬間、酷く狼狽して逃げてゆきました」
「ん……? 逃げたのか?」
「はい。隙のない逃げ方で御座いました。そこであんこは、主様を思い出したのです」
……待て。ぼさぼさの長髪を後ろで束ねた男? そんな精霊いたか?
俺に似ている? あんこに隙がないと言わしめる逃げ方? 狼狽して逃げるって、そりゃつまり……あんこがどんな存在か知っているんじゃないか?
まさか、それって“プレイヤー”なんじゃないのか……?
「あんこ。その男、何処で見かけた? 何処にいるかわかるか?」
「わかりませぬ。川の近くだったと思うのですが、今は何処へ行ったのやら……」
「そうか」
うーん、気になるな。もしもプレイヤーの方だったら、一度は会っておきたい。
アンゴルモアに頼んで探してもらうか……いや、そもそも探せるのかなあいつ。迷子のアナウンスみたいな感じで界内放送とかできたらいいのに。大王なんだからそのくらいしてほしい。
まあいいや。幸いにも精霊界ではたっぷり時間をかけられる。自力で探してみるというのも一興だろう。
「話し疲れたな。そろそろ戻ろうか」
「はい。主様とこんなにも長くお話ができたのは初めてで、あんこはとても幸せで御座いました」
確かに。あんことこんなに雑談をしたのは初めてかもしれない。
そもそもあんこと雑談をするのは珍しい。今日なんかクイズとか出しちゃったりして、本格的な雑談という感じだった。
あれ、結局あんこは精霊のどんなところに詳しいんだろうか。
第三問の感じからして……事情通? 精霊の暮らしとか関係に詳しいのかな。
「第四問。四大精霊同士の交友関係はどんな感じ?」
帰り道の途中、唐突に問題を出してみる。
もはやクイズでもなんでもないが、俺の読みが当たっていれば、あんこはこういうのに詳しいはずなのでズバッと答えてくれるだろう。
「水の女は来る者拒まずといった風ですが、ちっとも喋らないため拒んでいるようにしか見えませぬ。風の女は実に高飛車で嫌味な性格ゆえ決して自分から交友を持とうとはしませぬが、友人同士の戯れに憧れを抱いているようで御座います。火の男は粗野で口が悪く喧嘩っ早いですが、女には弱いようで全員からあしらわれております。土の女はぬらりくらりと狡賢く立ち回る性悪で御座いますから、交友など誰とも持ちませぬ」
BINGO!
メッチャ詳しかった。
いや、にしても酷いな大精霊たち……。
「凄いな、あんこ。超詳しいじゃないか」
「いえ、そのようなことは。やつらの内面を覗いただけに御座います」
なるほど、だから妙に確信めいた言い方をするのか。
「じゃあ、アンゴルモアとの関係はどうだ?」
「全員、恐れております。あの木偶坊を恐れぬ精霊などいないほどには、恐れられております」
「……ほー」
意外だ。それだけゴーイングマイウェイな感じの大精霊たちでさえ、アンゴルモアは恐れるのか。
でもまあ、なんとなく理由はわかる。こっちの世界のあいつは、土の大精霊をパジャマのまま一方的に消滅させられるくらいの力がある上、あの性格なんだろう? そりゃ嫌だわ。できれば関わり合いたくない。
「精霊全員が恐れてるんなら、それ以外の、あんことかはどう思ってる?」
「あんこはなんとも思っておりませぬ。あんこ以外は、殆ど恐れているとは思いますが……どうでしょう、尋ねて回ってみなければわかりませぬ」
「へぇ」
流石になんとも思ってないなんてことはないだろう……と思ったが、あんこに限っては本当になんとも思ってない可能性が否定できない。人型でいる限り【魔術】は一切無効、つまり精霊の攻撃は殆ど効かないのだから。
「あ、そうだ」
尋ねて回ってみると聞いて、思い出した。
「そういえばミロクも精霊界にいるんだよな? 何処で何やってるか知ってるか?」
帝国への道中で召喚したっきり、全然会っていない。
あんこ同様、こっちで上手く時間を潰せていればいいのだが。
「山篭りをして修行の最中かと存じます。なんでも、遠距離攻撃に対抗し得る奥義を編み出すのだとか」
「おお、いいねえ。素晴らしいねえ」
俺が最後にしたアドバイスの通り、ミロクは遠距離攻撃対策を研究しているらしい。
つい感心して褒め言葉を口にしたところ、あんこがそわそわとした様子で喋り出す。
「あ、あんこも、あんこなりに考えて、修行をしておりますっ。次、また主様と相見える時は、きっとご満足していただけましょう」
「いいねいいね、最高だね。ミロクが刀のまま遠距離攻撃を克服し、あんこがスキルを使いこなせる動きを研究すれば、向かうところ敵なしだな」
「!」
あんこはパァッと嬉しそうな表情になる。
その直後、何かに気付いたようで、狼の耳をピンと立てた。
「主様、一つ思い出しました」
「どうした?」
「川の近くで見かけた男で御座いますが――」
ぼさぼさ髪を後ろで束ねた壮年の男。彼が一体どうしたというのか。
「――腰に刀を差しておりました」
お読みいただき、ありがとうございます。
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