261 寝る悪霊より苦あるね
「あいつの家?」
テラさんの言う大王様とは、多分あいつのことだろう。
それはいいとして、どうして遠路はるばる精霊界まで来てあいつに会わなければならないのか。
俺たちは狙いの精霊と話をしに来たのだ。アンゴルモアの家を訪ねに来たわけではない。
「はい~。大王様に、連れてこいと命じられてしまいました~」
なるほど、あいつの命令か。
無視……いや、それはテラさんが可哀想だな。彼女の父親、アンゴルモアに消滅させられたらしいし、命令を無視したらテラさんの身にも何かがあるかもしれない。
かと言って。
「すげえ張り切ってそうで嫌なんだよなあ……」
あいつああ見えてかなりの寂しがり屋だから、めちゃくちゃ歓迎されそうで嫌だ。
絶対に鬱陶しい。賭けてもいい。
俺は早いとこ皆の精霊を確保して帰りたいのだ。ムラッティとの共同研究や【合気術】の習得などなどやるべきことが山盛りで、あまり長居はしたくない。ただでさえ不気味なところだしな。
「それでは皆様~、こちらにお乗りくださ~い」
行きたくないなーと思っていると、テラさんがそんなことを言いながら、おもむろにスキルを発動した。
《砂海豚召喚》――体が砂でできた大きなイルカを召喚する、土の精霊特有のスキルだ。
この砂海豚、攻撃にも防御にも使えるうえ、搭乗ユニットとしても機能する。だから、アンゴルモアの家まで乗せて運んでくれると、そういうことだろう。
……こういった精霊特有のスキルは、精霊を育成することで習得させられる。精霊を育成するには、精霊に経験値を稼がせなければならない。つまり、本来自分が得られたはずの経験値を精霊に注ぎ込まなければならないということ。
これは、真剣に言っておく必要がありそうだ。育成には欠かせない考え方である。
「テラさん」
「はい~」
「一度でいい。シェリィに、優先順位を考えるようにと伝えておいてくれ」
「は、はい~」
俺はテラさんの目を見て、砂海豚の召喚へ物申すようにそう言った。きっと、これで伝わる。
せっかくレアな精霊を手に入れたのだからとテラさんを育成したくなる気持ちはわかるが、残念ながら優先順位が違う。
霊王戦で勝ちたいのならば、精霊を強化するのではなく、まず自身を強化するべきだ。
シェリィには八冠記念パーティのビンゴの景品で【魔魔術】を教えている。あれは手返し良く高火力を出せる優れたスキルのため、まず何よりも優先して習得しランクを上げ切るべきなのだ。そして効率良くダンジョンを周回し、その他のスキルを習得&育成して、ステータスを大幅に底上げしなければ、ヴォーグのことはとてもじゃないが出し抜けないだろう。
確かに、精霊を育成することで得られるスキルの中には、有用なものもある。だが、そこへ至るまでに消費した莫大な経験値を考えれば、その分を全て自身へ注いだ方がよっぽど切り札となり得る。特に育成序盤は。
ヴォーグに勝ちたいのなら、一にも二にも自身の強化。精霊の強化など、霊王になってからでいいのだ。
……が、シェリィがテラさんを育成していたから、こうして俺たちが砂海豚に乗せてもらえることもまた事実。
「センキュー」
俺は感謝を一言伝えて、砂海豚に跨った。「いや乗るんかい!」とラズがツッコんでいる。流石だ、全自動ツッコミマシーン。
砂海豚は全部で五匹。テラさんも入れて、ちょうど人数分である。
「おー……すなだ」
俺の次に跨ったエコが、なんとも言えない顔で素直な感想を口にした。
「うむ、確かに。不思議な生き物だな」
「せやなぁ」
シルビアは砂海豚の背中を優しく撫でながら、動いていることに驚いている。
ラズは、この砂海豚が生き物などではなくただの砂であることを知っているはずだが、説明が面倒くさかったのか、テキトーに同意していた。
「では~、出発~」
テラさんの掛け声とともに、砂海豚が動き出す。
まあまあのスピードだが、これでも比較的安全運転だ。
さて、これは何処へ向かって進んでいるのか。アンゴルモアの家なんて、前世でも訪ねたことはないからわからない。
ふと、川のすぐそばに砂漠の街が見えた。あの街は行ったことがある。
前から疑問だったんだが、どうして川のすぐそばに砂漠があるんだ? そして街の住人は、皆口を揃えてこう言う。水が欲しい、水さえあれば、と。
いや、街を出てちょっと行けば、わりと緑豊かな川があるのに……と、いつも思っていた。
もしかしたら彼らは、水が欲しいのに、本当は水を必要としていないのかもしれない。なんだか不思議な人たちだ。
「うお!?!?」
――突然、俺の砂海豚が何かに破壊され、俺は結構な勢いで空中へと投げ出された。
「セカンドさぁ~ん!?」
テラさんの焦る声。運転ミスか? おいおいおい……。
「主様!!」
……おいおいおい。
今、何かとても聞き覚えのある声が聞こえたぞ。
次の瞬間、俺は《暗黒召喚》され、ポフッとあんこの胸の中に包まれた。
「嗚呼、主様っ! あ、あ、あんこというものがありながら、どうしてこんな、砂にっ!! 砂畜生にぃっ!!」
あんこは砂海豚に嫉妬していたようだ。
いや、それはいつものこととして。
「お前……太陽は平気なのか?」
「…………はて、そういえば」
ここは砂漠のど真ん中。太陽はカンカン照りである。
もしかして、精霊界だから問題ないのだろうか? そうかもしれない。
「というかお前、どっから来た? 俺、召喚してないぞ」
「主様。あんこはここに暮らしているのです。主様にお越しいただけて、あんこは嬉しゅう御座いますっ」
あんこは興奮気味に鼻息をフンスと鳴らして言った。
ふ~ん、初耳。精霊界って、精霊だけじゃないんだな。
いや、でも納得だ。召喚していない時の魔物って何処にいるんだろうと思っていたが、なるほど精霊界にいたのか。
「ど、どちら様でしょうか~?」
俺が感心していると、テラさんが困り顔で尋ねてきた。
「主様、精霊など頼りになさらず、このあんこにお乗りくださいまし」
あんこはテラさんをガン無視して《暗黒変身》で狼形態となり、ブンブンとそのでかい尻尾を振って俺を待っている。
「……すんません、そういうわけなんで」
「は、はい~」
テラさん、砂海豚も一匹壊された上に散々だな。
ただ、もはや逃れることはできないのだ。だって《送還》できないんだもの。
「ゆっくり、皆に付いていけ。いいか、ゆっくりだ。くれぐれもな」
「!」
あんこはわふっと返事をして、俺を乗せたまま走り出す。
うん、快適快適。一瞬あのフォーミュラカーのような速度とGを思い出して嫌気がさしたが、このくらいのスピードなら乗り心地はそう悪くない。
以後、まあまあのスピードを維持したまま、俺たちは砂漠を抜け、山を越え、高原へと移動した。
「いいけしきー!」
「うむ、風が気持ち良いな!」
エコとシルビアが大きな声で口にする。確かに、絶景だ。
へぇ~、精霊界にもこんな場所あったんだな。まるでスイスのアルプスのようだ。行ったことないけど。
「着きました~」
テラさんは、湖の畔で移動の足を止めた。
そこには、やたらと大きな城が建っていた。
見栄っ張りというか、なんというか。実にあいつらしい城だ。
「――あ、ども、お疲れ様、です」
すると、中からスッとウィンフィルドが出てきて、テラさんにそんなことを言う。
この「到着時刻は秒単位でわかっていましたよ」感のあるムーブ。間違いなくウィンフィルド本人だ。
「いえいえ~、大王様からのご命令ですから~」
「これ、もし、よければ」
「あら~、いいんですか~? では遠慮なく~」
ウィンフィルドはテラさんに何か報酬のようなものを渡して、ぺこりとお辞儀をする。
テラさんは近所の奥さんみたいな感じの反応で受け取って、ぺこぺこと会釈しながら去っていった。
「じゃ、セカンド、さん、皆さん、中へ、どーぞー」
大理石でできたツルツルの床にコツコツと足音を響かせながら、ウィンフィルドが案内してくれる。
こうして見ると秘書のようだが、実際は彼女がほぼ全ての業務を担っているらしい。精霊大王の業務っていうのがなんなのかは、よくわからないが。
「この匂い……もしや主様、ここは」
あんこが気付いたみたいだ。まるでここが悪魔の城であるかのようにそう言った。
まあ間違いではない。ここは、一時お前とバチバチだった相手の家である。
「――フッハハハハハ! よくぞ来たッ! 我がセカンドと、その仲間たちよ!」
「出た」
精霊大王のお出ましだ。
アンゴルモアは俺たちを待ち構えていたかのように、エントランスホールの真正面、階段を上りきった先の踊り場という一番目立つ場所に出現した。
「歓迎しよう! 生憎と食事は用意できぬが、寝床は用意した。目当ての精霊と話がつくまで、ここを拠点にするがよい!」
そして意外とまともなことを言う。
「本物?」
「失敬なッ! 我は我に決まっておろうが!」
まあ、このうるささは本物だよなあ。
「あんな、ここ来る前にな、ウィンウィンに化けたやつがおってん」
「あー、川の、藪の、近く、でしょ?」
「せや。女の子に化けとったやつもおったなぁ」
「悪いこと、考える、お馬鹿が、多いんだ」
「やっぱ、悪いこと考えとったんやな」
「悪霊は、悪霊の顔、してないからね」
確かに。邪悪な人間はいつだって、善良な人間を装って近付いてくる。
「まあ、でも、付いていっても、別に、何も、されないけどねー」
「?」
え?
「あいつに付いていっても大丈夫だったのか?」
そうは思えないんだが……。
「うん、何も、されないっていうか、できないっていうか」
「我が答えよう」
「だ、そうですー」
ウィンフィルドがアンゴルモアへとパスをする。
「我がセカンドは、精霊界が初めてであろう。ゆえに、徐々に理解してゆけばよい」
「いや、まあ、うん」
この世界ではね。
「あやつらは、思い込んでおる」
「思い込んで?」
あやつらというのは、ウィンフィルドに化けたようなやつらのことか。
「然様。生者を引きずり込めば、己が生者となれると」
「無理なのか」
「当然。引きずり込むこともできぬ。生き血を啜れば、体を乗っ取れば、沙羅双樹の花を食えば、生き返ることができると信じておる者もおるが、そのようなことは一切ない」
なるほど。だから、何もされないというより、何もできないのか。
「彼らが生き返る方法は、ないということか……」
シルビアが悲しげな表情で言った。多分、三途の川で見たあの石積みの子供たちを思い出しているのだろう。
「唯一。此方と彼処を繋ぐには、精霊と化すよりない」
「精霊に?」
「然様。精霊とは、三種類存在する。一つは、生まれながらにして精霊である我のような存在。二つは、精霊と精霊との間に生まれた存在。三つは、死霊が精霊と化した存在」
アンゴルモアのくせに、なんか重要そうなことを言ってやがる。
これから口説きに行く精霊たちは、どれに該当するんだろうな?
「この精霊界は、停滞の世界。そう覚えておくがよい」
「停滞?」
「うむ。来る途中、砂漠の街を見たであろう」
「見た」
「何故、川のそばまで街を広げぬのかと、疑問には思わなかったか」
「思った」
「あやつらは停滞しておる。あの場から動けぬのだ。水を求め死した者は、いずれあの場を訪れ、限りなく水を求め続けることになる」
……うわあ。
「精霊界に暮らす精霊と魔物以外の全ての死霊は、そうして停滞しておるのだ。永遠の眠りの中で、永遠に苦しみ続ける。抜け出すには、消滅するか、精霊と化すよりない」
精霊界、意外と残酷な世界だった。
「ちなみに我は、生まれながらにして勝者! いつ如何なる時も精霊界の頂点! “勝ち”に停滞しておるわ! フワハハハハッ! 誇るがよいぞ、我がセカンドよ!」
そして隙あらば自慢。
せっかくいい感じの説明だったのに台無しだ。
「じゃあ、とりあえず、今日は、一泊して、休んで、明日から、各自、交渉開始、かな」
そんなアンゴルモアの扱いは慣れたもののようで、ウィンフィルドがぽんと手を合わせて仕切ってくれる。
いや、ちょっと待て。
「一泊する必要あるか? 俺、なるべく早く帰りたいんだが――」
「あ、セカンド、さん、だいじょぶ、だいじょぶー。心配しないで、いいよ」
すると、ウィンフィルドは全てお見通しだったようで、さらりと衝撃の事実を口にした。
「こっちで、一日、過ごしても、あっちでは、四十分くらいしか、経ってないから」
「…………へ!?」
お読みいただき、ありがとうございます。
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