27 人はそこまで強くなれない
不思議な人だった。
最初の言葉は「暗殺者? ふーん」という、なんとも気の抜けたもの。
シルビアという騎士風の凛とした女性と、エコという可愛らしい獣人の女の子を供につけた、絶世の美男。
私は彼の奴隷となった。
『攻撃不可』を契約に加えられた元暗殺者。そんな無用の長物を買って一体何に使うのかと思えば、彼は「鍛冶師になって欲しい」と言う。
性奴隷でもない。家政婦でもない。鍛冶師。
意味が分からない。
ペホの町への道中、彼は色々なことを話しかけてきた。
家族はいるのか。趣味はなんだ。休日は何してた。特技はあるのか。
私はまともに答えられなかった。
ルシア様――今は亡き女公爵によって拾われた孤児。それが私である。
名前などない。強いて言えば『影』。幼い頃から暗殺者として育てられた。
家族などいない。趣味などない。休日などない。特技は暗殺。
言えるわけがない。
ユカリという名を貰った今、私はもう単なる奴隷なのだから。
「お前の過去を聞いてもいいか?」
彼にそう聞かれて、私は動揺してしまった。
言いたくない。即座にそう思った。
過去に何があったのか。何故ルシア様だけが処刑され、私は助かったのか。それを明かしてしまえば、必ずや彼らは見る目を変える。どうしようもないことだと思い知る。心に消えないしこりが残り、巨大な理不尽に悩まされ続ける。
言っても無駄なのだ。だったら言わない方がいい。
だから私は隠した。そしてまた殻を被る。彼らと一線を引き、当たり障りのない奴隷として、生活を事務的にこなす。
私の思いなど、あるだけ無駄だと。そうやって心を殺しながら。
* * *
「チーム結成するか」
全員で机を囲み、夕飯を食べ終わった頃。
俺は高らかに宣言した。
「いよいよだな」
「だな!」
シルビアとエコは気合十分といった風で頷いた。
「チーム、ですか?」
ユカリは首を傾げている。
そもそもユカリには俺たちの目的を話していなかったな。
「俺は世界一位を目指している。ここにいるシルビアとエコは、そんな俺の手助けをしてくれる仲間だ。ユカリ、お前にも手助けを頼みたい」
「私はご主人様の奴隷です。私に出来ることならば勿論お手伝いさせていただきますが……世界一位?」
ユカリの疑問は深まったようだ。
「世界一位だ。意味分かるか?」
「ええ」
「冗談じゃないぞ?」
「はあ」
駄目だこいつ全く信じてねぇ。
ユカリの冷たい表情とジト目がグサリと突き刺さってくる。
だが副産物として「呆れ」の感情は引き出せた。こうやって少しずつ感情を表に出させていけば、いずれは打ち解けられるかもしれない。コツコツやっていこう。コツコツ……。
「セカンド殿。前々から気になっていたのだが、その世界一位の夢、どのようにしたら叶うのだ?」
シルビアが俺をフォローするように質問してきた。
「良い質問だシルビア・ヴァージニア」
「何故フルネーム……」
「わーじにあ」
「ヴァージニアだぞエコ」
「わーじにあ」
「……ヴァー」
「わーじにあ!」
「もういいやそれで」
それでいいのかお前……じゃなくて、世界一位になる方法の話だったな。
まあ、色々とあるが、中でもアレが一番分かりやすいか。
「個人で世界一位になる方法なら単純だぞ」
「単純?」
「ああ。全てのスキルのタイトルを獲得して、タイトルを防衛し続ける。つまりタイトル戦で負けなけりゃいい」
「…………はっ?」
シルビアはぽかんと口を開けて固まった。
『タイトル』――それは各スキルの頂点。
【弓術】を例に説明しよう。【弓術】には《歩兵弓術》から《龍王弓術》まで9種類のスキルが存在する。【弓術】のタイトルを獲得するには、まずその9つのスキル全てを九段まで上げなければならない。それが第一条件だ。
第二条件は、半年に一度行われる「タイトル戦」に出場し優勝すること。タイトル戦とは第一条件を満たした者たちがタイトル獲得を狙って参加するトーナメント形式の『対局』大会である。
第二条件を満たせば、現タイトル保持者に挑戦できる権利が与えられる。そこで現タイトル保持者に勝利すれば、晴れて【弓術】におけるタイトルを奪取できるのだ。
上記以外のタイトル獲得方法は「サーバ内で最も早く第一条件を満たす」もしくは「タイトル戦を防衛する」こと。ゆえに同じタイトルを複数人が保持することは不可能である。
すなわち、タイトルとはそのスキルの最高峰を意味し、名実ともに最強の称号なのである。
それをすべてのスキルにおいて獲得する――実に分かりやすい頂だ。
もちろん、「タイトル全制覇」は十分に世界一位足り得る要素ではあるが、それだけでは「本当の世界一位」とは言い切れないと俺は思っている。メヴィオンの『世界ランキング』には他にも様々な基準があり、それら全てを総合して序列がつけられているのだ。
ただ、まず目指すべき明確な目標としては、やはりタイトル全制覇以外ないだろう。
「タイトル戦は知っているだろ?」
「あ、ああっ、勿論だ! せ、セカンド殿はあの舞台に立つというのか!? それも全てのスキルで!?」
シルビアは興奮して立ち上がり言う。
「世界一位だぞ当然だろ」
「そ、そんなっ――」
「不可能です」
俺とシルビアの言い合いに、ユカリが割って入った。
たった一言、冷たい声で、はっきりと。
「今なんつった?」
「不可能ですと申し上げました、ご主人様」
聞き返すと、ユカリは淡々とそう言った。
場の空気が張り詰める。
「どうしてそう思う?」
「当然のことです。人はそこまで強くなれません」
「理由になってないな。どうしてそう思う?」
「……ですから、そこまで強く」
「根拠は?」
「…………」
俺が問いただすと、ユカリは閉口した。
何故だかは分からない。だが一つだけ分かることは、彼女は怒っているということだ。
「あまり……軽薄なことは口になさらない方が良いかと」
「論点をずらすな。そう思った根拠を言ってみろ。どうして強くなれないんだ?」
「どうして、って……」
「人はそこまで強くなれない。どうしてそう思う?」
「あ、当たり前のことです」
「だからそう思った理由は?」
「それは、私がっ……!」
ユカリは声を荒げ――
「…………いえ、何でもありません。お先に失礼します」
即座に落ち着きを取り戻すと、宿の部屋へと逃げるように戻っていった。
彼女の言葉の続きが何なのか。暗殺者という立場と名前を与えられていない境遇を考えれば、ぼんやりと答えは浮かんだ。
おそらくユカリは幼い頃から“人”として育てられていない。暗殺者とはそれほどに過酷な仕事だったのだろう。ゆえに知っているのだ。「強くなる」ということの辛さを。厳しさを。そして「人に勝つ」ということの難しさと、その儚さを。
だから「軽薄だ」と怒った。
俺も同感だ。その相手が俺じゃなかったらな。
「危ういな、ユカリ嬢は」
シルビアが言う。確かに危うい。あの場面で声を荒げ、直後に飲み込む。これが何を意味するか。それは溜め込んだ感情の爆発と、それを上回る常軌を逸した自制心だ。
「精神的に不安定だな。俺が購入するまでずっと奴隷商店に押し込められていたことを考えると当然なのかもしれないが……それでもあれ程に自分を律するのか」
「何かを言いたくてたまらないが、それを無理矢理に抑えつけている……といったところだろう」
「言いたくてたまらない?」
「私にはそう見える。セカンド殿はどう思った?」
「俺は……怖がっていると思った。秘密を知られてしまうことを」
俺がそう言うと、シルビアは愉快そうに「ふふっ」と笑った。
「なんだ?」
「いや、すまない。馬鹿にしたわけではないぞ」
謝ってから、「ただな」と言ってこう続ける。
「女というのは往々にして相反する2つの感情を持つものだ」
もしかしたらどちらの意見も当たっているかもな、と。
シルビアは爽やかにそう言うと、半分眠りかけているエコを担いで部屋へと戻っていった。
俺はこの時、出会って初めてシルビアのことを格好良いと感じたのだが……去っていくシルビアのケツに紙ナプキンが静電気でくっついていて、考えを改めざるを得なかった。
翌朝。
俺たちはペホの町から東へ15分ほど進んだ場所にある丙等級ダンジョン『アシアスパルン』へと馬を進めていた。
どうして今更になって丙等級ダンジョンへと向かうのか。それは「チーム結成」のためである。
チームの結成にはチーム結成クエストを完遂しなければならない。その内容は「チーム結成希望メンバー3人以上と共に丙等級ダンジョンをクリアする」こと。丙等級ダンジョンならば何処でもいいので、非常に簡単なクエストだ。
まあ、実を言えば二時間以内とか完全クリアとか、ややこしい条件が他に色々とあるのだが、今の俺たちなら気にせずとも問題はないので割愛する。
今のところ最も効率の良い経験値稼ぎがリンプトファートダンジョンの周回なので、しばらくはペホの町から離れない予定であった。ゆえに「近場で済ませちまおう」と思ってアシアスパルンダンジョンへ向かっているというわけだ。
そして、到着する。
森の中の岩山にぽっかりと口を開ける大きな洞窟。
久しく潜っていない丙等級ダンジョン。中でも、アシアスパルンダンジョンは大昔に一度だけ行ったっきり。
……この時、俺はすっかり忘れていた。
『吹っ飛ばしダンジョン』――ここアシアスパルンの別名を。
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