258 被弾して死んだ日
* * *
「ありがとうございました」
リンリンさんの投了と同時に、決闘は終わった。
俺はアンゴルモアを《送還》し、一礼する。
それから数秒、互いに無言のままぼうっとしていた。
大体いつもこうだ。大抵は「感想戦、何から話そうか」なんて考えている。
「待――」
「待ちでしたか」
「あ、そうそう。待ちでしたね」
喋り出しが被った。
リンリンさんも俺と同じことを考えていたようで、意見が一致する。なら、間違いなさそうか。
あそこは、飛弓風参を撃たずに待つのが好手だったようだ。
俺が銀槍を投げたら、アネモネの風参で中合い、そしてアンゴルモアを狙って飛弓風参を放つ。結果、少しの被ダメとアンゴルモアからの雷参を回避するための変身だけで、俺の精霊憑依を消費させられるため、リンリンさん勝勢となる。ゆえに、俺も銀槍を投げずに待機する一手で、睨み合ってどうか。多分、俺の方が少し不利だな。
うーん、なかなかに難しい手順だが……しかしなあ、あの読み抜けは「精密流」らしくない。リンリンさん、どうやら相当にブランクがあったのか、勘が鈍っているようだ。
いや、しょうがねえわ。だって、相手がいないんだもの。環境は俺と似ている。
でもなんだかんだ言いつつしっかりスキルを覚えているあたり、やる気はあったのか?
……もしかして、脈あり?
「月に一回くらい模擬戦するとか、どうです?」
淡い期待に胸を膨らませながら聞いてみる。
「すみません嫌です」
リンリンさんは即答した。
まあ……でしょうね。
「そ、う、ですか」
……い、いや、別にいいし。というか想定の範囲内だし。そう言われると思ってたし。全くこれっぽっちも気にしてないし。そもそも個人の自由だし? 寂しいとか全然、全ッ然思ってるわけないし。
「…………まあ、年に一回くらいなら」
「!!」
マジィ!?
「リンリンさァん!」
「それと、はぁー……約束は約束ですから。彼の面倒を見ればいいんでしょ?」
「オッス! おなしゃァす!!」
最高じゃん! 一気に楽しみが二つも増えたぞ!
「よかったなプリンス! リンリンさん弟子にしてくれるってよ」
「……てめぇー……いや、マジか……」
うわあ。びっくりするくらいテンションが低い。
「どうしたよ。嬉しくないのか?」
「逆になんでてめぇーはそんな喜んでるわけ?」
「お前が育つ」
「何様だオラ! 僕の方が年上だっつってんダルルォ!?」
「いやそんな巻き舌で言われても」
逆に二十五歳でこれって……まあ、そういうところが彼の魅力ではあるんだが。
「よかったやん、センパイ」
「ああ。ラズも試合してもらったらどうだ、年に一回」
「うちは……まあ、考えとこかなぁ」
おっ? ラズのやつも、冷めたように見えて実はやる気満々だな?
いいねえ。年に一度のお楽しみ、今からワックワクだ。
「それにしてもリンリンはん、ほんまにええの? 年に一回、センパイが試合しに来るんやで?」
「……いや、そうでも言わないと付き纏われそうだから」
「あ~……あははぁ」
おい、否定しろラズ。笑って誤魔化すな。
「ところで……もしかしてフラン君?」
「せやで~」
「おー。久しぶりです」
「こっちでもよろしゅう」
「はい」
お、流石は精密流。見逃さない。
まあ関西弁で俺をセンパイ呼びする人なんて、フランボワーズ1世しかいなかったが。
「ええと……」
あっちの話が出て、なんだか微妙な空気になり、全員の視線が自然とプリンスに向く。
皆、こう思っているだろう。こいつちょっと邪魔くさいなあ……と。
「じゃあ、プリンス。オレから師匠として最初の命令」
「はい、リンリン先生!」
「泡菜の散歩、行ってきて」
「……へ?」
「返事」
「は、はい!」
リンリンさんが機転を利かせ、プリンスを遠ざけた。プリンスは背筋を伸ばして返事をすると、ログハウスへと走っていく。
プリンスめ、俺には突っかかってくるくせに、リンリンさんにはやけに素直だな。ここまで先生先生と慕ってるってことは、過去に何かあったのだろうか? あったのだとしたら是非とも聞かせてもらいたい。あの捻くれ自演男をこんな風にさせる出来事なんて、そりゃ絶対面白いに決まってるから。
「リンリンはん、なかなかスパルタやな」
プリンスを見送って最初に口を開いたのはラズだった。
それ、確かに思ったな。というか……。
「リンリンさん、こっちでは意外と辛口キャラ?」
「…………」
帝国で会った時のことを思い出して言ってみたのだが、どうやら急所だったようだ。ばつの悪そ~な顔で苦笑している。
なんか、帝国の時といい、犬可愛がりの件といい、リンリンさんってわりと被弾するよなあ……。
「まあ、あるあるちゃう? こっちだと結構、口調に悩まんっちゅうか、なんちゅうか。リアルやからかなぁ」
「あー、そういう。わかるなあ俺も。相手の正体っていうか、中身がいないってわかってるから、つい油断してタメ口で喋っちゃったりするもん。リンリンさんも多分そうでしょう?」
「いや、そうなんですよ。本当に。いや、はい、仰る通り。相手が生身だと、どうも油断して……」
うん、油断ということにしておこう。決して高校デビュー的なアレではない。
「……えーと」
ここでまた、妙な間が開いてしまった。
どうにも、ぎこちない。リンリンさんとは、それほど仲が良いわけでもないし、かと言って全く知らない仲なわけでもないし。とにかく久しぶりに会ったもんだから、いまいち何を話したらいいのかわからない。
「どうしましょ。とりあえず銭湯でも行きます?」
「なんでやねん」
ああ、隣にツッコミのいるこの安心感よ。困ったらボケられるからいいね。
すると、リンリンさんは「ふふ」と小さく笑ってくれて、それからゆっくりと口を開いた。
「銭湯は……置いておいて。ちょっと、聞きたいことがあります」
俺たちに質問か。なんだろうか。
「――死にました?」
それな。来ると思った。
「俺はなんか凄い死にました」
「うちもなんやメッチャ死んだわ」
「あー……」
リンリンさんは「やっぱり」と呟き、言葉を続ける。
「オレも完全に死にました」
ですよね。
死因は……いや、やめておこう。当たり判定が謎にでかい彼のことだ、また急所に被弾しかねない。それに、俺たちも明かしてないから失礼だ。
「これで何人やろか。五人?」
「え!? そんなに来てるんですか?」
「時系列順に行くと、高橋豪太郎さんっていう東都大の教授、0k4NNさん、俺、ラズ、リンリンさんですね」
「ちょい待ち、センパイ。リンリンはんがいつこっち来たかは、ようわかっとらんで」
「あ、そうか」
……ん、待てよ……!?
「俺、一年半くらい前にこっち来たんだよ。で、高橋さんが千年くらい前で、0k4NNさんが三百年くらい前だとミロクが言っていた」
「え、そんなに前の話なんですか……」
リンリンさんは、俺とラズのやりとりを聞いて呆気に取られているようだ。
「ラズ、計算してくれ。俺は2034年に死んだ。高橋さんは2008年だと言っていた。0k4NNさんは、確か2026年だ。抜刀術の大型アプデ前に亡くなったと聞いた」
「ちょい待ちぃ……」
なんて言いつつ、二秒も経たずに答えが返ってきた。
「ん。約38倍や。あっちとこっちは、時の流れに38倍の差があるわ」
38倍か。つまり、あっちで一日過ごしていた場合、こっちでは一か月ちょっと経っているわけだ。
「リンリンさん、失礼ですがいつ頃に亡くなられました?」
「……クラック事件の六日後の朝です」
「俺は三日後の夜です」
差は二日半。であれば、こっちでは二~三か月ほどの差が出ているはず。
「リンリンさん、プリンスが天網座になったタイトル戦の何か月前にこっちへ来ました?」
「ええと……六か月経たないくらい前です」
「俺は……八~九か月前か」
「……ビンゴ、やな」
大体38倍で間違いなさそうだ。
ほほ~う、なるほど、なるほどなあ。段々と核心に近付いているような気がする。
俺は顎に手を添え、神妙な面持ちで口にした。
「…………で、なんなのって話なんですけど」
「 」
「 」
ズコーッと二人がずっこける。
「なんやそれ!」
「いや~、何倍かわかって、スッキリしたなあ……ってだけだ」
「それはそうでしょうけど……」
転生した理由とか、それっぽい謎解きとか、別にどうでもいいしな。
二人に呆れられながら、俺は「ひひひ」と笑った。
「じゃ、また一年後に会いに来ます、リンリンさん。その間、プリンスをよろしくお願いします」
「え? あ、はい。わかりました」
スッキリしたところで、お別れだ。
「ほな、失礼します~」
ラズと一緒に会釈して、ログハウスの前を後にする。
リンリンさんは会釈とともに「どうも」と一言、俺たちを見送ってくれた。
その後、なんとはなしに、ラズと二人で砂浜を歩く。
「……なあセンパイ。ところでうちも、質問してええか?」
俺があんこの召喚場所を物色していると、ラズが唐突にそんなことを口にした。
「なんでもどうぞ」
「おおきに」
ニッと笑って返すと、ラズはニッコリ笑って嬉しそうな顔をする。
そして「試合中からずっと気になってたんやけど」と前置きをしてから、質問を口にした。
「センパイ、なんでリンリンはんがアネモネ召喚した時に、ゲェ~って顔に出してん? あんなんメッチャ珍しいやん。そんな意外やったん?」
「ああああああああ!!!!」
「わゃあああっ!? なんやぁ急に!?」
思い出した!!
俺が焦っていた理由……!
「やべえ忘れてた! こうしちゃいられねえ……!」
「ちょちょちょ、ちょい待ち! どしたんやセンパイ! なんかあったんか!? っちゅうかまだ質問に答えてもろてへんねやけど!」
「……あ、ああ、そうか、そうだな」
気が動転していた。
いや、でも、あれは流石に動揺しても仕方がない。
ついうっかりしていたんだ。俺はどうしてその可能性にもっと早く気付かなかったんだろうか。
「あのな、ラズ」
「な、なんや……?」
「この世界の精霊ってさ――早い者勝ちなんだ」
「……………………へ?」
俺は、アネモネを狙っていたんだ。風の大精霊、欲しいに決まってる。火の大精霊も土の大精霊も既にヴォーグとシェリィが使役しているから、せめて風と水の二つはうちのチームの誰かにと、かねてよりそう思っていたのだ。
もちろん、アンゴルモアには既に相談した。あいつは「使役したい精霊の名を言ってみよ、我が紹介してやろう」とかなんとか豪語していたから、俺はチームメンバー用に欲しいレア精霊をリストアップして、あいつに渡している。
しかしそれ以来、あいつから全くこの話題に触れてこないあたりを見るに……恐らく説得に失敗したのだろう。きっと精霊大王として恰好がつかないから、しれっと黙っているのだ。
それで、あのザマだよ。さっきの試合だ。狙ってた風の大精霊アネモネを目の前で出されてみろ、そりゃ動揺するっちゅーねん!
俺がリストに書いたあの精霊もあの精霊もあの精霊も、もしかしたら、今にも他の人に使役されてしまうかもしれないのだ。
いや焦るに決まっとるわい!!
「ラズ、急いで帰るぞ」
「こ、今度はなんやっ。ダンジョンか? 戦争か?」
「違う。ああ駄目だ、じっとしていられん」
こうなったら、もう――。
「――直談判だ」
お読みいただき、ありがとうございます。
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