257 読むよ
* * *
side 凛嬌令媛
現状、オレが優勢。この形勢判断に誤りはない。
しかし……「上手くやられた」という感がある。
外されたのだ。有効かどうか疑問の残る新手をあえてぶっこんできて、オレの研究手順から外された。
結果、優勢にはなったが、既に定跡からは大きく外れている。当然、オレの研究からも。やり辛いったらない。これはつまり、彼の手のひらの上ということだろうか?
……ああ、きっとそうだ。正直言って自信がない。
sevenさんは、この程度の形勢差など軽くひっくり返し続けてきた。彼の終盤は、それほどに他のプレイヤーと一線を画していると言っていい。誰一人として到達し得ることのなかった未知の領域だ。彼にしかわからないものが多すぎる。
だからこそオレは疑わなければならない――この状況があえて作られていると。
多くの者が彼のことを「メヴィオンバカ」だの「メヴィウス大卒」だのと嘲笑していたが、彼らは何もわかっていない。オレは確信している。真に恐れるべきは、彼の頭の良さだと。
皆、彼に騙されている。今一度冷静に考えてみろと言いたい。ここまで手を読める人が、ここまで手が見える人が、ここまで手の上手い人が、単なる馬鹿なわけがないだろう。
したがって断言できる。この優勢は、彼によって巧妙に作り出されたもの。ゆえに、オレも何か早急に手を打たなければならない。
「!」
が、遅かったか。中盤から終盤へのインターバルは終わってしまった。
sevenさん、いや、セカンドさんは既に動き出している。
《龍馬槍術》。意外なところからの着手という印象。
読むか。読むしかないな。やれやれ、どんな手順だったか。
そう、槍飛の突進に火参溜で対応して槍桂で躱されて、から。なるほど。
第一感――弓飛風参。それか剣角投げ。もしくは風風参複。
いや、変身中で、VIT強化の穴熊付与装備も二部位は見えている。クリなしで1割も削れそうにない。風風参複では駄目だ。
じゃあアネモネ憑依からぴょんぴょん風か。いや、アンゴルモアの雷伍が怖い、駄目だ。
変身回避、これはないな。
本筋は剣角投げか? これに槍飛なら、ぶつけ合って剣馬でハッキリ優勢。盾飛にも、同様にぶつけ合ってから剣馬。弓銀桂なら、投げずに間合い詰めから変身。そのまま槍馬を撃ってくるなら……ああ、そうか、これがまずいのか。
となると、やはり本筋は弓飛風参だろう。これは無視できない。槍馬キャンセルから槍桂回避なら、アネモネ憑依して弓歩連射で勝勢。槍馬キャンセルから糸飛で迎撃なら、風参風風参相で寄せ切れる。フロロカーボン16lbは風に弱い。
「…………」
《飛車弓術》《風属性・参ノ型》《複合》を準備しながら、更に深く読みを入れる。
……が、一瞬で、その必要はなくなった。
「出た出た」
セカンドさんが槍馬キャンセルから準備を始めた予想外のスキルを見て、オレは思わず呟く。
なんだそれ? 《銀将槍術》? そんなの誰が読める? ふざけるなって。あーあ、全て読み直しだ。
槍銀。槍銀。槍銀。いや、おかしい。こっちは弓飛、それも風参の複合魔弓術だ。変身中とはいえ槍銀ごときで防げるわけもない。槍銀は溜め攻撃だが、溜めている余裕もない。が、セカンドさんの対応だ、必ず何か意味がある。何かを狙っている。それは間違いない。
さて、なんだろうか。
槍銀が弓飛より秀でている点。準備完了時間、使用後硬直時間。
槍銀が弓飛より劣っている点。威力、攻撃範囲、攻撃距離。
ああ、わかった。投げるのか。なるほどそういう発想。いや、流石。感心してしまった。
はぁ……読む読む。読むよ。読みますよ。
槍銀投げ、ね。こちらの応手は――無視して弓飛風参を撃つか、変身回避か、アンゴルモアの雷参への対応としてアネモネに準備させている風参をセカンドさんへ向けて撃たせるか。
……無視は駄目、か。こちらが先にスキルを発動してしまっては、セカンドさんが投げるか投げないかを選択できてしまう。セカンドさんなら100%で槍銀を投げずに溜めて迎撃を当ててくるはずだ。スキル性能の差である程度のダメージは通るだろうが、微々たるもの。そして銀将後の硬直が短いせいで、次にオレが何に繋げようとしてもセカンドさんの方が得をする。
かと言って、向こうが投げるのを待ってから射れば、今度はアンゴルモアの雷参で中合いされ、大したダメージを稼げそうにない。そこから投げられた槍銀を変身回避してどうか……いや、タダで変身を使わされてしまっては癪だ。
同様の理由で、単に変身回避も疑問手だな。
つまり、アネモネに風参を撃たせて槍銀投げを誘い、投擲確認後にオレも無視して弓飛風参を撃ち、どっちかを確実にセカンドさんへと当てる。そうしてダメージを稼いでから変身回避、これが好手となるだろう。
槍銀投げとアンゴルモアの雷参を空振りさせて、こっちの攻めだけ通す。変身を消費する代償としては悪くない。
「――っ」
パチッと、頭の中で何かが弾けた。集中し過ぎるとたまにこうなる。多分、血管とか細胞とかが耐え切れずに切れたり死んだりしているのだろう。
パチパチうるさい、どうでもいい。僅かな瞬間に極限まで脳を働かせ思考しているのだから仕方がない。
これでも考えていない方だ。そして、本当なら、考えない方がいい。人間は考えないために考える生き物なのだ。だから試合中も、なるべく考えずに済むよう、ある程度の見当をつけながら考える。ランカーの誰かが何かのインタビューでそんな風に答えていたのを、どうしてか今、思い出した。あれ、Zabbaleenさんだったっけ。まあいい。
「アネモネッ」
肺に残っていた空気を絞り出すように、オレは風の大精霊の名を呼んだ。
「お望み通り、吹き飛ばしてあげましょう」
オレの考えを感じ取ったアネモネが、その《風属性・参ノ型》の対象をセカンドさんへと切り替えた。
セカンドさんの表情は、無。セブンスマイル以降、彼はずっとああなる。あのポーカーフェイスを崩す方法は、一つだけしかない。
そうそう、それこそザバさんなんかは、上手かったな。お喋りな人だったから。オレは、あんまり上手くない。だから苦手だった。
でも……今日はなんだか、できそうな気分だ。
「さあ、どうしますッ!」
オレは、セカンドさんへと笑いかけ、大声でそう口にした。
するとセカンドさんは、オレにつられるようにして、ニィ――と、その口角を上げる。
よし。久々に見せてくれた気がする。今、この世界で、あえて名付けるなら「セカンドスマイル」だろうか。
彼は、対戦相手からの好意を拒めない。有名な弱点である。相手を愛するあまり、相手からも愛されると、つまり相思相愛になると、楽しくて楽しくて仕方がなくなってポーカーフェイスが崩れるのだ。おっと、これもザバさんの考察だったっけ? まあいい。
彼が笑ってくれたということは……この試合、オレも楽しめているということ。あれだけ拒んでおいて、全く形無しである。
ああ、認めよう。久しぶりの真剣勝負、思いのほか楽しい。ただし、優勢を築けているから、そして今まさに勝勢になろうとしているから、そう思えているのだろうが。
「――読み抜けてますよォ~」
目を半月のようにしたセカンドさんが、槍銀を投擲するポーズでニタニタと笑いながら言い放った。
彼はアネモネの風参をギリギリまで待っている。発動まで、あと一秒もない。
突如……ふわっと、無重力に投げ出される。ドバッと、汗が一気に噴き出る。
嘘、ちょ、待て。え、読み抜け? やばい。オレは何を読み抜けた? 何を――。
「!!!!」
アネモネから風参が撃たれ、セカンドさんへと直撃する瞬間――セカンドさんは、槍銀を投げた。アネモネへと。
……あー、そっか。やられた。いや、やってしまった。そっちがあるじゃないか。馬鹿だ。
あーあーあーあーあー……駄目だ、とりあえず弓飛風参は撃っておこう。
「憑依ッ!!」
それから《精霊憑依》でアネモネを憑依し、槍銀を回避させる。アネモネを撃ち落とされては無条件で二対一、勝ち目などない。ゆえに、これしかない。
オレの弓飛風参はアンゴルモアの雷参で中合いされ、威力が減衰した状態でセカンドさんへと当たった。セカンドさんは変身中ということもあり、大したダメージにはなっていない。当然、ダウンもしない。
そして、飛車後の硬直と銀将後の硬直は、後者の方が短い。先手後手が入れ替わり、次からはオレが対応を余儀なくされる。
加えて、オレには変身回避がまだ残されているものの、使うならば憑依を一度解かなければならない。もし使ってしまえば、精霊再召喚までのクールタイム250秒間、二対一を余儀なくされる。バフの効果は変身よりも憑依の方が高い。変身中の二対一と、憑依中の二対一ならば、後者しか選べないくらいの差。つまり、余程の緊急事態でなければ変身を使えなくなった。
と、いうことは……セカンドさんの次の一手は、その余程の緊急事態を狙ってくるに違いない。
……いや、強過ぎ。
最悪だ。形勢はたった一手で一瞬にして逆転した。
それにしても、そうか、アネモネを狙ってくる手があったか。凄いな。いやあ気付かなかった。妙手と言っていい。麦茶だと思って飲んだらめんつゆだった時のような衝撃だ。
やはり、セカンドさんに勝つためには「ワンチャンを与えない」というのが絶対条件だろう。長年の経験から、そう結論付けてよい気がする。彼はワンチャンさえあればチーターにも一発入れてしまうプレイヤーだ。勝ちたいのなら、絶対に隙を見せてはいけない。オレは、最善手にこだわらず、回りくどくとも“負けない手”を選ぶべきだった。
「…………」
セカンドさんは、硬直が解けるや否や、インベントリからミスリルバックラーを取り出し《飛車盾術》の準備を始める。
遠距離攻撃は間に合わないな。接近を許すしかない。
オレは少し遅れて硬直が解け、瞬時に《金将弓術》を発動する。その頃にはもう、セカンドさんは突進を開始していた。
間に合う。しかし、間に合うだけ。最善の対応はこんなものしかないのか。
弓金の範囲攻撃とノックバック効果で上手く弾けたとしても、完全に弾き切ることはできない。変身+穴熊による高VIT+STRでの突進は、相当なダメージが通る。クリなんかが出てしまえば、こっちがノックバックするだろう。
「……ッ!」
運が悪い。クリティカルヒットだ。
……いや、待て。セカンドさん、ここまで読み筋だったのか? もしや、“穴熊”の付与されている装備二部位以外、全て“角換わり”の付与で固めてクリ率を上げている?
ああ、今、ちらりと見えた手と頭の二部位は確定で角換わりだった。なら、クリ率特化+VIT強化装備と考えていいだろう。
試合前からここまで全て織り込み済みだったか。
寒気がするな。
そして、追撃もえげつない。ここでフロロ出してきて《金将糸操術》の拘束か……。
「――変身」
使うしかない。
オレは《精霊憑依》解除から《変身》を発動して、無敵状態でセカンドさんの金糸を無効化する。
セカンドさんは、それも読んでいたのだろう、既に十分な間合いを取っていた。
「ぁ」
…………終わったか。
これしかない、という対応の連続――――“セブンシステム”だ。
そう、現状は二対一。
今の変身を完全に読まれていたとすれば、オレが変身するより前からアンゴルモアが《雷属性・伍ノ型》を準備しているはず。
そして、セカンドさんは、なんらかの強力なスキルを準備しているはず。
「七世零環。い~い刀でしょ? 実は、0k4NNさんに貰いまして」
《龍王抜刀術》……それもオリジナル武器で。
セカンドさんは刀を見せびらかしてきながら、嬉しそうにそんなことを言う。まるで子供だ。前とちっとも変わっていない。
さて、詰めろがかかった。次、オレは無敵6秒経過後の2秒間で何か有効な手を打たなければ、呆気なく詰まされる。あの刀龍を喰らったら終わりだ。抜刀術最上級スキルの火力は、変身状態のオレを一太刀で瀕死にまで持っていくだろう。
しかし……必至か。
アンゴルモアからは雷伍、セカンドさんからは刀龍。見事に挟まれている。
2秒間では、刀龍の攻撃範囲から逃れられたとしても、雷伍からは逃げ切れない。
逆に接近した場合、セカンドさんを巻き込むため雷伍は撃てないだろうが、距離的に接近し切れず刀龍の発動を阻止できない。
前者を選んだ場合、確実に詰む。伍ノ型は発動時間が長く、発動中は常に雷に撃たれ続ける。すなわちダウンだ。セカンドさんは刀龍キャンセルから、ダウン中のオレに確実なトドメを刺しにくるだろう。
後者を選んだ場合は、辛うじて、まだ、なんとか、ワンチャン残しているか。
そのワンチャンとは……セカンドさんが距離計算をミスしている可能性、たった一つだけ。
ああ――。
つまり――――。
「――参りました」
お読みいただき、ありがとうございます。
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