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第十二章、始まりまっす。
シルビア・ヴァージニア:元女騎士のポンコツ金髪弓術師
エコ・リーフレット:筋肉僧侶のかわいい猫獣人(かわいい)
ユカリ:元奴隷の毒舌ダークエルフ鍛冶師メイド長
ラズベリーベル:元聖女の関西弁
アカネコ:クソ真面目ミニスカ侍
アルファ:眼鏡巨乳の引っ込み思案エルフ魔術師
ウィンフィルド:天才軍師精霊
シャンパーニ・ファーナ:ゴージャスお嬢様メイド
ライト・マルベル:マルベル帝国新皇帝
オリンピア:マルベル皇帝直属親衛隊隊長
「本当にいきなり行っていいのか? 流石に迷惑じゃないか?」
マインたちとの昼メシの後、ライトとオリンピア率いる親衛隊は、俺の家に付いてくることとなった。
「お前が言い出したんだろうが」
「いや、そうだけど……こんな大人数で押しかけて邪魔にならないか?」
べろべろに酔っ払って「見たい見たいセカンドの家見たい!」と畳の上でじたばたしていたライトは今や見る影もなく、なんだか急に俺への迷惑を気にしているようだ。
「そうだ、オリンピア。護衛に二人だけ選んで、残り全員は何処かで待機させて――」
「いらんいらんそんな気遣い。大丈夫だ、全員入れる」
「え……セカンドの家はそんなに広いのか?」
「んー、まあまあ」
驚く顔が見たいのでちょっと謙遜しておく。
「ところで随分と歩くな。これなら馬車に乗った方が」
「もう着いてるぞ」
「……え?」
門を通ってかれこれ五分。未だに家が見えてこないからか、ライトはあれがうちの敷地の門だとは思わなかったようだ。
「セカンド、野宿はよくないぞ。度し難いほどに馬鹿なお前でも流石に風邪をひく」
「馬鹿、まだ庭だ庭」
「庭? ここが? まさか。公園だろ」
信じられないようだ。帝国城より広いんだから、それもそのはず。いくら俺が馬鹿だといえども、こんな馬鹿みたいに広い敷地と家を買うとは思えなかったらしい。
しかし、それから更に数分歩いていると、だんだんライトやオリンピアたちの顔色が変わってきた。
まあ、そうだよな。だって昼間の公園にしては、通行人が全然いないもの。
使用人たちも、今頃は管理職以外のほとんどが昼メシを食べているはずだ。皆が昼メシを昼に食べられるようにと、ユカリによってしっかり調整されている。
と、噂をすれば管理職、シャンパーニを発見だ。
「ご主人様、ご機嫌よう御座いますわ」
シャンパーニは俺たちを見つけると、小走りで駆け寄ってきて優雅に一礼した。
綺麗な髪が舞って、ふわりと花の香りが漂う。メイド服は夏だというのにファッション重視のゴージャスなデザインで、煌びやかなアレンジが施されている。相変わらずメイクもばっちり、おまけにフリッフリの日傘付き。うん、今日も人一倍お嬢様だな。
「よおシャンパーニ。今日もナイスお嬢様メイド」
「本当ですの!? やりましたわ~っ、嬉しいですわ~っ!」
お嬢様と言われると、喜んでぴょこぴょこ跳ねる。こういう純粋なところが彼女の魅力だと思う。
「あら? こちらの方々は」
「ああ、こいつ皇帝」
「おほほほっ」
ひとしきり喜んだあと、シャンパーニはライトたちに気付いた。
俺が事実を言うと、お嬢様っぽく笑って一言。
「またまたそんな、ご主人様はご冗談がお上手ですわね」
冗談だと思ったようだ。
「……まあ、僕が皇帝に見えないことには自覚がある。特別に聞き逃してやろう」
ライトは額にムカツキマークを浮かべながらも、なんとか穏便に済ませてくれた。
「人は見かけによらないな」
「誰のせいでこうなったと思ってる!」
「俺のおかげだろう」
「せいだ!」
一時は俺の「おかげ」だと言ってくれていたライトだが、今は頑として俺の「せい」と言い張っている。
そんな俺とライトの言い合いをハラハラしながら見ているオリンピアと、きょとんと見つめるシャンパーニ。
おっと……? もしやこの二人、半年後に四鎗聖戦で顔を合わせることになるんじゃないか?
「なあ、オリンピア。お前、四鎗聖戦に出るよな?」
「は。陛下のお許しさえいただけるのならば」
「ライト、許せ」
「なんで僕がお前に命令されなきゃならない!」
とは言いつつ許可してくれるはず。なんなら観戦に付いてくるかもしれない。ライトはそういうやつである。
「…………え、マジですの?」
一方、シャンパーニは今ごろ冗談じゃなかったと気付いたようだ。珍しく神妙な顔をして低めの声でそう言った。
俺がニィッと笑って返すと、シャンパーニはパリッと白目になって固まる。なんかそんな少女漫画見たことあるなぁ……リアクションまでバッチリお嬢様だ。
そして、シャンパーニが慌ててライトに頭を下げようとしたので、俺は後ろからその両肩に手を置いて動きを止め、彼女を紹介しようと口を開いた。
「ちなみにうちのシャンパーニは、四鎗聖戦出場者だ。現時点ではオリンピアを片手でねじ伏せられるくらい強いから、半年後は覚悟しておいた方がいいぞ」
「!?」
人は見かけによらない。
つい先ほど俺が口にした言葉をなぞるように言う。
「おーっほっほ! 片手でなんてそんな、流石に難しいですわ~っ」
シャンパーニは見るからに上機嫌だ。口の横に手を添えて高らかに笑っている。その上、明らかに謙遜。片手で楽勝するつもりなのだろう。こういう単純なところ、ちょっと俺に似てるなあと思う。
「せ、先輩でいらっしゃいましたか。これは、ご挨拶が遅れ、誠に申し訳御座いません。私はライト・マルベル皇帝陛下直属親衛隊隊長オリンピア・アストラと申します」
オリンピアは俺の紹介を聞くと、改まって挨拶をした。へぇ、家名はアストラっていうのか。暫く一緒にいたけど初めて知った。逆によく知らなかったな俺。自分に驚きだ。
俺が謎に感心していると、ライトは何故か俺の方を向き、探偵のように顎へ手を当てて訝しげな顔をしてくる。
「どうした」
「……いや、やっぱりおかしい。セカンド、お前、どうして四鎗聖戦出場者に主人だなんて呼ばれてる?」
「そりゃシャンパーニはうちのメイドだからだ」
「四鎗聖戦の出場者がか? 馬鹿言え。タイトル戦の出場者がメイドなどするわけがない。庭の件しかり、ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてないが」
「それに、その女もだ。片手の部分は否定しても、ねじ伏せられることは否定していない。皇帝の護衛を相手によほどの自信、いや、過剰な自信だ。僕を騙そうとしているな? おい、いくら主人に逆らえないからと、メイドの分際で皇帝である僕にそのような戯言、二度は許せないぞ」
あーあ、ライトが怒っちゃった。
「落ち着け」
「うるさい!」
「いいから落ち着け」
「……っ……」
顔を覗き込んで言うと、ライトは何か言いたげな表情で黙る。
ちょっとドッキリが過ぎたようだ。そうそう、幾分かマシになったとはいえ、元々こいつは猜疑心の塊みたいなやつだった。
いや、それとも、何か否定したい理由でもあるのかな?
まあ、いいや。
「すまんな」
「今さら謝られても許――」
「全て本当のことだ」
「……はぁ!?」
もう知らん。俺は悪くない。信じてくれない方が悪い。
こうなったら、事実の暴力だ。
「そもそも嘘をつく理由がない。全て真実。一切嘘は言わない。セブンの頃もそうだっただろうが。俺は姿を偽っていたこと以外、何一つ嘘は言っていない」
「……!」
俺がスパッと言い切ると、オリンピアがハッとした顔を見せた。出た、いつもの感服顔だ。
「それに、なんだ、お前らしくないな。旅行で浮かれてんのか?」
「な、なんだよ」
「俺が渡したメモは読んだだろう?」
「…………あっ!」
気付いたようだ。メモとは、スキルの習得方法や魔物の狩り方、ダンジョンの攻略法などを書いてある指南書のこと。
そう、似たようなものを使用人にも渡しているんじゃないかと思い当たれば、使用人がタイトル戦の出場者であってもなんらおかしくはないのだ。
……というか、俺からしてみれば、使用人がタイトル戦出場者だろうがタイトル保持者だろうが、逆に出場者や保持者が使用人やってようがパン屋やってようが、おかしくもなんともないと思うけどな。
シャンパーニは好きでお嬢様メイドをやってるんだ。地位も名誉も実力も手に入れても、お嬢様メイドでいたいんだ。いいじゃないか、お嬢様メイド。俺は好きだ、そういうの。
皆、好きにすればいいさ。好きなことを、好きなように。ここは、それが許される世界であってほしい。せめて、“俺の目の届く範囲”では。
「付いてこい、ライト。“ファーステスト”を見せてやる」
「わ、待てっ! 引っ張るな! わかった、わかったから! 離せ! 自分で歩く!」
さて、まずは何処から行こうか。
敷地をぐるっと回って、最後にログハウスがいいかな。
俺は「無礼者!」と騒ぐライトを尻目に、わくわくしながら案内の算段を立てる。
帝国のトップが、俺の考えに少しでも共感してくれれば。そんな淡い期待を込めて。
* * *
「――こいつはうちの執事でキュベロという。闘神位戦出場者だ。こいつの凄いところは、ど根性だな。不器用なくせにクソほど努力して、涼しい顔で器用に振る舞っている。見かけによらず熱血で、パワー重視の戦闘スタイルだ」
「…………」
「こっちはメイドのイヴで、天網座戦出場者だ。こいつの凄いところは、いい意味で普通な点だな。奴隷という過去を感じさせないほど、彼女は確固たる自分を持っている。ゆえに中身は普通でいられる。その特殊な経験からくる戦術の工夫には、俺も唸らされた」
「…………」
セカンドが案内を始めて、かれこれ数時間。真上にあった太陽は、もう横に傾いていた。
ライトはもううんざりといった顔で、オリンピア率いる親衛隊も表情に薄ら疲れの色が見える。
それもそのはず、敷地内で会う人会う人と立ち話に次ぐ立ち話、セカンドは「こんな機会なんて滅多にないから」と、名も知れぬ使用人たち一人一人と楽しそうに喋っていた。
使用人たちは突然の主人の出現に喜ぶ者がほとんどだったが、会話が長くなるにつれ、次第に顔が引き攣っていった。何故なら、セカンドの横で不機嫌そうにしている男の子は、なんとマルベル皇帝だというではないか。
そもそも何故そのような天上の人をセカンドが連れているのかはさて置き、嫌そうな顔のマルベル皇帝を何時間も引っ張り回して、序列関係なく手当たり次第に使用人たちと喋って回る……この、自分らの主人の謎過ぎる行動に、彼らは緊張を通り越しただただ困惑するよりなかった。
「長々と悪かったな。じゃあ、最後にチームメンバーを紹介しよう」
セカンドは、げっそりした顔のライトにそう告げると、ログハウスへと案内する。
ようやく終点かと、オリンピアたちは少しだけホッとした表情を浮かべた。一方、ライトの顔は晴れないままだ。
実際、ライトに疲労は溜まっていた。セカンドも疲れさせてしまったと気付き、悪かったと謝った。
しかし、セカンドはまだ知らない。ライトが不機嫌なのは、また別の理由であると。
「ただいまー」
「セカンド殿。炎天下の中延々と皇帝陛下を連れ回しているという噂を聞いたんだがそれは――」
険しい表情でセカンドを出迎えたシルビアは、そう問い質しながらセカンドの後ろにいるライトの姿を目にして「おうふ」と頭を抱えた。
「あ、あわわ……」
ライトの気性の荒さを知っているアルファは、ハラハラとした顔で二人の様子を観察している。
「???」
アカネコは状況がよくわかっていないようで、首を傾げながら刀を磨いていた。
「ご主人様、晩餐会の用意は既に」
「ありがとうユカリ」
「ばんさん!」
「食いすぎんなよ」
「りょ!」
一方、皇帝一行には目もくれない顔もちらほら。
「センパイ。ユカリはんが、あんまり使用人と会って話すんやめてほしい言うとったで」
「え、マジ?」
「なんでもな、皆のテンションがおかしなるらしいねん」
「そうなのか」
「仕事が手に付かへんようなるもんもおったり、逆にギンギンになるもんもおったり。そんで結局プラマイゼロなっとるから別にええらしいねんけど」
「へぇ~。じゃあ、まあ、別に気にしないでいいか」
「せやな。ふふふ」
ラズベリーベルはセカンドと家族っぽい雑談ができたためかニヘラ~と嬉しそうな表情を浮かべた。ストーカー気質な彼女にとっては、あの佐藤七郎と同じ生活空間に暮らして会話しているという事実だけで、お茶碗三杯はいけてしまうのだ。
「ライト、折角だから食っていくだろ?」
「ん……ん? まあ」
セカンドから晩餐会に誘われたライトは、周囲の観察を続けながら空返事をした。
「おい。それより、こいつらも使用人か? メイド服を着ているのは一人だけのようだが」
そして、シルビアたちを指さしてそんなことを言う。
少しトゲトゲした言い方。セカンドは「対抗心でも燃やしてるのか?」と内心思いつつ、「違うぞ」と声に出して否定した。
「あの金髪の真面目そうなやつはシルビア・ヴァージニア。鬼穿将だ。あのエルンテを一方的にボッコボコのクソミソにして奪取した。そして俺の彼女でもある」
「タイトル保持者か!? というか彼女いたのかお前!? よくできたなその無茶苦茶で!!」
「ええ本当に……い゛ぃっ!?」
セカンドがシルビアを紹介すると、ライトは目を見開いて驚きの声をあげる。まさかこんな無茶苦茶な男に彼女がいるだなんて思ってもいなかったし、その彼女がタイトル保持者だなんて、驚かないわけがない。
一方セカンドは、シルビアが何やらこくこくと失礼な首肯をしていたので、こっそり脇腹をつついて抗議した。
チッ……と、ユカリによる「いちゃいちゃしやがって」の舌打ちが何処かから聞こえてくる。
「あっちのちっこいのはエコ・リーフレット金剛だ。ああ見えて盾と回復は天下一品、ダンジョンではクソ頼りになる」
「よろしーくれっと!」
「またしてもタイトル保持者だと!? あとヨロシークレットってなんだ?」
「その横のめっちゃ姿勢のいい侍はアカネコ。毘沙門戦の挑戦者だな。シルビアより真面目なところが凄いと思う」
「師が極め付きの不真面目ゆえ、相対的に私がそう見えるだけでは?」
「そういう説もある」
「タイトル挑戦者か、凄いな。ところでセカンド、ヨロシークレットってなんなんだ? 答えろ」
我が道を行くエコと、エコの挨拶が気になるライトと、呼吸するように正論を吐くアカネコ。
場が入り乱れてきたが、セカンドは構わず紹介を続けた。
「あの紅白カラーの超絶美人がラズベリーベルだ。元はカメル神教の聖女だったがワケあって俺が引き取った。今は一閃座戦挑戦者だな」
「よろしゅう~」
「はぁ!?!?!?」
「……あ、やべっ、言っちった」
セカンドは「まあいいや」と光の速さで諦める。ライトならば、ラズベリーベルが元聖女だと知っても、それを悪用しようなどとは考えないだろうという信頼があった。
「次が、アルファだな。お前も知ってるだろ? エルフのプロムナード家のお嬢さんで、叡将戦の出場者。戦闘センスがピカイチだから色々教えたいと思ってうちに呼んだ」
「よ、よろしくお願いいたします」
「……ああ、知ってる。あの時は大したこととは思わなかったが……そうか、セカンドがそこまで言うのなら、お前にも才能があるんだろう。凄い才能が」
「え!? い、いえ、そんな……」
アルファが謙遜すると、ライトは遠い目をして黙った。彼にも思うところがあるのだ。
セカンドとの夕食。数日前までのライトならルンルン気分だっただろうイベントを、いまいち楽しみ切れていない理由は、そこにあった。
「最後はユカリだな。うちの家令で、メイド長で、俺の秘書で、彼女で、そして今日会ったタイトル戦出場者全員の鍛冶師だ」
「え、かっ、ぜ、全員!? というか二人目!?」
ライトは今日でもう何度目かわからない驚きの声をあげる。
彼が驚いたのは、セカンドに二人目の彼女がいることも勿論そうであるが、何よりユカリのその異常なまでの有能さだった。
タイトル戦の陰に隠れ、今まで日の目を浴びてこなかった鍛冶師というポジション。しかしタイトル戦を一歩引いた目線で捉えられていたライトは、ユカリこそが真の天才であると確信する。
何人ものタイトル戦出場者の装備作製を一身に受け持ち、それに加えて家令にメイド長に秘書で挙句の果てにセカンドの彼女だなどと……もし全てをそつなくこなしているのだとすれば、それはもうセカンド並みのバケモノだとライトは感じた。
「…………」
そして、そう感じるのは、何もユカリに限ったことではない。
シルビアも、エコも、今日顔を合わせた者のほとんどが、ライトにとっては――。
「ちなみに三人目はノヴァ・バルテレモン陸軍大将閣下やんな~」
「へ!?」
「……っ!?」
ラズベリーベルの補足情報。驚いたのはアルファとライト、加えてオリンピアも口をあんぐりと開けて驚いていた。
当然だ。マルベル帝国の最大の仮想敵国であるオランジ王国の、人類最強と名高いあの厄介な陸軍大将と恋仲など、もはやオランジ王国を手中に収めたも同然なのだから。
「ちなみに魔人と精霊とも寝ている。もうセカンド殿じゃなく性豪殿と呼んだ方がいい気がしてきたぞ私は」
「せやかて、英雄好色っちゅうからな~。ムフフ」
「ま、まさか師が、ミロク様と然様に面妖なことになっていようとは……」
「待て待て待てアカネコ! ミロクじゃねぇあんこだ! 変な勘違いをするな!」
シルビアとラズベリーベルとアカネコが勝手に盛り上がっているところへ、セカンドが慌ててツッコミを入れる。
場はいつも通りのワイワイガヤガヤとした熱気に包まれ、リラックスした皆は皇帝がいることなどすっかり忘れて好きなように雑談しながら、夕食が運ばれてくるのを待っていた。
ライトが皆に受け入れられたということである。きっと悪人ではないと、そう認定されたのだ。ゆえに、ライトがいながらも場がいつもの雰囲気になっている。
だが、ライトは、そうは思っていなかった。
今朝からずっと、心の中で何かがもやもやとしていたのだ。
「…………帰る」
「陛下!?」
突然、ライトは席を立った。
オリンピアは驚いて止めようとするが、ライトはさっさか先に歩いていってしまう。
「晩メシはいいのか?」
セカンドは、特に理由を問い質すでもなく、一言、そう尋ねた。
ライトは無言でこくりと頷いて、玄関から外へ出る。
セカンドが見送りにその背中を追いかけると、ライトは数歩進んでから振り返り、沈黙を破った。
「いつか、いつか……」
ぎゅっと拳を握り、口にする。
だが、その先の言葉が出てこない。
セカンドは、急かさずに待った。彼がその目で直接ファーステストを見て回り、何を感じ、何を思ったのか。それが気になったのだ。
そして、ライトはふるふると顔を横に振った後、ふぅっと息を吐き、凛とした顔で口を開いた。
「セカンド。次に会う時、僕は立派な皇帝だ。偉大な、凄い皇帝だ。天下のマルベル帝国は僕で成り立っていることだろう。だから、しっかり覚えておけ……無礼者!」
不敵な笑みで、晴れやかに。
セカンドは、ライトの笑みにつられて笑った。
理由はよくわからないが、ライトが何処か吹っ切れた顔をしている。セカンドはそれがとても嬉しく思えたのだ。
こうして、二人は再び別れた。次の再会は、いつになるか。二人とも、今から楽しみに思っていることだろう。
「……結局、なんの用だったのだろうか。マルベル皇帝陛下は」
玄関から出て行ったライトたちとセカンドを見ながら、シルビアが呟く。
ただの八冠王に半日も延々と自宅を連れ回されて、最後は食事もせずに帰る。およそ皇帝とは思えない行動だ。
「マルベル帝国は、大きく変わった、ので、過去のことを、清算して、これからは、キャスタル王国と、仲良くしたいよ~。ってことを、伝えにきた。でも、キャスタル国王は、受け入れるわけ、ないよね。本来なら、ここで、誤解が生まれて、険悪になってたんだろーけど、セカンドさんの、仲介があったから、無問題。両国の、関係修復に向けて、大きな一歩さ。やったね~」
「おったんかウィンウィン」
「おったよ~、ベルベル~」
神出鬼没のウィンフィルドは、さらりと状況の解説をしてから、ラズベリーベルと挨拶を交わすと、またふらふらっと何処かへ消えていった。
皆に「なるほど」と言わせる間さえ与えずに、簡単な説明で概要を理解させて去っていく。これぞ理想の軍師だと、ラズベリーベルは一人で静かに感心した。
「それにしても、彼は終始不機嫌で御座いましたね」
「うむ、私も思ったぞ。セカンド殿が怒らせたのかとも考えたが、どうもそれだけではなさそうだった」
「使用人からの報告では、敷地を見て回っている間、次第に機嫌が悪化していったようですね」
アカネコとシルビアは、ライトの不機嫌な様子が気になったようだ。ユカリは使用人からの報告でその事実は知っていたが、理由までは掴めていない。
何故だろう……と、皆が「はぐはぐ」とごはんを食べるエコを見ながら考えていると、恐る恐る挙手した者が一人。
「あの……私、わかる気がします。なんとなく、ですけど」
それはアルファだった。
どうしてライトの気持ちがわかるのか。理由は単純。彼女は、自分とライトの境遇を重ねていた。
「周りが皆、凄い人ばかりなんです……私は、全然、凄くないから。自信、全然、持てなかったから……多分、皇帝陛下もそうなんだろうなって」
少し俯きながら、アルファは語る。
「そんなことはないぞ。アルファには才能がある。なんと言っても、あのセカンド殿がわざわざナンパして連れてきたくらいなのだから、絶対だ。私が保証する。徐々にでいいから、自信をつけていけばいいさ」
シルビアはすぐさまフォローの言葉をかけた。
アルファはその言葉に頬を染め、嬉しそうに噛み締めると、言葉を続ける。
「ありがとうございます。私も、かれこれ一か月、皆さんに揉まれてきたので……なんとか自信がついてきました。でも、皇帝陛下は……まだ即位されたばかりですから」
「!」
なるほど――と、皆が納得した。
そして、ライトが唐突に立ち去った理由を察する。
そう、ライトは……恥ずかしくて堪らなくなったのだ。
セカンドの仲間たちがあまりに立派に見え、逆に「皇帝となっただけ」の自分をどうしようもなく恥ずかしく感じてしまったのである。
「……案外、年相応なんやなあ」
ラズベリーベルの呟きに、皆はしんみりと頷いた。
* * *
「ところで、ご主人様。明日のご予定は如何いたしますか?」
晩メシ後、ユカリがそんなことを尋ねてきた。
そういえば、一か月のバカンスは今日で終了だ。明日からはまた素晴らしきメヴィオンライフを満喫しないとな。
じゃあ、さっそく、アレ行っとくか。
「予定は決まってるぞ。そうだ、一人呼んでおいてほしい男がいる」
「はあ。ええと、何処のどなたでしょうか?」
約束だ。連れていかないといけない。
「プリンス」
お読みいただき、ありがとうございます。
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