250 留守にする
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
足し算ではなく引き算。なるほど、シガローネは面白いことを言うな。
「……然様な言葉遊びで」
ナトは、シガローネの発する圧に呑まれまいと、必死に切り返そうとしている。
だが、駄目だな。内心では、シガローネの言葉に納得してしまっているようだ。いまいち覇気がない。
「セカンド・ファーステストに十連敗したお前ならば、私の言う意味はわかるだろう?」
「……っ……」
「足し算やっているうちは、理解などできん。そういう男だ」
「だから……なんだと言うのです」
「とぼけるな。お前もわかっているはずだ。セカンド・ファーステストはいつだって帝国を悪しき方向へと導けた。その力があった。だが、決してそうはしなかったのだ。あの男は、誰も傷付けず、誰も利用せず、実力で成り上がった。幾度となく暗殺者を送られようと、文句の一つも言わなかった。ましてや、私の矢が背後の騎士に当たらぬよう自身を不利にさえしていた。その騎士は己の命を狙っていたというのにだッ」
そんなこと、いちいち言われずともナトはわかっているだろう。
だが、ここであえて口にする意味があるのか、シガローネは追及するように言った。
「セカンド・ファーステストは帝国の敵ではなく、スピカ・アムリットの敵であった。帝国にとってはこれ以上なく有益な人物であった。それは過去だけの話ではない、現在も未来も同じこと。ナト・シャマン、お前は真実をわかっていながら、何故直視せずにいる!」
ああ、わかった。シガローネがこれほど熱くなっている理由が。
マルベル帝国からナトを失いたくないのだろう。
ナトの性格的には本来、俺たち側のはずなのだ。なのに、どうしてか篩の下へ自分から落ちようとしている。
何故? それは今にわかる。だって、シガローネとナトは、やり合うんだろう?
「…………」
俺は二人から十五メートルほど離れた植木の縁にドカッと腰かけた。ここが特等席だ。
シガローネに気圧されたナトは、俺を一瞥した後シガローネに向き直り、小さな声で口にした。
「私が離反すれば、殿下は独り……昔の私のように」
……やれやれ。ナトめ、メルソンがどれほど道を踏み外そうと、どうしても彼女だけは裏切れないようだ。その義理堅さは、異常ではあるが、やはりお前らしい。
「義理が勝ったか」
シガローネは呆れるように呟き、槍を構える手に力を込める。
「――ッ!」
直後、二人は動き出した。
先手を取ったのはナト。《飛車槍術》を準備し、完了と同時に突進を開始した。
対するシガローネは、間合いギリギリで《金将槍術》のカウンターを準備。その後ナトがスキルキャンセルから《香車槍術》の範囲攻撃へと切り替えることを予想し、金将キャンセルから素早く槍を地面に捨てると、《金将体術》の準備を始めた。
「!?」
ナトは《香車槍術》を発動しながら「読んでいたのか!?」というような驚きの顔を見せる。
《金将体術》は防御しながらタックルする近距離範囲攻撃スキル。このままぶつかれば、金将が香車の攻撃を防御した上でナトごと弾き飛ばすだろう。
「くっ!」
ナトはスキルの転換を余儀なくされる。
しかし、金将のタックルに対応できるようなスキルで、今から準備して間に合うようなものは、かなり少ない。
うーん、これは決まったか……?
「まだです!」
ナトはスキルキャンセルから槍を捨て、すぐさま全力バックステップでシガローネの攻撃範囲内から逃れた。
悪くない粘りだ、と言いたいが……それだと形勢は明確だな。
「甘い!」
「ぐおっ!?」
シガローネは金将を発動、タックルの角度を下向きに倒し、地面を抉るように手を振り抜く。その衝撃で土や石が飛び散り、ナトの目を襲った。
目潰しだ。この近距離なら躱すのは難しいだろう。
そして、シガローネはすかさずトドメを刺しに行くはず。
「終わりだ」
やはりな。ここで有利を取って仕切り直そうなんて、そんなぬるいことはしない男だ。
《龍王体術》、これは非常に強力な範囲攻撃。回避も対応も難しいこのスキルを、ナトの視覚が機能していないこの隙に準備を済ませてしまおうとしている。
さあ、これを受け切るのは至難の業だぞ、ナト。
だが、受け切れないわけではない。むしろ逆転の目も残されている。
もっとも……アレさえ使えればの話だが。
「どうした? 諦めたか?」
シガローネは龍王の準備中、ナトにそう声をかけた。
ナトは、目をきつく閉じ、ただ立っているだけ。そう、なんのスキルも準備していない状態だ。
「……どうぞ。覚悟は、できています」
「ご存知とは思いますが、クリティカルが出れば死ぬでしょう。それでもよいですかな? メルソン殿下」
ナトの言葉を受け、シガローネはメルソンへと振った。
「……っ……」
メルソンは、拳を握りしめ、怒りの表情でシガローネを睨みつけるばかり。
彼女はわかっているのだろう。何を言おうと、シガローネは龍王を撃つつもりだと。
それでも、最後に一言だけは、物申しておきたかったようだ。
「後悔しなさい。お前たちが称えるその男は、必ずや帝国を滅ぼすわ。私だけが騙されなかったのよ。最後の最後まで、私だけが……!」
俺を指さして、憎々しげに言う。
まあ、間違っちゃあいないよ。メルソン、お前は本当に帝国を愛しているんだろうな。俺は明らかに異分子。国内から排除したいと思うのは、とても自然なことだ。そのうえ皇帝になるってんだから、看過できるわけもない。
「そうか」
シガローネは一言、そう口にして微笑むと――《龍王体術》を放った。
「ナトッ――!!」
メルソンは目を見開き、ナトの名を叫んだ。
もはや躱す方法はない。
あとは、せめてクリティカルが出ないよう祈るくらいである。
目を閉じたままのナトの口元が、小さく動いた。
ありがとうございます……と。
その、直後――――。
「――変身」
龍王の衝撃波が到達する刹那、ナトは《変身》を発動した。
俺がメモに書いて教えたスキルだ。やはり、もう覚えていたか。優秀だな。
龍王が直撃したナトだが、《変身》スキル発動時の無敵時間によってそれは無効化される。無敵時間は8秒、うち6秒は動けないが、ラスト2秒は自由行動が可能だ。ナトはその瞬間に仕掛けに行くだろう。
「ふっ」
シガローネは笑っている。多分、予想していたんだな。
龍王使用後の硬直時間が終わると、なんと手ぶらのままなんのスキルも準備せず、悠々と口を開いた。
「メルソン殿下、このスキルはセカンド・ファーステストがナト・シャマンへと教えたものです。何故、このように龍王さえ無効化できるほど強力なスキルを教えたのか、その理由がわかりますか?」
「!!」
6秒が経過する。
瞬間、ナトはシガローネへと向かわず……メルソンのもとへと疾駆した。
「ナトが窮地を打開し、殿下を連れて逃げるため。セカンドはそれを望んでいたからです……!」
「!?」
シガローネの言葉に、ナトは驚き、その足を止める。
メルソンは理解できないといった風な顔で、俺を見た。
……まあ、そこまで考えてはいなかったが、似たようなことは考えていたよ。
ナト・シャマン。あいつは、メルソンの騎士なのだ。何があろうとメルソンを守ろうとする、義理堅い騎士。たとえ帝国中が敵に回ったとしても、メルソンの味方をするというのはわかっていた。
そういうの、嫌いじゃない。だから、お前ばかりが損をするようなことがあってはならないと俺は思った。
8秒間のチャンスを活かせないようなやつじゃない。きっと窮地を切り抜ける。そして、メルソンとお前に、もう一度だけチャンスが訪れる。やり直すチャンスが。
さあ、ナト・シャマン、メルソン・マルベル。最後のチャンスだ。もう間違いは許されないぞ。
「ここまでされた相手を逃がそうと言っているのだ! そのように切り札となり得るスキルまで授けて! これをセカンドの優しさと言わず他になんと言えばいい!? わかっていないのは貴女だけだ! ナトはもう随分と前からわかっている! セカンドには貴女を害する意思など微塵もないということを! 今一度言わせてもらう! わかっていないのは、殿下、貴女ただ一人だッ!」
シガローネは力の限りに声を張り上げて言った。
驚くべきことに、シガローネは震えていた。それほどに、彼は真剣に言っているのだ。
……じゃあ、俺もそろそろ真剣に言おうじゃないか。
パッと浮かんだアイデアだ。だが、パッと浮かんだからこそ、俺の真意だとも言える。そして、ウィンフィルドが予想していただろう終着点だとも。
「――将軍はシガローネに。宰相はメルソンに。親衛隊長はオリンピアに。近衛騎士長はナトに。これが、俺の考える今後の布陣だ」
「は……!?」
突然の発表だったからか、俺の背後のオリンピアから驚愕の声があがった。
「そして、皇帝はライトとする」
「…………はい!?!?!?」
今度はライトが驚愕の声をあげた。
悪いが、この形が良さそうに思えたんだ。だから皇帝になってくれ、ライト。すまんけど。
「う……嘘よ! 私が宰相!? ライトが皇帝!? ふざけるのも大概にして!」
メルソンは呆れを通り越して激昂している。
「ふざけてるのは、そりゃ申し訳ない気持ちで一杯だが、誓って嘘は言っていない」
「じゃあ何!? お前は散々帝国を引っ掻き回した挙句、ライトなんかを皇帝にして、姿を眩ませるってわけ!?」
「そうだな。別に、いつもキャスタル王国のジパング大使館にいるがな」
「ふざけるんじゃないわよ!!」
おー怖。
「シガローネはどう思う?」
怖いからシガローネに振ってみる。
「私は悪くないと思っている。もっとも、最近のライト殿下のご様子が私の見間違いでなければの話だが」
「大丈夫だ、眼科に行く必要はない」
「では期待さえしてしまう布陣だな」
やはり、シガローネは俺と同じ意見のようだ。
メルソンはトップに立てる器ではないが、誰かの下で働くことでその真価を発揮できると。
ここまで行動力があり、意志が強いのだ。適正な指示さえ出してやれば、きっと国政においても活躍するに違いない。
「シガローネッ! お前も同類か! 父上に恥ずかしいとは思わないの!? そもそも、父上はセブンを認めたのであって、その男を次期皇帝とは認めていないはず!」
ふむ、確かに。
しかし、そこは心配ないと思うんだよなぁ……。
「――退けッ! くっ、退かぬか!」
「陛下! 危険です!」
「うるさい! 余の命令に逆らうでないわッ!」
噂をすれば、だ。ゴルド・マルベルが現れた。
ゴルドは親衛隊と思われる護衛に抵抗しながら、俺たちの方へと近付いてくる。
そして、俺を鋭い視線で射抜いた後、全員を見渡し、それからおもむろに口を開いた。
「……セブン。いや、セカンド。余の考えは変わらぬぞ。余は、そちに次の皇帝となってほしい。でなければ、帝国は弱体化の一途を辿るであろうことは明白。そちしかおらぬのだ、キャスタルとオランジに対抗し得るのは、そちしか……!」
予想通りだ。
ゴルドは実力主義者。セブンを認めて、俺を認めないのならば、主義に反することとなる。
加えて、相当な負けず嫌いだ。それは勝ち続けてきた者の宿命。ロスマンも、ヴォーグも、ケンシンも、皆そうだった。
ゴルドは、マルベル帝国がキャスタル王国やオランジ王国に負けることが、嫌で嫌で仕方ないらしい。
言葉や態度には出していないが、その目が語っている。土下座でもしそうな勢いで、俺に帝国を強くしてくれと懇願しているのだ。
実力主義を謳い、強者こそが評価される国を纏め上げたというのに……二年も腑抜けてしまった。そんな自分に、もはや強者は付いてこない。ゴルドはそれをよくわかっている。
だからこそ、新たなる帝国の長は、実力のある者でなければならないと考えたのだろう。
その理屈はよくわかる。だが……残念ながら、俺は皇帝なんてやっている暇はないのだ。
「わかった。俺が次の皇帝となる」
「おお……!」
「そして、すぐにその座をライトへと譲ろう」
「……!?」
改めてゴルドにも突きつける。
どうだ、拒否できまい。
お前が俺を選んだように、俺もライトを選ぶのだ。
俺がライトを選ぶことを拒否すれば、それは実力主義の否定であり、皇帝制の否定となる。
ああ、これは痛快だ。
ライトが皇帝となれば、色々と融通も利くようになる。シガローネやナトとオリンピアたちがいる限り、ライトの身も安泰だろう。
メルソンは監視されながら国のために働き、ゴルドは奥さんと一緒に悠々自適な余生を送ればいい。
我ながら素晴らしい案だ。長い目で見れば全員が得をしている。それと同時に、これまでの帝国が見事にぶっ壊され、全く新たな帝国が誕生せんとしている。
こんなんで上手く行くのかと若干の不安はあるが……恐らく、これはウィンフィルドも考えていた布陣。であれば、きっと上手く行くのだ。心配する必要はない。
「暫く留守にするが、ライトなら大丈夫だ」
俺はインベントリから盃とワインを取り出す。
「帝国の新たなる門出に、乾杯」
そして、一人乾杯した。
さて、そろそろ家に帰ろうか――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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