249 真摯
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
「ナト!」
「は!」
まず最初に動いたのは、メルソンだった。
ナトに指示を出し、自身の周囲に皇女付き近衛騎士隊を集めて守りを固める。
いよいよ捕まって殺されると思ってんのかな? まあ、自然な行動か。
「――セブン!」
視界の端にライトが見えた。
ライトはまだ俺の正体について混乱している様子だが、聞く耳は持ってくれているようだ。
「来るなッ!」
「!?」
とりあえず、今はうろちょろしないでほしい。
現状、俺は騎士に囲まれているのだ。場には敵味方が入り乱れている。何が起こるかわからない。万が一もある。
いや……逆に俺のすぐ傍まで連れてくれば、幾分か護衛しやすいか?
「!」
しまった、影がライトに近付いている。
メルソンめ、ライトを捕縛して人質にするつもりだな?
そうはさせるか。あんこを召喚し、まずライトを手元に――。
「――させんッ!」
「!!」
俺が《魔召喚》を発動しようとしたところで――長髪を靡かせながら颯爽と現れたオリンピアが、ライトと影の間に割って入った。
「騎士長、こちらはお任せを! 今はそちらにご集中ください!」
そして、そんなことを言う。
おい、おいおいおい。なんだそりゃあ、おい。それって「セカンド・ファーステストに味方する」という宣言にならないか……?
「殿下をお守りし、騎士長の元までお連れせよ!」
「はっ!」
よく見れば、オリンピアの指示に従って皇子付き近衛騎士隊が総動員している。
……決定的だ。オリンピアだけではない、皇子付き近衛騎士隊の全員は、俺に付いた。セブンではない、セカンド・ファーステストである俺に。
何故……と、どうやら理由を考えている暇はなさそうだ。
「距離が詰まってるぞ」
「知ってる」
シガローネが一言、悠然とそう言った。俺は短く返し、ぐるりと周囲を見渡す。
俺を取り囲んでいたメルソンの騎士たちは、円形の陣を徐々に狭めていって、俺をシガローネもろとも仕留めるつもりなのだろう。
同時に斬りかかってくるなら、タイミングを見て《変身》の無敵時間で吹き飛ばすのがいいか。それとも、あんこを使ってライトの所まで転移するのがいいか。
んー、後者はクールタイムが一分だ、今は温存しておこう。
「こいつら、殿下の逃走のため時間を稼いでいるようだな」
「おお、なるほど」
「やけに余裕だな、セカンド・ファーステスト。諦めたか?」
「お前こそチビッてんじゃないかぁ?」
「はぁっはっは!」
俺がポケットに両手を突っ込んで挑発すると、シガローネは上機嫌に笑って、囲まれているというのにちっとも気にせず俺の方を向いた。
「敵と味方は明瞭となりつつある」
「!」
やはり、それがシガローネの狙いだったというわけか。
「私は最後の仕事をしよう」
「これ以上、何かあるのか?」
「尻拭いだな……些かお転婆が過ぎる」
「それもそうか」
シガローネは最後の最後まで皮肉たっぷりだな。子供の頃に食べたチョコ菓子のようだ。
「シガローネ、盛大なフィナーレをありがとう」
多くの言葉はいらない。今は、この楽しかった時間に、ただ感謝を。
「貴様の力を借りられたこと、光栄に思う。帝国は任せてくれ」
「任せた」
頷き合うと、シガローネは右手を大きく天に掲げて、合図を出す。
「来い、ジル――!」
すると、何処からともなく風の精霊ジルが空中を鳥のように飛んで現れ、シガローネの右手を掴んで飛び去った。
おお! そういう精霊の使い方もあるのか。勉強になった。
風の精霊だからできるのか? でもアンゴルモアもたまに飛んでるしな。「えっ、精霊大王なのにできないの?」みたいに煽ればやってくれそうだ。
「……さて」
俺を囲んでいる二十人くらいの騎士は、シガローネが空へと逃げたことで動揺しているが、一番の脅威は俺だと判断したようで、依然として包囲を続けている。
そうだな、じゃあ、あの密集している辺りに穴でもあけるか。
「な!?」
俺が《龍馬体術》を発動したことで、騎士たちは俄かに焦り出す。
大丈夫大丈夫、ダッシュパンチで加速しながら地面殴って飛び上がるだけだから。その後はちょっと痛いかもしれないけど、このくらい我慢してよね。
「変身」
「うおっ!?」
着地と同時に《変身》する。
周囲にいた騎士たちは《変身》の無敵時間によって吹き飛ばされ、騎士たちの包囲陣にぽっかりと穴ができた。
さあ、包囲は抜けたぞ。六秒経過と同時にライトとの合流を目指して移動開始……。
「……と、そう上手くはいかないか」
せっかく俺がぶち抜いた道を塞ぐように、皇女付き近衛騎士の援軍が立ちはだかった。
メルソンはよほど俺を警戒しているようだ。逆に言えば、俺さえなんとかすれば逃げられると思っているのだろう。
しっかし、参ったな。この人数を無力化するのか。どうしよう。勢いあまって殺しても嫌だし――。
「――セェェブゥウーーーンッッ!!」
「!?」
俺が突破の方法を考えていると、皇女付き近衛騎士隊の東側から武装した大勢の兵士たちが雪崩れ込んできた。
その先頭には、俺の名前を叫ぶオッサンの姿。俺を探しているはずなのに、俺に気付くことなく、そのまま通り過ぎようとする。
「隊長! ここだここ!」
「おお、セブンよぉ! 久しぶりだな! わしら、きっとセブンがピンチだと思って探し……あれ!? おめぇさん、ちぃとイメチェンしたか!?」
「かくかくしかじかだ!」
「まるまるうまうまってぇわけか! まぁ全然わかんねぇがどうでもいい! ここはわしらに任せておけ!」
「何をだ! というか何しに来たんだ!?」
「わからんが、とにかく任せろ! 体が鈍っちまって仕方ねぇ!」
無茶苦茶だ。
だが、なんかちょっとジーンときた。
隊長たちにとっては、俺がセブンだろうとセカンドだろうと、将軍だろうと皇帝だろうと、何も関係ないんだな。
「ちょうどいい、あの騎士たちを食い止めておいてくれ! 第一戦闘兵団歩兵隊第五小隊!」
「だぁからワシらは第一戦闘……って、セブン、お前ぇ……!」
覚えててくれたのか! と感激の表情を見せる隊長。
馬鹿。書類仕事で何度も何度もお前の隊の名前を見かけたんだ、嫌でも覚えるわ。毎日毎日ガラス割ったり喧嘩したり、もうこれ以上問題を起こすなと直接言いに行こうか悩んだくらいだ。
「とにかく、頼んだぞ!」
「おう! お安い御用よ!」
隊長は第五小隊を率いて陣形を組み、皇女付き近衛騎士隊と俺との間に構えた。
そして、盾を装備して防戦に徹し、押されればその度に数で押し返す。個々の能力で劣っていても陣形が揺るがないのは、人数有利を活かした上手い戦法を採用しているからだ。
なるほど、第五小隊たちは魔物との戦闘を意識しているのか。突破を目的とした犠牲を恐れない戦い方ではなく、撤退を目的とした犠牲を出さない戦い方だな。
「――騎士長、こちらへ!」
「おお!」
なんて色々と考察しながら足を動かしていたら、いつの間にかオリンピア率いる皇子付き近衛騎士隊と合流していた。
いや、向こうがこっちまで一気に突き進んできた感じだな。あまりに一方的だったのか、そこらじゅうにダウンした騎士たちが転がっている。
いや強っ。皇子付き近衛騎士隊、強いな。並の騎士じゃ相手にもならないってか。
「オリンピア。それに、お前らも」
「少々遅くなりました。騎士長、ご無事で何よりで御座います」
オリンピアは傍に来るや否や、礼をして挨拶をする。相変わらず気高いやつだな。
「なあ……本当に俺でよかったのか?」
真正面から顔を合わせて第一声、俺がどうしても気になっていたことを尋ねてみたところ、オリンピアはこう即答した。
「無論です。私たちの仕事は、騎士長の下でライト殿下をお守りすること。たとえ名前や姿が変わろうと、騎士長は騎士長です」
「我ら皆、同じ気持ちです!」
「騎士長、知らなかったんですかい? 俺たちゃ一度認めた相手にはしつこいんですぜ」
そして、オリンピアに続いて他の騎士たちからも続々と声があがる。
そうか。皆、命がけで、俺を選んでくれたわけだ。
なら……責任持たないとな。
「わかった。決して悪いようにはしないと約束する」
「!」
気持ちのいいやつらだ。きっと彼らが、これからの帝国を背負っていくことになる。
三度目の正直だ。二年前に一度、そして今もう一度、見るも無残にぶっ壊れた帝国を、お前らが建て直すんだ。
なるほど、シガローネは篩にかけたのか。
帝国の、帝国らしい実力主義、それが心に根付いている者だけを選び、帝国を再建しようとしているのか。
うん、いいじゃん。
「騎士長、ライト殿下がお待ちです」
「ああ、そうだな」
さて、一番気になっていた相手と顔を合わせよう。
と、俺が覚悟する間もなく、騎士たちの間からライトが出てきた。
「あー……悪かったな、騙してて」
開口一番、俺が喋った言葉がそれだ。
とにかく一言、謝っておきたかった。俺は姿を偽っていたこと以外、何一つ嘘をついていない。そう言い切れるほど、彼とは真摯に、真正面から向かい合っていた。だが、騙していたのは、事実なのだ。
にしても、他にもっと気の利いた言葉はなかっただろうか。自分の語彙力のなさが悔やまれるな。
ライトはそんな俺の謝罪を聞いて、目を丸くすると……。
「セブンが……謝った……!?」
そう言って、大袈裟に驚いた。
「おい!」
「あはっ、冗談冗談。セブン、お前にはいつもやられてるんだ、このくらい返させろ」
なんか……ライトは意外にも上機嫌だった。
「それにしても、くくっ! 傑作だ! 謝ってる時のお前の顔ときたら! あっはは!」
「あっ、テメッ」
理由がすぐに判明する。そんなに俺が謝ってんのは珍しいってか。
「もうっ、怒るなよ。元はと言えばそっちのせいでしょ?」
「……まあな」
「というかセブンのせいで帝国は滅茶苦茶だよ。父上は何処か行っちゃったし、姉上はなんか凄い抵抗してるし。これ、どうするつもり?」
「今から考える」
「だと思った……」
いつものようにジト目で呆れられる。
いや、本当に普段通りだ。ライトのやつ、俺がセカンド・ファーステストでも、なんとも思わないのか……?
「なあ、ライト。俺の正体を見て、疑ったりしないのか?」
堪らず聞いてみると、ライトはきょとんとした後、再び呆れ顔になって口を開いた。
「いや、ほら……もう、そのまんまだから。明らかに。疑う余地なんて微塵もない。何処からどう見てもセブンだよ、お前は。僕と四週間を過ごした、あのセブンだ。確信してる」
「……そうか」
「考えてもみろよ。普通の神経してたら、あの場面で逆ギレなんてしないでしょ。その時点で既にこれ以上なくセブンだったし、その後のシガローネとの試合なんて、セブン過ぎて面白いくらいだった」
「そうか」
「……お前の言った通りだった。逃げずに抗ってよかったと心の底から言える。僕がセブンと過ごした四週間は、一つも嘘なんかじゃなかった。僕が信じて、僕が頼ったのは、間違いなくお前だ。セブン、いや、セカンド・ファーステスト。お前のおかげで、僕は成長できたんだ。お前が、僕の騎士で、よかった……!」
「そうか!」
どんどん、口角が上がる。
ああ、駄目だ。自分が今どんな顔をしているのかわからない。笑顔なのは間違いないだろうが、もしかしたら目が潤んでいるかもしれない。
ライトは、堪え切れなかったようだ。こいつめ、ボロ泣きだ。はははは!
「なんか、目に、ゴミが、入った、からぁ……っ」
「ん。しばらく、目ぇ瞑っとけ」
苦し紛れの言い訳と同時に、ライトは俺の懐へ……いや、違うな。俺の服で「目を拭いてやってる」んだろう。全く、世話の焼けるガキだ。
これでいい。俺たちの関係は、これで。
「ああ、ジョー。いいところに。こっちへ来てくれ」
「はっ」
一分ほど経ち、ライトが泣き止んだ頃。ふと目に留まったのは、オリンピアの補佐をしていた衛兵のジョー。針検査突破のため、俺が《洗脳魔術》をかけてしまった坊主頭の男だ。
そう、彼を探していた。何故なら、俺は彼の洗脳を解くつもりでいたのだ。
俺は今、ちょうど変身状態。攻撃にエフェクトが加わるから、お誂え向きだな。
「ッ!?」
ノーモーションから、力いっぱい《歩兵体術》を放ち、ジョーの鼻先で寸止めする。同時に、バチバチと雷属性変身の雷エフェクトが迸る。よし、完全なる不意討ちだ、これでビビらないわけがない。
ここでこっそり、ジョーのポケットに金貨を十枚ほど入れておく。ほんの気持ちである。
一拍遅れて、ジョーは「ぷはぁっ」と呼吸を思い出したようだ。
解けたか? 解けたな。
「ジョー、申し訳なかった。お前の意思とは無関係にお前を利用し、危ない橋を渡らせてしまった。謝らせてほしい」
「…………」
俺が頭を下げると、ジョーは暫し無言で俺を見つめてから、沈黙を破った。
「……貴方は、何処までも素直な人です。接していて、私はそう感じました。こうしてわざわざ洗脳を解いてくれたことも、その証左。大丈夫です、自分でも驚くほど、私に怒りはありません」
「すまない。そう言ってもらえると、助かる」
よかった、怒っていないみたいだ。
するとジョーは、なんともばつが悪そうな顔をして口を開いた。
「ええとですね、正直言いますと……三日に一回は、食事を奢っていただいていたじゃないですか。あれが、その、私にとっては凄く嬉しかったんですよ。貴方の予定がある日は、オリンピア様が誘ってくださったりもして。もし貴方が本当に悪人なら……そういった気遣いは、できないと思います」
「そりゃ、喜んでもらえてよかった」
ジョーは照れ臭そうに言って、鼻を掻いた。そして、おもむろに言葉を続ける。
「それに……こういうところが、とても貴方らしい。手渡ししてもいいでしょうに」
「気付いていたか」
俺がぽりぽりとこめかみを掻きながら言うと、ジョーは「ははっ」と笑って、こう返してきた。
「いきなり金貨をこんなにたくさんポケットに入れられたら、重さで誰でも気付きますよ」
あ、確かに~ッ。うっかりぽんだ。
「返します」
「ん、いや……」
どうしよう。受け取っておいてほしいが。
視線を彷徨わせると、ライトに行き着いた。
「セブン、そろそろ移動しよう。姉上たちが気になる」
「そうだな!」
渡りに船とばかりに、俺はライトの話に乗って、金貨を返そうとするジョーを無視する。
ジョーは「そういうところですよ!」と言いながらも、最後は微笑んで手を振り見送ってくれた。
ああ……なんとも気持ちのいいやつらばかりだ。俺は恵まれているな。
「騎士長、メルソン殿下はあちらです」
オリンピアの案内で歩を進める。
ふと気付けば……俺たちは場を制圧していた。
いや、と言うよりも、殆どの騎士や兵士が味方になっていた。
最初は皇子付き近衛騎士隊と第五小隊だけだった仲間が、何処から集まってきたのか、過半数を優に超えている。
……そうか。こうなることも、シガローネは読んでいたんだな。
そして、まさに今、大詰めといったところか。
「――シガローネ! お前、なんという裏切りをッ!」
数人の近衛騎士に守られながら、メルソンはそう叫ぶ。
彼女の視線の先には、シガローネ・エレブニ。
「裏切り? なんのことかサッパリですな。私はただ、私のしたいようにしているだけ。二年前から、十年前から、二十年前から、それは少しも変わりません」
「寝言は寝て言いなさいシガローネ! 貴方はあの時、私に助力すると約束したはずよ! セブンとの戦闘もダウンを取っていた! 貴方があんな馬鹿げた仮面なんか使わなければ、作戦通り勝っていたのよ!!」
「ですから、そんな作戦など知らないと申しているではありませんか。馬鹿げた夢でも見ていたのでは? あとでメイドに耳掃除をしてもらえばいい。耳は聞こえるようになるし、寝つきもよくなる」
「シガローネェエエッッ!!」
うわあ、相変わらずの皮肉っぷりだ。メルソンは見るからにブチギレている。
裏切りねえ……まあ、そうか。シガローネと騎士たちとで囲い込めば俺をどうにかできると、そう思い上がってしまうのは、仕方がないのかもなあ……。
「宰相閣下……殿下の身柄がお望みならば、まず、このナト・シャマンがお相手いたします」
睨み合う二人の間を、ナトが遮った。槍を構えて、いつでも戦闘を開始できるといった様子だ。
すると、シガローネは気にする素振りも見せず、「ああ、そうだ」と、何やら喋り出した。
「多くの者が、セカンド・ファーステストという男を勘違いしているようだから……ナト・シャマン、お前とやり合う前に、一つだけ言わせてもらおう」
「……なんです?」
シガローネはインベントリからナトと同じく槍を取り出して構えながら、口にした。
「本当に満ち足りた者というのはな、足し算ではなく引き算で遊ぶ」
お読みいただき、ありがとうございます。
☆★☆ 書籍版5巻、7/10発売決定! ☆★☆
面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。
更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。
<お知らせ>
挿絵がたくさん、書籍版第1~4巻が発売中!
一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!
続きが気になる、コミカライズも連載中です!