248 成り立つ切り札、振り切ったりな。
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
「怪物か。まだ私の半分も生きていないだろうに。いや、興味深いな。どうすればそうなる? どれほど戦って、どれほど勝ってきた?」
暫しの沈黙の後、シガローネは独り言のように俺への問いかけを呟いた。
出た出た、皆お得意のバケモノ扱いだ……と思ったが、どうにも彼の様子は、これまでの皆の反応とは少し違って見えた。
楽しんでいるのだ。手強ければ手強いほど燃えるゲームのボス戦のように。
やはり、彼とは同類なのかもしれないな。
「折り返しか」
シガローネが戦慄の仮面を使用して、既に三分近くが経過していた。状態異常“戦慄”は何もせずとも五分で解けてしまう。
「本当にそろそろ決着をつけなければならないな」
「よく言うよ。まだまだ奥の手があるって顔してるぜ」
「……ふん」
俺の挑発に、シガローネは口の端で笑うと、額の汗をハンカチで拭って口を開いた。
「もう十分に楽しませてもらった、最後にお礼をしておこうか」
「なぁに言ってんだ」
こっちの台詞だよ、シガローネ。
間違いなく、俺が出会ってきたこの世界の人々の中で、最もいい線いっているのがお前だ。
そして、明らかな実力差を見せつけられても、ちっとも折れる様子がない。
感謝感激雨霰。一体ここからどうやって俺に勝とうとしているのか、楽しみでしょうがない。
「ここからは怒涛であろうな。貴様、何か言い残したことはないか?」
シガローネは間合いを維持して俺の隙を窺いながら、そんなことを言う。
残り二分を切った。確かに、ここからは早そうだ。五分経過後に何が起こるのか? 恐らくは俺にとってピンチだろう展開、シガローネはそれを狙っていたのだろうが、実を言えば俺も興味が尽きない。ピンチだろうがなんだろうが、続きを見てみたくなる。彼らはどのような答えを出すのか。この帝国の行く末はどうなるのか。バカンスのフィナーレをこの目で見てみたい。
さて、言い残したことか。一つだけあるぞ。
「試合の前、いいこと教えてやるって言ったよな」
「ああ、そうだった。聞かせてくれ」
単なる豆知識さ。
「自分のために戦う相手は――」
結局のところ。
「自分だ」
「!」
言い終わると同時に、俺は《角行剣術》の準備を開始する。
シガローネは阻止せんと即座に間合いを詰めだした。
ここで間合いを詰められるのは、「角行で剣を投げる」攻撃方法を常識だと思っているということ。素晴らしい。
ああ、その疾駆の仕方よ。宰相のマントを翻し、額の汗を散らし、ずんぐりむっくりとした体型を素早く動かす、力強く安定感のある身のこなし。
彼は、俺に勝ちたくて、これほど必死になってくれているのだ。
やはり、愛ある試合は、良いものだなあ……。
「葛藤せよということか!?」
「そう、内なるものに抗うべき時もある!」
シガローネは間合いに入るや否や当然のように《飛車盾術》を準備して突進を開始した。手にはバックラーが装備されている。
俺は返事をしながら、角行をキャンセル、インベントリに剣を仕舞って、0.4秒ほど待ち、《金将体術》を準備した。
飛車には劣るが、十分に対応できるスキルだ。ゆえに、使用後の硬直時間が短いこちらの方が有利。
それをわかってか、シガローネは突進の方向をずらして、勢いを殺さないよう飛車をキャンセルし、インベントリから弓を取り出す。
読み筋だ。容赦なく遠距離攻撃を狙いに来ることはわかっていた。
「!!」
シガローネが突進方向をずらして俺から視線が外れた隙に、《金将体術》をキャンセルし《龍馬体術》の準備を開始していたことで、矢が飛来するよりも若干早く行動を開始できる。
ダッシュパンチの加速が見る見るうちに間合いを詰める中、シガローネは焦りの表情を浮かべた。
わざとだな。何かある。
とりあえず、【弓術】なら龍馬で地面を殴って飛び上がれば回避できるから、やつは発動してこないだろう。ゆえに弓を手放し、なんらかのスキルで対応を見せてくるはずだ。
「今ッ!」
「おっ!」
ほらね。
シガローネは弓を投げ捨て、“スモーク”を焚いた。本来ならチーム戦等で使う煙幕を張るアイテムであり、世界戦ルールのPvPなら使用不可だが、まあまあ、そう固いこと言わずに。
しかも、シガローネが焚いたモク、ありゃあ“三型”だ。モクには一型~三型まであり、それぞれ「煙の蔓延が遅く範囲が広く持続時間が非常に長い」「煙の蔓延と範囲と持続時間が共に優れている」「瞬時に煙が蔓延するが範囲が狭く持続時間が極端に短い」という特徴がある。
三型スモークは一瞬で煙が広がるが、6秒ほどで消えてしまう。チーム戦での使い勝手は実に悪いが、PvPでの使い勝手は実に良い。しかし、殆どの場合は使用禁止。それほど反則じみたアイテムだということだ。
結果、シガローネは煙に紛れて俺のダッシュパンチを振り切った。
「さあ何で来る」
モクの中を《龍馬体術》で狙いに行ってもよかったが、シガローネは下手とはいえ【合気術】を習得している。いや、下手に見えたのも演技の可能性がある。ゆえに、むやみにモク抜きなんて高等テクは狙わない方がいいだろう。
俺はモクの手前で《龍馬体術》をキャンセルし、《飛車体術》の準備を始めた。溜めパンチだ。大抵の攻撃はこれで迎え撃てる。
「!」
……が、そうはイカの金玉ってか。
モクの中から《風属性・参ノ型》が飛び出してくる。流石の飛車と言えども【魔術】には対応できない。
俺は溜めていた飛車をキャンセルし、胸部めがけて飛来した風・参を大きく回避した。
「!?」
――同時に。
シガローネが、《桂馬槍術》による跳躍攻撃で、モクの中から姿を現した。
「いやいやいや!」
あり得ない……!
まだ風・参の使用後硬直時間のはずだ!
どうやって桂馬の準備時間を捻り出した!? 成り立たないぞ!?
「楽しかったぞ、セカンド・ファーステスト」
シガローネの、楽しさを噛み締めるような、感慨深そうな顔が、俺の目に飛び込んでくる。
ああ、やられた。最高だ。一体どのような方法で桂馬を準備しながら風・参を撃ったのかはわからないが、とにかく、やられた。
俺の姿勢は風・参を大きく回避したことで少し崩れている。
俺は手ぶら。しかしインベントリから武器を取り出している暇などない。
既に桂馬の槍は眼前まで迫り、もはや対応は歩兵しか間に合わないという状況。
だが、ここで《歩兵体術》を発動したところで、《桂馬槍術》がぶっ刺さって終わりだ。
ああ……ああ、ああ!
今、手ぶらで、桂馬に対応できる歩兵のスキルなど――……。
「これしかないんだよなァ!!!!」
「嘘だろォッ!!?」
体を開き、槍に手を沿え、下、上、下。丹田から身体を動かし、決して流れに逆らわないよう、手首をゆるりと返してやる。
《歩兵合気術・投》――習得方法は、一度でも【合気術】によって投げられること。
自分と戦えと話していた間に、余っていた経験値で初段まで上げた。初段から準備時間が大幅に短縮されるからだ。
これがあるから【合気術】は油断ならない。【盾術】のパリィのようなものだ。なんの対策もなければ、こうして歩兵であっても桂馬を軽々と受け流し、投げ飛ばせてしまう。
……盲点だっただろう? まさか今この場で覚えるとは思わなかっただろう? メチャ楽しかっただろう? 負けて悔いはないだろう?
あーあ、バカ楽しかった。お前も、お前らも、楽しそうな顔しやがって。
至極当然だ。俺は世界一位だ。俺も、お前も、お前らも、すなわち、自分も、相手も、観客も、観聴きする全ての者を楽しませる。これが世界一位だ。
自分のために、自分と戦い、自分に勝つとは、こういうことを言うのだ。「自分のため」が「お前のため」にも「お前らのため」にもなっていなければならない。それには、自分と戦い続け、自分に勝ち続ける必要がある。
シガローネは、わかってくれただろうか?
さあ、皆の戦慄が解けるまで、あと四十五秒。もはや雌雄は決したが――。
「――――え」
瞬間、俺は途轍もない違和感に襲われた。
受け身も取れず、ただ宙に投げ出され、落下を待つだけのシガローネの――視線。
俺の少し後ろを見ている……!!
「うおおッッ!?」
振り向くや否や、俺はそいつの正体を看破した。
鳥のような羽、若草色の羽衣を身に纏った、小さな少女。間違いない、風の精霊「ジル」だ……そうか、シガローネめ、モクの中で《精霊召喚》していたのか……!
そうか……ああ、そうか。あのモクの中からの風・参、シガローネではなく、こいつが撃ったのだ。
今、切り札を切ったのではない。既にあの時、切り札を切っていたのだ。
そして、今まさに、俺に向けて、再び《風属性・参ノ型》の追撃を放ってきている。
……駄目だ、躱せない。発見が遅過ぎた。
対応? 何が間に合う? 歩兵ですらギリギリだ。
ならば次の一手は――《精霊召喚》でアンゴルモアを盾にするか、《魔召喚》であんこを盾にするか、《変身》の無敵時間を利用するか。
「…………いや」
そんなもん、決まってるな。
魅せられたんだ。つまらない返しは、どうにも無粋。
「 」
俺は、《歩兵体術》で飛来した《風属性・参ノ型》を殴り、受けきれず――――ダウンした。
無理のある対応。だが、今、俺ができる最高の対応だ。
……運が良いね。クリティカルヒットだ。これが出ていなければ、俺のHPは一割以上削れずに、【魔術】でのダウン条件を満たせていなかった。
痺れた。いやあ、久々に。
ここでクリ出ちゃうかあ……いやあ、出るよなあ、なんかそんな気がしたんだ。
この世界に来て、初めてPvPでダウンを取られた。
悔しいが、悔いはない。
俺はこれからもっと色々なダウンを取られていきたいんだ。その門出としては文句なしのダウンだった。
「――はっ、ははは、はっはっはっはっは!」
俺の【合気術】で投げ飛ばされ、地面に倒れたままのシガローネが、堪えきれないといったように笑い出す。
俺はそれを、青空を見ながら清々しい気分で聞いていた。
「参った。私の完敗だ。セカンド・ファーステスト、貴様はアンゴルモアという名の精霊大王を使役しているはず。ジルに尋ねてみれば、目が合うだけで体が勝手にひれ伏すというではないか。今、精霊召喚が間に合わなかったとは言わせないぞ。本来ならばダウンはおろか、開幕から十秒と持たなかっただろう」
……見抜かれていたか。
シガローネ・エレブニ。最後の最後まで、手強い男だ。
「手を抜いたわけじゃない」
「知っている。愛ある試合であった。貴様は、己と戦い、己に勝ったのだ。この窮地において、つまらない勝利を選ばず、親愛と友情を持って一歩踏み込んだ。極限における言行一致、ただそれだけである。私はそれをどうしてもこの目で見たかった」
おい、何から何までお見通しか。
「我ら人間は、窮地にこそ本領を発揮し、極限にこそ本質を露呈する。最後の歩兵体術で、私はセカンド・ファーステストという人間の本質をよく理解し、そして、信頼に値すると心から確信できた。貴様はどうだ?」
言うまでもないさ。
「半年くらい経ったらまた会いたいと思ったよ」
俺が起き上がり、そう言って笑うと、シガローネも同じように起き上がり、無言で口角を上げた。
なんだろうな、握手でもしたい気分だ。まあ、しないけどさ。
だって……あと十五秒もない。
「さて、皇帝陛下、皇女殿下、皇子殿下、そして貴様らとて、同様のこと。窮地に立たされ、極限状態となった時、一体何を成すのか。私は帝国の政を預かる身として、それを見極めなければならない。さあ! いざ、いざ、いざ! 私に、見せてくれッ――!!」
シガローネは立ち上がり、高らかにそう言い放った。
これが、かねてからの彼の狙いだったのだろう。
戦慄が解けた瞬間、この場にいる全ての者が、誰に味方をするか、決めなければならない。そう、自分の意思で。
皆、一斉に、自分のために、自分と戦い、帝国の行く末を本気で考えるのだ。
次の皇帝を決めるとすれば、現状、候補は二人だろう。セブンに化けて帝国を掻き乱した俺か、まさしく帝国の権化であるシガローネか。でなければ、皇妃か、はたまた、皇女か、皇子か。そもそも、皇帝というシステムそのものを廃止するという手も……。
「!!」
……うわあ、気付いてしまった。
見事に、帝国の全てがぶっ壊れている。
皆、子供のような女に洗脳されていた皇帝に二年間、従っていた。
しかし洗脳が解けた皇帝が皇帝を続けられるわけもなく、その座を降りると言っている。
たった四週間で帝国に多大な貢献をしたセブンという名の俺は、次期皇帝に内定した。
しかしその正体は、帝国の仇敵、セカンド・ファーステスト。
彼らが美化している二年前までの実力主義は、まさにシガローネのやり方そのもの。
しかしそのシガローネは、たった今、実力で俺に負けた。
一つ一つ、丁寧に潰されている。
誰を皇帝にしても、大波乱だ。この状況、きっと作られるべくして作られている。
マルベル帝国の人々は……こう見えて既に、進退窮まっているのだ。
「詰み、か」
この状況を読んでいたのは、いくら世界広しと言えど……ウィンフィルドとシガローネ・エレブニ、この二人だけだろう。
あーっ、ヤベェ。どうなるんだこれ。なんちゅうフィナーレだよマジで。
この場にいる帝国中枢の数百人は、一体何を考えて、誰が誰に味方をするのか。全く予想がつかない。
俺が短く溜め息をついて、後頭部をぽりぽりと掻きながら立ち上がった瞬間、“戦慄の仮面”使用から五分が経過する。
直後、俺とシガローネを囲んでいた数百人が、一斉に動き出した。
さあ、どうなる――?
お読みいただき、ありがとうございます。
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面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。
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