247 マイナスな今
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
戦慄の仮面――攻撃に一定確率で状態異常“戦慄”の効果が加わるアクセサリーアイテムだ。
戦慄状態とは、意識のある気絶のようなもの。状態異常が解かれない限りは、足が竦んで動かなくなり、声も出せなくなり、攻撃も防御もできない。
ただ、この戦慄の仮面。装備した場合は一定確率の戦慄付与だが、「アイテムとして使用」した場合はまた効果が変わってくる。
そう、たった今、シガローネさんが使用したように……あの叫ぶ姿を見たり、叫び声を直に聞いたりしてしまうと、戦慄をほぼ確実に喰らうのだ。結果、この場にいる俺以外の全員が喰らったらしい。皆、一歩も動かない。
そうか、まさかそういう風に使うとは思わなかった。メヴィオンのPvPはよほどの例外でない限り「アイテム使用禁止」だ。ゆえに活用するなら装備するしかないが、貴重なアクセサリー枠をこんな仮面で埋めるのはもったいなさ過ぎる。ダンジョン攻略などで使っている人も極少数いたが、甲等級ともなると殆どの魔物に戦慄耐性が付いているから使いどころがない。
ところが、どうだ。仮面の用途を知らない人々に対する不意打ちには、これほどの効果があった。凄い発想だ。素直に感心した。
「やはり回避方法を知っていたか」
悠然と俺に近付いてくる男は、シガローネさん。
剣を構えた騎士たちが半径十五メートルほどの綺麗な円形を描いて俺を取り囲んでいるが、彼らは現在、戦慄状態で一歩も動けない。まるで人でできた試合リングのようだ。
「どうしてこんなことを?」
俺が興味本位に尋ねてみると、シガローネさんは首を引っ込め嘲笑するように口角を上げ、五メートルほど離れたところまで近付いてから沈黙を破った。
「貴様の話を誰も聞こうとはしない状況は、私も望むところではない。些かメルソン殿下の“御”粗相が過ぎたようで、すまなかった」
「!」
今日は凄いこと続きだな。
あのシガローネさんが、謝った。頭は全く下げていないが、言葉では明確に謝っている。
加えて、メルソンのやらかしを相変わらずの皮肉でチクリと刺した。まあ、そうだとは思っていたが、盃にバウィエキスを仕掛けるよう命じたのはメルソンのようだ。
「別に気にしていない。俺の不注意だ」
「はっは!」
彼に倣って、俺も皮肉で返してみる。シガローネさんは短く笑った。
「さて、少し話をしよう。杯事の最中であったのに、どうしてか空き時間ができた」
そして更に皮肉を重ねてくる。この人本当に皮肉大好きだな。
「どんな話を?」
「ではまず、何が目的で姿を偽り帝国へと潜入していたのか。これを聞きたい。ああ、勘違いしないでほしいが、別に非難しているわけではない。純粋な興味だ」
おお、意外とまともな質問が来た。
「一口では言えないが……とにかく帝国をなんとかしようと思ったんだ」
「何故」
「俺の中の帝国のイメージは、実力主義のイケイケな国。腕力だけでも他国を圧倒できるような力強い国だと思っていた。俺はそういう帝国が好きだ。だが、俺がキャスタル王国にいた頃は、帝国の狗に随分と腹を立たせられた。皇帝もだ。イメージとはまるで違う卑怯な男だった。まあ、洗脳されていたからだろうが」
「手練手管は好かんのか?」
「スパイ行為自体は別に構わないが、性格がちっとも帝国らしくない」
「は、ははは! ははははは! だから貴様自らわざわざ帝国まで来て手本を示したというわけか!」
……いや、俺にそういうつもりはなかったけど、そういうことなのかもしれない。
なんせウィンフィルドに任せっきりだからなあ。
「最初はぶっ壊すつもりでいたんだけどな、なんかもうどうでもよくなっちゃったよ。なるようになれって感じだ」
「ふん。貴様が来る二年も前から、帝国は既にぶっ壊れていたわけだ。肩透かしを食らったのだろう」
「そうだな。肩透かしか。言い得て妙だな」
「だが、私にとってみれば、そしてマルベル帝国にとってみれば、貴様という存在は実に有難かった。正直言えば、私もスピカが原因であることには気付いていた。加えて、それが洗脳のような何かであるとも。陛下がバル・モローを見捨てた時に確信した。スピカの最初の謁見の状況から見て、接触が危険だとも見抜いていた。しかし、気付いてから一年と少しをかけても、ついには解決へと漕ぎ着けられなかった。つまり貴様は、渡りに船だったというわけだ」
凄いな、気付いていたのか。しかも《洗脳魔術》の発動条件まで。
スピカに接触しないよう警戒しながら宰相の仕事をこなしつつゴルドやカサブランカの目に触れずにスピカを何とかしようとするのは、相当に骨だったことだろう。
ああ、だから糞だなんだとやさぐれたフリをしていたのか。口では色々言いつつも従順ですよ、洗脳の必要はないですよと、暗にアピールしていたわけだな。
「その顔、私の口調が気になっているな? あれは確かにフリではあったが、鬱憤が溜まっていたというのもある。元々それなりに口も悪い」
「へぇ、鬱憤」
そんなに将軍がよかったのか。
まあ、俺も毎日書類仕事をするとなったら、糞だなんだと言い出すかもしれない。
「それにしても上手くいった。マイナスとマイナスを掛ければプラスになるというのは、このことかもしれんな」
満足そうに言うシガローネさん。
マイナスというのは、スピカと俺を指すのだろう。
つまり、俺は帝国をぶっ壊すつもりが、帝国がぶっ壊れた原因をぶっ壊しに来てしまったと。
「お役に立てて何よりと言っておこうか」
「うむ。ゆえに僭越ながら、私からのフィナーレとして、この場を設けさせてもらった」
「フィナーレ……?」
てっきり、大勢の前でゆっくり言葉を交わして真意を明らかにするための場だと思っていた。
まだ何かあるのか?
「言っただろう。鬱憤が溜まっていたと」
鬱憤? わからん。
「――どいつもこいつも、誰かのために戦う者ばかりだ」
「!」
やけに落ち着いた声で、誰かのために戦うことをあたかも悪いことのように語るシガローネさんを見て、俺は全てを察する。
この場にいる全員を虚仮にするような言いぐさ。しかし、俺にとってはどうにも心くすぐられる言葉。
「貴様も同類だろう」
ああ、そうだ。
そのために生きていた。
「他の誰のためでもない、自分のためだけに戦うのが堪らんのだ。貴様もそうなのだろう?」
「違いない」
闘神位戦で自分がノヴァに言ったことを思い出す。
一戦一戦が、俺の人生を賭けた勝負なのだ。
そんな極限の勝負が、楽しくて仕方ないのだ。
……シガローネ。お前もそうなのか?
お前も、疼いて仕方がないんだな?
「やろうか、八冠。セカンド・ファーステスト」
そうなんだな……!
「シガローネ、終わったらいいことを教えてやる。それまで――」
「?」
ピンと、コインを弾く。
「――いい夢、見させてくれ」
コインの落下と同時にフロロカーボン16lbを取り出す。
シガローネもまた「この間合いなら当然」とばかりに蜘蛛糸を出した。
直後から始まる《歩兵糸操術》の応酬。右手左手と順に間隔を開けずに繰り出し、互いに弾いて間合いを詰め合う。
驚いた、天網座戦出場者のように基本ができている。
じゃあ、これはどうだろうか?
「ほう」
俺が《香車糸操術》から《桂馬糸操術》へと繋げて“松明”を取り出すと、シガローネが片方の眉をぴくりと上げた。
さあ、蜘蛛糸は松明が弱点。プリンスは龍ノ髭で対応したが、シガローネはどうする?
「!」
蜘蛛糸をインベントリに仕舞いながら、間合いから一歩後退し、スレスレで回避した。
そして、直後――《龍馬体術》の準備を始める。
あ~、そ~お、龍馬なんて覚えちゃってるわけねえ~?
読み筋だよ。
俺は即座に糸を引っ張って松明を手繰り寄せ、同時に糸を手放し、松明を手に持った瞬間に《桂馬杖術・突》を準備する。
松明は“棒”判定だ。【杖術】で扱える。準備時間が長く、必ずダッシュが挟まれる龍馬よりは、こちらの桂馬の踏み込みの方が早い。
「なるほど」
シガローネは納得の一言を呟き、《龍馬体術》の準備完了と同時に真横へ加速して桂馬を躱すと、十分な間合いを取ってすぐさまスキルキャンセルし、インベントリから弓を取り出した。
「おいおい」
状況を考えろ状況を。俺が避けたら後ろの騎士にぶっ刺さるだろうが。
「ハンデだ」
いや、お前が言うんかい。
つまりなんだ、躱さずになんとかしろってことか。
……面白いじゃねーの。
「オラァ! オラオラオラ!」
「わっはは!」
追い詰められた結果、俺は《歩兵体術》で矢を一本一本殴り落とすくらいしか思い浮かばなかった。《歩兵弓術》の連射に追いつけるほど連続して準備できるスキルはこのくらいしかない。
シガローネは意外だったのか、笑いながら歩兵を連射している。
あーあ、これでダメージ喰らっちゃったよ。もう変化は解けているから問題ないが、なんだか悔しい。《歩兵弓術》で迎撃するか? それもいいな。
「そちらもできるのか」
「やってみ」
歩兵連射九発目のインターバルで、俺もインベントリからミスリルロングボウを取り出す。
シガローネは口角を上げたまま、俺を試すように再び歩兵の連射を始めた。
「見事!」
褒められる。
しかし空中に石を何個も放り投げて移動しながら当てるあの練習よりは簡単だ。こんなので褒められてもな。
「これは褒めてくれるか?」
「!?」
俺としてはこっちを褒めてほしかった。
いや、気付いていないようだったから褒められないか?
まあいい。シガローネの九発目のインターバルに合わせて、俺の対応が八発目で終わるように、実はこっそりと一回だけ一発で二発分を撃ち落としていた。正確には、一発目に掠らせて、その延長線上に来るよう位置調整した二発目にも掠らせた。
ゆえに、インターバル中に来るはずのない俺の《歩兵弓術》が飛んできて、シガローネはさぞびっくりしたことだろう。
「正解」
十連射で五秒間のクールタイムが発生してしまう。ゆえに歩兵を合わせて対応するのは悪手。だがそのままでは急所の胸部に直撃するため、大きく躱す必要がある。
胸部ど真ん中は、狙われると最も回避し難い部位だ。ゆえにシガローネの体勢は崩れた。ここがチャンスである。
「おお、上手い上手い」
が、そうはさせまいと、シガローネは《風属性・参ノ型》を詠唱し始めた。
かなり低くしていた体勢を上手く利用して、“伏臥詠唱”のように魔術陣を隠している。一石二鳥の自然な手だ。だが、残念ながら魔術陣はちらりと一瞬見えてしまった。
「…………」
俺がご丁寧に有利属性の《土属性・参ノ型》を準備して対応を見せると、シガローネの表情が俄かに曇る。
んー? ああ、わかった。ナメプがバレたな。本当は【魔魔術】で対応して終わりだった。というか、決着は随分と前からもうついている。
「ハンデだ」
シガローネと全く同じように言ってやると、シガローネはニヤリと笑った。
それとほぼ同時に【魔術】を撃ち合い、相殺させる。
さあ、仕切り直し。
なんだろうか、だんだん魅せプ合戦みたいになってきたな。
ただ、この場にいる全員、強制的に観戦させられているから、魅せ甲斐はある。
見てみろよ、皆の顔を。
皇帝も、皇女も、皇子も、将軍も、騎士も、兵士も、メイドも、誰もが見入ってる。
「そろそろいいだろう」
「?」
「フィナーレと行こう」
「…………」
……フィナーレ。ああ、そう、そういうこと。
帝国最強の男シガローネを打ち負かし、名実ともに最強の男になれと言っているわけだ。
だから誰もが口を挟めない状況を作り、試合が始まる前に俺をあれほど上げた。渡りに船だと、帝国にとって有難い存在だと。
シガローネを破るのは、最後の仕上げってか。
これで、実力主義ならもう誰も何も文句を言えない完璧な存在の出来上がりってか。
「なんだよ、興ざめだよ」
確かにお前は俺の同類だった。一時は共感できた。
しかし……深度が違った。
悲しいかな、それだけだ。だが、あまりにも、決定的過ぎる。
悪い癖だ。つい期待してしまう。
今回ばかりはと思ったんだ。明らかだった。覚えているスキルの種類が豊富。ステータスも十分に高い。技術も一流の上を行っている。これまでにない相手だった。
まただよ。何度目だ。いい加減にしてくれ、もう。
「来い」
シガローネが《歩兵槍術》で誘う。
いいぜ、望み通りにしてやる。そのわざとらしい準備の先走り、こっちの《歩兵弓術》から《飛車槍術》の突進にどう対応する?
「!」
槍を仕舞った。
俺は盾を出してくると読み、飛車をキャンセル、剣を取り出しながら《香車剣術》を準備する。間合いが詰まればこちらの方が有利に立ち回れるからだ。
しかし……シガローネは何も武器を取り出さなかった。
【体術】での対応? しかしこのタイミングで剣を相手にそれは無謀。もしや勝負を投げたか――!?
「これは失敬」
「うおぉあああッ!?」
――投げられた。俺が。
《歩兵合気術・投》……受け流しのスキルである。
俺は剣を振り抜いた瞬間に受け流され、その勢いのままシガローネの後方へと吹っ飛んだ。
【合気術】には、【杖術】における突・払・打の三種のように、“投”と“受”の二種存在する。
そして、相手の“投”に対して、上手く“受”の発動を合わせられなければ……ダウンだ。
「 」
まさか。
ああ、まさか。
裏切られたよシガローネ。
盤外戦術か、精神攻撃か、騙し討ちか、なんと言えばいいのか、とにかく上手いやり方だった。
なるほど、なるほど、なるほど。こういう手練手管なら、俺も好きになれそうだ。
二転三転するなあ。マイナスになったりプラスになったりを繰り返している。マイナスがプラスになってマイナスになってプラスになって、今はマイナスか? じゃあ次はプラスだ。
まさしくフィナーレに相応しい。そう思いたいね、これから。
「……セカンド・ファーステスト。参考までに聞かせてもらいたいが、何故、受けを取れていないのに、ダウンしない?」
シガローネ、ビビってんのがバレバレだ。PvPでしてはいけない顔だぞ。
「知りたいか?」
「ああ是非」
「お前の投げが甘過ぎた。お前は合気術のなんたるかを一つもわかっちゃいない」
力み過ぎている。「ほらほらこれから投げますよ~」と、シガローネの腕が、脚が、体が、視線が、声高にそう宣伝していた。投げられるその瞬間までに投げられるとわかってしまえば、着地の準備はそれなりに整えられる。
「……ほう……」
シガローネは更に表情を青いものへと変えた。【合気術】が素人レベルだとバレているからか、もしくは運悪くダウンが取れなかったことを悔しく思っているのか、はたまたもう二度と騙し討ちが通用しなくなったことに焦っているのか。いずれにせよ、PvP向きの顔ではない。
ただ――どうやら、期待してもよさそうだ。
それに……俺も他人のことは言えない顔をしている。でも、口の端が勝手に上がるんだ。
楽しいよ。この場を設けてくれて本当に感謝してる。
さあ、シガローネ。仕上げと行こうじゃないか――!
お読みいただき、ありがとうございます。
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面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。
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