246 騙れ、気持ちもキレたか?
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
* * *
「――そして、余の洗脳は解かれたのだ」
明くる朝、帝国城前には数百人に及ぶ臣下たちが列をなし、皇帝ゴルド・マルベルの演説を聴いていた。
皇帝が二年前から占い師スピカ・アムリットに洗脳されていたことを告白すると、場は俄かに騒然とする。
そして、以前の皇帝を知っている者は皆、皇帝の異変は洗脳によるものだったのかと納得した。
突然、それまでの強靭で苛烈な実力主義から、平和主義とも呼べないお粗末な国家戦略へと方針を転換してしまったのだ。不思議に思わなかった者は少ない。だが、その原因を突き止められた者は、そして解決できた者は、誰一人としていなかった……そう、昨日までは。
「スピカによる洗脳を見破り、余の洗脳を解いてくれたのは、セブンである。セブンは己の危険も顧みず、囮となってスピカを誘い、余を洗脳から救ってくれた。まさしく、救国の大英雄である!」
皇帝は少なくない美化を交えながら、セブンを声高に絶賛する。
彼は本当に心の底から感謝していたのだ。洗脳が解けた瞬間、心底ゾッとした。しかし彼が気丈でいられたのは、皇帝としての責任があったからでもあるが、一番には、セブンという存在がいてくれたからである。
セブンになら任せられると確信したのだ。
否、セブンにしか任せられないと確信したのだ。
セブンによるマルベル帝国への貢献は絶大であり、その功績は無視できないものでもある。
オランジ王国とのシズン小国をめぐる一件においても、スピカの洗脳によって妨害が加わっていた中、セブンはノヴァと一対一に持ち込んで引き分け、甲等級ダンジョンのボス素材を手土産に持たせるという、ただの和平ではない、強かな和平を成し遂げた。
恐らく、あの雷猿の毛皮をノヴァへ渡していなければ、オランジ国王は納得していなかっただろう。オランジ国王の性格を知る皇帝は、そう考えていた。
そして何より、スピカの手口を見破り、皇帝の洗脳を解いたこと。これは、皇帝を救い、帝国を救う、過去最大級の功績となった。ゴルド・マルベルという一個人としての感謝と、マルベル帝国皇帝としての感謝、この二つの相乗で、皇帝にはもはやセブンが英雄としか思えなくなっていた。
ナト・シャマンに完勝し、ノヴァ・バルテレモンにわざと引き分け、カサブランカを一瞬で倒すほどの、仰天の実力もある。
癖の強い第五小隊やプライドの高い近衛騎士隊の面々からも大いに慕われ、噂話の好きなメイドたちからの人気も高く、黒い噂もない。加えて、あのシガローネさえも一目置いており、ライトに至っては実の兄のように思っている。
セブン以上の傑物など、今後何十年、何百年と、現れる気はしない。皇帝にはそう思えて仕方がなかった。
「ああ、余は情けない! 二年もの間、スピカの言いなりにされておったとは! 帝国に暮らす民に顔向けができぬ! 変わらず余が帝国を治めたところで、民は付いてこぬ! ゆえに、余は決めた!」
マルベル帝国を立て直すならば、今。セブンの勢いが増している今しかない。その凄まじい勢いに乗せて、泥沼に沈みつつある帝国を再び引っ張り上げてもらうしかないのだ――。
「余は、此度の責任を取り――皇帝の座を次の代に譲ろうぞッ!!」
「!?」
突然の宣言に、どよめきが起こる。
しかし皇帝の口は止まらない。
「次代の皇帝が誰かなど、語るまでもない! この帝国の一大事に最も尽力してくれた者こそが相応しいことは、もはや自明の理である!」
「お、お待ちを! 父上!」
「なんだ、メルソン! 余に盾突くか!」
「違います! あまりにも早急が過ぎるのではないかと!」
「黙れッ……! よもや自分が次期皇帝になどと思っていたわけではあるまいな? 余はそちらに怒りを抱いておるぞ。そちらは余が洗脳されていた最中、何をしていた? 二年もの間、何をしていたのだ!」
焦りの声をあげたメルソンに対し、皇帝はそう主張する。
自分を棚に上げた発言だが、紛れもない事実でもあった。一ヶ月とかからずに解決してしまったセブンに比べれば、メルソンはあまりにも働いていない。それは、ナトもライトも同じこと。ゆえに、黙りこくるしかなかった。
「シガローネよ!」
「ようやくお呼びですかな、陛下」
「そちは、慣れぬ宰相という立場でありながら、ようやってくれた。洗脳されている余に対し、多くの事柄について反対し、時には強硬的に政策をとることもあった。そちには信念を貫き通せる強さがある。新皇帝即位の暁には、将軍を頼むぞ」
「勿論で御座います」
唯一、シガローネについては、皇帝は高く評価していた。
シガローネは、実力主義の申し子のような存在である。在りし日の帝国そのままの、ブレない信念を持っている。
彼は洗脳された皇帝の日和見主義な姿勢に対して、常にNOを掲げていた。それだけでは飽き足らず、セブンへ極秘にノヴァを倒すよう命令するなど、独断専行のきらいもあった。本来ならばあまり良いこととは言い難いが、皇帝はそんな彼だからこそ帝国の将軍を任せていたのである。
「父上! 私とて父上には反対意見を」
「メルソンよ、そちの国を愛する心は知っている。なればこそ……これはわかってくれ」
「?」
「そちが皇帝となっては、帝国は亡びる」
「!!」
二年間、洗脳されていたためにずっと言えなかったことだ。
皇帝は、メルソンだけは次期皇帝として相応しくないと思っていた。
「な、何故です!! 何故……!?」
「そちは国のため国のためと言うが、その実、そちが皇帝になりたいだけであろう。そちが望む帝国は、そちが皇帝である帝国のみ。そちの思い通りに帝国を動かし、仮初の安心を得て、満たされたいだけである。皇帝となることを目的とした者が皇帝となったならば、帝国は徐々に衰退しよう」
「そんなことは御座いません!!」
「いずれにせよ、そちに帝国は任せられぬ。メルソンよ……愛とは、手に入れて離さんことだけではない。手放し諦めることもまた、愛だ。履き違えるな、愚か者」
「っ……!」
この二年間で一度もされることのなかった父親からの説教に、メルソンは愕然とする。
戻ってきたのだ、メルソンが尊敬していた頃の皇帝ゴルド・マルベルが。
腑抜けたとばかり思っていた父親が、洗脳が解けたことによって、元の威厳ある皇帝の姿を取り戻したのだ。
そして、ゴルドの言は、メルソンの図星を鋭く突いていた。
彼女にはまだ、ゴルドのように、帝国を引っ張っていく力が足りていない。その自覚もある。自身が皇帝となれば、帝国は大いに弱体化するだろうと予想できていた。
しかし、他に選択肢がなかった。
だからこそ、自分が皇帝として君臨するよりないと思い込むのだ。それがたとえ仮初の安心であったとしても。
「父上! では、せめて、引き続き父上が皇帝として君臨なさってください!」
「ならぬ」
「何故です!」
「余は民からの信頼を裏切った。このままでは、民は付いてこぬ」
「父上ではなくスピカのせいです! 父上にはなんの責任もないではありませんか!」
「ある。あるのだ、メルソンよ。皇帝とは、善悪で語れるような単純なものではない。今、帝国において最も必要とされている者がならねばならんのだ」
「ですが……!」
「くどい! 余はもう決めた、余計な口出しはさせぬ!」
ゴルドに突っぱねられ、絶望の表情をするメルソン。
多少の偏りがあるとはいえ、彼女の愛国心は本物なのだ。
国を守るためなら、土下座すら厭わないほどに。
だからこそ、これほどに食い下がる。
彼女には、セブンが敵だという確信があった。
それは非常に感覚的なもの。しかし、それゆえに確信できたと言っても過言ではない。
あのバル・モローが箱詰めで送られてきた時のような、怖気を掻き立てる得も言えぬ雰囲気が、セブンの全身から漂っているのだ。
とても味方とは思えない、そう、たとえるなら“怪物”が、服を着て、人の皮を被って、歩いているようなもの。
セブンが皇帝となったら、帝国は終わってしまう。何度も何度も、彼女はそう訴えてきた。だが、理由を話したところで、納得してもらえるわけもなかった……。
「しかしあまりにも突然の話であったことは、余も申し訳なく思っておる。ゆえに、即位は五日後とし、今日は親子の契りを結ぶ。セブンは余の息子となり、その後に皇帝を継ぐのだ」
「!」
ゴルドの宣言に、ライトが目を丸くする。
兄だったらいいのにと、冗談半分で思っていた相手が、本当に義兄になるのだ。ライトは演説が始まってからずっと驚き続きであったが、この発表に一番驚いた。
「ちっ!」
一方メルソンは、そんなライトの様子を見て苛立たしそうに舌打ちする。
つい最近まで皇帝の座を争っていた無能な弟。誰にでも噛み付く凶暴な野猫だと思っていたが……今や、その野心さえ失い、爪は切られ、まるで飼い猫のような大人しさだった。
ああ、とメルソンは納得する。
逆だったのだと。ライトがセブンを利用して皇帝の座を狙っていたのではなく、セブンがライトを利用して皇帝の座を狙っていたのだ。
ライトはセブンによって誑し込まれている。皇帝もまた、同様に。
全て、セブンにしてやられた形。
マルベル帝国はもはや、セブンの思い通り――。
「親子盃の準備をせよ! これより杯事を執り行う!」
* * *
マジでヤベェことになった。
どうしよう、これ。俺このまま皇帝になってもいいんだろうか?
いや、帝国としては、駄目も駄目、大駄目だろう。
だって、あと一週間も経たないうちに一か月経過だ。俺のバカンスは終わってしまう。すると、どうなる?
皇帝が一瞬にしてすり替わる。
俺はセブンではない、セカンドだ。誰が何を言おうとセカンド・ファーステストなのだ。バル・モローを箱詰めにしてクール便で送り返した帝国の仇敵である。
そんなやつが、皇子の近衛騎士になり、手柄をあげて将軍になり、皇帝ゴルド・マルベルに認められ、ついには皇帝となってしまった。これは否定しようのない事実だ。皆が俺を将軍にして、皇帝にしようとしているのだ。
そう、そうである。俺のせいじゃない。皆のせいだ。スピカとかメルソンとかゴルドとかが主に悪い。
……もうどうにでもな~れ☆
「検めさせていただきます」
媒酌人と自己紹介していた騎士が、暑苦しいマントを羽織った騎士の正装で、盃に酒をやたら仰々しく注ぎ、自分でグイッと一気に飲み干した。
なるほど毒見か。一瞬、彼と親子になるのかと焦った。そんなわけないよな。
まあ当然、騎士が即死するようなことはなかった。
騎士は盃を紙で拭くと、只今より杯事に云々と、また口上を続ける。
「陛下、気持ちだけお飲みになりまして、お下げを願います」
長々とした語りの後、騎士は酒を入れた盃を皇帝の目の前に持っていってそう言うと、静かに下がった。
皇帝は一つ頷いて、盃を僅かに傾けて静かに酒を啜る。
それを見届けた騎士は、その盃を一度下げ、口上を述べ、次に俺の目の前へと持ってきて、再び長い口上を述べた。
なんだか、まるで任侠だな。一体何がどうなってこんな文化が帝国に伝わったんだろうか。そういえばキュベロたちのところも似た感じだった。見た目はマフィアっぽいのに、言動は日本の任侠なんだよなあ。やっぱり日本製のゲームだから、そういう文化が変なふうに継承されてんのかな。
「お覚悟決まりましたら、一息に飲み干し、懐中深くお納めいただきますよう願います」
なんて色々考えていたら、準備が整ったらしい。
懐に仕舞えと言われても、この服、懐がねぇんだわ。インベントリでいいかな。
「ん……」
盃を口に当て、口を薄く開く。
間もなく、酒が口内へと侵入してきた。
「――ッッッ!?」
しまった、やられた……“バウィエキス”だ。油断していた。飲んでしまった。
まさかだな。何故、皇帝は死ななかった? ああ、わかったぞ、一度下げたあの時か。媒酌人の騎士が仕掛けたのだろう。
俺は盃の中身を地面に零し、盃をインベントリへと仕舞った。
それにしても、久しぶりだな――この姿。
レイスは……駄目か。バウィの効果で息絶えた。最悪なことに、俺の身代わりだ。レイスで変化している際には、バウィの致死毒はまずレイスへと影響する。勉強になった。
そして、この世界では、死亡した使役魔物は生き返らせることができないらしい。ああ、クソ、すまない、俺のうっかりで……今までありがとう、レイス。
「セ、セブンよ……その、姿は……?」
皇帝が驚愕の様子で俺を指差し、震え声でそう言った。
その姿も何も、これが俺の本当の姿だ。
一瞬で別人にすり替わったから驚いているんだろうが……中身はちっとも変わらない。
ただ、外見がすり替わっただけで困るようでは、帝国の謳う実力主義の程度も知れる。
「実力主義を謳うのならば、俺を認めなければならないぞ、ゴルド・マルベル」
「なんだと……?」
あろうことか、よりによってメッチャクチャ観衆のいるこのタイミングで変化が解けてしまうとは。
だが、おかげで開き直る踏ん切りがついた。
さあ、どうすんだよ、これ。どう始末を付けりゃいい?
「……セ、セカンド・ファーステスト……!!」
「!?」
メルソンの後ろで、長髪の男が叫び、腰を抜かしてへたり込んだ。
ああ、思い出した。セラム君か。風の精霊ニュンフェを使役していた帝国の狗だな。
その叫びと同時に、観衆がざわざわと騒がしくなる。
皆、知っているのだろう。帝国の敵、セカンド・ファーステストの名を。なんだか嬉しくなっちゃうね。
「セ、セブン……?」
ふと、ライトの顔が目に入る。
……不安そうな顔だった。
まるで、今にも泣き出しそうな顔。「ずっと僕を騙していたのか?」とでも言うような、絶望の一歩手前の表情だ。これまでの全てが一瞬にして崩れ去り、心に深い傷を負おうとしている。
馬鹿野郎が、そうはさせるものか――。
「ライト!! 逃げんな、抗え!! てめえの頭で考えろッッ!!」
「!!!」
――逆ギレだ。
こういう時は、とにかくブチギレて、勢いで押す。なんでもいいから主導権を握り、自分のペースを作る。これが試合だったら俺は間違いなくそうしてる。
「お前が信じ、お前が頼り、お前が見せた成長は、全て嘘だったのか? なあ、違うだろうが」
空気を壊し、混乱させ、注目させ、場を支配し、耳を貸してもらえる環境を作ってから、本音をぶつける。
土壇場で、俺もこのバカンス中の成長を自覚した。
試合とは会話であるが……その逆も然り。会話もまた試合であったのだ。
「お前が俺に任せてくれたように、俺もお前に任せる。ライト、お前がこれからどうするか、お前の頭で考えるんだ」
「僕の……頭で……?」
ライトは真剣な表情で俺の話を聞き、眉間に皺を寄せながら呟いた。
……そうしている間にも、徐々に、一定の距離を保ちながら俺の周りを騎士たちが取り囲んでいくのがわかる。よほど警戒しているのか、半径十五メートルは離れているな。
恐らくメインの戦力は、メルソン皇女付き近衛騎士隊の面々。その後ろには兵士の姿もある。あれは多分、シガローネさんが采配を振ったのだろう。
この数に囲まれちゃあ、流石に勝つことは難しい。逃げることは容易いが、逃げたくはない。
さて、どうするか。ライトはまだ考えている。皇帝は既に避難していた。メルソンはナトと共に騎士たちの後ろへ。シガローネさんは……。
「――皆の者、かかれ! あの者はもはや英雄でもなんでもない! 帝国の敵よ!」
メルソンの号令で、騎士たちが一斉に抜剣する。
そして、俺に向かって距離を詰めようとするが――。
「…………」
その、奥。
おもむろに、手にした仮面を顔に被せる男が一人。
俺はその姿を見た瞬間、ほぼ反射的に――目を閉じ、耳を塞ぎ、しゃがんだ。
直後。
「邪魔ヲスルナァアアアアアアアアッッッ!!!!」
この世のものとは思えないような禍々しい絶叫が響き渡り……この場にいた俺以外の数百人が、一瞬にして状態異常“戦慄”となって、戦闘行動不能と化した。
お読みいただき、ありがとうございます。
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